第4話


 高校の校舎は三階建てで、四棟が平行に建てられている。

 正門から見て、それぞれ順に職員室棟、普通教室棟、VR棟、部室棟になっている。東西に四列並んで伸びていて、各階に三カ所ずつ、一定間隔で連絡通路が架けられている。

 フワリが案内役を買って出て、校内を回っているところだった。まだ五時間目にはだいぶ早い時間なので、VR棟一番東の連絡通路脇にある『001』の部屋が空いていた。

「ちゃんちゃちゃちゃちゃ~んちゃちゃちゃん♪ ここがVRルーム! 到着!」

 空調が完備された部屋にはベッドのようにVRチェアが六席用意されていて、この建物にはそれが一〇〇室ある。VR商品はそもそも高額なので、初めて見たときはその設備投資と学校の動く金の大きさにカズヤはびっくりしたのだった。

「窓は一つ。逃げ場なし。通気口から投げ物は入れられそう。いもるにはいいかしら」

「おお、FPS中毒者~!」

「こんなところで芋るのか? 待ち伏せって意味だろ?」

「違うわよ。芋ってのは本当は『動けもしない卑怯者』って意味。ちゃんとキル取るのは芋ってるんじゃなくて状況判断がうまいからだし、負けた側が勝てなくて揶揄してるだけ」

「そういう意味ではカズヤンは芋っぽいです」

「お、おう……?」

「意味が違うでしょ」とサキ。どっちの言っている意味も結局よくわからなかった。

「棟は端から端まで約三〇〇メートル。階段は二カ所、それぞれ連絡通路の間。貫通の連絡通路は……向かいの校舎までは二五メートルってところかしら」

 淡々と告げるサキに、カズヤは苦笑いを浮かべる。

「おいおい、ここで銃撃戦でも始めるつもりかよ」

「相手がいれば、いつでも」

 淡々と答えるサキ。嘘に聞こえないから怖かった。

「このVRベッドはマジスヤですよ! フワリも家に一個ほしいですもん。マジでパクろうかと本気で悩みました!」

「ま。確かに、機器だけは最新みたいね」

「よいしょ、よいしょ、っと。ではでは、またあちらの世界で」

 フワリはスカートが翻るのも気にせず、VR機械へもぐり込んで横になった。

 黒い装飾の施された直方体。フタだけが半円のガラス張りだ。正直にたとえるなら悪趣味な棺という表現が一番近い気がする。

 カズヤもそこへ横になってVRゴーグル『コネクトライト』をつけた。この機械がプレイヤーの神経を捉え、ネットワークへと五感をつなげ、ゲーム世界へと接続ダイヴさせるのだ。

 自動でフタが閉じてくる。閉所恐怖症だったら耐えられなさそうな、密閉空間。シューと小さな音がして酸素が注入される。酸素カプセルにもなっており、ゲームをログアウトして起き上がると、それはぐっすり眠った後のような爽快な朝の目覚めを思わせてくれる。

 ゴーグルのボタンを押して、カズヤはゲームを起動した。

 チカリと画面が輝き、暗転。一瞬だけ間を置いて、空中に光る文字が浮かぶ。

 

『――――now loading... GUN LIFE ONLINE――――』


 流れ星みたいに文字がスライドして、消える。

 不意に、浮遊感。神経がゲームへと繋がった証だ。

 水の中を漂っているような感覚。落下にも似ているが腹のあたりが絞られる感じはない。

 薄暗い水中のような画面にポツポツと光が灯る。やがて正面に大きな光点が出現し、自分が向かっているような、あるいは光から近づいてきているような演出。白に包まれた。

「っと」

 ゲームのローディングが終わって、カズヤは砂漠の軍事テントに立っていた。

 手を握ると、アバターの手が連動して動いた。当たり前だが、自分の手のように思える。

 設営された数々の施設。全てが砂と茶色に覆われている。入り口には英語で学校名。学校がゲーム会社と正式な契約を結んでいるので、専用のサーバーが存在するのだ。

 いつの間にか、茶色の砂漠迷彩の軍服に着替えている。

「ぷぷ、格好だけは一人前です」

 そういうフワリも同じ茶色の格好をしている。帽子も現実と似たものだ。

 サキは動画と同じ姿。マフラーだけは初めて見る。ベストに短パン。腰のポーチ。太ももにつった拳銃。ニーハイソックスからブーツ、手袋に至るまで、全て輝かしいほどの白銀色だ。

「本物のサキだ……」

「何? 偽物だとでも思った?」

「いや、ちょっと感動」

「あっそ」と、サキの反応は、相変わらずそっけなかった。


 ターゲットが立ち上がる。

 人を模したベニヤ板は立ち上がったと同時にヘッドショット。撃ち抜かれてまた倒れた。

 サキの真っすぐに伸ばした右手、そこに握られる拳銃――H&Kヘッケラーアンドコッホ社製USPの銃口から煙が立ち上がっていた。

 三六〇度、周り中から無作為に選ばれて立ち上がるターゲットを、素早く正確に撃ち抜く射撃訓練。サキは背中に目でもついているのか、的が立ち上がると同時に振り返り、身体と右手の銃を目標へ向けて撃ち抜いた。最速・最短の動作でターゲットへと銃を向ける。

「――」

 目標がサキに合わせて立ち上がってるのかと錯覚するほど。洗練された、精密射撃。

 一五発撃ち切る。再装填リロード。右手首のスナップで弾倉マガジンが飛び出すのと、左手で新しい物を差し込むのはほぼ同時。最後のターゲットを撃ち抜いた火薬の破裂音は、空になった弾倉が地面に落ちるより先だった。

「すげ」「ほえー」

 フワリもカズヤも、口をあけて見ていた。

 サキは指で拳銃をくるくると回転させて、腰のホルスターに戻した。かっこよすぎた。

「ふう。実は久しぶりなの。思ったより動けたかな。アンタたちの番だけど?」

「あんなの見せられた後にやりたかないです。ほら、カズヤン! やって!」

「いや、オレもヤなんだけど……」

 フワリは動こうともしないので、結局カズヤがやることになった。

 今はまだ休み時間で、次の授業までに肩慣らしで練習しているのだ。

 演習場に入って息を吐き、カズヤは集中する。まずはしっかり狙って当てること。早さよりも正確性が大事だ。ちゃんと当てた方が、数発撃って時間をかけるより結局は早い。

「ぶはは、カッコだけはホント一人前です。そんなことしたって大して実力かわんねーて」

「うるせー」

 乱された心をもう一度落ち着ける。なにより、彼女みたいに。あんな風になりたい。

『START!』と、空中に電子の文字が浮かぶ。

 立ち上がる的を睨み、アメリカ製の大型拳銃M1911――コルトガバメントを構えた。

 正確に。しっかりと頭を狙う。

「ッ」

 一発撃つごとに大きく跳ね上がる拳銃。四五口径の弾丸はゲーム内威力が高く、その分反動も強い。二発目を撃つのが早すぎると狙いが定まらず、焦って三発も外してしまった。

「ぶはは、下手っぴ~!」

「外野は黙ってろ!」

 やんやするフワリに悪態をつきながら、空になった弾倉を、親指でレバーを引いてリリースする。自重じじゅうで落ちるマガジンの横を通り過ぎ、ポーチから取り出した左手で再装填。

 ゲームなので、右手でリリースレバーを引くと自動で左手が決められた動きでリロードしてくれるのだ。リロード時間は武器によって違うが、ガバメントなら一.二秒。

 次のターゲットでも何発か外す。焦っている。違う。構えて、しっかり狙って、頭を撃つのだ。ピタリと手ブレが落ち着いて狙いが定まった。最後の一枚をようやく倒し切る。

「まあ、こんなもんだろ」

 カズヤは控えめにつぶやいた。練習場を出ると、リザルトが出ていた。

『一分一五秒 評価C(まあまあ)』

「てんでダメね」「ですねぇ」

 二人が同時言った。ちなみにサキは『二二秒 評価S(エクセレント!)』だ。

「な、なんでだよ! ちゃんと全部頭に当てたぞ!」

 抗議するカズヤに、フワリが可哀想なモノでも見るかのような目で、

「カズヤン……サッキーの見てました? 一発も外してないんですよ。その上で、全部ヘッドショットなんです。使った弾丸、正確さ、早さ。リザルトはその総合なんです。あと、エイムアシスト……は、まあええか。って言っても、三〇秒切るのは人外ですけど」

「へえ。アンタは少しわかってるじゃない」

「まあ、時間だけはフワリもやってるんで」と、のんびりした口調でフワリが言う。

 感心したようなサキに、カズヤは内心むっとする。そんなに、さっきの射撃は悪かっただろうか? そうは思えない。二人の近くからカズヤは離れた。

「うるせー。いいだろ別に。そんな言わなくても。だいたい初心者のオレにしては――」

「ガバメント使うなら反動リコイル制御しなきゃ。撃つ姿勢も全然ダメ。照準エイムアシストに頼りすぎ。足腰をもっと落とす」

「ッ!」

 得意げにアドバイスで追い打ちするサキに、カズヤはピタリと足を止めて振り返る。

「……言われて出来るなら最初からできてる。オレにはサキが何言ってるかすらわかんねえ。もっと初心者にもわかるように言ってくれよ。わからない指導は自己満だぜ?」

「はぁ? こっちは善意で言ってあげてるっての。聞く気がないならいい。勝手にすれば」

「だから元々してるさ。勝手にな!」

 カズヤの反論にサキはフンと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。

「あー……」

 フワリだけが、妙に納得したような、困ったような、微妙な表情。何か言いたげに目を向けていた。カズヤは視線から逃げるようにして、石の段差に腰掛ける。

「……っ」

 イライラしていた。どうしてあんな強い言葉で返してしまったのか、カズヤもわからない。ただ、サキの言葉にカッとなってしまった。恥ずかしさと悲しさのブレンドが、心にイヤな感じで残っている。頬は熱かった。

 少しして落ち着き、その正体に気づく。答えは単純だ。サキに、褒めてほしかったのだ。

 カズヤにしては、先ほどのタイムは憧れるサキを参考にして、そして彼女に見てほしくて、頑張った最速の記録だったから。気づいて、カズヤはより深い自己嫌悪に陥った。

 フワリはそんなカズヤの様子を見て、「はぁ~」とあからさまにため息をついた。

「てんでダメダメですねぇ、カズヤン。だっせぇです」

 その通りだった。

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