第15話
ゲームが始まる。試合開始と同時に、サキが一直線に塹壕を駆けて行く。迷いのない速攻。
クソ、見てろよ……!
サキとは別方向、マップの中心ではなく、外周をぐるりと回る方向にカズヤは駆け出した。方角で言うと南西。スナイパーライフルは長距離射撃が強みだ。わざわざ近距離で、サブマシンガンやアサルトライフルと撃ち合う必要はない。その射程外から狙って撃ってやれば良い。
「おお、意外と冷静~」
後ろからついてくるフワリは、今回衛生兵。荒野に溶け込みやすい茶色を基調とした軍服を着ている。トレードマークの帽子には兵科を表す『+』の白十字がついている。
塹壕から出て、カズヤは中腰に姿勢を切り替える。
「いた」
敵を発見。一人が塹壕から外に向かって駆けていく。その後ろを、中腰で歩く兵が一人。
息を止め、足を止め、スナイパーライフルのスコープを覗き、狙う。
ど真ん中。躊躇なく撃った。
「ヒット!」
弾丸は音より速く飛び出し、相手の背中に吸い込まれた。『120』ダメージ。
ワンショット・ワンキル。
「すご! 当たってるじゃないですか!」
「だから撃ったんだよ!」
「ラッキーパンチじゃない。はしゃいでるんじゃないわよ」
見ていないくせに、サキは決めつけて褒めてもくれない。
「まだまだ。見とけよ!」
敵はまだいる。追撃するために、目の前にある岩に身を隠し――顔を出した。
パシュン。
「ぐはっ⁉」
顔に一撃。カズヤの視界が一瞬で真っ赤に染まり切り、その場に倒れた。
スキル『感知』は通知がなかった。これは『隠密』による索敵不可。
スナイパーによる狙撃だ。少なくとも三人。少し先にある半壊した建物の屋上あたり。顔を出したタイミングで、スコープが複数光っていた。待ち伏せだ。
「あちゃ~。開幕は足が勝負ですからね。もう有利地点取られまくってます。こっから手慣れたスナ相手に戦うのは骨が折れますよ。あ、もう折られまくってるか」
のんびり言うフワリの声。死人になったカズヤは答えられず、画面に『一分後の復活か、仲間の回復を待ちましょう』の文字。
「どはっ⁉ フワリを狙わないで! この射程はムリ~。カズヤン蘇生は諦めてリスして!」
二部隊目を倒して、サキは移動してきた道を戻ってリロードし、裏取りを警戒しながら、チームの点数を確認する。9点。
チームは現在一位。チームで倒した一一人からカズヤがやられた二回が引かれている。
サキの方に、敵は攻めてこない。警戒されているらしい。身体は疲れている。TIMルールでは、まだこの時間帯に無理はしない方がいい。一分が経過し、カズヤが復活する。
「クソッ! まだまだだ!」
彼の声と、スピーカーが拾う絶え間ない弾幕音。
「……頑張れ」
そっと、独り言のように、音にまぎれこませてサキはつぶやいた。
彼が足を引っ張ることはわかっていたことだ。その分、それ以上、サキが頑張ればいい。
「サッキー? もっと大きい声で言わないと聞こえませんよ~?」
「! うっさい! 聞こえないように言ったの!」
楽しそうな声のフワリに、サキはぴしゃりと言ってまた駆け出した。気持ちを抑えるように。
聞こえたら。これ以上踏み込んだら、きっと。
――もう戻れなくなる。
塹壕の上、スナイパー有利の荒野に飛び出すのはダメだ。
都合三度。顔を出してやられたカズヤは、再復活した塹壕の中で首を振った。
遮蔽物の少ない、見渡しのよい場所は全て別チームのスナイパーが張っている。足を止めた一瞬の顔だしで、構える隙もないほどの刹那に弾丸を撃ち込まれてしまう。
それは、狙撃銃の正しい使い方。
敵が来る場所を予め予想し、構えて置きエイム。見えた瞬間にスコープを合わせて狙撃する、ドラッグショット。ドラッグは視線を引きずることと、パソコンでのFPSが全盛だった時代に、マウスをドラッグして撃ち込むことから来ている。
敵が待ち構えているところに飛び込むのはまさに飛んで火にいる夏の虫。撃って殺してくださいと言っているようなものだ。
敵は照準し、撃つだけ。それに対し、カズヤは敵の位置を捕捉し、構え、そこから同じ動きを始めないといけない。分が悪いなんてものではない。有利ポジションを取るとはそういうことなのだ。練習を積んでいる相手に、カズヤが今この戦場で覆せるほどの実力も経験もない。
「……塹壕だ」
ひょこりと角から顔を出して、戻ってきたフワリが笑った。
「お、気づきましたか。そっちなら、フワリも少しはフォローできるかなあ?」
「サキ。オレはまだやらせてもらうぞ」
「どうぞ、ご勝手に」
戦場を駆け回るサキの答えはそっけない。
チームはサキが活躍していて、現在15ポイント。二位は8ポイント。ダントツの一位だ。
「TIMは早い時間のほうが、やられ得ですから。いけいけカズヤン」
「なんでやられる前提なんだ。倒しに行くんだよ!」
『時は金なり』ルールは時間によって得失点があがっていく。早い時間に少ないポイントをたくさん稼ぐか、時間が経って一気に勝負に出るか、攻めるか、守るか、その動きが結果を大きく左右する。まさしく時によって変わるポイント比重をどう生かすかが勝負の分かれ目だ。
サキが戦っているのは、目の前の塹壕をまっすぐに進んだ洞窟の中だ。サキの音声を拾っているスピーカーから、絶え間ない銃声と空薬莢が転がる音が聞こえてくる。まだ一度も死なずに、二〇人近くを屠っている。
「見えた!」
洞窟へ向かう塹壕の交差点で、数人が走って行くのを見つける。銃で狙っていないので、相手のスキル『感知』は装備していても働いていない。見られてもいない。横を取っている。
止まる。構える。狙う。容赦なく引き金を引いた。
「っ!」
走っていた相手の、腕に命中。
カズヤだけに見えるダメージ『80』が空中に浮かぶ。少し焦ったか。
「半傷(ハンシヨウ)ッ! ハンドガン!」
フワリが叫ぶ。
「しまっ――!」
カズヤの持つM200は
狙撃銃の基本は一撃必殺。それは裏を返せば、外すことは自身の死を意味する。
「ぐあっ!」
撃たれた敵と、前に進んでいた一人がフォローに入り、弾丸を撃ち込まれる。たった四発。トリガーが引かれて二秒足らずでカズヤは絶命する。
コッキングも、切り替えてハンドガンで応戦も、できていない。
「おりゃ」
追随していたフワリが、手に持った金ぴかのサブウェポンを構えていた。ポンッ! と気の抜けた音が響いて、カズヤが傷つけた一人と、ついでに横の一人も巻き添えに爆殺した。
「よしゃ、二キル~! 仇は取ったぜ、カズヤン!」
フワリは周りを警戒した後、カズヤの胸を心臓マッサージ。五秒かけて復活させてくれる。
「ぷはっ⁉ しゃべれた⁉」
「『死人に口なし』よ」
遠くで戦況を把握しているらしいサキが冷静に言った。
「リスありルールだし、復活するまでの一分以内なら蘇生させられるんです。つっても、危険がなければですけど」
ポイント計算は変わらないので、効果はただ離れた安全場所ではなく、すぐ近くに復活させられるという、戦線に早く復帰できるという点のみが長所だ。消費した弾丸も引き継がれる。
「くそ、まだまだ」
カズヤはまだ一人しか倒していない。チームのお荷物だ。
「カズヤン、熱くなっちゃダメですよ~」
「わかってる!」
何より、自分がサキの言った通りでしかないというその事実が、悲しかった。
戦力外。昨日のサキの言葉が頭によぎる。
――ホント態度だけは一人前。アンタの役目はもう終わってるわ。このアタシを引き抜くだけでよかったんだから。全部ぶっ倒す。アタシ一人で十分。アンタの出番なんかないわよ?
たとえ事実だとしても、それはイヤだ。それを否定したくて抗っているのだ。これでは、カズヤはただ三人のメンバーの中で、人数合わせとしているだけで。本当の意味で、このチームに必要ではないと断じられている気がした。自分の価値は、自分で示すしかないのだ。
「あぐっ!」
角を曲がった。構えたが、撃つ前に撃たれた。死んで、フワリがフォローしてくれる。
「っ、クソッ!」
「カズヤン」
フワリを無視して、がむしゃらに飛び出す。
さっきより悪い。構える隙もない。敵は足音を聞いていて待ち構えていた。蜂の巣にされる。
派手に地面に倒れて、受け身も取れない。砂を掴んで悔しがることすらも。死んでいるから当たり前だ。
「…………」
サキは何も言わなかった。それがなにより、悲しかった。
「カズヤン!」
「うるせぇ!」
敵を見つける。
止まる。構える。狙う。撃つ。
「あっ!」
たったそれだけが、どうしてこんなにも難しい。
昨日のターゲットには、最後のほうではかなり当たるようになってたのに。
弾丸は、止まり切れてなかったのか、狙いが定まっていなかったのか、あらぬ方向に飛んで行って、敵に自分の位置を知らせただけだった。
フワリはもう、蘇生してくれなかった。
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