第125話 放課後手伝い

 美月からのご褒美宣言(俺が勝手にご褒美だと思っているだけ)の後の午後の授業は、いつもより身が入っていたが、いつもより上の空になっていた。

 午後の授業も終わり、放課後になり帰りの準備をして教室を出ていこうとした。


「おい高橋、どこに行く?」

「どこって今から帰るだけですけど」


 俺が荷物をまとめて教室を出ていこうとすると、担任の小林先生に止められた。一体なんの用なんだ?今日は美月からの通話に備えるために家に帰って準備しなきゃいけないことがあるのに。


「今日の朝に言ったことをもう忘れたのか?」

「今日の朝?今日は遅刻して学校にきて・・・あ」


 そうだった。放課後に小林先生の仕事を手伝うように言われていたんだ。昼休みにもその話になったし、それがあるから美月と通話する約束をしたのに忘れてた。


「思い出したようだな。とりあえず付いてこい」


 俺は大人しく小林先生についていく。放課後に担任教師の後ろについて廊下を歩いている。知らない人から見たら俺がやらかして説教されるような状況に見えるんだろうか。

 こうやって先生と一緒に歩くなんて目立ちすぎる。俺にとって何か罰則が下るよりキツイ仕打ちだった。


「というか小林先生、今更なんですけどその仕事って生徒の俺が手伝って良いものなんですか?」

「ただの作業だ。重要な書類を扱うわけではないし問題はない」


 とのことらしい。小林先生もそのあたりの配慮はしているらしい。その配慮が出来るならこうやって放課後に生徒を拘束しないでもらいたいんだけど。


「まあ、遅刻したからと言って罰則を与えることも、勝手に仕事を手伝わせるのも良くないんだけどな」

「じゃあ俺帰っても良いですか!?」


 やっぱりその手伝いをするのはヤバいじゃないか。俺が手伝ったから余計に怒られるのは絶対に嫌なんだけど。しかも小林先生のことだから説教されるときに俺を囮に逃げ出す気がする。


「というか、俺は何をするのに手伝わされるんですか?」

「書類の整理だ。量が多いのに他の教師は別の仕事で手一杯になってるから複数人でやるはずの仕事なのに一人しかいないんだ。だから今日お前が遅刻した来たときは良い人手が確保できると思い感謝したもんだ」


 そんな大量な仕事をこの小林先生に任せるのは間違ってるよな。実際、周りの教師からの小林先生の評価ってどうなっているのだろうか。


「まあ安心しろ高橋。もしお前が手伝っているところを見られたとしても、言い訳は考えてある。幸いにもお前はこの前の定期テストで学年一位を取っている」

「まあ、勝負があったので頑張りましたから」

「そんな優秀者が担任の教師が忙しそうだったのでに手伝っていますって言えばほとんどの教師はお前に感心するしお咎めなしだろう」


 小林先生はもしものときのこともちゃんと考えていてくれたらしい。そういうところはちゃんとしてるんだけどな。

 そうこうしているあいだに、目的の場所に着いたらしく小林先生が鍵を開けて中に入っていく。俺はその後ろをついていった。

 中には長机が一つあり、小林先生はその長机のところにある椅子に座り俺に指示を出した。


「ってことで書類整理よろしく」

「はぁ!?小林先生はなにするんですか」

「ん?私は別の仕事があるんでな。安心しろ、私はここで仕事するし、もしものことがあったら全然手伝うからな」


 その言い方だと俺が主となって書類整理をするような言い方なんだけれども?この仕事って小林先生が頼まれたものなんじゃ無いですかね。


「じゃあ頼んだぞ」

「いや、ちょっ」


 俺のそんな声が聞こえなかったのか、小林先生はすでに自分の仕事に取り掛かっていた。

 まじか〜、こうなったら覚悟決めるしか無いよな。俺は小林先生に頼まれた書類整理に取り掛かっていく。


 仕事を始めて30分ほど経ったあと、ふと小林先生の方を見てみると集中しているのかノートパソコンのタイピング音しか聞こえなかった。そして、その音は早く、改めて小林先生が仕事出来ると感じさせられた。


「なんだ高橋、私の方をじっと見ていて。もしかして仕事終わったのか?」

「いや、まだ少し残っていますけど」


 小林先生は自分の手を止めず、そしてノートパソコンのから顔を上げていないのにこっちの視線に気づいて話しかけてきた。はて、この先生はどうしてこんなに仕事が出来るのにあんなに言動が変なんだろうか。


「高橋、それ以上失礼なことを考えてると更に仕事を増やすぞ」

「そんなの横暴だ」


 そんなことをしたらブラック企業の社長にも負けないほどの理不尽だ。小林先生がそう思っていると言ったら終わりなんだから。そこに俺の本当の意思なんて関係ない。確かに今は失礼になるようなことを考えてはいたけれども。


「ほら、自分で考えていると言ったじゃないか」

「あんたはエスパーかなんかなのか!?」


 まじで人の思考まで読み切るんじゃないよ。そしてそんなことが出来るなら学校の教師なんて今すぐにやめて別の仕事に就いたほうが良いと思うんだけど。


「特にやりたいことが無かったから教師になっただけだ。私の恩師も大概な人だったから教師は変な職業だと思っていたところもあるけどな」

「だから、人の思考を読むのをやめてもらってもいいですか!?」


 俺が考えていたことに対する回答が返ってきて怖い。何この先生。

 そして恩師『も』、って言ったよね。『も』って事は小林先生自身も自分が普通の教師とは違うってことに気づいてるってことだよね。


「よし、さっき言った通り私に失礼なことを考えたから高橋の仕事を増やすことにするかな」

「だから、その横暴なことをやめろって言ってるでしょうが!!」


 そんな横暴なことがまかり通っても良い世の中だと思っているのか!あと、あまりに興奮しすぎて教師相手に健一に対して言うような口調で話してしまった。それは申し訳ないと思っている。

 俺は『冗談だ』なんて言っている小林先生に背を向け、棚に入っている資料を取り出した。そのファイルには《文化祭㊙》と書かれていた。・・・え?


「先生、これは俺みたいな生徒が見てはいけないものなんじゃないですか?」

「あー、そんなものもあったな。まあ大丈夫だ。その中にある資料も校外に出すのが禁止なだけで、学校にいるものが見るのがいけないわけじゃないだろう。    多分」


 俺は大丈夫と言われてそのファイルを開けたのだが、開けた後に多分と付け加えてきた。それはいけないでしょうよ。その二文字、音にして三文字で人は不安にかられるのだから。


「多分って、もう俺開けちゃいましたけど!?」

「最悪の場合、私と高橋が黙秘すればバレることはない。ってことで存分に見ていいぞ。1ページみたら何ページ見ても変わらないからな」


 そう言って小林先生は俺にその資料を見るように勧めてきた。


「もうどうなっても知りませんからね」

「ああ。それは私からのちょっとした報酬だとでも思ってくれ。流石に無償で働かせるのはまずいからな」

「報酬と言ってマル秘の情報を生徒に与えるほうが問題になると思うんですけど!?」


 これを報酬とするのは良くない気がする。それに、俺がこんな風に文化祭の資料を見て何になるのだろうか。こういったものは陽人や小森さんが見たほうがためになるだろう。


「別にその内容を口外するなとは言わないから好きにしていいぞ」

「何言ってるんですか?ここに書いてある文字が見えないんですか?」

「学校中に広がるのは流石にまずいが、お前のことだから話す相手は信頼できる人だけだろ?それなら大丈夫だ。お前に処罰はくだらない」


 小林先生はまたもや俺の思考を読んだ発言をしてきた。ここで得た情報を陽人や小森さんに話すことは良いってことだろう。はあ、それなら最初から陽人や小森さんに見せればよくね?あと、最後に不穏なこと言わないでもらってもいいかな!?


「ただ、話すとどこに広がるか分からないからあまりおすすめしないけどな」

「じゃあどうしろって言うんだよ!!」


 じゃあどうやって陽人と小森さんに伝えるんだよ。筆談か?いや、筆談のほうが物的証拠が残るから良くないし、ジェスチャーで伝えられるような内容じゃないし、、


「そろそろお前にとって重要な情報が手に入ったんじゃないか?」

「なんのことで・・・」


 俺はそんな小林先生の言葉を流してファイルのページを捲っていたとき、不意に手が止まった。そこは過去の学校全体の売上と各クラスごとの売上の帳簿が載っているページだ。

 だが、俺にはもっと重要な内容が書いてあるページだった。


「先生、これは本当なんですか?」

「ああ。そこに書いてあることは本当だ」

「もしかして、今日この資料を見せるために俺をここに連れてきて手伝わせていたんですか?」

「さあな。私にはお前が何言っているのかわからないな」


 俺がその内容について聞こうとすると本当だと返ってきた。そして、そのために俺に手伝いを頼んだのかを聞くと上手くはぐらかされてしまったがそうなんだろう。

 俺は今どんな情報なのかを言っていないのに小林先生は肯定した。更に、さっきも『そろそろお前にとって重要な情報が手に入ったんじゃないか』ってこのファイルの中身を知らないと言えないようなことを言っていた。


「本当に悪趣味な先生ですね」

「そうか?私はお前を信じているからこうやって資料も見せたし任せているんだがな」

「俺にどうにか出来るとでも?」


 確かにこの情報があるか無いかでは大きく状況が違う。ただ、俺一人でどうにかなるような問題ではない。


「私は高橋、お前に期待しているんだよ」

「本当ですか?俺からしたらよく先生が言っているように無理難題を押し付けられたようにしか思えないんですけど。それこそ陽人とか健一の方が上手く解決出来ると思いますが」


 今の俺にはこの問題を解決するだけの手段が無い。それよりも小栗のような社交性と、健一のような思考があれば綺麗に解決出来ると思う。


「そうでもないさ。奴らでも解決できないわけじゃない。でもな、再発防止が出来るのかという部分と成長って言う部分には欠ける。その点、お前なら再発の抑止力にもなるしお前の成長にも繋がるからな」

「なにを根拠に・・・」

「ッ!?」

「そう言えば分かると思ったけど、お前のそんな驚いた顔が見れるとは思わなかった」


 なんでその名前が小林先生の口から出てくるのだろうか。俺は自分の背筋が凍っていく感じがした。


「なんで先生からその名前が出てくるんですか?」

「なに、ちょっと顔が広いだけだ。そんなに深い意味はないさ」

「俺は自分部屋に隠しカメラでもあるのかって怖くなりましたよ」

「流石に隠しカメラは仕掛けていないさ」


 小林先生は軽く笑って見せたけど、俺の体中からは冷や汗が溢れ出ていた。


「お前の選択がなんであったとしても尊重する。ただ、お前は自分の評価をちゃんと受け取り、自分のことを知る必要がある」

「そこまで分かるなら小林先生がどうにかしてくれれば良いんじゃないですか?俺なんかに頼らないで小林先生自身で」


「逃げるな」


「・・・」


 小林先生が今までで聞いたこと無いほど大きな声でそんな四文字を発した。俺はその言葉によって固まった。


「逃げるな高橋悠真。いつまで逃げるんだ?この臆病者が」

「ッ!?せ、先生に何が分かるんですか」

「分かるさ。私も自分から逃げていた。自分が嫌いで逃げてきたんだ」

「・・・」


 小林先生の言う通りだった。俺は逃げていた。他人から、他人からの評価から、人の目から、そして自分自身から。俺は図星を突かれてその場から動けなかった。


「お前が失敗を恐れているのを知っている。自分の信頼が無くなることについて知っているから失敗することを恐れるお前の気持ちは分かる」

「・・・」

「でもな、全く失敗しない完璧超人ほど人から信じてもらえないもんだぞ。それに、お前がたった一回失敗するぐらいで信頼を失う奴しかお前の周りにいないのか?」

「・・・いいえ」

「じゃあ良いじゃないか。大いに失敗して。それに、私はお前一人で解決しろとは言っていないぞ。友人のことを頼るのもいいし、子供だけで無理なら大人の力を借りればいいさ。そのために大人はいるんだから」


 小林先生がそんなことを言いながら俺に手を差し伸べた。


「どうなっても知りませんよ」

「この情報を与えたのは私だ。私に責任があるさ。だから高橋、お前はお前がやりたいことを存分にやれ。後始末は私がやってやる」


 そう言う小林先生には寄りかかっても倒れることの無い大樹のような安心感があった。普段の姿からは想像できないほどの安心感が。


「分かりましたよ。やるだけやってみますよ」

「そうするといい。なに、私に泣きついてきたときは考えてやるさ」


 俺は俺のやり方でどうにかすることにした。使えるものを使って。

 俺が美月に世界を色付けてもらったように、この物語をハッピーエンドで終わらせるために。


「もしも失敗したとしても私にはどうにか出来る力がある。思う存分にやれ。あと、」

「まだなにか話があるんですか?」

「恋人にはちゃんと話しておくことをおすすめするぞ」

「・・・はぁ!?」


 俺は小林先生からそんな言葉が出てきたことに驚き、そして理解が追いつかなかった。


「一応確認しますけど、今なんて言いました?」

「恋人に、冬城美月にちゃんと話しておくように」

「なんで相手の名前まで知っているんですか!?」

「可愛い教え子のことだからな」


 いやいや、そんな言葉で片付けられるようなことじゃないよ。なにこの先生怖いんだけど。

 俺は小林先生に背を向けて部屋を後にしようとした。


「先生、あまり生徒のこと知りすぎてると引かれますよ」

「なに、生徒が道を踏み外すよりはぜんぜんいいさ」


 そう言った小林先生の言葉は俺に言っているのではなく、どこか違う遠い場所に対して言っているようにも取れた。

 ここまで来たらやってやる。使えるものは全部使ってな。


「私は生徒会の担当教師だから文化祭にも少なからず関わっている。多少のコネは使えると思うがどうする?」

「必要になったら声をかけさせていただきます。あと、俺がやろうとしている事的に中途半端なことには出来ないので小林先生も真面目に働いてくださいね」

「あー、それは保証しかねるな」


 そう言いながらニヤリと小林先生は笑った。ここまでの話の流れで分かっている。これは安心して大丈夫そうだ。


「くれぐれも背負いすぎるなよ。お前がやらかしても後始末するだけの力は私にあるんだからな」

「先生、それ二回目ですよ」

「そうか?格好つけたいものなんだよ教師っていうのは。まあ楽しくやれ。お前が一皮剥けるのを期待してる」


 俺はそんな小林先生の言葉を背中で受け取りその部屋を後にした。とりあえず、今日は家に帰ったら美月に癒やしてもらわないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る