第123話 試食会3

 プリンを食べた健一が上機嫌になっていた。健一はプリンを餌にすれば課題の進む速度も早くなるし、常備しておいたほうがいいかもな。俺もプリンは好きだし。


「そういえばよ、そこの紙袋に入ってる服はどうしたんだ?お前のことだからそんなブランドの服を買ったらすぐにクローゼットにしまうだろうから気になってな」

「ああ、それか。それはこの前雑誌のモデルやったお礼にってそこのブランドの方が雑誌の事務所に送ったものだからな。その事務所がその時モデルやったのは俺だからって律儀に送ってくれたんだよ」


 健一が言った紙袋は、さっき小森さんが俺に渡してくれたもので、そこには秋服がたくさん入っている。

 自分でも服を買いに行くことがあるが、有名なブランドの服を一気に買うって事はしないので健一からみたら俺の行動と合致しなかったのだろう。まあ、一気に買わないのはお財布的に厳しいからって理由もあるんだけどな。

 健一は少し驚いた顔をした後、俺の近くに来て耳打ちしてきた。


「悠真、モデルのこと言っていいのか?」

「ん?、、あ、そういうことか。大丈夫だ」


 どうやら健一は俺が雑誌に載っていたことを小森さんの前で普通に口にしたことを心配したんだろう。


「小森さんも知ってるしな」

「美咲ちゃんも悠真が載ってたの知ってるんだ」

「そうだよ。元々あの雑誌を毎回買ってたんだけど、そしたら急に美月ちゃんが出てきてビックリしたんだよね」

「フフ、サプライズです」


 俺が雑誌に載ったことを小森さんが知っていることを伝えた。というか、この撮影現場に小森さんはいたし、なんならこれは小森さんの代役だったんだから。

 でも、小森さんと倉之内美咲が同一人物だとは健一にも言えないので、重要な部分を隠すために簡潔に要点だけを口にした。


「美月ちゃんはモデルやっても華になるな〜って思って見てたら、隣に一緒に居た男の人になんだか見覚えがあって、悠真くんだって気づいたわけ」


 小森さんはところどころに嘘を混ぜながら健一と美由に話をしていた。もちろんその顔を見ても嘘をついているとは全く思えない。さすがは大女優様だ。


「なるほどね。って事は美咲さんも悠真のあっちの姿を見たことあるんだ」

「うん。ちょっとだけだけどね」

「やっぱり悠真のあの姿を知ってる人は気づくもんだな」

「そうだな。この前だって小栗に気づかれたもんな」


 この前小栗と一緒に居たときに、急に『あのときの写真映り良かったな。冬城さんと一緒に載ってたけど、悠真も結構売上に貢献してるんじゃないか?』って言われて表情筋が全て固まった。小栗曰く『目元に面影があったからそうだろうなって思ってたけど、夏祭りのときにあったことで確信に変わった』らしい。やっぱりあいつ怖ぇよ。


「陽人か。あいつはそういうの鋭いからな」

「前触れもなく言われたからその場で固まったんだよな」


 驚きのあまりその場から動けなかったからな。小栗は周りに誰も居ないことを確認していたわけだけど、俺はそんなこと気が気じゃなかったからな。


「ということは、小栗くんも悠真くんと美月ちゃんが付き合ってることを知ってるってこと?」

「ああ、夏祭りのときに直接言われたからな」

「あのとき悠真さんが振り向いたのってそういうことだったんですね」


 やっぱり、あれだけで俺だって気づく小栗がおかしいんだよな。同じクラスの一之瀬さんは俺のこと気づいてなかったし。


「健一くんと美由ちゃんに聞きたいんだけどさ」

「なんだ?」

「なに〜?」


 小森さんが真剣な顔をしながら健一と美由に問いかけていた。なんだか急に空気が重くなる。あんな顔をして一体どんな重要なことを聞こうとしてるんだろうか。


「ぶっちゃけ美月ちゃんと悠真くんって二人の前でもイチャついてるの?」


 俺は口に含んでいたコーヒーを吐き出すところだった。そんなことしたら部屋は汚れるし、掃除するのが面倒くさくなる。それに、美月の前でそんなはしたないまねをしたくなかった。

 しかし、吐き出さないように我慢した結果、コーヒーは思うように喉を通らずむせてしまった。


「なにしてんだよ悠真。そんなに動揺してるのか?」

「ゴホッゴホッ、ちが、、、くはないけど、あんな真剣な空気でこんな内容がぶっこまれると思わないだろうが」


 俺がむせているのを見て心配(?)をした健一が声をかけてきた。もちろん小森さんが言った内容自体にも動揺しているが、一番はあの空気感でこんな質問が投げられる思っていなかったことが原因な気がする。


「それで、悠真と美月ちゃんがイチャついてるかだっけ?」

「そうです。私の前ではまだ付き合っていなかったので、そこまでイチャイチャはしていなかったんだけど、今は付き合ってるし美由ちゃん達の前では気が緩んでイチャついてるのかなって思って」


 たしかに小森さんと会ったときはまだ付き合ってはいなかった。あの撮影の後に夏祭りに誘ったんだからな。というか、あのときまったくイチャついてないんていなかっただろう。だって、付き合って無いのにイチャついてたらただの変なやつじゃないか。


「悠真も美月ちゃんもすぐに二人の世界に入って甘ーーーい空気を作ってるよ」

「美由さん!?私はそんなことしてないです!!」

「そう?」


 美由がそんなことを言っていたが俺としても断固として否定したい。俺はそんなことをしていない。ほら、美月だってそんなことしてないって言ってるじゃないか。


「私じゃなくて悠真さんがそういう空気を作ってるんです!!」

「え、ちょっ、俺!?」


 ちょっと待ってくれ美月、俺もそんなことをしている覚えはないぞ。というかさっきの返答でてっきり美月も俺と同じ考えだと思ったんだけど。


「悠真さんが人のことを甘やかすんです。それも無意識で」

「それはそうかもな。悠真が美月さんに向ける視線は他の人に向けるものより数倍いや、数十倍は甘いものだからな」

「そうだね。よくこれで自分はそんなことしてないって言えるよね」

「たしかに悠真くんが美月ちゃんと話すときはなんだか空気感が違うような気がする」


 そんな事はしていない、と思う。ここまで周りから色々言われると流石に自信がなくなってきた。

 確かに、美月の事は好きだし、世界一可愛いとも思ってるし、大切にしたいと思っている。だけど、直接伝える勇気がないからあまり言えないでいる。

 そんな俺が人前で美月と二人きりの空気を作ってるとはやっぱり思えない。


「それを言うなら美月のほうがそういった空気を作ってるけど」

「そんなことないです」


 俺は反撃と言わんばかりに美月に対して言い返していた。


「美月が無防備な姿を外で晒すからそういった空気になるんじゃないか?そういうのを守ってあげたくなるから」

「あー、それはあるかもね」

「確かに悠真といる美月さんは他の人と一緒にいるときより雰囲気が全然違うもんな」

「この前は私の前で悠真くんと美月ちゃんが居たとき、無防備な姿ってよりも『私のものです』っていう雰囲気が出てたけど、そういう部分を素でやってる部分があるからね」


 ほら、俺より美月の方が原因じゃないか。他の三人もそう言ってるしこれは俺のせいじゃないってことだよな。

 でも、美月が外で無防備になるのはやめてほしいと思う。俺の前とか、親しいひとだけの前ならいいんだけど、そういった姿を他の人に見られるのは少し嫉妬しちゃうし、もっと美月がモテちゃいそうで怖い。


「私は外で無防備になんかなっていません!それに、美咲さんの前でそういった行動を取ったのは美咲さんが原因だったじゃないですか。それと、私がこういった行動を取るのは悠真さんのせいですよ」

「?といいますと?」


 美月はいつもより勢いよく話して、否定していた。その中で、最後に言った俺が原因って言うのがどういうことなのか気になったので聞き返してみた。

 ただ、俺のその質問に回答したのは顔を少し赤くしている美月じゃなくて冷静な声で隣からやり取りを見ていた健一だった。


「悠真、それ以上聞くのは野暮ってもんだぜ。あと、やっぱり悠真が悪いな」

「そうそう。これだけは自分で気づかないと。あと、今回の話は悠真が原因ってことで」

「もしかしてあれって無意識だったりします?だったら今回は美月ちゃんじゃなくて悠真くんに問題があるとおもうな」

「なんでそうなる」


 そして、最終的に三人から再び集中砲火を受けた。解せぬ。


「悠真くんのあれが無意識って事は美月ちゃんも大変だね」

「そうなんです。分かってくれますか」

「うんうん。あー、悠真くんも罪な男だね」

「なんのことだかさっぱりわからないのだが」


 小森さんの言葉に美月は納得してるし、他の二人も頷いてるんだけど。え、俺そんなに何かやらかしてたの?不安になってくるんだけど。


「まあ、それが悠真の良い点でもあるからやめろっても言えないしな」

「そうだね。美月ちゃんも多分そういう部分が好きになったんだろうし」

「そうなんですよ。やめてほしくはないんですけど、なんといいますか」

「こればっかりは悠真が気づいて自粛するしかないんだよな」


 全く俺の分からないところで分からない部分を俺以外の人たちで分かり合っている。なぜ?なんとなく健一と美由は一緒にいることも多いから分かるけど、小森さんにまで理解している意味が分からない。


「こんなこと言うのは美月ちゃんの不安を煽るようになると思うんだけどさ」

「なんでしょうか?」

「ほら、今度文化祭があるじゃん?その時に、ね」

「ああ、なるほど。そういうことですか」


 小森さんが美月に対してそんなことを言っていた。そして、美月の不安を煽るようならそんなこと言うなよ。

 あと、主語がない会話をやめないか?俺も会話の内容を理解したい。美月が理解しているあたり、ちゃんと意図は伝わってるんだろうけど俺には分かんないし置いて行かないでほしい。


「そこはしょうがないのかもな。俺がカバー出来る分にはするけど、ずっと側に居られるわけじゃないし。それに今回の感じを見てると絶対に起きないとは言い切れないな」

「今はそんな噂を聞かないけど、文化祭終わったらよく聞くようになるかもね」

「だから、俺にも分かるように話してくれないか?」

「「それは無理」だな」


 よし、お前たち二人は家の外に追い出してやろう。家主抜きの四人で楽しく盛り上がらないでくれないかな。俺一人だけ仲間外れにされてるって泣いちゃうよ?いいの?うわーん。

 でも、こんなふうに友だちと楽しく盛り上がってるときの美月の笑顔が可愛いから美月のこの笑顔に免じて不問にしてやるかな。


「また悠真の顔が柔らかくなってるよ」

「そうだな。どうせまたなんか考えてるんだろ」


 よし、やっぱり二人だけは追い出してやろう。

 そんな中、急に家の中でなにかを知らせるような音がなった。

 俺は立ち上がって、音が鳴ったキッチンの方に言ってみた。


「どうしたんだ?」

「んー、心当たりは、、あ、忘れてた」


 どうやらこの音はオーブンレンジから鳴ったものだった。そういえばこの中で焼いていたのをすっかり忘れていた。俺は中で焼いていたものを取り分けてテーブルに運んでいく。


「いい匂いするけどどうしたの?」

「これを焼いてたのに焼いてたことをすっかり忘れてたんだ」


 俺はテーブルの上にスコーンを置いた。今回は刻んだチョコが入っているものだ。


「スコーンか。さっきまでのも良いけど、こんなふうに腹に溜まるようなものも良いかもな」

「俺としてはパンケーキとフレンチトーストもお腹に溜まるものと思って作ったんだけどな」

「野郎どもにはこっちの方が良かったりするんだよ。ほら、チョコパンがあるようにさ」

「なるほどな。俺が食いたいものを作っただけだから特に深く考えてなかったからそういうことにしとくわ」


 さっきまで食べていたものよりは甘さが控えめなので、甘いものが苦手な人でも食べやすいようにはなっている。はず。

 おやつとして出す予定だったからこの時間に合わせて焼いていたのだがすっかり忘れていた。本当はプリンと一緒に出す予定だったのだから、健一がプリンをねだってきたのが悪い。


「このスコーンなら食べやすいだろうし、冷めても食べやすそうだね」

「ああ。さっきまでのやつと違って、できたてじゃなくてもいいし冷やしておいたりもしなくて良いからな。まあできたてが美味いことには変わらないんだけど」

「そこに勝てるならレストランとかは無くなっちゃうからね」


 文化祭みたいな場所で出すにはこういったもののほうが出しやすいのかもな。作り置きもしておけるし、ちゃんとケースとかに入れておけば常温でも大丈夫だ。


「とりあえず、今日食べたものは全部美味しかったから何でも良いかな。それこそ調理がどのくらい出来るかとか、冷やしておけるのかって問題次第って感じかな」

「なるほどな」

「私的には全部出してもいいと思うんだけど、それは文化祭の枠を超える気がするし、負担も増えちゃうからね」


 文化祭は学生が楽しくやるものなのだから、プロみたいな本格的なものは求められていないし、一芸に特化したものとかも多くある。


「それに、うちのクラスは衣装自体がメインみたいな部分もあるから料理に手を込めすぎるのはちょっと違うかもしれない」

「分かった。詳しい部分は小森さんと小栗に任せるよ。こういうのは適材適所だから」

「じゃあ俺はひたすら食べて改善案でも出してやるかな」

「それはけんくんが悠真の料理を食べたいだけでしょ」

「バレたか」


 小森さんからの話を聞いて納得していた。最初俺はカフェならどういったものを出すのかって考えていたけど、そこまで深く考える必要が無かったのかもな。

 文化祭なんだから楽しくやれれば大成功なわけだし、あとはそういったカフェとは違って文化祭の雰囲気を楽しんでもらう場所なんだから軽く楽しめるようなもので良いのだ。

 詳しい部分は小森さんと小栗に任せよう。本当は担任の先生に任せるのが良いのかもしれないが、小林先生だもんな。


 それから少し話をして解散することになった。健一はすぐ隣の家に帰るだけだから心配いらないが、女の子たちだけで帰るのは大丈夫だろうか。まだ日はくれていないから心配は無いだろうけど。


「大丈夫ですよ。美咲さんと一緒に帰りますから」

「美月ちゃん、私は?」

「美由さんは反対方向じゃないですか」

「そうだけど一緒に居たいよー」

「良いんじゃない?私と美月ちゃんが美由ちゃんのことを送ってから帰れば上手く収まるんじゃないかな」

「では、そうしましょうか」

「わーい」


 どうやら三人一緒に帰るということだ。それなら男が一人ついていくほうが良くないだろう。俺は健一に片付けだけ手伝ってもらうことにして三人を送り出した。女の子だけなんだから遅くなるとなにがあるかわからないからな。

 おい健一、冷蔵庫の中漁ってプリンを出して食べるんじゃない。早く洗い物をしなさい。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 私たちは美由ちゃんのことを送って、美月ちゃんと悠真くんの家の前まで戻ってきた。ここから朝通った道を戻るだけなんだけど、うん、やっぱり気のせいじゃないよね。


「美咲さん?どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないよ」


 私は美月ちゃんに嘘をついた。仕方ないよね。こんなこと言われても困るだけだしね。


「そういえば、悠真くんって他の料理とかも上手なの?」

「そうですね。たまにさっきの四人で食事をするんですけど、そういったときは大体悠真さんが作ってくれていますね」

「そっか。家庭的な恋人をもって良かったね。将来一緒に暮らしたときとかもやってくれそうだね」

「い、一緒に暮らすだなんて」


 私がちょっとからかうように言ってみると、ポッって音がしたように顔を赤く染めながら慌てていた。多分顔が赤いのは夕日のせいじゃない気がする。うん、可愛いな。これを恋人にしてる悠真くんが羨ましく思う。


「あ、もうついちゃいましたね」

「そうだね。じゃあまた明日。って言ってもクラス違うから会えるかわかんないけどね」

「そうですね。でも、学校でも仲良くしてくれると嬉しいです」


 なにこの子。恋人にしたい。悠真くんから奪うしか無いか。


「じゃあまた今度」

「はい。また今度」


 私はそう言って美月ちゃんの家を離れる。実はここから私の家までは遠くない。でも、このまま帰るのはやめだ。

 私は一度人通りがものすごく多い場所に向かって歩いていく。その人の波の中を数分間歩いてさっきとは全く違う道を通って家に帰る。


「ただいま」

「おかえりなさい。夕飯はどうするの?」

「うーん、少しだけ食べる」


 家に帰るとお母さんが夕飯の用意をしていた。さっきまで悠真くんの家で食べてたしあまり食べられそうに無いので量を減らすことにした。べ、別に体型を気にしてるわけじゃなくはないんだけどね。

 私はベッドの上に倒れ込んで冷静になる。私の体中から冷や汗が止まらない。あー、怖かった。本当にこんなことになるなんて思わなかった。

 夜ご飯を食べるときも家族にバレないように演じていた。はっきりと分かってから言わないと迷惑をかけてしまうから。

 一体いつ、どこからなんだろう。お風呂に入っても夜布団に入っても休めることは無かった。


 私の後ろについてきていたあの人の視線が怖くて今日の夜は眠れなかった。

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