第16話

「カズヤン。もう、やめて」

 比較的安全な場所に自動復活させられたカズヤに、少し遠くからフワリが言った。

 声が震えていた。

「なんでだよ。オレは、好きにしていいって言われたから、好きにしてるだけだぜ」

 ぶっきらぼうに返す。撃たれていないはずの胸が痛かった。

「チームの足を引っ張るのが、やりたいことなんですか」

「ちげーよ。結果的にそうなってるってだけだ。オレは」

 点数は20ポイント。いつの間にか追い抜かれて二位。前半戦が終わろうとしていた。

「カズヤンの、バカッ」

 フワリが遮った。


「ミッチーは……そんな風にヤケになって戦ったこと、一回もなかったですよ……ッ!」


「おい! フワリ!」

 声を荒げる。頭に血が上った。一瞬、怒鳴りそうになった。

 それは、中学時の大切な仲間の名前だったから。大切な、いなくなったチームメイトだった。

 感情に任せてカズヤが言わなかったのは、そこでマネージャーをフワリがしていたからで。

「何が、チームのため、なんですか。カズヤンの、バカッ……! バカバカバカ!」

 VRゴーグル越しにわかるほど、フワリが泣いているからだった。

「弱ければ何やってもいいんですか⁉ 何が『部長として足りなかった』だ、バカヤロー!」

「フワリ……」

「全然! カズヤンは! 成長してない! 何にもわかってない!! わかった気になってるだけ! 個人戦やってんじゃねー!! こんなの、どこがチームなんですかッ!!」

 カズヤが死んだ回数は少なくとも10回。一位との差は5点。何もしなければ、一位を保持していたはずだ。サキが言った通りの結果になってしまっている。

「どれだけ弱くったって、吐いたって、自分を捨てて、引き分け狙いで戦ってたミッチーを、カズヤンはバカにしてます! サッキーに認められたいからって、倒せなくてムキになって、そんな軽い気持ちで戦ってたんですか⁉ サッキーに何を誓ったんですか! 顔真っ赤になって、自分の感情優先させてるんじゃねー!」

 その怒り方は、一〇年近く怒鳴られ続けていた師範の言い方にそっくりだった。

「でも、オレは」

 カズヤが口にしようとした反論を、フワリがまた遮る。

「ここで負けたら、サッキーとはもう一緒に組めなくなるんですよ⁉」

「――え?」

 頭から冷や水を浴びせられたような気分だった。

「ちょっと、フワリ。それは」

 困ったようなサキの口ぶり。二人だけの秘密だったらしい。

「オレはそんなの聞いてないぞ!」

「戦いはこっちの準備なんか待ってくれないんですよ! サッキーの気持ちだって、考えてくださいよ!!」

 感情的すぎるフワリと、

「……アンタには、言ってないもの」

 冷たいサキの声。

「なんだよ、それ」

 カズヤはその事実より、フワリにだけ話していたことに、無性に腹が立っていた。

「なんでフワリばっかりなんだよ。オレだって、チームの一員なのに。弱い奴は除け者か? 一緒に戦ってるって、つまり、サキは思ってないんだろ。だから――」

「だ、だから。違くて。それは」

 そこだけは自信なさげの声のサキ。フワリが叫んだ。

「バカヤローーーー!」

「!」

 カズヤとサキが息をのむ。

「こんっの! ヘタレ! 鈍感! 髪の毛ツンツンバカ!! ド下手くそ!!!!」

「な、なんだよ。だって、そうだろ。オレばっかり……なんか、不当に扱いを」

「ツンデレ! 対人コミュ力0!! 照れ隠しバカ!! 戦闘特化ヘボッ!!!!!」

「ちょっと⁉ それ、もしかしなくてもアタシのこと言ってるわよね⁉」

 フワリは二人に対して、平等に怒っていた。

「サッキーがカズヤンに言わないのなんか、わかってるでしょうが!」

「……どういうことだよ」

「フワリ、ちょっと待って! 昨日言ったじゃない。それはまだ、」

 遮ろうとするサキに、ハッキリとフワリは言い切った。

「サッキーはカズヤンのこと気になってるからに決まってるでしょ!!」

「「…………」」

 カズヤとサキが黙っていた。何も言えなかった。何も、考えられなかった。

「一緒に組めなくなるのが嫌だから、こんなにサッキー頑張ってるんじゃないですか! カズヤンに言わなかったのは、離れ離れになりたくないから! 名前呼べないのは、照れ隠し! どうやって呼べばいいのか、どのタイミングで呼んでいいものなのかって昨日こっそり聞いてきてるくらいアホなんですから!!」

「……マジ??」

「い、言ってない……そ、そそそ、そんなこと」

「サッキーはツンデレなの! 全部逆のこと言ってると思ってカズヤンは聞くこと! 今のは『言ったけど恥ずかしいから認められるわけないでしょ! わかれバカ!』の意味!!」

「え、え~っと。いや、その、えっと、マジで? え、えええええ~…………」

 カズヤはその意味を咀嚼して、理解して――顔が熱くなった。

「ち、ちがっ……ちが、違うもん」

 サキは恥ずかしそうに、噛み噛みで自信なく否定した。それがより頬の熱さを助長した。

「何もしなくていいって言ったくせに、インタベ貸したのは活躍してほしいから! その気持ちに応えなきゃ。サッキー、昨日カズヤンのことかっこいいって言ってましたよ」

「ちょ、ちょっと! 『ちょっとだけ』が抜けてる! あ、いや! そもそも言ってない!」

「活躍したらおっぱいちゅっちゅさせてやってもいいって言ってました!」

「マジでぇ⁉」

「それは絶対言ってない!」

「やっぱただのスケベです」

 ちょっとかっこいい、は言ってくれたのか。いや、そんなことよりも。

「……フワリ、その、ごめん」

 こんな風に感情を爆発させるフワリを見たのは、あの時だけだ。最後の、剣道の大会。参加できなかった、あの会場で。誰よりも泣いていたのは、マネージャーのフワリだった。

「スケベでですか?」

「ちげーよ! 自分のスケベさを恥じて謝ったわけじゃねーよ!」

 いつものお茶目さを取り戻しつつあるフワリ。

「フワリ、もう、チームなくしたくないんです。もう、あんなことは、絶対イヤ」

「ごめん。いつもありがとう、フワリ」

「いえいえ。二人が謝って、それでこの話はおしまい! あとは頑張るだけですよ!」

 カズヤは自分の行動と、力のなさと、フワリのしてくれたことに感謝して、謝った。

 戦いは、こちらの準備を待ってはくれない。――時は金なり、だ。

「さあ、後半戦よ。気持ち入れ替えて、気合い入れていくわよ」

 低い声で言うサキに、カズヤとフワリが同時に言った。

「サキ」「サッキー」

 有無を言わせぬ声だった。

「……や、やっぱ誤魔化せない? 言わないとダメ? ホント。ちょっと待って。ホントに無理なの。アタシ、ニガテで、今、その、あ、謝るから、ホント待って――痛ぁっ⁉」

 サキが初めて戦場でやられていた。そこで前半戦が終わった。

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