第8話

 

 戦況が著しく変わっていない限り、再復活リスポーン地点は最初に準備していた場所になる。カズヤたちならば、マップの外。サライたちは、その真逆の物品倉庫。

 薄暗い廊下から、倉庫入口へ顔を出すと、一斉に銃弾が浴びせられた。

「ほらね? 学校代表のくせに、ダサすぎ」

 ドアは崩壊しているが、そこまでおよそ二〇メートル。

 四人のライトマシンガン使いが、部屋の中の遮蔽物から顔を出して、身を隠しながら撃ちまくってきた。やられた時に武器種を変えてきたらしい。

 軽機関銃は弾数が多いもので最大一〇〇発あり、距離による威力減衰を受けず、威力40ならば全距離三発で敵を倒すことができる分隊支援火器だ。文字通り、撃ちまくり、敵を牽制することが目的となる。その分反動が強く、制御するのには慣れと技術がいる。リロードにかなりの時間がかかる。また、固定ダメージ武器は一律で、サイレンサーをつけると威力自体が下がるといったデメリットも存在する。

「アタシがフラッシュ投げたら、アンタも投げて。そのままドアに突っ込んでいいから」

「りょ、了解」

 何度か弾丸を撃たせて、消耗させてサキが飛び出した。一層弾丸の嵐が激しくなる。カズヤも左手でポーチから、スタン・グレネードを取り出し、ドアに向かって放り投げた。

「ぎゃっ」

 左のポーチは、ダメージを与えない投擲物。といっても、三種類しかなく、そのうちのフラッシュ・グレネードとスタン・グレネード。フラッシュは炸裂時に数秒間相手の視界を奪い、スタンは強制的に照準をめちゃくちゃにして正確性を奪う。

 サキは突撃して、ドアから見える三人を倒した。あと二人倒せば勝ちだ。

「ほら、行け!」

 カズヤに華を持たせてくれるらしい。

 カズヤはスナイパーライフルを担いだまま、一直線に、部屋に飛び込んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――って、あれっ⁉」

 誰もいなかった。さっきは、あと一人いたはずなのに。

 ただ、装備しているスキルで、『誰かに狙われている』ことだけはわかった。

「……?」

 右に出口が一つあり、『納品エリア』と書かれたひしゃげたシャッターの隙間から、筒みたいなものが三本突き出ていた。それが全て同時に煌めいた。

「ごはっ⁉」

 ばしゅうううううう! と嫌な音が複数聞こえて、カズヤは爆散した。

 無数のロケット・ランチャーが発射されて、その場で木っ端みじんになる。

 視界は真っ赤に滲み、床に倒れ、五秒して画面が暗転する。

「いってえええええええええええええ! クソっ!」

 悪態をついたときには、最初の入り口前である開始地点に再復活リスポーンしていた。仲間による蘇生が今回のルールでは不可能に設定してあるので、すぐに戦場に戻れるのだ。

「『ごはっ⁉』だって! 『ごはっ』!!」

 サキが笑いながら、カズヤを真似した声が聞こえてくる。

「サキぃ~っ!」

「あっはっはっはっは! ああ~、面白かった!」

 サキとは離れ離れになってしまったので、耳からチーム音声が聞けるのだ。

 どうやらカズヤは謀られたらしい。

「最後は華を持たせてくれるんじゃないのかよ!」

「そんなこと、言ってませんけど。わかった? 今のランチャーの使い方は、まあまあうまいわよ。閉所での爆発物はかなり強力だから、覚えておきなさい」

「身に染みてわかったよ。すげー痛いし。もう勘弁願いたいぜ!」

「でしょ? やられると、よく実感できるの」

 三種類あるサブウェポンの最後だ。ハンドガン、ショットガン、そしてランチャー。武器種の中で唯一爆発物として数えられる兵器だ。使い道は限られるが、ハマれば強い。

「あ、中には入らないでいいわ。アンタは、右側の搬入口に向かって。そこで、いいって言うまで角で隠れてて。アタシがタイミングを伝えるから、そしたら出ること」

「あン?」

「まだ一発も撃ってないでしょ? ガン待ちで芋ってるから――撃ち抜いてやりなさい」

「! わかった」

 カズヤはサキの言わんとしていることに気づき、外からマップ右端へと走って行った。

「どわっ⁉」

 一瞬身体を出すと、光る二つのスコープが見えた。同時に狙われている通知。場所は腹と顔。すぐにカズヤは引き返し、さっきまでいたそこに二発の弾丸が撃ち込まれる。

「ちょっと。隠れてろって言ったのに。そこから行くってバレちゃったじゃない」

「わ、わりぃ」

 本当はサキに教えられてから奇襲をかけるはずだったのだ。待ち構えている相手に、カズヤは顔を出し、構えて、狙って、撃つという動作をしなければならない。

 敵は二人とも、スコープを覗いて、カズヤが顔を出すのを待っている。来るとわかったら次は外さないだろう。手に持っているのは狙撃銃スナイパーライフル

 スナイパーライフルの特性として、軽機関銃と同じく全距離で固定ダメージを与えられるという利点がある。現実としては、長距離射撃を想定した武器で、スポッターと呼ばれる観測手とタッグになり、主に要所を抑える働きをする。あるいは、相手に気づかれない地点から一方的に狙撃するような、最大で二kmほどの有効射程を持つものも存在する。

 ゲームではそこまで長距離では戦わないので、主な得意レンジは、今対峙しているおよそ五〇メートルほど。

 米粒くらいの大きさとまではいかないが、遠くにいる標的を倍率の高いスコープで覗いて、照準を合わせて引き金を引き、しっかり当てれば一撃で倒すことができる。

 狙撃銃だけは特殊な威力設定で、基本威力100。どこに当たっても一撃で倒せる――というわけではなく、四肢に当たると二〇%の威力低下、それ以外は二〇%の威力上昇ボーナス。つまり、どんなライフの人間でも、四肢以外に当てることができれば一撃で倒せるのだ。

 ただ、一発撃つごとにほかの武器にはない隙が生じる。ボルトアクションならコッキング動作。セミオートでは、次弾を撃つまでに数秒のフリーズ。フリーズについてはゲームバランスを考慮した架空の設計である。

 また、ゲームでは、覗くと必ずスコープが光って正面の相手に場所を知らせてしまう。これは実際の戦場でも、太陽光がスコープに反射されて位置が把握されることから流用されている。

 メインウェポンの短機関銃、突撃銃、軽機関銃、狙撃銃。サブウェポンは拳銃、散弾銃、ランチャー。爆発物と投擲物。兵科。兵装。スキル。アタッチメント。それらを組み合わせ、自分だけの装備を作り、自身で考え、立ち回り、勝利をつかみ取るFPS。

 それがガンライフオンライン。

「アタシが飛び出すから、そしたら撃っていいわよ」

「了解」

「いい? スナイパー使うときは、常にそう。覚えておいて。ちゃんと――」

「――『止まって、構えて、狙って、撃つ』だろ」

「そうよ。よく知ってるじゃない」

 感心したような言い方のサキ。

「サキの『これであなたも一人前! 狙撃銃編』動画で見た。あの回、サキが苦手なりにスナイパー使ったり、当たってきゃっきゃして、はしゃぎっぷりが超かわいかった~……」

「ッ! ……アンタ、ホント! あとでマジで殺すからッ!」

「……」

 つい口が滑ってしまった。声色だけで殺傷力がありそうだった。

「準備は良い? 五秒数えるわよ。五、四――」

 敵の近くなので、サキの声はそこで消える。代わりに、カズヤが引き継いだ。

「三、二、一――」

 途中で銃撃音が鳴り響いた。サキを信じて、見晴らしのいいそこへ飛び出す。

 ちょうど、サキが強引に一人をサブマシンガンで撃ち抜いて倒し――そのまま真横に全力疾走し、遮蔽物に隠れるところだった。カズヤを狙っていたサライは、突然横から現れたサキに面喰らい、そちらにライフルを向けている。隙は、サキが作ってくれていた。

 カズヤは立ち止まり、スナイパーライフルを構え、照準してスコープを覗き、狙い、照準線レティクルのど真ん中に、サライの顔を収めた。

 容赦なく引き金を引いて、撃った。

 ――ズガン。

 轟音。衝撃。弾丸のヒット。

 ヘッドショットの二倍ボーナスダメージ『200』。

「ぐあっ⁉」

 弾丸はまっすぐに飛び、サライの頭をぶち抜いていた。

 画面に『VICTORY!』の文字。

「――――」

 自分の行った狙撃にゾクリとした。

 へたくそなカズヤに、それは鳥肌を立たせる完璧な一弾。

 遠い昔、初めて試合で取った一本の面を、思い出していた。


 ゲームからログアウトし、カズヤとサキはVRルームで起き上がった。サキは嬉しそうにカズヤに駆け寄ってきた。

「やればできるじゃない! うんうん、やっぱアタシの教えがうまかったものね。思ったよりだいぶよかったわよ、最後の狙撃!」

「あ、ありがとう……?」

 サキは右手を挙げて、カズヤに促した。パシン、と軽くハイタッチする。

「ホラ! イェーイ!」

「あ、ああ! イエーイ!」

 無邪気なサキは、やっぱり可愛いと思った。

 それからサキは腕を組んで、嬉しさを隠しもせずに、

「あんなクソみたいな策でアタシをハメられると思ってる方がバカなのよね! 超雑魚だったじゃない! ほんと、しょーもないんだから!」

「口が悪いなあ。あ、早くエントリーしないと」

「アンタのクランからアタシに勧誘メール送れるようになってるはずだから。早く送って」

「あ」

 まだ言っていなかった、とカズヤはフリーズする。その一つの事実をカズヤは思い出して……結局口にできず、メールを送った。サキは、そこで止まった。

「……は? なによ、この名前!」

 気まずい。カズヤもすっかり忘れていた。フワリが勝手につけたそれは、

「あ、いや。クラン名は……その」

 クラン『オレのハーレム』。最悪のネーミングだった。

「ちょっと! ヤなんだけど⁉」

 引き抜くために入るはずだったクランに、サキは抗議していた。

「いや、その、オレが決めたんじゃない。もうこれしか大会に参加する方法はないんだ」

「わかってるわよ! だけど、ほんっと最悪! アンタ、わかってる? 加入メールが来ると『クラン オレのハーレム に加入しますか?』って聞かれるのよ⁉ 勝手に加えられるより、自分の意志で入らないといけない分、もっと悪いわ! 『はい』って気軽に押せると思う⁉ うわ、アタシ、さっきのクソクランに入るときより、加入ボタン押したくないんだけど!」

「さ、サキの……自分の意志で、『オレのハーレム』に加入してくれ……」

「最悪! 最ッ悪だわ! ああもう、なんでこんな奴と組んじゃったのかしら……」

 時間がいよいよなくなってきた。

 サキは頭を抱えて、観念したように、「うぅ……」とか呻いている。やがて、ピコンとスマホから音が鳴って、通知が来る。

『プレイヤー SAKI が オレのハーレム に加わりました』

「……!!」

 カシャッ。無意識に、カズヤはボタンを押していた。

「ちょ! 今、スクショ撮ったでしょ! 消せ! 本気で殺すわよ⁉」

「き、記念撮影だよ!」

「何のよ⁉」

 時間もないのに、そこで激しくカズヤとサキは言い合った。


 一階の受付。カズヤとサキは期限の五分前に、そこに到着した。クラン名を打ち込んで、エントリーが完了する。

 サキはそこで、カズヤに声をかけた。

「ねえ。アタシと組む以上、昼にも言ったけど、地区優勝目指すわよ」

「もちろん。やる以上は、真剣に目指すよ」

 何を今さら、とばかりにカズヤは返すが、サキは不敵に笑っただけだった。

「実力はないけど、ま、いっか。それくらいの気持ちがないとね。いいわ。アタシも本気で、アンタたちと、優勝するから。覚悟してよね」

「わかってる。ちゃんと、目指すよ」

「だから、これは……あー、えっと。オホン。その、ご、ご褒美だから、ね?」

「はい??」

 サキはわざとらしく咳き込んで、顔を赤くして……それから、勧誘した。


「アタシと一緒に戦いましょう」


 しっかりと、カズヤを見て。

 笑顔を向けている。そっと、右手を差し出して。

 いつかの、あの日の出逢いを彷彿とさせる小さい手のひら。

「――――」

 その手をしっかりと、カズヤは握り返した。

 ぎゅっと、思いが伝わるように願って。

 口にすることはまだ叶わない。そんな実力はない。けれど。

「ああ、よろしく」

「こちらこそ」

 瞬間、視線がバチリと交差する。

 今度は、ちゃんと相手をお互いに見ていた。

 こうして期限間際に、カズヤ、フワリ、そしてサキの最後のチームがエントリーされた。


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