第112話 その後
「・・・」
「・・・」
花音が家を出てから一時間半が経ち、美月と美由と花音の三人が家に帰ってきた。
俺は健一と、花音は美月と美由と話をして冷静になれたのだが、冷静になったせいでお互いがお互いに気まずくなっている。
今は二人して向かい合ってお互いに何も声に出せなくている。
「えっと」
「あの」
そして、二人の言葉が重なった。そしてお互いにもう一度言葉が詰まる。
「先にいいよ」
「うん、お兄ちゃん」
俺は花音に先を譲った。自分から話をしても良かったのだが、花音のほうから話をしてもらったほうがスムーズに進むかもしれないと思ったのと、妹がしたいと言っていることを咎めるのは兄としてはしたくない行為だからな。
「ごめんなさい」
「・・・え」
花音の口から真っ先に出たのはそんな謝罪の言葉だった。
「花音がお兄ちゃんに自分の思いを押し付けたせいでこんなふうになっちゃったから」
「違う、悪いのは俺の方だ」
俺は花音からの謝罪に対して自分の謝罪を重ねた。
「俺が花音に自分の考えを押し付けていたせいだ」
俺は花音に対して頭を下げた。俺は花音よりも低く頭を下げた。花音はそれに対して更に低くなるように頭を下げた。俺も更に頭を低くする。
「、、、ぶっははは」
そんな俺達を外側から見ていた健一の口から笑い声が漏れた。俺達は二人してその笑い声がした方を一斉に向いた。
「いや、すまん。悪いとは思ってるんだけど、こんなのを見たら笑っちゃうって」
健一は少しも悪びれる素振りもなくそんなことを言った。そんな健一を見て俺にも笑みがこぼれた。
「まあ、そんなふうに暗い空気になるよりはいいのかなっては思うけどな」
「はーい。けんくんの言う通りだと思いまーす。悠真も花音ちゃんもふたりとも思い詰め過ぎなんだよ。花音ちゃんは帰り道でずっと『お兄ちゃんが』って言っていたもんね」
「み、美由さん!?そのことは内緒ですって言ったはずでは!?」
「あれ?そうだっけ?」
美由も健一といっしょにこの空気を、雰囲気を壊そうとした。したのだが、その際に花音のことを暴露したため、花音が顔を真っ赤にしていた。
「お兄ちゃん、ち、違うの。別にお兄ちゃんのことを自慢したりしてたんじゃなくて、本当に違うから」
花音はそんなことを言っていた。うん、聞かなかったことにしたほうがよさそうだな。
「ふふ、花音さんはお兄ちゃん思いの良い妹なんだということがすごく伝わってきましたよ」
「お義姉ちゃんまで・・・」
美月にまでそんなことを言われていた。花音はどんなことを話したのか気になってきたな。
「いやー、悠真が昔はあんなに可愛い子だったなんてねー」
「本当に何の話をしてたの!?」
なんだかとんでもない爆弾を落とされた気がする。内容次第では花音に後でしっかり問い詰めて教育をしないと行けないかもしれないからな。
「なあ、その悠真の昔話俺も知りたいんだけど」
「えー、どうしよっかなー。悠真のプライドに関わることだしなー」
「よし、この話はやめよう。あと、花音は何を話したかしっかり俺に話すこと」
花音に対して謝って、ちゃんと話し合おうと思っていたのにもうそんな雰囲気では無くなってしまった。
でも、みんなで集まっているのにかしこまってしまうと健一や美由、美月にとっては居づらい空気になってしまっていただろう。そう考えると健一はわざと笑って空気を変えたのかもしれない。やっぱり健一は優しすぎるし、周りのことがよく見えている。
「っで悠真、お前は言うことがあったんじゃないか?」
そして、欲しいときに欲しい言葉をくれる。
「花音、ごめん。俺は花音たちのことを軽く考えていたわけじゃないんだ。俺は倒れたことを、体調を崩したことを伝えることで心配してほしくなかったんだ」
俺は自分の中で思っていたことを花音に話した。今まですれ違っていた自分の考えを。押し付けるのではなくきちんと伝えることを。
「お兄ちゃん、こっちこそごめんね。美由さんとお義姉ちゃんからも聞いたんだ。お兄ちゃんが周りのことを心配させたくないから自分の中に抱え込んでいるんだって。この前倒れたのは自分の限界以上のものを抱え込んだからだって」
「そうそう、悠真ってばいっつも隠すんだから。まあ、普段わわかりやすいんだけどね」
花音は俺に対してそんなことを言った。そして、美由も花音と一緒に俺に向かってそんなことを言ってきた。
「そうなんですよね。もう少し隠し事もなしにしてほしいです。今の悠真さんには支えてくれる人が側に居るんですから」
美月は可愛らしい笑みを浮かべて花音の肩に手を置きながら言った。
「まあ、そういうことだ悠真。お前は自分がどうにかしなきゃって思い過ぎなんだよ。それはお前の良い部分でもあるが悪い部分でもあるんだ。もう少し力を抜いて生きろよ」
健一は肩を組んでそういった。俺はそんな言葉たちに対して苦笑いを浮かべるしか無かった。
「まあ、努力はするよ。でも、ちゃんと話すよ。また花音が家から出て行くのは懲り懲りだからね」
「もうお兄ちゃん、私だけのせいにしないでよね」
花音は頬を膨らましてそう言った。そんな花音が可愛らしかったので、膨らんでいる頬を指で押し込んで空気を抜いてみた。
フシュー
「お兄ちゃん?怒るよ?」
「あ、う、えっと、すみません」
俺は花音に対して頭を下げた。おかしい、怒っていますよアピールをしていたから頬の空気を抜いたのに余計に怒られそうになった。
「これは罰が必要だと思いまーす」
「何をするんだ?」
まあ、これも花音なりのけじめのつけ方なのかもしれないから甘んじて受け入れることにしよう。
「お兄ちゃんの小さい頃の動画を、、、」
「ちょっと待てコラ」
俺は急いで花音の口を塞いだ。なんで俺の小さい頃の動画が出てくる。それも罰として。嫌な予感しかしない。
「悠真さん、女の子の口を強引に塞ぐものではないですよ」
「ごめん。とっさのことでつい」
俺は腕の中でモガモガ言いながら暴れている花音のことを開放した。
「もう、お義姉ちゃんの言うとおりだよ」
俺から開放された花音はプンスカと可愛い擬音が聞こえてくるように怒っていた。
「お兄ちゃんのティラミスを作ってくれなきゃ許してあげないんだから」
「はいはい、明日のデザートに出来るように作るよ」
「やったー。やっぱり甘いものって美味しいよね」
お菓子を作るだけで許してもらえて、喜んでもらえるならやすいものだな。まあ、材料費よりも作る手間が非常に面倒くさいが、そこには目を瞑るべきだな。
「花音さん、花音さん」
「ん?どうしたのお義姉ちゃん」
「悠真さんの小さい頃の動画を見たいのですが」
「美月!?なんでそんなこと言うの!?」
美月が花音のことを呼んだと思ったらそんなことを言い出した。
「だって悠真さんの小さい頃なんて可愛いに決まってるじゃないですか」
「ちょっと美月!?そんなことないから昔の俺だって今と対して変わんないよ」
「お兄ちゃんはもっと素直だったよ。学校での過ごし方も今と違うんじゃないかな?」
「かーのーんー?そんなこと言っていいのかな?」
俺は花音に対して釘をさすように圧をかけてみたのだが、そんなのはどこ吹く風のように俺のことを無視した。
「じゃあ今度お兄ちゃんのところに来るときに持ってくるから楽しみにしておいてね」
「はい!!楽しみにしておきます」
「よし、花音の明日の晩飯は抜きだな」
「なんで!?」
俺は花音にに対して反省してもらうために晩飯を抜くと脅すことにした。うん、これは帰ったら俺の過去の動画や写真を処分しなくてはいけないな。
おそらく年末年始は俺が帰ることになるからそのときに処分すれば大丈夫だろう。
「でも、花音がやらなくてもお母さんがお義姉ちゃんに見せると思いまーす」
「そんなことは・・・あり得るな」
「でしょ?」
母さんが美月とあったら絶対に余計なことをするだろう。それも、悪気がなく。まあ、わざと話す部分もあるだろうがあの母さんの天然ぶりから予想するに大体はわざとではないからな。
「ねぇねぇ、みんな触れないで流してたから今更だけどさ、なんで花音ちゃんは美月ちゃんのことをお姉ちゃんって呼ぶの?」
「美由さん、お姉ちゃんではなくお義姉ちゃんです。間違えないでください」
「花音、やっぱり音だとその違い分からなくない?」
美由はとうとう美月と花音の間にある禁忌(?)に触れた。
「うーんとね、お兄ちゃんの彼女さんだからお義姉ちゃんなんだよね」
「それってちょっと時期尚早じゃないの?」
「そうかな?だってお兄ちゃんは昔言ってたんだもん。俺が恋人を作る時は・・・」
「ちょっと落ち着こうか花音」
俺は再び爆弾を透過しようとした花音の口を塞いだ。俺はこの先に続く言葉を知っているし、今でもその想いは変わらない。でも、それを今ここで言われるのも、花音の口から言われるのも俺としては望んでいない。
「フガフガフガ」
「こら悠真、さっきも言ったでしょ?女の子の口を塞ぐもんじゃないって」
「これは必要なことだから。いいか花音、もしお前がその先の言葉を言うならば、俺は今すぐにお前を父さんたちのもとに帰して二度とこっちに来ないように父さんにお願いするしかなくなる。絶対に言うんじゃないぞ」
「コクリ」
俺は花音がちゃんと約束してくれたことを確認して開放した。
「あの悠真さん、花音さんが言っていた続きってなんですか?」
「うっ、やっぱり気になる?」
「はい、気になります。私はその、悠真さんの、こ、こ、恋人なので」
美月は顔を赤らめながらそんなことを言ってきた。もちろん俺はそんな美月のことを見て俺自身も顔が熱帯びていた。
「今はまだ内緒かな。でも、ちゃんと伝えるからその時まで待っていて」
「、、、分かりました。でも、ちゃんと教えてくださいね」
「ああ、絶対に言うよ。俺はそのつもりだからね」
必ず美月に伝えるが、まだその時ではない。俺の心の準備や今後のことなど諸々の用意が整ってからになるからな。
「ふーん、なんとなく分かったし悠真の考えも分かったけど、あんまり女の子を待たせるもんじゃないからね」
「うっ、分かってるよ」
どうやらニンマリとした笑みを浮かべている美由には俺が考えていることが分かっているのかもしれないな。
「なあ、この悠真の服って今もあるんだろ?今着替えてこいよ」
「はあ?」
さっきから静かにしてるなと思っていたら健一が雑誌の俺が映っているページを指差しながらそんなこと言ってきた。
「なんでそんなことを」
「あれ?さっきまでお前の話を聞いてやってたのは誰かな?」
「ぐぬぬぬ」
そのことを出されたら俺は逆らうことは出来ない。
「ヘアセットも自分で出来るのか?」
「渡邉さんから教えてもらったから出来るよ。まあ、あの人はプロだからそれよりは出来が悪いけどな」
渡邉さんはあの速度であのクオリティだし、俺はあの人に比べて程遠いものだけど、一応人前に出れるくらいにはセットできるように教えてもらった。というか強制的に覚えさせられた。
「じゃあさっさと着替えてこい。その間にこの雑誌を四人で眺めておくからな」
「それさえなければすんなり着替えてくるのにな」
俺は自分の部屋に戻り服を着替え始めた。昨日のデートに着ていくことも考えたのだが、もし美月にこの前のモデルのときの服が似合ってないと思われたら嫌だったから俺らしい服を着ていた。
今日の反応がよかったら次のデートではこの服を着るのがいいかもしれないな。
着替えたあとは洗面所に向かい、手にしっかりとワックスを馴染ませた後、鏡を見ながら髪型を整えていく。
この前髪を上げて、ここらへんの毛先をまとめてっと、これでよし。
着替え始めてから十分もしないうちに完成した。我ながら手早く出来るようになったと思う。
早く雑誌を読むのをやめてほしかったから急いでいた部分もあったが、ここまで早く出来たのは初めてだ。
俺は健一たちのところに向かう。
「おーい、出来たぞ。って何呆けた顔してるんだ?」
「いや、こんな短期間でこんなにも変わるんだなって思ってな。雑誌のまんまじゃねえか」
「ふっ、普段が幸薄そうな陰な姿で素がなにか?」
「俺は別にお前を貶してるわけじゃねえよ」
健一の言葉にそんな意味がないことは分かっているけど、俺はまだこの姿の評価が俺自身の評価だと思えない部分があり、反射的にそう答えてしまっていた。
花音に関しては
「え、お兄ちゃん?本当にお兄ちゃんなの?」
と、俺を見て困惑していた。そんな家族でも困惑するような姿ということは、そのくらい俺の面影が無くなっているということだ。
俺はそんな姿に対する評価を自分の評価と考えるのは違うと改めて思った。
「よし悠真、笑顔を作ってくれ」
「なんでだよ」
「写真を撮るには笑顔が必要だろ?」
「なぜ写真を撮る」
なんで写真を撮るんだよ。こんな姿写真を撮っても意味が無いだろうが。
「いいから笑えって。写真とるからこっちを向いてな」
どうやら健一は引く気がないらしい。俺は仕方なく笑うことにした。
「違う、そんな感じの笑顔じゃなくてもっと爽やかな笑顔を俺は所望してるんだよ」
「なんだよ爽やかな笑顔ってなんだよ」
笑顔に種類なんてあるのか?俺にとって笑顔は笑顔で1つしかないんだけどな。
俺は出来る限り俳優さんとかの笑顔を真似するように笑顔を作ってみた。
「・・・」
「いや、写真撮ってないでなんか喋れよ」
健一は黙ったまま俺の事を写真撮っていた。ちょっとは感想言えよ。似合ってないとか、キャラじゃないとか。
でも、写真を撮ってるし表情は変えない方がいいよな。
「悠真さん」
「はい」
「その笑顔を外で、特に学校では絶対にしないでくださいね」
「え?なんで?」
「なんでもです!」
俺は美月からそんなことを言われた。言葉の節々からちょっとした圧を感じる。感じるのだが、
「あのー、なんで美月まで写真を?」
「なんでもです!」
俺の事を写真撮りながらなので威厳は全くと言っていいほど無かった。
美由はそんな状況を外から見ながら苦笑いを浮かべて
「あーうん。これは美月ちゃんが大変そうだね。悠真、あんたちゃんとしなさいよ」
なんて言っていた。
いや、なにをだよ。
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