第6話
マップ中央に配置された食品スーパーの屋根は、ところどころ朽ちて陥没していた。薄緑色のペンキは剥げて錆び落ち、穴があいた部分にはそれを支えていた鉄骨が露わになっている。床には瓦礫が重なり、移動できる場所がわかりやすく限定されている。
『
ガンライフオンラインにはルール・人数に合った様々な戦いの場が用意されている。今回は人数不利のカズヤたちにマップ選択権があったため、サキが選んだのだ。
カズヤとサキはマップ外の建物の屋上からマップを眺めている。画面頭上には戦闘開始までの残り時間が『05:12』と表示されている。作戦会議や準備に充てる時間だ。
「マーケットはほぼ左右対称だから、有利不利がほとんどないマップね。ガチンコの実力が出る。外から回る両端は一本道で遠距離有利。店内はおよそ四か所の通路が入り組んでるわ。場所によるけど、基本的には近・中距離の領域」
「そ、そんくらいはオレだってわかるよ」
「ふぅん。なら、いいけど」
ジトッとサキが疑いの目を向ける。真っ白の、カズヤには見慣れた姿のサキが横にあった。すぐ近くにある顔に見惚れ、鼓動が早くなる。
「ちゃんとしたクランマッチって、初めてなんだよ」
「ああ、普通はマップに放り出されて『よーいドン』だものね」
サキは納得したようにうなずく。普段はこんな準備時間だったり、大仰な説明などないのだ。それは参加ルールを選んだ段階で明記されている。クラン戦の場合、自分でほとんどの内容――勝利条件、人数、時間制限、マップ、使用可能・不可の選定など――を決めないといけない。といっても、それはサキがほとんど決めてくれたのだが。
今回は、二対六の人数差があるので、一〇回先に敵を倒した方の勝ち。復活ありの、時間制限一〇分のチームデスマッチだ。武器や道具の縛りはない。
サキをクランに誘える最後の手段、というのももちろん重要だが。これからの戦いより、カズヤは先ほどの宣戦布告後にかわしたサキとの会話の方にドキドキしているのだった。
五分前。廊下を走っていると、サキは次のようなことを唐突に早口で言った。
「別に、アンタを探しに行こうとなんか……全然全くこれっぽっちも思ってなかったんだから」
「!」
廊下で聞いていて思わず飛び出したが、早とちりだったのか。
だって、お前今日転校してきて、オレら以外と話してねーじゃん……とか。ほとんどの生徒に関わるなって言われているのなら、一体誰を誘うつもりだったんだ……とか。
たくさんの疑問と言葉が浮かんで、カズヤは「じゃあ、何しに走って行こうとしてたんだ?」と聞きそうになった。だが、もしそれでカズヤ以外のアテがあったらそれはそれでイヤだし、たとえそうじゃなかったとしても、なんとなくだが、ものすごい反撃を食らう予感がした。
「あ、あの……。ごめん。もし、オレの勘違いだったら、その、すまん。勢いあまって。どうしてもイヤなら、その……取り下げるぞ?」
「……」
言葉を選んでそう聞くと、隣を走るサキは黙り込んだ。
少しして、口をとがらせて、
「もう、別に、いい。しょーがないから……アンタで、いい」
ぷいっ。カズヤから顔を背けて、逆側に視線を向けて、サキがそんなことを言う。
「「……」」
そのしぐさがあんまりに子供っぽくて、かわいくて、カズヤは何も返せなかった。
顔が熱かった。サキの耳まで真っ赤になっている様子に、走りながらでも気づいてしまい、こっちまでなんだか恥ずかしくなってしまった。
嘘が下手くそすぎる。強い口調は照れ隠しなのだ。
それに気づいてしまって、カズヤまで照れくさくなってしまった。
「何見てんの?」
腰に手を当てて、落ち着いた様子のサキを見ていると、チラリとその瞳が見返してくる。
ゲーム前まではお互いドギマギしていたが、彼女はさすがに歴戦の兵士である。戦場に降り立つと、普段通りの凛とした立ち振る舞い・表情のサキに戻っている。
「緊張してるんだよ」
「ホント態度だけは一人前。アンタの役目はもう終わってる。このアタシを引き抜くだけでよかったんだから。全部ぶっ倒す。アタシ一人で十分。アンタの出番なんかないわよ?」
犬歯をむき出しにして獰猛に笑った。
「そんなこと言うなよ。オレだってやれる。まったく、可愛くねぇ」
「あら? アタシのこと、可愛いって思ってくれてたの?」
「……」
からかうような質問に、カズヤは途端に何も言い返せなくなってしまう。そんなモロな質問は、やめてほしい。
「なっ!」
自分で聞いておいて、カズヤの様子を見てサキが赤面した。
「冗談に決まってるでしょ! マジに受け取んな、バカ! さっさと行くわよ!」
パタパタと顔を手で仰いで、サキは前へ向かった。戦闘開始まで二分を切っていた。一人で屋上の端まで歩いて行って、ラペリング・ロープを手に取る。
「ちょ、待ってくれ! それ、どうやるんだ⁉」
「なによ、もう。調子狂うわね」
カズヤは公式戦をやったことがないので、試合場への入り方もわからないのだ。
「じゃあ、先にどうぞ。このマップで高所側から入る場合は、このラペリングを使うの。近づけば、自分の腰にある金具が赤く光るでしょ。そこに手を触れれば、自動でくっつけてくれるわよ」
言われたとおりにすると、確かに自動でその動作をしてくれた。ロープにしがみついて、けど、飛び降りないカズヤ。サキと目があった。
「何してんの?」
「いや、怖いんだけど」
「早く行け、バカ!」
「どわっ⁉」
蹴りを入れられて、その勢いでカズヤは空中に飛び出した。約四階分の高さ。きゅっとお腹の下が絞られたが、スピードは出ない。しゅるしゅると降下し、トン、と地面に降り立った。
「うう、こわ……。あれ、どうするんだっけ?」
確か、手を赤い金具に近づけて……?
取り方にまごついていると、上からサキの声が降ってきた。
「ちょ、ちょっと⁉ はやくどきなさいって――⁉」
「ん? ふぐっ⁉」
ちょうど上に視線を向けると、何か柔らかいものが顔に激突した。
「ちょっ⁉ ひゃ、ひゃわっ⁉ どこに顔を⁉ ひゃぅッ! 動かないで!」
「ふぎっ! ほへふ!」
「バッ! しゃべんな! あ、ちょっ、手!! どこに、コラ! 触んな! 変態!!」
サキはラぺリングの器具を外して、ぴょんとカズヤから離れた。大事そうに下半身を両手で抱いていた。単純に考えて、同じ格好で降りてきたと考えると、カズヤの顔に当たった場所は……
「…………」
「アンタねぇ……! わざとやってんでしょ!」
サキは顔を真っ赤にして、完全に怒ってる。
「ち、ちがっ! 不可抗力だって! わざとじゃない! ホントに!」
「殺す……絶対殺す……!」
「お、落ち着け! ゲームだろ! アバターだから現実の身体が触られたわけじゃない!」
「アンタいつの時代の人間? 化石? 今は自分の容姿が反映されるゲームではちゃんとセクハラって通用するのよ! 犯罪も逮捕もあんの! 忠実に作られてるんだから! 当たり前! 運営に訴えて、BANさせてやるんだから! 覚悟しなさいよね!」
「ま、まあ……柔らかさは、ゲームとしても十分だったな……」
「はあッ⁉」
チャキ、と両手に白銀迷彩の短機関銃が握られた。
「あ、いや! あの……サキさん? オレをBANするとクラン戦できなくなるから……そうすると大会にも出れない。ここは冷静に、怒りを抑え――アッダァ! マジで死ぬ!」
ダダダダ! と両手から正確な射撃でサキはカズヤを撃ち抜いた。100あるカズヤのライフは、変わらない。試合開始前だし、仲間なので、ダメージは入らなかった。
ゲーム開始まで、一分を切った。
カズヤは自分の装備するアメリカ・レミントン社のスナイパーライフル、MSRを構えた。なんとなく、自分の以前構えていた武器――竹刀と似た色の、TANカラー。もちろん、竹の艶と、金属質の光沢では、比べようもないけれど。重さはゲームなのでほとんど感じない。
ゲーム内では、銃を手に取るまではどんな姿勢もとれるのだが、背中にくっついている銃に(フワリはマジックテープでくっついるんです! と言っていた)触れると、腰だめに構え、取れる姿勢が限定されるようになっている。その少し窮屈な、決められた姿勢というのも、その競技限定の取り決めと動きみたいで、カズヤはなんだか好きだった。剣道にちょっと似ていたのだ。
「ふぅん、初期クラスのスナイパーライフル?」
「なんだよ、文句あるのか?」
「……ふっ」
サキはカズヤから目をそらして、堪えきれないように吹き出した。感情が出やすくなっている気がした。
「な、なんだよ!」
「別に。ちょっとかわいいな、って思っただけ。アンタらしいかも」
もしかしたら、初めてにっこりと笑ってくれたのかもしれない。
「初心者に毛が生えた程度の実力しかないアンタじゃ、学校一のクランには歯が立たない。普通の装備をしていても、冷静に考えて一キルも取れないでしょうね。そこで、スナならまぐれ当たりでも一撃で倒せる可能性がある。だから、最初から戦い方を限定して、自分の今できる最大の、チームへの貢献と勝ちを考えて、それを選んだってこと。そんなところでしょ。違う?」
「……そうだけど。つか、なんでオレが初心者に毛が生えた程度ってわかるんだよ」
なんでわからないの? とでも言ったバカにした顔でサキはカズヤを見た。
「そりゃあ、一緒にさっきチーム組んだし。すぐやられてたじゃない。それに、ターゲット撃ちがあんなへたっぴな上級者サマが、いるもんですか」
「うぐ……」
「アタシを誰だと思ってるの? 『白銀の戦姫』よ? アンタの思ってることなんか全部わかるんだから。むしろよくその実力で啖呵切ったもんだわ。そっちの方が感心してるくらい」
「うるせー。男には、やらなきゃいけないときがあるんだよ。自分の実力に、関係なく」
戦いは、こちらの準備を待ってくれるわけではない。カズヤはそれを、よく知っている。
「オレだってチームのメンバーだ。やる以上は最善を尽くすし、勝つために可能性が一%でもあがるならそれを選択するさ」
「しょーがないわねぇ! 緊張しまくりの初心者クンのために一肌脱いであげますか! キャリーでいいと思ったけど見せ場も作ってあげる。さっきの借りは、それでチャラだからね! アタシが誰かのために、魅せてあげるなんて、すっごい珍しいんだからね?」
バンバン、と背中を強く叩いてくるサキに、カズヤは冷静に返した。
「それは……なんか、すっごく納得できるな」
「ああッ⁉ なんですって⁉」
「怖い怖い。そういうところだよ」
カズヤの返事と同時に、二丁のサブマシンガンの銃口が向けられていた。唾が飛んできそうなほどの、噛みつかんばかりの反応。なんだったら、そのまま弾丸まで飛んできそうだった。
「あ。そろそろね」「ん、そうだな」
そんなバカなやりとりを終え、やがて二人は戦場へ目を向けた。頭上の時計がゲーム開始の合図を告げた。
「さあ――戦いの時間よ」
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