第114話 新学期

 夏休みが終わり、今日から新学期が始まる。

 といっても、俺は普段と変わらない朝を過ごしていた。夏休みに入ったからといって普段の生活リズムを変えてはいないので、夏休みが終わって朝起きれないみたいなことは無かった。

 昨日作ったカレーの残りを食べながらテレビを点けてニュースを確認する。どうやら今日は1日中快晴なようだ。まだ残暑もあるし、今日が快晴なのは疲れるかもな。


 ピンポ~ン


 俺が学校の準備を終えて、ソファーに座って休んでいたらエントランスに俺の家を訪ねに来た客人がいることを伝える呼び出し音が鳴った。

 俺はその客人の正体を知っていたので、すぐにエントランスを通した。俺は部屋から鞄を持ってきてすぐに家を出られるようにしておいた。

 玄関の扉が開いた。俺は今から来る人が誰なのかを知っていたので、すぐに家の中に入ってこれるように玄関の鍵を開けていたからだ。


「おはようございます」


 ただの朝の挨拶。だけど、その声は天使の歌声のような声で、よく聞いているこえだった。

 後ろを振り返ると、綺麗な長髪の銀髪と蒼眼の綺麗な女性が立っていた。


「おはよう、美月」


 俺は後ろに立っていた彼女に対して挨拶をした。なんで美月が俺の家に朝から来たのか、それも学校がある日に来たのか、それは昨日まで時間を遡る必要がある。



 昨日、健一たちと話をしているときのことだが、


「なあ、明日四人で一緒に登校しないか?」


 急にそんなことを言い始めた。


「急にどうしたんだ?」

「いや、夏休み明けにお前ら二人だけで行くよりもことが大事にならないとおもったからな。どうせ、今日二人でいるときに明日は一緒に登校するみたいな約束をしてたんだろ?」

「なあ、お前は俺の家に盗聴器でも仕込んでるのか?」

「4つほどな」

「怖えよ」


 冗談で言ったつもりだったのになんでそんな回答が返ってくるんだよ。嘘だって言われたけど後で家に盗聴器がないか確認しておくか。


「それで?お前らは学校で言うことにしたのか?」

「そこなんだけどさ、恋人がいるってことだけ言おうかなって話になった」


 俺と美月が今日の朝に話し合って二人で決めたことだ。


「と、言いますと?」

「俺が学校でモデルの時と同じ格好するのは良くないってこの前健一が言っただろ?」

「あれか?別にそういう意味で言ったんじゃないんだが、、、」


 この前、花音との一件があったときに健一にも美月にも言われたからな。だから俺は今までと同じ格好をして学校に行くことにした。

 それでも、俺としてはモデルをした後から今まで以上にモテている美月がフリーだと思われると今まで以上に告白されると思ったので恋人がいるってことだけは言おうと考えた。


「それでも、美月に言い寄る男が出てくると困るので恋人がいるってことだけを言うようにしたんだよ」

「なるほどな。男避けってことか」

「そういうこと」


 俺に言い寄るような相手はいないので、自分から恋人がいる言うってことはないのだけれどな。クラスでも話す相手がいないからな。


「お前の方の女避けは無いのか?」

「なんでそんなのが必要なんだよ」

「はい、悠真さんにもそういったものは必要だと思います」

「美月まで、、」


 そんな心配をする必要が無いだろうけどな。クラスではほとんど影がないし、この前の夏祭りでも俺のことにクラスメイトでも気づいていなかったからな。


「俺には誰も話しかけてこないから大丈夫だよ」

「なるほどね。美月ちゃんが心配するわけだ」

「うん。悠真、お前は罪多き男だよ」

「そうなんです。美由さんと健一さんからも言ってあげてください」

「なんでそうなる!?」


 俺のことは心配いらないだろう。俺は今まで通りの学校生活を送るつもりだからな。


「とりあえずそのあたりは後でしっかりと指導するとして」

「何だよ怖えな」

「とりあえず、明日は悠真の家に集合でいいか?」

「なんで俺の家なんだよ」


 もっと登校するときに通る道とか、どこかの自販機の前とか良さそうな場所があるだろうが。

 すると、なぜか健一が俺の耳元に口を寄せた。


「悠真、よく考えてみろ。登校中に美月さんが外で誰かを待っていたら注目を集めるし、色んな人に誘われると思わないか?」

「よし、俺の家に四人で集まってから行こう」


 美月の男避けになるようにしようと思っていたのに、声をかけられるのなら本末転倒だ。美月に遠回りをさせるのあまり気乗りはしないが、必要なことなので割り切ることにしよう。


「毎日四人で行く必要は無いだろうから、とりあえず明日は四人でってことで」



 そんな話し合いがあった。


「健一さん達はまだ来ないのですか?」

「ああ。まあ、もうすぐ来るだろうけどな」


 俺がそういった瞬間にインターホンが鳴った。


「ほらな」

「入るぞー」


 そして、玄関はとっくに通り過ぎて、リビングにまで入ってきた。


「もう入ってるんだよ」

「しょうがないじゃないか。お前の家に入るが当たり前になってるんだから癖なんだよ」


 よし、俺はそこからか取り出したロープで健一の身体を縛った。これでこいつは身動きが取れないだろう。


「おい、なんで縛るんだよ」

「身の危険をかんじたから?ほら、盗聴器仕掛けてるっても昨日言ってたし」

「冗談だっての。ったく、これじゃ学校行けないっての」

「しゃあないか」


 俺は健一を縛ろとしていたロープをほどいてる最中に、もう一つの人影が俺の家の中に入ってきた。


「・・・何してるの」

「あ、おはよう美由。健一のことをロープで縛ろうとしていた」

「うん・・・いや、なんで!?」


 うーん、なんて説明しようかな?面倒くさいからいっか。


「じゃあ、揃ったしそろそろ行くか」

「そうですね。朝からこうして四人で集まれるのはいいですね」

「そうそう。でも、今日は初日だから起きれるか不安だったな」

「美由はそこらへん崩れてたからな」

「健一、お前にだけは言われたくないと思うぞ」


 お前は崩れるどころか、昼夜逆転してたじゃねえかよ。夏休み入った後は昼に連絡すると大体は今起きたって返事が帰ってきてたからな。


「俺は一週間かけてもとに戻したからな」

「なら最初からやらなければいいのでは?」

「それじゃあ夏休みの意味がないだろうが」


 そして、俺は理不尽に健一に怒られた。いや、ほんとになんで?


 俺たちは四人で一緒に歩いているのだが、やはりと言っていいのかめちゃくちゃに人の視線を浴びている。もちろん覚悟していたことなのだが、ここまでとは予想していなかった。

 まだ残っている夏の暑さと相まって汗が止まりそうにないな。


「そういえば悠真さん、今日の放課後はどうする予定ですか?」

「うーん、そうだな。特に何も考えていなかったけど」

「私は小夜、クラスの友だちから一緒に遊ばないかとお誘いを受けていまして」


 美月は少し申し訳無さそうにこちらを見ながら言ってきた。なんだそんなことか。俺が言う言葉はもう決まっている。


「行ってきなよ。昨日だって一緒にいたわけだし、友だちのことだって大切だろ?付き合ったからって何でも優先にする必要は無いよ。交友関係は大切だからな」

「!はい!!」


 まあ、俺にはそんなふうに放課後遊ぶ友だちなんかは健一くらいしかいないんだけどな。べ、別に美月のことが羨ましいなんてことは無いんだからね。


「ねえねえ美由さんや、このあたりがものすごく暑いと感じませんか」

「そうですな。隣にいる二人がイチャついてるからじゃないですかな」

「おやおや、お熱いカップルだこと」


 なんて後ろからそんな声が聞こえた。俺たちは決してイチャついてなどいないぞ。ただ普通の会話をしていただけだからな。


「まあ、こんなに話していたらこの二人に割って入ろうとは思わないんじゃないかな」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもねえよ」

「そうか」


 何か聞こえた気がしたが気の所為だったようだ。美由と話してたのだろうな。

 学校が近づくにつれて生徒の数も多くなり、向けられる視線の数も多くなった。


「あれって、雑誌に乗ってた子だよね。加工盛り盛りだと思ってたけど実物も可愛いんだけど」

「あの子学年首席で入学したらしいよ」


 周りの女子生徒からそんな声が聞こえてきた。俺はそんな声を聞いて恋人が褒められて鼻が高い。なんなら自慢したいほどだ。


「俺無理だろうけど告白しよっかな」

「やめとけ、この前の夏祭りで男と二人で歩いているところを見たやつがいたってよ」


 周りの男は美月にアタックしようとしていた。よし、顔も声も覚えたからな。まあ、直接美月にちょっかいをかけないのなら手を出さないけどな。

 でも、やっぱり夏祭りに一緒にいたときのことがあるから、それでも声をかけるって人は少ないようだけどな。

 昇降口に着き、俺たちは教室がバラバラなのでそこで解散した。


「悠真さん、後で連絡してもいいですか?」

「ああ、待ってるよ」


 俺と美月はそんな言葉を交わして、解散した。


「なんだか彼氏っぽいことしてったね」

「あの悠真がここまで成長するとは、お兄さん感激だよ」

「うるせえ。彼氏っぽいじゃなくて彼氏なんだけどな」


 調子に乗ってニマニマしている二人のことを軽くあしらいながら一緒に教室に入った。

 クラスメイトはそれぞれ集まって話に花を咲かせている。


「ねえ、この海の写真超映えてない?」

「うちのこのプールで撮った写真も負けてないし」


「なあ、この前バイト先に倉之内くらのうち美咲みさきが来てよ、そのままモデルの写真撮って行ったぜ」

「マジかよ。その時の写真とか無いのかよ」


 なんて会話が聞こえてくる。こころなしか教室に居るクラスメイトたちの肌が夏休み前より日焼けしているように見える。

 健一と美由もそれぞれ仲の良い友だちと夏休みの話をして盛り上がっていた。べ、別に一人で寂しいななんて思ってないんだからね。


 キーンコーンカーンコーン


「お前ら席につけ」


 朝のHR《ホームルーム》の始まりを告げる鐘の音が鳴ったと同時に小林こばやし先生が教室に入ってきた。


優花ゆうかちゃんおはよう」

「優花ちゃんなんて呼ぶな。あと、私はあと一ヶ月は夏休みが欲しかったから夏休みの話をするんじゃないぞ。仕事三昧で休みなんて無かったんだからな」


 思いっきりだるそうな顔を声でそんなことを言っていた。どうやら夏休み中も仕事に追われていたらしく、休みという休みが無かったらしい。

 そんな小林先生を見たクラスメイトは、夏休み明けも通常運転でホッとしていた。


「今から始業式を行う。はあ、あんな校長がただただ長話するだけの催しなんていらないんじゃないか。ったく、私に仕事を押し付けて休んでいた校長の話をなんで聞いていなきゃいけないんだよ」


 生徒が面倒くさいと思ってる行事に対して教師がそれを言ったら終わりだろうが。

 そして始業式は終業式と同様にリモートで行われた。


「私は昨日も遅くまで仕事していたから今から寝る。終わったら起こしてくれ」


 俺たちはそんな小林先生の言葉に失笑するしか無かった。いや、あんたはこの前の終業式のときにも寝ていたし、寝ている生徒に対して注意する立場でしょうが。


「皆さんおはようございます。まだ夏の暑さが残っていますが、今日から二学期が始まります。私は、今日という日を大きな怪我をした生徒が一人も出ないまま迎えられたことに感謝しています」


 そして、始業式が始まり、それと同時に校長先生の長い話が始まった。俺はそんな校長先生の話を右耳から入って、左耳から抜けるように聞きながら今日の放課後に何をするのかを考えていた。

 美月となにかしてもいいなと思っていたが、どうやら美月は友だちとの約束があるらしいから一人でなにするかを考えていた。部屋の片付け、、は綺麗だから必要ないし、模様替え、、もこの前したばっかだし、溜まっていたアニメでも消化するのもいいな。RPGの隠し要素をすべて終わらせるやりこみプレイもありかもしれない。


「皆さんが今学期も文武両道で頑張っていくことを期待しています」


 そんなことを考えている間にいつの間にか校長先生の話が終わっていた。俺は校長先生の話が早く終わったのかと思い時計を見てみたところ、十五分経っていた。うん。全然早く終わってなんかいなかった。


「・・・」

「優花ちゃん。ほら、始業式終わったし起きなよ」

「・・・」

「小林先生、起きましょう」

「・・・」


 小林先生は生徒たちに起こされても全く微動だにしなかった。これは相当疲れが溜まってるんだな。でも、このまま寝ていたら何も出来ないしな。小林先生が起きそうなこと、、俺は思いついたことをそのまま言ってみることにした。


「小林先生、締切は今日ですけど終わったんですか?」

「はっ、終わらせますから、、ってなんだお前らか」

「先生、お前らかじゃなくてちゃんと起きてください。始業式も終わったんですから」


 学級委員の美咲みさきさんがそんなふうに小林先生に注意していた。


「そうか、終わったのか。それより、私は今ものすごく目覚めの悪い起き方をした。最後に声をかけたのは誰だ」

「・・・」


 クラス中が静まり返った。俺が言ったのだがここで出ていくほどの勇気は俺にはない。でも、なんだか小林先生はこっちを見ている気がするし、


「高橋、お前だろ?生徒の声くらい覚えてるから分かるんだよ」

「す、すみません」


 俺はすぐに謝罪をした。いや、なんで俺が謝ってんの?明らかに始業式の最中に寝ていた先生のほうが悪くね?


「次からは起こすときの言葉を変えてくれ」

「いや、寝ないという選択肢は、、」

「無い」


 言い切っちゃったよこの人。ほんとによく教師になれたな。


「今日は授業も無いからこれで下校になる。くれぐれも問題を起こさないように羽目を外すように。問題の対処などでこれ以上仕事を増やさないでくれ。はあ、お前たちはすぐに帰れるのに教師はまだ仕事があるんだよ」


 そして、あっという間に夏休み明け最初の日が終わった。うん、今学期はこれ以上の小林先生の愚痴を聞かされることが無いことを願おう。


「悠真、帰るぞ」

「ああ、そうだな」


 俺は健一が机のもとに来たので用意していた鞄を持った。


「なあ高橋、この後って時間あるか?」


 帰ろうと席を立とうとしたとき、そんな声がかけられた。その声の主は小栗だった。


「特に用事は無いけど」

「じゃあ、一緒に飯食いに行かないか?健一も一緒に」

「俺はいいぜ」

「俺が行ってもいいのか?」


 俺はただ単に疑問だった。今までこんなふうにプライベートな時間を過ごしたことのない俺が行っていいのかと。


「いいもなにも、俺が誘ってるんだ。ダメなわけ無いだろ?」

「じゃあ、行ってもいいか?」

「おう」


 そうして、俺の放課後の過ごし方が決まり、新たな交友関係を作る一歩を踏み出した。

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