第111話 花音の本音

 真夏の夏と言っても夜は冷える、ということは無く、夜道は蒸し暑い空間になっていました。私と美由さんは花音さんのことを探しながら近くの人が行くような場所をしらみつぶしに回っています。


「・・・ということがあったせいで、悠真さんはこっちに来たそうです」


 花音さんを探している間に、私は美由さんに悠真さんの過去にどんな事があったのかを話しました。私は当事者では無いけれど、悠真さんから直接お話を聞いたので、ある程度詳しくは知っていました。


「詳しい部分は悠真さんから聞くしか無いと思いますけど」


 私は、悠真さんが引きこもってしまったという部分にはあえて触れないで、電車の中で起きてしまったことについてのみお話をした。

 花音さんを探すための時間が惜しかったというのもありますが、悠真さんの名誉にも関わることなので発言は控えることにしました。


「っそ。今の話でなんとなく悠真がどういう思いをしたのかは分かったし、家族がどんな思いをしたのかは分かったわ」

「そうですね。辛かったでしょうね」

「余計に今回の件はふたりとも悪くないって思えるから大変なのよね」


 そう、悠真さんの過去の話を聞いたあとでは、どちらにも非があるようには見えないのです。


「とりあえず今は花音ちゃんのことを見つけないとね」

「そうですね。花音さんはまだこちらに来たばかりで土地勘などは無いはずですけど」

「昔から家を出た人が心を落ち着かせるために向かう場所なんて一箇所しか無いでしょ」


 花音さんはニヤリと笑みを浮かべながら言いました。





 ここはどこなのかわからない。でも、私はそばのベンチに座って身体を休めていた。

 お兄ちゃんに対して少し感情的になりすぎて、お兄ちゃんの家を飛び出してしまった。お兄ちゃんが倒れたことを私たちに隠していたことに対して納得がいかなかったからだ。

 私にとってお兄ちゃんは、尊敬できる人だし、自慢のお兄ちゃんだ。もちろんそれは中学生のときのあのことが起きる前も起きた後も変わらずに。

 私は勢い任せでお兄ちゃんの家を出てきてしまったので、何も持っていない状態だ。

 この辺りの地形についての知識は全くもっていないのに、手元にはスマートフォンがないためマップなどを使って現在地を調べることも出来ない。

 この時間帯にこの場所を通る人は少な、、居なく静かで誰かに見つけてもらうといった期待も出来ない。


「お兄ちゃん・・・」


 こんな暗い中に一人でいるという、独りでいるという心細さに、不意にお兄ちゃんと口から出ていた。

 私はすぐにハッとして思い直す。私はこれ以上お兄ちゃんに頼りきりになりたくない。お兄ちゃんの負担になりたくない。

 そんな自分の思いが前面に出た結果、今日のことが起きしまった。

 お兄ちゃんに直接気持ちを伝えた時に、自分だけの考えを押し付けてしまった。もちろん私の気持ちが間違っているとは思っていないが、そのことは間違っていたのだと思った。

 お兄ちゃんには謝らないとな。

 タンタンタン

 ベンチの後ろの方から人が歩いてくる音が聞こえてきた。私はお兄ちゃんが来たのだと思い振り返ったのだが、そこいたのは犬の散歩のために外を出歩いていた小さな少女だった。なんだかどこかで見覚えのある少女だったが気の所為だろう。

 私は馬鹿だ。あんなふうにお兄ちゃんのことを突き放しておいて、自分のことを迎えに来てくれるなんて都合のいい未来を想像していた。

 自分から動いてどうにかしないと意味が無いと改めて気付かされた。


「花音からお兄ちゃんに謝らないと」

「では、私たちと一緒に行きましょうか」


 無意識のうちに口から出てきた言葉に対して反応する声が聞こえてきた。それも、聞き覚えのある声で。

 振り返ろうとすると、ベンチの右隣にお義姉ちゃんが座ってきた。


「お義姉ちゃん、、、」

「そうそう、私たちが一緒だったら悠真も許すって」


 ベンチの左隣には美由さんが座りました。

 ここにやって来た二人は明るい顔と表情で話しかけてくれた。


「美由さんの言った通りの場所にいましたね」

「そそ、私も夜に何かから逃げ出したいって思った時はこういう場所に来るからね。まあ、一箇所目で当たりを引けたのはたまたまなんだけどね」

「え、美由さんも夜遅くに家から出ていくことがあるんですか!?」

「うん。まあ、目の前にある課題から逃げ出したくなったときだけどね」

「・・・では、これからはそんなことのないようにビシバシ指導していきますね」

「ヒュッ、花音ちゃん助けて」

「・・・あの、なんで今そんなことになっているんですか?私のことを探しに来たんじゃ無いんですか?」


 目の前で普通に二人で話し始めた二人に驚いて思わず突っ込んでしまった。自分でも都合の良い解釈をしているのだと分かるが気になってしまったからだ。


「うん、そうだよ。花音ちゃんのことを探してここに来たよ」

「そうですね。でも、このまま悠真さんのところに戻っても変わらないでしょうしね」

「え?」


 二人はそんなことを言ってきた。


「だって、今回はふたりとも悪くないじゃん」

「いいえ、花音が悪いんです。お兄ちゃんのことを怒らせてしまった花音が」


 私がお兄ちゃんのことを怒らせてしまったせいでこうなっている。私が自分の意見だけを押し付けて怒らせてしまった。


「でも、花音さんがわざと怒らせたわけでは無いですよね」

「それはそうですけど」

「では、しょうがない、それでいいじゃないですか」


 お義姉ちゃんはそんなことを言った。


「花音ちゃんにも花音ちゃんの考えがあったんでしょ?ならそれでいいんだよ」


 美由さんもそう言ってくれた。


「このまま悠真のところに帰っても何も変わんないから色々話してから帰ろっか」

「いえ、大丈夫です。花音が変われば終わる、ただそれだけの話ですから」


 私は美由さんからの提案に対してそう返した。私が自分の考えを抑えるだけでこの問題は解決する。なら、そうすればいいだけなんだ。


「私には妹と弟がいるんです」

「・・・え?」


 お義姉ちゃんが急にそんなことを言い始めた。


「弟の洸汰元気に溢れていて、よく外で遊んで身体を汚して帰ってきます。家でもその有り余ってる元気を使ったせいでお母さんに怒られることも少なくないんですけどね」


 お義姉ちゃんは自分の弟の話を始めた。一体なんのためにそんなことを話し始めたのだろう。


「この前、洸汰が大きめの怪我をして帰ってきたのです。お母さんが洸汰に何があったのか聞く前に自分で怪我の原因を教えてくれました。まあ、木に登っていて落ちたから怪我をしてっていうなんとも洸汰らしい怪我の原因だったんですけれど」


 そんなことを話すお義姉ちゃんの顔には笑みが浮かんでいて、小さな笑い声が聞こえてきました。

 けれどもお義姉ちゃんがこの話をする理由が分からない。


「それに対して、私はあまり自分のことを話しません。元々自分のことを作り上げていた部分があったので、その部分が家族の前でも抜けないというのはあったのですが、自分のことを話して余計な心配をかけたくないという部分が大きいですね。実際に、まだ悠真さんとお付き合いしていることは家族にお話していません」

「まだ話してなかったんだ。でも、私もお父さんに話してなかったな」


 お義姉ちゃんと美由さんがガールズトークを始めた。この話には意味がなかったのだろうか。


「つまり、美月ちゃんが伝えたかったことは心配させないために話すこと、心配させないために話さないことがあるってことだよ」

「!!」


 美由さんの話を聞いて気づいた。


「洸汰くんは何があったのかを話してお母さんに心配させたくなかったんだろうね。この考え方を今回したのが花音ちゃんで、美月ちゃんのようにあったこと自体を話さなければ起きたことを知らないから心配かけないって考えをしたのが悠真ってことだ」


 美由さんが言っていた通りだった。私はお兄ちゃんに何があったのかを隠されていたことに不満を持っていた。それは私達のことをなんにも考えていないと思っていた。

 でもお兄ちゃんは倒れたことを隠すことで自分に起きたことに対して心配させないようにしたかったのだと美由さんが教えてくれた。


「別にどっちが悪いとかは無いと思うんだけどね。花音ちゃんの中で、悠真の中でちゃんと今回のことを消化出来てないとまた別の場所でわだかまりが起きるんじゃないかなって思ったからね」

「なので花音さん、自分の心の中に抑え込む必要は無いですよ」

「・・・」


 二人は私のことを心配して、何も触れてこなかったのだ。花音自身が自分から話し始めるまで待ちながら。


「聞いてくれますか?」

「聞きますよ」

「ゆっくりでいいからね」


 私は二人に自分の思いを伝えた。


「私はお兄ちゃんが心配なんです。お義姉ちゃんはお兄ちゃんから聞いたと言っていましたが美由さんはお兄ちゃんの中学の時のことって知っていますか?」

「うん、ちょっとだけね。詳しいところまでは何も」

「そうですか。花音はお兄ちゃんがその事件のせいで部屋にこもるようになりました。家から出ようとすると身体が動かなくなり、人間関係にも恐怖が出てトラウマになってしまいました。でも、最初はそのことを花音には隠していたのです」


 私はお兄ちゃんのと一緒にいたときの辛い思い出を語り始めた。ここから話さないと始まらないから。


「自分のことを話さないで抱え込んだ先でお兄ちゃんは精神が壊れてしまいました。誰にも頼ろうとしないで、自分だけでなんとかしようと考えて。花音はそんなお兄ちゃんを見て怖くなりました。そして、自分の無力さを嘆きました。お兄ちゃんがもっと頼れたら、お兄ちゃんにとって守るべき相手になっていなければ」


 あの日から私は変わろうとした。自分が変わればお兄ちゃんの役に立てると思ったから。


「お兄ちゃんはお母さんと一緒に帰ってきたときも花音には『大丈夫、なんでもないよ』って言ったんだ。学校から帰ってきたときも花音やお母さんの前では笑っていたんだ。学校にいけなくなったときも花音には何でも無いって言ったんだ。そんな日が続いてお母さんに聞いたときに初めてそのことを聞いたんだ。あの日お兄ちゃんに何があったのか、お兄ちゃんが学校に行ける状態じゃなくなったことを」


 今でも話を聞いた時の絶望を覚えている。お兄ちゃんがなんでこんな目にあわなきゃいけないんだって思った。あんなに頑張っていたお兄ちゃんがこんな目にあうのかって。


「そしてお兄ちゃんが家に引きこもるようになってから花音自身が変わればいいのだと考えるようになりました。お兄ちゃんに守られるだけじゃなくてお兄ちゃんに頼ってもらえる存在になれるように」

「そっか、花音ちゃんは自分の中に抱え込んでこんな大事になった悠真のことが嫌だったから抱え込んでた悠真に対して怒ったんだね」


 美由さんが話を聞いて理解してくれた。


「そうですね。悠真さんはよく抱え込みますよね。今の原因になっている悠真さんが倒れたときも、健一さんのことを看病したあとに自分のことは私たちに隠してましたしね」


 どうやらお義姉ちゃんが言うにはその倒れたときにも、自分のことを隠していたらしい。


「でも、それは悠真さんが私たちに心配をかけないためだということも分かりますから怒ってるわけではないんですけれどね。一緒にいるとそういう優しさに触れてますからね」


 お義姉ちゃんは嬉しそうにお兄ちゃんのことを話し始めた。


「はーい、惚気話は結構でーす」

「むっ、美由さんだって惚気けるじゃないですか」

「私は惚気てるつもりはないもん」

「それは私もです」


 そして、なんだか私のことそっちのけで二人が言い合いを始めた。


「あのー、なぜ花音は放置されてるんですか?それと美由さんも恋人さんがいたんですね」

「少しでも気が紛れるようにかな?恋人か、うーん、居るのかな?」

「え?いないのに惚気てるんですか?」


 そうなのだとしたらとんでもなく変な人だ。でも、お義姉ちゃんに話をしているってことは相手が居るんだろうし。


「関係性がなんだか難しいというかなんというか」

「花音さんは悠真さんの妹なんですから言ってしまってもいいのでは?」

「それはそうかもね。悠真の昔話も聞いたわけだしいいのかもね。覚悟して聞いてね」


 どうやらとんでもない秘密を抱えているようだ。


「実は・・・」

「ゴクリ」

「けんくん、健一と中学の頃に付き合ってたんだ」

「え!?」

「そして、今は義理の兄妹になった」

「え!?!?!?」


 衝撃の事実だった。


「あ、別れたわけじゃないから別に仲が悪いってわけじゃないし、今でも好きなんだけどお父さんとお義母さんと目があるからなー」

「そういうことがあるんですね」

「でも、二人はベッタリくっついてますし学校でもバレるでしょうけど」

「美月ちゃんたちには言われたくない」


 また二人が言い合いを始めた。でも、この二人が楽しそうに話しているのを見ていると心が和らいでいく。


「じゃあ、そろそろ家に戻ろっか」

「そうですね。そろそろ悠真さんの方も話が終わった頃でしょうし」

「え、でも」


 さっきまではお兄ちゃんに謝らないとと思っていたけど、今となっては気まずさが大きくて帰りにくい。


「大丈夫ですよ。悠真さんも花音さんのことを理解していますから」

「そうそう、何かあったら悠真のことはぶっ飛ばすから安心してね」


 お義姉ちゃんと美由さんが励ましてくれた。


「そうですね。では、お兄ちゃんと話す時手伝ってください」


 私は二人に対して頭を下げた。


「それと探しに来てくれてありがとうございました」

「そんなことないよ。私たちも心配だったんだから」

「そうですよ。一緒に遊園地に行った仲じゃないですか」


 そうして、三人で立ち上がってお兄ちゃんの家に変えることにした。私は道がわからないので二人の後ろをついていく。


「というか、遊園地に言った仲って何?」

「昨日一緒に遊園地に行ったんですよ」

「お兄ちゃんとお義姉ちゃんのデートだったなんて知らなくて」

「いいなー」

「お化け屋敷で花音さんが迷子になって大変だったけですけれど」

「その説はすみませんでした」


 私はもう一度お義姉ちゃんに頭を下げた。そのまま三人でガールズトークをしながらお兄ちゃんの家に帰っていった。

 そんな私達のことを雲の上から犬の毛を整えながら見下ろす赤い目の少女がいた。


「ぶじにみつかってよかった。おにいちゃんとなかなおりできるといいな」


 そんな少女の言葉も、少女のことも私たちには気づきようが無かった。

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