第5話


 二時間続きのガンライフオンラインは、最後にチーム戦を何回か行って終わった。カズヤは早々にやられて外野から見ていたが、結局ハンドガン一丁でサキが何度もチームを優勝させた。活躍はしていないのに、カズヤたちの成績が一番優秀になっていた。

 帰りのホームルームはゲーム内で行われたので、そのまま放課後。ログアウトして現実に戻ってくると、部屋の中の時計は一五時半を指していた。

 ベッドに座ったままだったカズヤに、サキは歩いてきて、傲岸な態度で言った。

「アンタ」

「……なに?」

 少し怒った顔。内心ドキリとする。制服のサキが、目の前にいる。

「これから、毎日、一〇〇〇体!」

「はい??」

 目をパチクリさせて、カズヤは聞き返していた。

「だから、これから毎日一〇〇〇体BOTボツト撃ちやんなさい! それなら少しはマシになる。姿勢は気をつけの格好をして、そこから脱力!」

 サキは言いながら、ビシッと気をつけ、それから力を抜いて立つ姿勢を実際にやってみせた。

「……すると、よくなる。足は半歩開いて、腰は少し落とす。体幹は悪くない。ちゃんとやればちゃんとうまくなる。ゲームだから」

「え、あ……おう」

「今度はわかった? ちゃんと、初心者・・・のアンタにも理解できたかしら」

 有無を言わせぬ声と迫力。あからさますぎる強調に圧倒され、カズヤはこくこくとうなずいた。

「……はい。よくわかりました」

「それじゃ。授業……組んでくれて、ありがと。おかげで孤立も、退屈もしなかった」

 ぷいっと顔を背けるサキ。そのまま部屋を足早に出て行く。そんな彼女にカズヤはお礼の一言も言えなかった。とっとこフワリが近づいてくる。

「今の、サッキーなりの優しさでしょ」

「別に。オレの言葉にムカついて、さっきの授業中ずっと考えてたんだろ」

「素直じゃないですねぇ~、全く。頑固すぎの意地はりすぎ!」

 そこだけは怒った口調のフワリ。その通りだ。自分で自分がイヤになりそうだった。

「二人とも、ですよ」

 付け加えるように言う。確かにわかりやすすぎる。サキも、カズヤも。

 お互い、実力も、立場も違って、何を熱くなっているのだろう?

 サキが使っていたVRベッドに目を落とすと、ふと、赤い何かが見えた。

「……」

 カズヤは立ち上がって、サキがついさっきまで横になっていたそこへと歩み寄った。

「えっ⁉ ちょっとカズヤン、ナニしてるんです⁉ ここ学校ですよ! せめてフワリが帰ってからしてください! ひぇぇえええ~っ! へ、変態です! 流石に引きますよ!」

「お前こそ何言ってるんだ、フワリ」

 カズヤは顔を赤くして慌てるフワリに、そこに落ちていたものを見せた。

 赤いサザンカの花弁――作り物の、花を模した髪留めの一部だ。

「って、ありゃ? それ、サッキーの?」

「だな。取れちゃったらしい。謝るついでに、さっきのお礼も兼ねて行ってくる!」

「おお、ラッキーですね! フワリにはその花びらはフワリたちのことを表してるように思えますが! 比喩、それも隠喩です! フワリたちはつまり、サッキーの髪飾りなの!」

「ああン? 相変わらずわけわかんねー……」

「いや、タイムオーバーで散った単位を、サッキーの髪飾りが表してるなって……」

「んなバカな。まだ一七時までは時間あるし」

 残り、九〇分は切っている。言いつつ、もはやカズヤも大会参加はほとんど諦めているのだったが。良くも悪くものんびりした性格の二人なのだった。

「フワリはぶっちゃけもう単位どーでもいいです。お家で準備して待ってますねぇ」

 メンバーを探す気もないらしく、フワリはとっとこVRルームを出て行った。



 サキの前に座る男が、軽い口調で確認した。

「じゃあ、我が『紅血ノ狢コウケツノムジナ』に入ってくれるってことで、いいかい?」

 薄ら笑いを浮かべた軽薄な態度。周りには、四人の子分が男を取り巻いている。

「ええ」

 サキはジッと目の前の相手を睨み、念を押すように付け加える。

「アタシの提案が飲めるのなら。サライ……さん?」

 ここは、学校最大の派閥『紅血ノ狢』クランの所有する部室群だ。

 クランとは軍の分隊や小隊を意味し、ガンライフオンラインにおいては同じ目的を持ったチームのこと。ゲーム内集団がそのまま疑似的な部活として定着しているのだ。

 そのクラン長である三年のサライが、廊下にあつらえたソファに座ってサキと話していた。真っ赤に染めた短髪は品がなく、理性の欠片も感じられない。ひょろりと長い手足は不自然に細く、不気味ですらある。落ちくぼんだ瞳が、サキの言葉に反応して細まる。

「ああ、ああ。かの『白銀の戦姫シルバーヴァルキリー』サマが我がクランに入隊したとなれば、その程度痛手ですらない。優勝は盤石だ。いいだろう」

「本当に?」

「フン、意外と細けぇオンナだな」

 有名人であるサキに、この男は物怖じしない性格らしい。クランの長を張るような人間は、みんなそうだ。どいつもこいつも、一癖も二癖もある。

「お金のことだもの。一応、もう一度言うわよ。アタシが優勝させたげるから、『地区大会賞金は全部アタシがもらう』だからね?」

「わかってるよ。可愛くねぇ。だが、いいだろう。男に二言はねぇ。お前の力で優勝できたら、だがな」

 高校最大のクラン隊長ということは、千丈高校で最も強いプレイヤーということだ。サキと組むとなれば、まさしく最強の戦力補強である。地区大会まで負けはないだろう。

「そう。なら、入隊するわ」

 喉に引っかかりを覚えながら……それでもサキはうなずいた。

 何よりまずは優勝しなければいけない。それが、ゲームを続ける最後の手段なのだから。

「もう一度言うが、お前さんの力で優勝できたら、だぞ」

「わかってるわよ。アンタこそ、細かい」

 一瞬お互いに睨みあって、視線をどちらともなく切る。

 これでいいのだ。お互い、心は許さなくても、同じ目標のために組むだけだ。元よりクランなんてそんなもの。サキはプライドを抑えて、自分に言い聞かせた。

「じゃ、入隊メールをアカウントに送るぞ」

 サキはポケットからスマホを取り出して、メールを確認する。『クラン 紅血ノ狢 に加入しますか?』の文字。指が止まる。

「…………」

「どうした?」

 『はい』を押すのに、少しだけ躊躇った。それは自身の長年所属する『白乙女騎士団シロオトメキシダン』からの、脱退を意味する。

「別に、いいんだぜ。お前さんが嫌なら。あと一時間足らずで、メンバーを揃えられるのなら。俺たちは、提案しただけだからな。意思は『白銀の戦姫』サマにある。最初から」

「迷ってなんか、ないわよ」

 売り言葉に買い言葉。自分に言うみたいに、サキは反発して、『はい』を押した。クランに加入したことが『SAKI』としてログインしている画面上に表示される。

 時間にすれば数秒の、しかし、サキにとっては酷く長い、画面の膠着。

「じゃあ、ゲームでのアタシの役目を確認したいのだけど…………何?」

 おかしい。サキは直感で思った。目の前に座るサライは口を押さえて、目を伏せていた。

「……くく、くっくっく。くふふふふふふ」

 周りの男たちも、抑えきれないように、下卑た笑いをあげだした。

「アニキ、そろそろいいかい?」

「ああ、良いぜ、ノリ。もう終わった。――最大の敵は排除された」

 脇のドアを開けて、『紅血ノ狢』六人目が現れる。ノリと呼ばれた小太りの上級生は、サキをしげしげと眺めて、それからスマホでクラン情報を確認し、やはり笑った。

「くはは。本当に加入してやがる! 傑作だな! さすが、サライのアニキだぜ!」

「……どういうこと?」

 声を低くして聞くサキに、サライたちは答えない。

 別に、六人目が現れるのは不思議ではない。クランとして大会にメンバーを登録する場合、何人いようが六人選べばいいだけだ。そのクラン自体に六人以上人が在籍しているのは普通のことだし、そもそも学校最大の派閥なので、層が厚いのはままあることだ。

 だが、あえて五人で顔合わせをし、あたかもサキを歓迎するかのように見せていたこと。登録したタイミングで現れた六人目。その口ぶりに……何かイヤな気配を感じていた。

「お前はハメられたんだよ、『白銀の戦姫』さんよぉ!」

 笑いながら、サライがサキを指さす。

「バカなお姫様は、交渉術も知らないのかなあ? お前がメンバーとして試合に出ることはねぇんだよ! 勘違いした、クラン壊滅を招いた、猪突猛進の、単細胞バカがッッ!」

「なっ!」

 サキの大切な部分をいとも容易く、効果的であることを知った上でサライは抉ってきた。

「クランに入っても活躍はさせねぇ。試合には出ねえからな。だから『お前の力で優勝する』こともない。アホみてぇに指でもしゃぶって外野から見てな。いいザマだ!」

「……そう。やっぱり、そういうことだったのね」

 サキは一度うなずき――凄惨な笑みを浮かべた。

「ぶっ殺す」

 静かに殺意を滾らせて、サキは宣戦布告した。

 たった今加入した、クランに向かって。

「それができねーんだよ! わかってるだろ? それとも何だ? 指じゃなくて、オレのアレでもしゃぶってご機嫌取ってみるか? 『サライさまぁ! この可哀想なあたしを、どうか試合に出してください~』ってな? そっちの銃の扱いはそれとも、経験のないお姫様かい?」

 廊下は爆笑に包まれた。

「サライさん、ロリコンっすか?」

「ばーか、こんなガキ、こっちから願い下げだよ」

「……なるほどね。よくわかった。ええ、アンタたちのやり方はよくわかった」

 瞳を細くするサキに、サライたちは気づかない。声は、むしろ明るくなっていた。

「姑息なヤツらだとは思ったけど、予想以上。こんなのが学校一位? バカな考えを巡らせる前に、腕を磨きなさいよ。だからこんな学校には来たくなかったんだけど。アタシもバカすぎたわね。素直に断ればよかったわ」

「どうした? 土下座でもすれば、気が変わって、脱退させてもらえるかもしれないぜ」

「実力で敵わないから、仲間に入れて、そもそもアタシを試合に出させなければいいってわけ? ダッサ。そんな程度の連中に、地区優勝なんか出来るわけない。アタシもヤキが回ったわ。この程度の小物に引っかけられるなんて」

「もうお前は大会に出場できねぇ。事情は知ってるんだよ! 退学しろ、バカめ!」

 相手の言う通り、クランを脱退しない限り大会には出場できないだろう。

 自分の意思でクランを脱退した場合、三日の猶予措置が取られ、その間他のクランに所属することができない。もちろん、大会にエントリーできない。クラン長による除隊という手があるが、おそらくそれも望めない。目の前のサライが許さないだろう。

「俺が除隊させてやるとでも思うか? 出させねえよ。そもそもこの北部地区は昨年県制覇の一草いちくさがいるんだ。土台無理な話だ。勝てるわけもねえ」

「そういう最初から負け犬根性で、戦おうともしないから雑魚なんでしょ。犬? 魚? それとも、井の中の蛙? 学校くらいを代表した程度で……烏滸がましいのよ」

 サライも予想しているであろう、最後のクラン脱退手段を口にする。

「クランメンバー勧誘の決戦を申し込むわ」

 ピタリとサライの顔に、人差し指を向けて、サキが吠える。

 メンバー勧誘の決戦とは、クランに所属するプレイヤーを別クランが引き抜くシステムのことだ。

 動く可能性のあるメンバーの合意と、対戦での勝利によって、メンバー移動が為される。

「ははん。そんなクランを転校初日に見つけられてるのか? 時間は? エントリーまで、五〇分もないぜ。手は回してあるんだよ。最大派閥の俺たちから、学校全員に、お前とは関わるなって脅してある。余計な事したら退学させてやるぞってな。お前に、この学校に居場所なんかねーんだよ」

「関係ない。――ぶっ殺す!」

 もう一度、怨嗟を声に滲ませてサキは凄んだ。

 震えそうになる声と、気持ちを、爪が皮膚に食い込むほど強く拳を握ることでなんとか抑えた。

 背を向けて、溢れそうになるぐちゃぐちゃの感情を――敵へと見せないように、堪えた。

「ッ」

 逃げるように一歩。段々と早く、いつの間にか、駆け出していた。

「はぁ……っく、うぅっ……」

 ギリ、と奥歯を噛む。視界が潤んだ。悔しかった。どうにもならない。自分のバカさ加減に嫌気が差す。助けて。痛い。自分の場所は――ここ、ガンライフにしか、ないのに。

 誰か、誰か、誰か――!

「きゃっ⁉」

 すぐに、何かにぶつかって、潤んだ視界は見えなくなってしまった。



「大丈夫だ」

 サキを受け止めて、カズヤは優しく言った。

「大丈夫」

 胸の中に収まる小さい彼女。カズヤのシャツを、爪を立てて掴んでいる。柔らかい頬。わずかに布地が濡れるのを、肌が感じていた。

「オレを探す必要はないぜ。ここにいるからな」

 カズヤは廊下の中央に立って、『紅血ノ狢』へと目を向ける。

「っ!」

 サキを優しく抱きしめる。背中は小さく震えている。

 現実の彼女は、カズヤが思っていたほど大きくなくて、少し力を込めたら折れてしまいそうなほど儚い。小さな肩に回した左手と、丸い頭に触れる右手が、驚くほど熱い。こんな時なのに、さらさらの髪が指の隙間を通って、ドキリとした。


「居場所は、ここにある」


 一年前。画面越しに受け取った言葉を、言ってくれた相手に返す。

「!」

 きゅっと、カズヤのシャツをつかんでいた両手の爪が、強く、痛いほど食い込んだ。

「『紅血ノ狢』クランに、サキのメンバー勧誘の決戦を申し込む!」

 サキの肩を抱きしめたまま、カズヤは右手を突き出していた。

「本気で言ってんのか……?」

 ガラの悪そうな顔で睨む六人に、カズヤは必死に一人で睨み返した。

 学校一のクラン。もちろん、絶体絶命だった。腕の中で、やがてサキが小さく笑った。

「……ふっ」

「いてっ!」

 強くカズヤを突き放して、サキは自信満々の顔を取り戻している。瞳だけが、少し赤い。

「そう。この戦場こそが――アタシの居場所。決戦を認めないのならば、アタシはただ移動するだけ。今すぐ勝負しなさい。五〇分もいらない。五分でアンタたちを全滅させてやるから!」

 カズヤと同じように、相手へピッタリと指を向けて、サキが獰猛に笑っていた。

 廊下での宣戦布告。時計の指す時刻は――午後四時一二分。

 大会エントリー期限まで、あと四八分。

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