第11話

 それから一時間ほど射撃練習をして、休憩になった。

「だっはぁ~~! 難しい!」

 カズヤは砂漠ということも気にせずに、地面に大の字に横たわった。

 徹底的に構えと撃つことだけを繰り返しやらされて、そのことだけで二〇は直すところを言われたと思う。なんだか小学生に戻った気分だった。

 わかったことは下手くそなくせに随分『なんとなく撃てば当たる』照準アシストに頼っていたということだ。撃つ弾はそもそも最初から消失しているんじゃないかというくらい当たらず、サキの言っていた構えの大事さをより思い知らされた。アシストを切った代わりに得られる消えない四%を、実感として得られるのはまだまだ遠い先のようだ。

「よし、休憩終わり。再開するわよ」

 五分キッカリでサキは立ち上がって言った。

「え、まだやるの?」

「はあ? 当たり前でしょ。アンタはまだスタート地点にも立ってないの。そんなんじゃ勝てる見込みだってないんだからね」

 確かに、止まっているターゲットにも当たらないのでは、話にもならない。動いている人間との実戦など先も先だ。

「まあ、それはわかるけどな……。フワリと一緒にやったチーデスは悲惨だった」

 高校の合格が決まり、勇んで臨んだ初ゲームはちょうど一週間前。フワリとチームを組んでの野良マッチは相当ボコボコにされたのだった。なんだったらサキの活躍を動画で見ていた分張り切っていたので、『0キル17デス』という結果はカズヤの心を折るには十分だった。

「は? フワリはストーリーもクラスも教えてないって言ってたけど。何で野良行ってるの?」

「ん? ストーリー?? いきなり野良マッチに行っちゃダメなのか?」

 カズヤの答えに、サキの目があからさまに細まった。あ、コレ、これから怒る兆候だ。

「ダメじゃないけど。『マルチプレイは、初心者のプレイヤーはまずストーリーで慣れてから始めましょう』って注意書き出たでしょ?」

「……出ました」

 確かに出たが、フワリは「そんなんつまんねーから実戦ですよ!」と無視させたのだ。それでこんなに怒られているのは、なんだか理不尽だった。

「操作と武器説明と立ち回りを教えてくれる、チュートリアルの位置づけよ。説明書読んだ?」

「説明書……?」

 とカズヤが繰り返すと、ビキ、とサキの額に青筋が浮かんだ。

「いや、このゲームはフワリが家でもやろうって買ってくれてさ。説明書があったんだな」

「って言ってもネットで見るオンラインマニュアルよ。最近のゲームは入ってないの! ストーリーもやってないし、クラスも作ってない。それなのに、何を思って、敵を倒せるって勘違いしてるのよ? 知識もないくせに」

「サキの動画はめちゃくちゃ見てたから、一応、知識だけはあるんだけど……」

 一応反論のように言うと、サキが語気を強めた。

「あんなのは、可愛い女の子目当てのバカを釣るための、誰でも知ってるどうでもいい、中身のない情報ばっかに決まってるじゃないの! 人気取りと再生数稼ぎに決まってるでしょ!」

「えぇっ⁉」

「何引っかかってるのよ!」

「そんな動画を投稿しておいて⁉」

 とんでもないマッチポンプ発言だ。

「そ、それに、クラスならフワリが最初に用意されてるヤツでいいって言ったんだよ!」

 はぁ~~~~~~~~~、とサキは深いため息をついた。頭を抑えている。

「最悪! ……頭痛いわ。初心者なのはまだしも、態度が気に食わない。言っとくけど初期クラスは使わないほうがいい。弱い武器が多いし、装備に合わないスキルばっか。自分でクラス組むことを覚えないでしょ。アイツはなんて言ってアンタを野良マッチに連れて行ったの?」

「習うな、慣れろ」

「あ、今わかった。アタシ、アイツとはゲームの方向性が根本的に合わないわ」

 フワリもゲーマーはゲーマーなので、性格の不一致があるようだった。

「まあ、フワリは楽しければいいってタイプだからな。説明書も全く読まないタイプ」

「なんかわかるわ、それ。で? アンタはそれでボコボコにされて楽しかったの?」

「いや全然」

 なんだったら心をへし折られてゲームやめようかなと本気で悩んだほどだった。

「アタシもヤキが回ったわ……。ホント、この学校にはマトモな人間がいないわね。ああ、もう。やるからには徹底的にやるからね! まずは、クラス作成から!」

 嗜虐的に細めた目でサキはカズヤのことを睨んでいた。生徒のようにカズヤは手を挙げる。

「あの、サキさん。動画と同じような、可愛く優しいサキさんで教えてほしいんですが!」

「却下。そんなアタシはいない。ちゃっちゃとやるわよ。ホラ、早くメニュー開け」

「おぉ……」

 カズヤの頭の中で、きゃぴきゃぴして高い声で笑顔のサキ像が砕け散った。

 腕時計型の機械を操作して、電子メニューをオンにした。半透明の青いウィンドウが目の前に展開される。サキは近づいてきて、横から覗き込むようにして指さした。

「ここ。『CLASS』って書いてあるでしょ。ん~、装備設定みたいなもん! 兵科は職業のことよ! お気に入りを複数保存して置ける装備セット……戦士の脳筋大剣装備とか。賢者で回復魔法の杖装備とか」

「それはわかりやすいな。たとえがうまい」

「ふふん。だてにこのゲームやってないわよ。クラスで選ぶのは兵科、メインウェポン、サブウェポン、爆発物、その他投擲物、兵装、スキル。と、武器アタッチメント。だから八つね!」

「なんとなくわかった。で、兵科って何?」

「もう。一回しか言わないからね。兵科は四つよ!」

 眉をキツく吊り上げながら、それでも律儀にサキは説明した。

「まず『突撃兵』! 足の速さが二〇あがる。アタッチメントが二個つけられる。本人だけ!」

「え、それだけ……?」

「それだけ、がめちゃくちゃ強いのよ。文字通り戦場を駆け抜ける花形ね。アタシは基本これ。クルツアキンボレトアで駆け回るのは、兵科『突撃兵』があってこそだから。

 次、『援護兵』! 所持弾倉が二倍になるのと、遮蔽物への弾丸貫通力が一段階あがる! 自分だけ! 弾が尽きても弾薬ボックスを設置してチームで補充できる!」

「なるほど、ちょっとわかりやすいな」

「『衛生兵』、チーム全員の体力を100から120にあげる。選択するだけで効果があるから、初心者にオススメの兵科。迷ったらとりあえずこれね。チームに一人は必要!

 最後は『工兵』! 建物への攻撃力をあげて、マップ構造を大きく変えることができる! ルールやマップによっては必須! 爆発物を一個多く持てる! 全部自分だけ!」

「だいたいわかった」

「兵科は『衛生兵』にして。武器は好きなもの。スキルは、まだ『感知』と『身軽』、あと『隠密』しか出てないから……相手の視線が向いてるのがわかる『感知』がいいかな? 狙われていることがわかるだけでも、死ににくくなるからね」

 スキルはガンシューティングゲームに特化した特殊能力のようなもので、自分の戦いに合わせて一つだけ選び、戦況を有利に進めることができる。

「突撃御用達の、走れる距離が伸びる『身軽』なら兵科『突撃兵』と合わせるとむちゃくちゃ強いし。『隠密』は相手の探索系能力に引っかからなくなるから、裏取りしやすい。アタッチメントのサイレンサーと兵装のギリースーツで組み合わせるのが超強力!」

 武器につけられるアタッチメントは、その武器を使用して経験値を稼がないといけないので、カズヤは一つも出ていない。迷彩も同じで、基本色の他はヘッドショット数などによって解除アンロツクされるのだ。カズヤが憧れる白銀迷彩は大会優勝特典だとサキが教えてくれた。

「兵装取得は、だいたいクエストね。必要なのはあとで一緒に取りに行ってあげる。武器の入手が一番多岐にわたって、購入、クエスト、ランクアップとか、ホント色々」

 カズヤはぎこちなく装備を動かし、サキがたまに指さして教えてくれる。サブウェポンのところで、カズヤは止まった。

「あ、なあ。コルトガバメント使ってたけどさ。その、ハンドガンをUSPにしてもいいかな」

 チラリとサキが腰に吊っている拳銃を見て、カズヤは言った。

「なに? わざわざ聞かなくても、選べる中から好きなのにすればいいでしょ」

「お揃いって思われるとアレだなって思って。でも、サキはオレの先生だからさ。上手な人の真似をするのは、泥棒じゃないから。感覚は同じなわけだし、教えてもらいやすいかなって」

「アタシと一緒にしたいならそう言えばいいでしょうが。そうやって言い訳みたいにぐだぐだ言われる方がかゆいわよ!」

 サキはまどろっこしいのか一気にそう言った。気持ち顔が赤かった。

「うん。サキと同じがいいから、同じ拳銃にするよ」

「やっぱ口に出すな、バカ!」

「いてっ⁉」

 サキはそっぽを向いてカズヤを叩いた。ダメージは入らなかった。

 そうして、装備が整ったら、結局またターゲット撃ちが再開された。サキが言っていた通り、本当に一〇〇〇体撃ち抜くまで、終わらせてくれなかった。


「お、戻ってきた。もう夜中ですよ~」

 ゲームからログアウトすると、ベッドの上でメイド姿のフワリが正座をして待っていた。

「お待たせ。思った以上にへたくそだったから」

 ベッドを下りて伸びをするサキ。

「でしょうね~。モニターで最後のほう見てました。お夕飯用意してありますよ」

「うう……疲れた……ぐはっ⁉」

 カズヤはぼんやりと目を開けて、上半身を起こし、そこでフワリに抱きつかれた。

「ご主人様~! たぶん、やめた方がいいと思いますよ!」

 何が……? と答えるよりも先に、カズヤの視界がグルンと回った。

「あっ⁉」

 そのままもう一度ベッドに倒れ込む。倒れたことに、少しして気付いた。

「VR酔いですよ。今までやってなかった癖に、いきなり長時間やるから」

 ぐわんぐわんと視点は定まらず、耳鳴りがする。頭が激しく痛んだ。

「おお……、き、気持ち悪い……。あれ……フワリがたくさんいる……?」

「めちゃくちゃ幸せじゃないですか。フワリハーレムです? 心の底では望んでいるです?」

 フワリは手におしぼりを持っていて、顔に乗せてくれた。朝と違い、今度はちゃんと冷たい。

「みんな通る道よ。明日には治ってる」と、サキは態度が冷たい。

「今日はそのままおやすみどーぞ。サッキー! ご飯にしましょう! 腹ペコです!」

 オレも腹減ってるんだけど! と、カズヤは言うこともできずに、そのまま目をつむった。


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