第7話
「ちゃんとついてきなさいよ!」
『START!』と同時、サキは弾丸のように、建物に向かって駆け出した。
試合開始位置はチームごとにマップの反対と決まっているので、最初の接敵場所はある程度限られる。いかに有利ポジションをとるかはガンライフオンライン――ひいてはFPSにおいて、基本にして絶対である。
「え、スナイパーの開幕ポジにオレはいかなくていいのか⁉」
「ちゃんと倒せるなら!」
「ッ!」
倒せないでしょ? と言外に告げる。カズヤは反論せず、大人しくついてきたようだ。
サキは装備の関係上、カズヤより走るスピードが一.二倍速い。必死に走ってもらうしかない。だが、真横について来られて邪魔されるよりはマシだ。
サキの両手には、二丁の短機関銃、H&K社製MP5
ドイツの傑作サブマシンガンMP5を切り詰めたタイプで、手の中で暴れるように弾を吐き出す。狭い場所での取り回しやすさと高威力高レート、近距離で無類の強さを誇るサキの愛銃だ。
足の速い装備で、さらに最速の動きで移動をする。
ど真ん中の入り口を駆け抜け、右の生鮮食品コーナーへ。
倒れた商品棚を飛び越え、崩壊した壁の下を中腰で抜ける。目的地はもうすぐ目の前。
銃を手に持った状態で、できる身体の動きは六つ。走る、歩く、止まる、中腰になる、伏せる、ジャンプする――たったそれだけ。
また、走りながら撃つことはできない。歩いたり、ジャンプしながら撃つと弾はブレて拡散し、当たりにくくなる。反対に、止まって撃つと弾は集弾しやすく、伏せて撃った状態が一番しっかりと狙った場所に飛んでいく。
だが、それは同時に自身も敵の弾丸に当たりやすくなることを意味する。
その相反する当てやすい、当てられやすいというバランスを見極め、撃ち合う。さらにマップも加味した有利・不利、敵に応じた突撃・待ち伏せを選択し行動する――立ち回り。
同じ相手、同じルールで戦っても、全く同じ結果、展開はありえない。
いつでも戦場には、『今』という瞬間が生きている。
その未見性、ドキドキが――好きだ。心地よい。ずっと浸っていたい。
マップ右手中央の部屋を駆け抜ける。敵の姿はない。サキの方が速い。その部屋の出口へ駆け――勢いのまま飛び出した。
「うわっ⁉」「なっ!」
二人。視認と同時に両手のトリガーを引き絞った。
二丁のMP5Kが、壊れたかのような音をあげる。吐き出される九mm弾は、一発の威力が40。体力は兵科によって100か120なので、最大威力の五メートルまでは三発確殺。装弾数は左右合わせて六〇発。吹き付ける弾丸の嵐が二人を舐め、頭上に『40』『40』『60』『60』『40』とダメージ表示。『60』はヘッドショット時の威力。そのまま命を溶かし二キル。
ダメージ表示は、撃った本人にしか見えない戦闘情報だ。仲間には口頭で伝える必要がある。
「排除」とサキはすぐにトリガーから指を離し、カズヤがついてきているかを確認する。
メインウェポンの一つ、サブマシンガン。
戦場を駆け抜ける、近距離専門の短機関銃。サキはアタッチメントで二丁持ちにし、さらにレートを高め、入り組んだ場所や狭い場所での戦いに特化させている。弾持ちの悪さは、同じ九mm弾を使用する拳銃をサブウェポンに設定することで所持弾薬を増やし、フォローしている。
リロード――
「ッ!」
――するフリをして、すぐに拳銃に持ち替えて、廊下に飛び出した。両手に握られた同じくH&K社のUSP。白銀迷彩の二丁で、今にも撃とうとしていた敵を一人強引に撃ち抜く。相手の武器はさらに近距離で、一撃で相手を沈めるショットガン装備。
ショットガンは、ハンドガンと同じサブウェポンの一つだ。
「『リロードするより、拳銃に持ち替えて撃つ方が早い!』だな」
ようやく追いついたカズヤが、サキを見て感心したように言った。
FPSでよく言われるフレーズだ。
サブウェポンにハンドガンを装備する利点は、その隙を埋めるためにある。拳銃に持ち替えて撃つのには、一秒もかからない。もちろん、メイン・サブ両方を撃ち切ってしまえば、より大きな隙になるだけだが。
サキは憮然とした表情で二種類の武器をリロードしながら、カズヤに言う。
「うっさい。アンタは『初心者のくせに、マップにも無知過ぎて、来るの自体遅すぎ!』」
「サキが速すぎるんだよ!」
「ちゃんと、アタシの戦いを見て、勉強しなさいよね! っと!」
サキは話しながら部屋から顔を一瞬出して、すぐにひっこめた。そこにほぼ同時、何発もの弾丸が撃ち込まれる。ひび割れた壁に弾痕が開き、派手に音が鳴り響く。
「アサルト二人。距離は一五メートル。廊下の先」
言いながら、サキはよどみない動作で、右手を腰についているポーチへ伸ばした。右のポーチには、一つだけ爆発物枠の武器が入っている。
手に握られたM29手榴弾。確殺爆破半径一.五メートル、威力一二〇の爆弾だ。
「ほいっと」
手に握った段階で信管が起動し、キッカリ五秒後に爆発する仕様。コン、と一度壁を跳ね返って、ピッタリ敵二人の間に落ちた。
五秒。ボゴン! と壁越しに爆破音と振動が伝わる。
悲鳴が二つ重なる。二キル。スコアは5対0。六人中五人を倒した。といっても、今回のルールでは敵数が減ることはなく、復活ありなので、あと五回倒さないといけない。
「わかった? グレは閉所では壁あてしてぶつける。そうすれば、不利な待ちにも対抗できる。ここはあんまり知られてないから、できるようになれば結構倒せるわよ?」
部屋の出口にある細長い廊下は、遮蔽物が途中に幾つかあるが、出会い頭の電撃戦には向いていない。どちらかというと要所として抑えて敵の進軍を止め、待ち伏せするのに適している。
サキのサブマシンガンでは遠すぎ、カズヤの持つスナイパーライフルには近づぎる。ゲームにおける一五メートルから二五メートルは、およその場合においてアサルトライフル有利の間合いだ。
アサルトライフル。メインウェポン。
突撃銃。ガンライフオンラインで一番数多くの種類があり、FPSの銃器の代表格。多くの弾倉、ほどよいレンジ、物によって変わるレート。フルオート、三点バースト、
そのほとんどは、最大威力を発揮する有効射程が二五メートル。それ以遠では狙撃銃や軽機関銃に食われ、近距離では短機関銃やショットガンに不利となる。何でもできる分、ある意味器用貧乏。それは直接、使用者の実力によって真価を発揮する武器種とも言える。
「さーて。派手にぶっ飛ばしてやったから、少しは戦法を変えてくるかしら」
まだ何もしていないカズヤの横で、サキは血に飢えた獣のように、廊下の先を睨んで笑った。
サキはカズヤの力は必要ないと言った。一人で十分だ、と。
本当にそうなのだ。
ゲームが始まって一分も経過しないうちに、敵のほとんどを一方的に屠ってしまう、その実力。その敵だって、カズヤより遥かに強い、学校の代表メンバーなのだ。
「かっけぇ……」
「そう? ありがと。戦場でファンサービスは、できないけれど」
華奢な身体からは想像がつかないほど、背中が大きく感じられた。六対二の状況を物ともしない、その実力。全部全部、動画の中で知るサキの戦い方だった。
サキは廊下を抜けて、突入前にクリアリング。カッティングパイと言われる、待ち伏せに対して有効な突入方法。その後入って左に狙いをつけ、いないことを確認して、右へ銃と視線、そして身体を向ける。
「うわあ! 特殊部隊みたいだ! それ、サキの動画で見たことある!」
「でしょ? ふふん」
なんだか楽しそうにして、自慢げなサキ。意外とノせられやすいらしい。
「敵はいないのか?」
「たぶん、勝てないからって引きこもってるんでしょ」
「ん? いないってわかってたのか?」
「さっき五人倒したもの。倒してないサライは後ろの警戒とかじゃない? 一番セコイし」
「じゃあ、なんで今クリアリングしたんだ? イテッ⁉」
チュイン! となぜか足を撃ち抜かれた。相変わらずダメージはないが、痛いのでやめてほしい。サキの頬は少し赤かった。
「余計な事言ってないで行くわよ!」
「……なんだ、かっこつけたかったのか。意外とガキなんだな、お前」
「次、言ったら殺すから」
少し顔が赤かった。
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