第110話 支え

 花音が出ていってしまってから、俺は静かになった家の中で部屋についているドアを眺めていた。

 自分の手の先、足の先から血の気が引いていくような感じがした。なんだか視界も揺れてるし、見えている物がぼやけてきた。

 ああ、このまま横になって楽になろう。


「おい、あぶねぇだろうが」


 俺はなぜか健一に支えられれいた。

 俺はなんで健一に支えられているんだ?まあいっか。このまま体の力を抜いて、


「おい!シャキっとしろ」


 俺は健一に激しく身体をを揺らされた。いったい何なんだよ。

 俺の頭の中は霧がかかっているような感じがして何も思考が働いていなかった。


「花音ちゃんが家を出ていったけど大丈夫なのかよ」

「え・・・あ、そうだ」


 健一の言葉で少し思考が働いた。そうだ、花音と言い合いをしてしまっていなくなってしまったんだ。すぐに追いかけに行かないと。


「悠真、そのまま行くの?」


 美由がそんなことを俺に聞いてきた。行くくしか無いだろ?出ていったんだから追いかけないと。

 こんな夜遅い時間に知らない土地に女の子が一人でいていいはずがないだろ。


「悠真さん、私は今の悠真さんが探しに行くのは反対ですよ」

「・・・なんで」


 美月にまで止められた。なんで。

 美月と花音は仲も良くなっていたし、心配してると思ったのに。なんでそんな淡白なことをするんだよ。


「なんでか?いいよ、言ってやるよ。今のお前が行ってもどうにもならないからだ」

「何を言ってるんだよ」


 俺は健一からのその言葉によって、感情の矛先がすべて健一に向いた。


「俺が言ってもどうにもならないってどういう意味だよ」

「そのままの意味だよ。今も気づいてないんだから絶対に無理だ。行かせられない」


 健一は強い言葉でそう言い切った。俺は更に強い苛立ちを健一に対して向ける。


「お前にとっては他人だからいいのかもしれないけど、花音は俺の家族だ。そんな家族がこんな時間に外に出ていって、それをなんで止められなきゃいけない」


 健一に対して、いや、この言葉はここにいる三人に向けての言葉だろう。俺は自分の苛立ちが抑えられず強い口調になっていた。

 美由と美月の表情には不安が浮かんでいた。でも、俺の目にはそれは蔑んでいるように見えた。だって、あのときの勇琉たける瑠偉るいから向けられた視線と一緒だったから。


「あっそ」


 健一はそんな俺に対して苛立つのでも憐れむのでもなく、ただ一言どうでもいいと言った思いを告げた。その言葉は俺の中の何かを刺激した。


「ふざけるな。お前に何が分かるんだよ」

「何も分かんねえよ、お前の家庭の事情なんて何も」

「じゃあ、口出しすんなよ」

「いいや、嫌だね」

「なんでなんだよ」

「目の前で壊れそうになっている親友を見捨てられるほど俺は薄情者じゃないんだよ」


 俺は健一の言葉が心に空いた穴に響いた。


「いいか、今のお前が外に出ていったとしても何も出来ない。なんならお前の方が壊れていくだろうな。確かに俺にとって花音ちゃんは親友の妹であって仲がいい訳では無い。でも、だからって放っておけるほど俺は自己的じゃねえよ」


 健一からの言葉は強い想いを感じた。


「ねえ悠真、悠真が花音ちゃんのことを大切に思っていることは分かってる。でも、その気持ちだけでどうにかなる問題じゃないし、今の悠真には任せられない」


 健一の言葉に対して美由が続いた。


「悠真さん、一度深呼吸しましょう。そして、自分の顔を鏡で見てみてください。悠真さんが以前私に過去の話を話してくれた時と同じ顔をしていますよ」


 美月からはそんな事を言われた。


「花音さんのことは私と美由さんに任せてください」

「でも、、、」

「大丈夫です。これでもこの前のお化け屋敷で迷子になった時は私が見つけてますし、この辺りの地形はおおよそ把握していますので迷子にはならないですし」

「そうそう。もしものときには私も居るし大丈夫だよ。その代わり、こうなった原因である過去の話を知りたいところだけど」


 美月と美由が花音のことを探しに行ってくれると言ってくれた。俺はその言葉を聞いて、再び穴の空いた心に何か響いたように感じた。


「分かった。俺からは話すと重い話になってしまうから健一か美月が話してくれると助かる」

「分かりました。美由さん、悠真さんもそう言っていますし、私が花音さんを探しながらお話します」


 そう言って美月と美由は玄関の方に向かっていった。俺と健一はそんな背中を追って見送りに行った。


「すまない。俺が何も出来ずに頼ってしまって」


 俺は三人に対して頭を下げた。こんなに情けない自分のために動いてくれると言ってくれた三人に対して頭を下げた。


「気に食わない」


 そう言ったのは健一だった。美月はそんな俺に対して呆れたような、美由に関してはため息までついていた。


「二人も言いたいことはあるだろうけど、花音ちゃんをこのまま放って置くわけには行かないから言ってくれ。俺から言っておくから」

「もう、けんくんはやりすぎないようにね」

「み、美由さん!?どういうことですか!?私はそんなことじゃ・・・」

「善処する」

「健一さんまで!?」

「じゃあよろしくね」

「ちょ、待ってください」


 美月がなんか言っていたが、そんな美月を美由は引っ張って出ていってしまった。


「俺はさっきのお前の言葉が気に食わない」


 二人を見送ったあと、健一は俺の方を振り返り真剣な顔でそう言った。


「気に食わないってなんだよ。頭下げられてなんでキレてんだよ」

「そこじゃねぇんだよ」


 俺はそんな健一の言葉に売り言葉に買い言葉で言い返していた。


「いいか、お前はいつも一人で抱えすぎなんだよ。中学の時にその場にいたわけじゃないがどうせその時もそうだったんだろう」

「・・・」


 健一は声を荒げて俺にひたすら言葉を返していた。そんな健一に俺は何も言い返せなかった。


「人っていうのは自分一人で何もかも出来るワケがないんだよ。何かをすればどこかで欠点が出てくる。それが人間なんだよ」


 健一の言葉は俺に深く刺さった。


「じゃあどうするか。人にはつながりがあるんだから頼れよ。自分で出来ないんだったら頼れよ」

「俺は、、、」

「なんだ?それとも俺達はそんなに頼りないようにみえてるのか?」

「それは違う」


 健一の言葉に対して反射的に返した。


「じゃあ頼れよ」

「そんな簡単に言うなよ。お前には俺のことなんて分かるわけがないだろ」


 俺は感情的になって健一に対して強い言葉をぶつけた。そして、言った瞬間に後悔をした。

 でも、そんなことを言われた健一はうっすら笑みを浮かべていた。



「ああ、そうだ。俺はお前がどんなに辛いのかも、どんな気持ちを持っているのかも知らない。それでも、俺はお前を支えてやることは出来る。お前が気持ちを整理するまでそばにいてやることが出来る。お前が口から自分のことを吐き出したときに、受け止めることも出来るし一緒に抱えていくことだって出来る」


 そんなことを言う健一は俺に、俺の心の中のなにかに語りかけるように話していた。


「俺はお前の代わりでもないし、お前もそうじゃない。だからなにもかも分かる訳では無い。でも、だからこそ、そばにいて支えてあげることが出来る。悠真、自分一人で抱えるな。お前一人で抱え込んだって自体は悪化するだけだ。吐き出せ。俺が受け止めてやる」


 そう言って健一は俺の目をひたすら見つめていた。


「言いにくいこともあるだろう。受け止めてもらえないって思ってることもあるだろう。大丈夫だ。俺はお前を受け止めてやる。お前が言うまでずっと待っててやる。だから吐き出せ。抱え込むな。俺達のことをもっと頼れ」


 俺の目には健一のことが滲んで見えた。そして、抑えきれなくなった気持ちが止まらなくなったのか、両目から出てきた涙が溢れ出てきた。


「泣け泣け。俺の前ではいくらでも泣け。どうせお前のことだから美月さんの前ではカッコつけるんだろ?俺の前でくらい弱みを見せてもいいんだぞ」


 健一のその一言に俺はすべてが耐えられなくなった。両目に溜まっていた涙が流れて止まらない。


「なあ、俺は間違っていたのかな」

「そう思ってるなら今から直してみろ。間に合わないなんてことはないんだから。間違いのない完璧な人生なんてつまんないだろ?」


 健一は優しい。欲しい時に欲しい言葉を、それ以上のものを俺にくれる。俺の事をいつも支えてくれる。こんなに不甲斐ない俺の事を。


「俺は花音のことを、父さん母さんのことを軽く思ったことなんて今まで一回もないんだ」

「ああ、知ってるよ」

「でも、花音から見た俺はそうには見えていなかった。俺じゃダメだったんだなって」


 俺は自分の心を健一に対してさらけ出した。


「お前は優しすぎるからなー」

「そんなことない」

「いや、お前が家族に何も言わなかったのって余計なことで心配かけたくなかったからだろ?お前は誰かのために自分のことを犠牲にするくらいには優しすぎるんだよ」


 健一はそんな言葉をかけてくれたけど、俺はそんな大層なやつじゃない。

 俺は自分の為にしか行動をしていない。誰かのためになんてそんなことを考えている訳では無い。自分勝手なことをしているだけだ。


「いいんじゃねえのそれで」

「は?そのせいで今回は問題が起きたんだよ」

「お前が人のために行動してるのはわかってる。じゃあそれでいいんじゃないか。ただ、今までより少しだけ多く言葉として伝えられれば。言葉にしないと伝えられるものも伝えられないからな」


 健一の言うことはもっともなことだった。人間には意思疎通するための器官が存在していない。そのかわりに人間は言葉が発達して自分の意思を伝えることが出来るようになった。

 だから人は言葉を使って伝えるのだ。


「ちゃんと冷静になれたか?」

「ああ、迷惑かけたな」

「またそんなこと言って。まだこれ以上言うなら殴るぞ」

「怖えよ」


 まあ、冷静になれたのは健一のお陰なのは分かってるし、これ以上自分のことを卑下してると美月にまで怒られそうだしな。


「んじゃ、花音ちゃんが返ってくることを願って待ちながら、帰ってきたときのために色々考えますかね」

「何から何まですまんな」

「いいってことよ。お前の過去のことを分かってるのは俺だし、同性だから話せることもあるだろうしな」


 本当に健一がいてくれて助かった。


「まあ、美由にはお前の過去の話をすることになったから色々言うべきことがアルだろうけどな」

「ウッ」

「そっちも覚悟しとけよ」


 そう言う健一は俺と背中合わせに寄りかかってきた。花音のことが心配だけど、そっちは美月が居るし、大丈夫だろうな。

 今は健一と二人でいる、こんな空気が心地よい。

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