第124話 遅刻
次の日の朝、遠くの方でアラームが鳴っていた。俺は意識を朦朧とさせながらスマホに手を伸ばして、アラームを止めようと手を伸ばした。
アラームを止めて、寝起きの重い体を起こしながらスマホを確認して俺は顔を青ざめる。そこには始業時間5分前の時間が映っていた。
まだ眠かった脳は急激に目覚めた。昨日みんなが帰った後に健一には任せられなかった分の片付けや、ちょっと先の未来について考えていたら寝るのが遅くなってしまって、高校に入って二度目の寝坊をしてしまった。
今からどんだけ急いだって間に合わないが、できる限り急いで学校に向かうために用意をする。
顔を洗って、軽く寝癖を直して着替えをして家を出る。幸いにも今日の学校に持って行く者の用意などは終わっていたのですぐに家を出ることは出来た。朝ご飯なんて食べてる時間はないのでそのまま家を出る。
俺は自転車を全力で漕いで学校に向かう。いつものように弁当を作る時間があるわけじゃないので、弁当が崩れる心配をする必要がなく、思いっきり自転車のペダルを踏み込む。
朝起きて数分で家を出ることが出来たのと、全力で自転車を漕いだので、息切れがひどいのと、少し制服がはだけているといった状態になるだけで学校につくことが出来た。
確か、今日の一時間目は歴史の授業だから小林先生の授業だったはずだ。時間を確認すると授業開始から15分経たないくらいだった。俺は急いで教室に向かう。
どの教室からも授業をしている先生や生徒の声がする。こんな時間に廊下を歩いてるところを見られても恥ずかしいので、できる限り気配を消して廊下を歩いていく。
自分の教室の前に着き、前に付いている扉をあけると小林先生が授業を生徒に向かい合って教えているタイミングだった。
「つまりだな、この時代は、、、高橋、遅かったじゃないか。もう授業は始まってるんだぞ」
「すみません。寝坊して遅刻しました」
「連絡を受けた、というか聞いていたのでそれは知っている。はあ、私もそうやって寝坊して学校サボれないものか」
俺は授業を止めてしまったことと、遅刻したことについて謝ったのだが、小林先生はそんな俺に私も休みたいと言ってきた。
これは俺に対する皮肉なのか、それともただの本心からの言葉なのかわからない。だって小林先生常にそんなことばかり言っているから。
「とりあえず授業中だから自分の席につけ。あと、遅刻した罰として今日急に頼まれた仕事を放課後手伝ってもらうからそのつもりでいろ」
「席につくのは良いんですが、その後の事は、、」
「なにか文句あるのか?」
「いえ、何でもありません」
俺は本能で悟った。今の小林先生には何も言わないのが正解なんだと。俺は大人しく自分の席に着き、放課後に拘束されることを受け入れた。今日も美月と一緒に帰れないのか。
鞄の中から教科書を出して小林先生の授業を聞く。小林先生はあんなことばかりしているし、普段の言動は教師とは思えないが、授業はわかりやすく頭の中に入りやすい。
そういった面では良い教師なんだろう。普段の言動さえちゃんとすれば。
小林先生の授業が終わった後、健一が俺の席までやってきた。
「お、重役出勤君ではないですか」
「うるせえ。寝坊してめちゃくちゃ焦ったんだぞ」
「なんの連絡もなかったしおそらくそうだろうなって思ったから先生には寝坊して遅刻って言っておいたぞ」
どうやら俺が連絡するより先に健一が言ってくれていたらしい。なんだか見透かされているようで癪だがな。
「それなら人助けでもしてますとか言ってくれても良かったんだぞ?」
「それの方があからさまに嘘っぽくて色々言われると思うぞ」
「それもそっか」
前は実際に人助け、というかひったくり犯を捕まえたことによる警察での事情聴取で学校に行かなかった事があったけど、あんなの例外中の例外だ。
「それよりお前が寝坊なんて珍しいこともあるんだな」
「ちょっと考え事してて寝るのが遅くなったんだよ。あとは昨日までの疲労が溜まってて起きれなかったんだろうな」
「なんだよ、もっと面白いことがあると思ったんだけどな」
俺の遅刻を何だと思ってるんだよ。遅刻することに面白さを求めるんじゃないよ。
「前回遅刻したときは警察に表彰されてるんだから面白みを求めだろうよ」
「た、たしかに?」
なんだか分かるような分からないような。いやいや、健一に流されるな。
俺と健一が話していると小栗も俺のところにやってきた。
「今日遅刻したって言ってたけど、どうしたんだ?」
「さっき小林先生に言った通り寝坊だよ。疲れが溜まってたのかもな」
「悠真が朝いないのは珍しいしどうしたのかって思ったんだけど寝坊だったとはな。初めての遅刻は寝坊か」
小栗といっしょに長谷川と九重も来ており、長谷川は俺がいないことを珍しく思っていたらしい。でもな、長谷川
「俺が遅刻したのは初めてじゃないよ。入学してすぐに一回だけ遅刻したんだ。というより、色々あって学校に来れなかったんだけど」
「まじか。俺は悠真がいないこと全く知らなかったんだけど」
「そうだろうな。俺はこのクラスの中でも影が薄いほうだから居ても居なくても気づかれないなんて事はよくあるぞ」
長谷川が申し訳無さそうに言ってくるので俺としても心が痛い。長谷川が俺のことを気づいていなかったのは全てと言っていいほど俺のせいだ。
入学当初の俺は本当に空気のような存在だったから周りの人にさえ認知されていないこのもあるだろう。というかそうなるように俺が生活していた。
「あ、そういえば悠真よ、文化祭のときに出すメニューの候補が決まったって美咲ちゃんから聞いたけど、どんな感じなんだ?」
「そのメニュー自体は聞いてないのか?」
「聞こうと思ったんだけど、そういうのは本人から聞いたほうが良いって思ったのと、ちょっと美咲ちゃんがなんか悩んでるようだったから話しかけるの切り上げたんだよね」
小栗は学級委員として文化祭の準備を小森さんとしているので、小森さんから昨日の試食会のことを聞いているものだと思っていた。
「ちょっと長引きそうだし、次の休み時間でもいいか?」
「そうだな。そろそろ授業も始まるしな」
一度解散して、ルギの授業が終わった後に昨日の話をすることにした。次の授業は数学だったが、俺は自分のノートに軽く文化祭で出すメニューとかの構想を書き出していた。
授業が終わって、小栗がやってきた。ただ、他の健一や長谷川達は集まってこなかった。おそらく文化祭の準備の話ということでここに来るのを遠慮したんだろう。別に遠慮する必要はないと思うんだけどな。
「それで、どうするんだ?」
「スコーンとフレンチトースト、プリンの3つでどうかなって思ってはいる。ただ、他にも色々作れるから変更の要望があれば言ってくれれば考えるから」
俺は昨日のみんなの感想と最後に小森さんが言っていた言葉を元にこの3つの料理に絞った。特に難しい手順もないから少し料理の出来るやつがいればすぐに作れるように鳴るだろうしな。
「良いと思うぞ。というか、それでいくぞ」
「良いのか?俺が勝手に決めたことなのに」
こんなにあっさりGOサインが出るとは思わなかった。
「言っただろ?俺はお前に任せてるんだ。だからお前がそれが良いって思うならその通りにするのが1番いいんだよ」
「衛生面での問題や調理する上での問題が出た時はどうするんだよ」
「その辺りは俺に任せればいいんだよ。その辺りは俺とか美咲ちゃんの仕事だよ」
やだ、かっこいい。もし俺がフリーだったら惚れてるかもしれない。でも、俺にはカッコよくて可愛くて最高の彼女がいるからそういうことにはならないんだけどね。
「じゃあ、必要なものとかは書き出しておいたからこれを渡しておくな」
「なあ、そこまでやられると俺の仕事が無くなるんだけど」
俺はさっき言った3つの料理を作るために必要な食材と、保管するために必要なもの、調理に欲しい人手の数を書いてある紙を渡した。
「そんなことないだろ。ここに書いてあることはただの俺の理想なだけで、実現するとは限らない。それを可能にしてくれるのがお前の仕事だろ?」
「そうだけどよ、お前のこの紙にはその解決策と、それが出来なかった時の案まで書いてあるからなぁ」
可能性のある案を書き出していただけで、俺は出来るとは言っていない。それに、書き出したのは可能性のある案なだけで、小栗には出来るかもしれないが俺には絶対出来ないような内容だ。
周りからの信頼も厚くて人脈も広い小栗だからこそ出来る案だったりする。やはり、そういった面でも小栗の力が必要になるだろう。
「俺はその案を実行するだけ無駄になるからな」
「それはそうだろ」
「おい」
自分で言っておいてなんだけど、相手に言われるのはなんか嫌だ。
「じゃあお前の言う通り、この案に従って動いてみるかな」
「俺には案を出すことしか出来ないから、その案をどう使うかは小栗に任せるよ」
「じゃあ俺の方も自由にやらせてもらうかな」
そうやって話が一区切りついたタイミングでチャイムが鳴った。小栗は「またな」と言って自分の席に戻っていく。さて、自分の机の上に教科書だけでも出しておくか。
四時間目も終わり、昼の時間になった。今日もいつも通り集まって昼食を取る予定だが、
「健一、早く食堂に行くぞ」
「悠真から言ってくるなんて珍しいな。今日は珍しいことが起こり過ぎじゃないか?」
「そんな事はねぇよ。今日は寝坊して弁当を作ってる時間が無かったから食堂を利用するってだけだ」
寝坊したせいで弁当を作る時間が無かったので今日は入学初期以来の食堂での昼食だ。健一がいつも食べているのを見ているので新鮮さはあまりないが、学校でできたてのご飯が食べれるっていうのは凄いことだな。
「ちぇっ、お前の弁当のおかずもらうの楽しみにしてたんだけどな」
「そんなに食べたいなら自分で作れよな」
「そうじゃ無いんだよなあ」
俺たちはすぐに食堂に向かった。食堂は弁当を持ってきていない生徒のほとんどがそこで昼食を取るため、頼んだ料理の受け取りに長蛇の列が出来ることも少なくない。
俺は日替わり定食を、健一はカツカレーの食券を買って列に並んだ。二人とも受け取り口が違うので、別々の列に並んでいた。さて、どっちが先に配膳されるかな。
「はい、食券出してね」
俺は順番が回ってきたので食券を提出して、日替わり定食を受け取った。今日の日替わり定食は回鍋肉定食だった。そういうことなら生卵を追加しようかな。
「すみません、生卵追加でお願いしたいんですが」
「はい、50円ね」
俺は財布の中から50円を取り出して、食堂のおばちゃんに渡した。回鍋肉の味変に生卵はあった方が良いよな。
俺は日替わり定食を受け取った後、もうすでに来ていて席を取っている、という連絡が入っている美月たちのことを探していた。
こうやってキョロキョロしながら探すのは、いわゆる蛙化現象とかいう現象なんだろう。でも、じゃあどうやって探すんだよって思うし、そもそも蛙化現象の言葉の意味が間違っているという部分もある。
はあ、今どきの若者はなんでそんなに変なことばっか言ってるもんか。俺も高校生なんだけどな。
中庭に近い席に美月と美由が座っているのを見つけたので、俺はそこに向かっていく。
「悠真おそーい」
「悪かったな。今日は寝坊したから弁当を作る時間が無かったんだよ」
「そうだったんですね。私は悠真さんが来るのを待っていたのに中々来なかったので心配だったんですよ」
席に着くなり美由に文句を言われた。しょうがないだろ、この列を見てからもう一回言ってくれ。あと、まだ来てないし健一の方が遅いだろうが。
「それにしても、悠真さんが遅刻するなんて二度目じゃないですか?珍しいですね」
「疲れが溜まってたのかもな。まあ、今日はちゃんと休むから安心してくれ」
美月は俺が遅刻したことに対して心配してくれていた。優しい。女神かな?俺はそんな美月を安心させるためにもゆっくり休むと伝えた。まあ、ちょっと調べ物があるから少し寝るのが遅くなるかもしれないけど。
「でもこいつ放課後に小林先生から呼び出し食らってたぜ」
「あ、忘れてたわ」
遅れてやってきた健一がカツカレーを持ちながら隣にやってきた。
「悠真さんはなにをしたんですか?」
「遅刻したときに、言われたんだよ。なんだか急に頼まれた仕事を放課後に手伝うようにって」
「そうだったんですか。なんだか小林先生自身の私情が大きく関わっていそうですけど」
美月の言う通りだろう。小林先生は自分の仕事をやってくれる駒が見つかったと思っているのだろう。遅刻しなければそんなことにはならなかったんだろうけどな。
「だから、今日の放課後も一緒に帰れないと思う。ごめん」
「分かりました。そんなに謝んないでください。明日は一緒に帰れそうですか?」
「ああ、明日は大丈夫だと思う」
今日は朝も一緒に来れなかったし、一緒にも帰れないので二人きりになれる時間がまったくない。俺としては美月と一緒にいられる時間が少ないのは寂しいので明日は是が非でも一緒に登校したいし下校したい。
「そうです。悠真さん、今日の夜は用事がありますか?」
「特には無いけど。どうしたんだ?」
「では、夜に通話をしても良いですか?」
「!ああ。ぜひ」
美月からの提案は俺にとって思わぬところから降って湧いた幸せだった。夜にまで美月の声が聞けるなんて最高な幸せじゃないか。
「今日の夜は空いているからいつでもかけてきていいからな」
「はい。では夜に電話をかけさせていただきますね」
よっしゃー。俺はこのことをご褒美に今日はなんだって出来る気がする。
「おーい、ここは学校なんだからそんなにイチャイチャすんなよ」
俺と美月は見つめ合いながら色々話していたのだが、健一からのその一言で我に返り回鍋肉を食べ始めた。
俺としては学校なのでイチャイチャしているつもりは無いのだが。
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