第9話
第二章 時は金なり
学校から徒歩一〇分。住宅街の立ち並ぶ一角に、それはあった。
「デカ……」
サキが絶句する。
白く高い塀は、夕焼けに照らされてオレンジに輝いている。鉄製の門扉は固く閉じられ、屋敷のような威風堂々とした佇まい。ピンポーン、とチャイムを押すと、しわがれた声が答えた。
「カズヤさま。お待ちしておりました。お嬢様は準備万端でございます」
「準備万端……?」
フワリの祖父の言葉に不穏な空気を感じながら、カズヤはサキと連れ立って敷地に入った。石畳が玄関まで続き、サキは庭としては広すぎるそこを見回して歩いていた。
「へえ。そんな風には見えないけど、お金持ちなのね。本当にお嬢様ってこと」
「あいつのやりたい放題はある意味金に物を言わせるタイプだからな」
カズヤはため息とともに言って、荘厳なドアに手をかけて開けると、
「おかえりなさいませ、ご主人様!!!!」
メイド姿のフワリが、ぺこりとお辞儀してお出迎えしてくれた。
「…………」
なんか、知らない女の子が、いた。バタン。中に入らず、そのまま閉めた。
「――ってなんで閉めるんですか⁉」
コンマ一秒ほどで、勢いよくドアが開く。
頭には普段の帽子の代わりにカチューシャ。制服から着替えている。白と黒のメイド服は不思議と似合っていた。ふわふわのエプロンは卸したてのよう。めちゃくちゃ可愛かった。
「絶対めんどくさいことになるから……」
「え~、なんか反応冷てーです。って、ありゃ?」
そこで初めて気づいたかのように、フワリはサキへと目を向けた。
「サッキーじゃないですか。あ、わかりました! サッキーにフワリとのラブラブ見られたくなかったんですね! 照れ屋です。ちゅか、絶対こっぴどくフラれると思ったのに! やりますね! フワリがいつものようにごほーししてあげよーと準備してたのに、無駄でしたか!」
「いつものように……? ご奉仕??」
ジロッと訝しい目をサキが向けるので、カズヤは手を振って否定する。
「嘘だよ、嘘。フワリのメイドなんて初めて見たっての。ご奉仕もしてもらったことなんかないぞ。先に帰って準備してるって、意味がちげーよ」
「なんて告ったんですか?」
「これ以上ややこしくすんな」
「いてっ、です」
ぽこん、とカチューシャのついている頭を小突くと、フワリは舌を出してへらっと笑った。
「やあやあ、サッキー。チーム組んでくれたんですね。フワリはうれしーです。一緒に頑張りましょー! さ、入って入って」
普通に土足で飛び出してきていたフワリはぴょこぴょこ跳ねるように家に入り、カズヤはサキに譲って後からお邪魔する。サキはローファーを指にひっかけて脱ぎ、律儀に靴をそろえた。
「なに?」
それを見ていたカズヤに気付いて、サキは不思議そうに聞いた。
「いや、意外とマメなんだなって思って」
「意外と……? 失礼しちゃうわ。『足元の乱れは心の乱れ』だからね」
「へえ」
剣道の教えと同じようなことを言うので、カズヤは感心してうなずいてしまった。
ついでに脱ぎ方も女の子らしくて非常にカワイイなんて思ったが、それを言うと怒られることだけはわかっていた。
フワリの部屋は巨大なベッドとモニターが備え付けられ、床にはクッション、ゲーム、エアガン、ぬいぐるみ、カバンや制服などが取っ散らかっていた。
「相変わらずだな」
カズヤは脱ぎ捨てられた制服をハンガーにかけて、手近なクッションをサキに放って座った。
「慣れてるわね。よく来るの?」
「幼馴染だからね。ゲームやるときは割と。親が仲良くて」
学校で受付が完了した後、まずはメンバーで顔合わせということでフワリの家に集合することに決まった。そもそもカズヤはVRセットである『コネクトライト』を持っていないので、フワリの家で貸してもらって二人プレイをしているのだ。
「フワリが来たらさっそくゲームやろうぜ。それにしてもメンバーが決まってよかったぜ。そもそもエントリーできなくて、単位自体もらえないかと」
「アタシも、危うく参加できないところだったから、お互い様」
サキはそっけない態度だが、それから少しだけ意地悪そうな目を向けて、
「でも、アタシのことストーカーしてたのはちょっと引いたかな? 気になって、部室棟まで追いかけてきたんでしょ?」
「おいおい、違うって」
どうしてみんなオレのことを変態みたいに扱いたいんだ?
Sっ気たっぷりにサキが言うので、カズヤは慌てて反論して、そこで思い出した。
「あ! そうだ、髪留め! これ。VRベッドに落ちてたんだよ」
ポケットから作り物の赤い花弁を取り出すと、サキは目を丸くした。
「あ! アタシの髪留め……」
サキがポニーテールを解くと、黒のロングヘアが広がった。ふわりと自然にまとまって、なんだかいい匂いがした。雰囲気も全く違う。変に高鳴る心臓を無視して、カズヤは小さい手のひらから受け取った。
「ちょっと見せてもらっていいかな? あ、ここだな」
赤い造花の一か所が欠けていた。
「瞬間接着剤でくっつけられるかな。根元の見えないところだから、それでいいか?」
「あ、えっと……うん。直してくれるの?」
こくりとサキはうなずいて、カズヤを見ていた。フワリの部屋の引き出しを開け、花弁の根元に薄く接着剤をつけて、ピタリとくっつける。ものの数秒で元通りになった。
「意外と器用なのね」
「ああ、まあな。よく剣道の道具とか直したりとかな。こう見えて結構みんなに頼られてたんだぜ」
「……」
「よし、できた。少ししたら大丈夫だと思う」
テーブルの上に髪留めを置くと、真っ赤なそれはポツンと綺麗に咲いていた。
「ありがと。これ、死んじゃったお母さんから小さいときにもらったんだ。大切なの」
「! ……そっか。なら、よかったよ。それ、サザンカだろ」
「そうよ。花言葉は『困難に打ち克つ』『ひたむきさ』、赤い場合は『最も美しい』」
「サキにピッタリな花言葉だな」
「でしょ? ふふん」
サキは自慢げにそう言って、チラリとこちらを見てくる。
カズヤも見ていたので、視線がバチリと交差して――どちらともなく目を離した。
「……」
なんだろう。別に悪い雰囲気じゃないと思う。だけど、どうしてこんなに気まずいのかわからなかった。楽しいような、しかし気恥ずかしいような――それをお互いに感じていることを、お互いにわかっているような――すごく、変な気分だ。
もう一度、カズヤはサキを見た。サキもカズヤを見ていた。ポツリと言った。
「……お母さんが、アタシがピンチだからって、助けてくれたのかな」
「え? それって、どういう――」
そこで、バタン! と部屋のドアが大きく開いた。
「お待たせしましたーーーー! ご主人様ー!」
フワリは両手にお菓子とジュースを持っていた。どうやらその呼び方が気に入ったらしい。あからさまに目を背ける二人を見て、フワリはきょとんとした。
「ありゃ、どうしました? イチャついてました? フワリ、お邪魔虫です?」
「自分の部屋でしょ」
「んなわけあるかっての――うわ、重いって!」
「カズヤーン!」
フワリは物をテーブルに置いてカズヤの背中に容赦なく抱き着いてきた。頬に顔を寄せる。
「重い?? 今、重いって言いました⁉ 失礼です! いえ、カズヤン、なんかサッキーといい雰囲気だったので。ここでちゃんとぶち壊しておいてやろうかな、と」
「動機が不純すぎる!」
後ろからくっつかれているので、フワリの柔らかい身体が背中に『フワリですよ!』と主張していた。ついでにサキとは違った、お菓子みたいな甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
サキはというと、つまらなそうに二人を眺めていた。
「ふぅん。仲良いのね」
「です。サッキーには負けません」
「どういう意味だよ。兄妹みたいなもんだぜ」
「む。それ、どっちが年上です? あ、カズヤンむっつりスケベですから、サッキーも気を付けてくださいね」
「わかってる」
「どういうこと⁉」
カズヤはよくわからなかったが、とりあえずコミュニケーションに問題はなさそうだ。
「ホラ、ふざけてないで離れろ。特訓するんだろ」
「はいはい~。そんなこと言って、カズヤン、チ〇コたってます」
「おまっ、平気でそういうこと口にするの、やめろ!」
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