第14話

 ガンライフオンラインの公式戦。特に代表を決める校内戦はある程度学校に裁量を任されている。参加人数やチーム数、日程などを勘案し、期日までに代表が選出されればそれでいい。

 今回、千丈高校が選んだルールは『Time Is Money時は金なり』。一〇分間の再復活リスポーンありの戦場で、キル数を稼ぎ、その上位一〇チームが後半戦へと勝ち進める。後半は時間によって得られる点数が変わっていき、一番得点の高いチームが校内決勝へと進めるというルールだ。

 学校代表『紅血ノ狢』を除いた約一〇〇チームが単純に二〇チーム×五マップで分けられ、広大なマップに配置スポーンされる。

 今、目の前に荒れ果てた大地が広がっている。『緩衝地帯ウォーゾーン』。起伏のある荒野と、迷路のように張り巡らされた塹壕、そして洞窟が至る所に配置されている。塹壕と洞窟は遮蔽物が多く、見通しが悪く電撃戦メインの近中距離有利。塹壕の上は見晴らしがよく、遠距離有利。

 カズヤたち三人は、ランダムに配置された塹壕の中に立っていた。

「……」

 サキは腕を組んだまま、カズヤとは逆方向を見ている。カズヤも同じように、やはり腕を組んで、サキとは逆を睨んでいた。

「あのー、カズヤン?」

 二人の間に立って、下からフワリが見上げてきた。

「なんだよ」

 と、ぶっきらぼうに返す。

「機嫌直して?」

「別に、悪くなんかねーよ」

 投げやりに言う。それもこれも、朝食時に行われた作戦会議でのサキの発言が原因だった。

 サキが得意とするルールとマップだったので、彼女が突撃して点数を稼ぐことに決まった。おおよそ話し終わったところで、カズヤは「自分はどうすればいいか?」と聞いたのだ。

 サキの答えは、簡潔なものだった――『好きにしていい。結果には関係ないから』。

「もー、カズヤン。せっかく仲良くなりかけてたのに」

「何だよ。サキに言わせれば『それとこれは別!』なんだろ」

 『それ』は普段話せるようになったことで『これ』は実力のことだとカズヤは受け取った。

「……」

 言い方を真似て言うカズヤに、サキが睨んでくる。でも、それだけだ。

 フワリはカズヤの元を離れ、とっとこ歩いて、後ろからサキへと飛び付く。

「もー。……サッキー!」

「っ! くっつかないで。何よ」

「サッキーがあんなこと言うから、カズヤンがスネヤンになっちゃったじゃないですか!」

「知らないわよ、そんなん」

 カズヤから見えている場所で、チームなので全然声も聞こえるのだが、フワリとサキはヒソヒソ声で続ける。耳のスピーカーから丸聞こえだ。

「ええと……なんちゅーんでしょ。ほら、物には言い方ってもんがあるっていうか」

「優しく言って実力があがるなら、アタシだって優しく言うわよ」

「あー……」

 フワリはガックリと顔を下に向け、それから、

「そういうとこなんだよな~。ちょっと直接的な言い方すぎたんですよ。実力はなくても、カズヤン、気持ちだけは先行してるから。頑張って働きたいって思ってたから……」

「あれでも十分気を遣ったんだけど?」

「ぶはは! マジですか! ホントはなんて言うつもりだったんですか?」

「……『マップの端で一切動かないで』」

「それはさすがに大草原」

 説得にいったはずのフワリが爆笑していた。

 おい、もうオレやめるからな、とカズヤは本気で言いそうになった。

「サッキーは対人がへたっぴですねぇ。殺すことに特化してるから、素直になれない魔法とか、仲良くなれない呪いでも掛けられてるんです?」

「は? どういう意味? 殺すわよ」

「その発言ですよ」と、楽しそうに返すフワリ。

「……じゃあ、どう言えばよかったのよ」

「えぇ? んー……『伏せて敵の捕捉だけして、アタシに教えなさい!』とか?」

「ほとんどアタシと一緒じゃない」

「ありゃ、そうですね。やっぱここは趣向を変えてご褒美戦法で行きますか。『死ななかったら、ちょっとえっちなことさせてあげるわよ!』って言えば、一生隠れてると思いますけど」

「させないわよ、そんなこと! っていうか趣旨変わってるじゃないの!」

「おっぱいぐれー触らせてあげればいいじゃないですか。それで勝てるなら儲けもん」

「そんなの、ちょっとどころじゃないわよ! めちゃくちゃえっちじゃないの!」

「えぇ~。じゃあ、どんくらいにしときますか? サッキーのちょっとえっち基準」

「そりゃ……そ、そうね。ちょっと、ってくらいだから。……え、え~っと。直接お腹に顔をくっつけさせてなでなでしてあげる? とか? ……ちょ、ちょっとえっちすぎるかな⁉」

「はい?? いや、そのフェチはフワリにはわかんねーです。エロいかどうかすら謎」

 話が逸れすぎている。

「まあ、あれですよ。サッキー、もう少し言い方をマイルドに! あとご褒美は大事!」

「なんでアタシが歩み寄らなきゃいけないのよ」

「サッキー」

 口をとがらせるサキに、窘めるような口調のフワリ。しぶしぶ、サキが折れた。

「……わかったわよ」

 サキは大きく深くため息をついて、カズヤをチラリと見た。カズヤも、その視線を感じながら、気づいてないふりをしてあえて無視する。サキが憮然とした態度で歩み寄ってきた。にわかに、緊張する。

「アタシのために、無理せず無茶せず、勉強してきなさい」

「あン?」

「自分が今の実力で戦えると思っていることそれ自体が、驕りなのよ」

 全然、さっき聞いていた言葉と違う。態度も言い方も。

「なんだと」

「少しは思い知れば良い」

 冷たい言葉と目線。サキはこのゲームに人生を懸けているほど熱中しているのだ。カズヤの出過ぎた思いと足りない実力など、彼女から見れば不快に感じるのかもしれない。

「サッキー」と、不安な表情のフワリ。

「いいさ。言われたとおり、オレはオレで好きにやって、」

「だから、これ、貸したげる」

 ふいっと視線をあからさまにそらして、サキが何か操作する。

「!」

 ウィンドウから、クランを通じて武器が貸し出された通知。その銃を知っていた。それはかつて、サキの所属していた『白乙女騎士団』で唯一スナイパーを張っていたプレイヤーの愛銃。

 アメリカ、シャイアン・タクティカル社M200 Interventionインターベンシヨン。漆黒の銃身は筒状で、なめらかな手触り。鉄の塊は驚くほど静かに冷たく、どことなく死の気配を感じる。

 ストックまで含めれば全長一四〇〇mmにもなる大型の狙撃銃。端から端までせいぜい数百メートルのマップでは射程が短すぎる、超長距離狙撃を目的とした最先端科学の結晶だ。実銃としては二km超の狙撃を誇る、スナイパーライフル・システムの総称名。

「なんで、これ。超レアな、初心者じゃ触ることもできない武器だろ!」

「アタシと一緒に戦うって言うなら、使ってみせて。道は示した。あとは、やるだけ」

 ガンライフオンラインにおいて、ステータスも、スキルも、その人間個人によって強さが変わる数値上の変化は、ただの一つもない。

 されど一人ひとり、武器も戦略も得意も違うプロが確かに存在する。

 あるのはひたすらに鍛え上げた反射神経、場数、勝負勘、エイム力。

 全ての兵士たちは、みな同じ条件で、自分という個を叫んで、戦っているのだ。

 プロ一歩手前まで登り詰めたプレイヤーの武器。条件は五分。使用者によって結果は変わる。

「やれるって言うならやってみなさい」

 自分を示せとサキは告げた。

「上等だ」と、カズヤは静かに答え、その銃を握った。

 あるいは、今の自分を思い知れと、言外にその小さな背中が語っていた。

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