第10話

 二人は昼と同じ砂漠テントに立っていた。夜の帳が下りて、あたりをライトが照らしていた。

「……サキさん? 怒ってます?」

「怒ってない」

「ホントに?」

 フワリはいない。フワリの家には、二人分のコネクトライトしかなかった。フワリがサキにVRセットを持ってるかと聞くと、もちろん持ってきているはずもないと答えた。

「長く使ってたから、壊れて。家にはない」とサキは表情を隠して小さい声で言った。

 詳細も聞かず、結局フワリが軽い口調で「じゃあ買ってきま~す」と出て行った。

 カズヤの考え不足だとサキは罵ったが、今プンプンしているのはその後が原因だった。フワリの家でゲームをする場合、キングサイズのベッドで横になって接続するのだ。サキとカズヤは一つのベッドに入ってゲームを始めるまで、言い合いだけで一〇分はかかったのだった。

「時間が惜しいわ。とっととやる!」

 声を硬くしたまま、サキは腕を組んで、

「まずは構えを徹底的に直す。ちゃんと『狙って当てる』感覚を身につけなさい!」

 カズヤも大人しくそれに従う。シューティングレンジ――目の前の立ち上がる目標だけを狙い撃てる射撃場で、拳銃を構えた。

「言ったでしょ。身体が硬いわよ。腰が伸びてる。腕は……そう。真っすぐに伸ばして、少しあそびを持たせて。力は入れない」

「ちょっと構えにくいんだよなぁ」

「すぐに慣れるわ。その形を忘れないで」

 立ち上がったターゲットを撃つ。サキがうなずいてから、次を撃つ。何体か倒すと時折サキが腕の位置を矯正したり、足をつついて悪い所を教えてくれた。

「それで毎日練習しなさい。言ったように最低一〇〇〇体。動くBOT撃ちはまだ早いかな」

「げぇ~。鬼教官」

「文句言ってんじゃないわよ。いいこと? 一つ教えてあげるから」

 サキは腕を組んだまま、キリッとした表情でカズヤと、目標を見据えていた。

「FPSにおいてね、最も大事なのはこの照準(エイム)なの」

「エイム?」

「もちろん立ち回りも大事だし、装備も、スキルも、有利不利、その場に合わせた状況判断や経験が結果を左右させることは多々ある。だけど最終的に、敵を倒すのはいつだって『構えて』『狙って』『撃つ』ということ。その基本ができてないとそもそも倒せないでしょ? 構えは、基本にして奥義。スルーしがちだけど、なんとなくで済ませていい所じゃないの」

「あ」

 サキの言葉に、カズヤは不思議と腑に落ちていた。

 剣道も同じだ。どんなにお互い背丈・体格が違っても、タイミングはあれど、打つところが複数あっても、必ず打突は一つの構えから始まる。構えは基本にして奥義。道場で足さばきと一緒に、一番最初に徹底的に教えられる基礎中の基礎だ。

「どうしたの? ニヤニヤして」

「ニヤニヤは余計だ。いや、わかったんだ。試合は確かに楽しいんだけど、練習もせずに最初からやって勝てるはずもない。ゲームも一緒だな」

「実践に勝る修業なし、とも言うけど。アンタはその前。変な癖がつくと、あとで大変よ? ゲームだから、試合で『運よく勝ててしまう・・・・・・・・・』場合もあるからよくないのよね。見落としがちになっちゃう。調子が悪いときは大抵エイムが悪い。あ、それと」

 サキはちょっと待ってね、と電子ウィンドウを開いて何か設定を弄ってた。

「どう? 敵対設定にしてみたのだけど」

「おお?」

 そういえばサキの頭上にはプレイヤー名『SAKI』という文字が浮かんでいるのだが、普段は緑色で見えるその名前が消えていた。仲間の場合には、近くにいるときは頭上を注視すると表示される。遠くの場合はだいたいどこにいるかわかるように壁越しに名前だけ見えるのだ。敵の場合は、そもそも名前は見えない。

「このゲームでは基本的にチームの仲間にはダメージが入らないようになってる。そもそも銃を仲間に向けるのはマナー違反。だけど撃てば当たるし、痛い。フレンドリーファイアってやつ。公式戦もそうね。今は照準エイムアシストを勉強しようと思って、お互いに撃てば弾丸が当たって、ダメージが入る敵の設定よ。ためしにアタシのことを狙ってみて」

 少しサキは離れて、腰に手を置いて胸を張っている。

「え? ええと……どこ狙えばいいんだ?」

 一応敵対設定とはいえ、女の子の顔に銃を向けるのは、なんとなくイヤな気がした。

「はあ? どこだっていいわよ。心臓でいいでしょ。胸!」

「お前の心臓ハートを撃ち抜いてやるぜ! って気持ちで構えればいいのかな?」

「は? 殺すわよ。ふざけたこと言ってないで早くして」

「はい。ごめんなさい」

 とんでもなく冷たい声で返された。ドンと左胸を叩くので、カズヤは拳銃を構えてサキの胸へと照準してみた。距離は約五メートル。意外とこんな近くでもしっかり当てるのは難しそうだった。サキの身長が低いというのもあるが、カズヤは思わずつぶやいてしまう。

「ちっちぇな……」

「あ⁉ どういうこと⁉」

「いや、胸が……あ⁉ ちがっ! いや、的がって意味で――いっでぇ!」

 バン! と神速で銃声が響き、カズヤの顔面が撃ち抜かれていた。

「サキさん⁉ ダメージ入ってる! 死ぬ!」

 カズヤの視界はゲーム演出でイチゴジャムでも投げつけられたように赤く染まっていた。勝手に自身のアバターが『はぁ……はぁ……』と息苦しそうに喘いでいた。

「って頭撃たれたら普通死ぬだろ!」

「ゲームだもの。指先だけ撃たれ続けても死ぬし。ショック死みたいな」

 拳銃の威力40が、ヘッドショットのため60ダメージ。カズヤは文字通り瀕死状態だ。

「アンタがつまんないこというからよ。次言ったらマジで殺すわよ」

 あ、これマジのヤツだ。目が本気だと言っていた。リアルに死にかけているが、少しして体力が回復してくる。息が整い、視界もクリアになった。カズヤはもう一度サキに銃を合わせた。

「そ。そのまま。自分では動かさないでいいからね」

 首をかしげるカズヤの前で、サキが左に数歩移動する。

「? ……あ」

 カズヤの構えた拳銃は動かしていないのに、ピクピクとサキを捉えて、後を追っていた。

「わかった? それが照準アシスト。ガンライフオンラインはゲームだから、より簡単に、弾が人に当たりやすく設定されてるの。じゃないと素人が銃撃ったって当たらないからね」

「へえ~! 面白いな!」

「より直感的に、スピーディに、わかりやすくってコンセプトなんだけど、この照準アシストには落とし穴があって。複数の敵がいると狙いたい相手に銃が向かないで、引っ張られて当たらないってことが多々ある。それを利用した戦略があるくらいには有名なのよね」

「おお! なんか、駆け引きだな」

「そして一番の欠陥は、アシストが効いていると約四%の確率で撃った弾が消失する」

「は?」

「ゲーム性を高めるためね。出会い頭の戦闘はだからかなり勝敗に偏りが出る。同じ程度の実力で撃ち合ってもね。そういう仕様なの。大事な時ほど弾は当たらないって迷信があるくらい」

「そんなの、どうしたらいいんだよ」

 元々撃っても大して当たらないカズヤだったが、彼の狼狽にサキはフフンと得意顔で、

「簡単。設定からアシストをオフにすればいいの」

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