第109話 一波乱

 俺達はある程度鍋を食べ進めた後、お腹も膨れてきて雑談タイムになってきた。鍋の中にはほんの少しの具材だけが残っていた。


「ただいまー」

「ここはお前の家じゃないけどな」

「でも、毎週来るからいいだろ?」


 そう言って、玄関から健一が入ってきた。


「健一さん、お兄ちゃんの載ってる雑誌持ってきてくれましたか?」

「ああ、これがそれだ」


 そう言って健一は手に持っていた雑誌を花音に見せるようにゆらゆらと揺らした。


「ちなみに、悠真と美月さんのツーショットもちゃんとある」

「お兄ちゃんとお義姉ちゃんのツーショット!!カメラマンさんにお礼の品を私に行かないと行けないです」

「変なことを言うのはやめなさい」


 興奮している花音のことを抑えながら、俺は健一から雑誌を奪おうとした。


「おっと、残念だが俺も身体が完全に訛ってるわけじゃないからな」


 そう言ってひらりと俺の腕を避けて通り過ぎて行った。くそっ、今取ればどうにかなると思ったのに。


「諦めろ、俺から奪えたとしてもどこかで見られるんだから。それなら自分の前で見られたほうがマシなんじゃないか?」

「うっ、それはそうかもだけど」


 自分の自分じゃない姿を家族に見られるのは、いささかいいものではない。


「ほれ、お前がそんなことしている間に美由が見せてるよ」

「なっ」


 いつの間にか健一の手にあった雑誌が美由の手にわたっていて、その雑誌を女性陣三人で囲んでいた。


「このときの美月ちゃん、いつも以上に可愛いよね」

「はい、渡邊さんのメイクの腕はすごかったです。普段の私はそこまでメイクをしていないので少し新鮮な感じがしました」

「お義姉ちゃん、、」


 三人が雑誌を見ながら盛り上がっていた。花音は美月のことを呼びながら卒倒した。なにしてんの?


「花音ちゃんが倒れた」

「え!?大丈夫ですか!?」

「はっ、三途の川の無効におじいちゃんとおばあちゃんが見えた」

「いや、じいちゃんとばあちゃんも生きてるだろうが」


 かってに殺すなや。じいちゃんもばあちゃんも生きてるだろうが。なんならこの夏も来たんじゃないのか?父さんから写真が送られてきたんだから花音もあってるだろ。


「お兄ちゃんのこの姿って今でもできるの?」

「できなくは無いけど、全然似合わないから」

「「「「そんなことない」」」」

「おわっ」


 なぜか今までバラバラだった四人が息があって声を出した。


「お兄ちゃん、この姿を自分で確認したことは?」

「あるけど、周りの反応が良かったわけじゃないし、その雑誌の写真は俺だけどメチャクチャ加工されたものだからな」


 あれは俺であって俺じゃないと思ってる。明らかにメイクをして渡邊さんのリアクションからしていいものではなかったんだろう。


「これは重症だね。美月ちゃんが苦労するわけだ」

「はい。悠真さんのこういう点は良くない部分ですよね」

「悠真、これ以上罪を重ねる前に直したほうがいいぞ」

「お兄ちゃん、お義姉ちゃんに迷惑かけないでね」

「お前ら全員揃ってなに言ってるんだよ」


 なんで全員して俺の方をそんなに冷たい目で見てるんだよ。俺は何もしていないぞ。


「俺の親友はこんなだったなんて。俺がどうにか治すしか無いな」

「何言ってるんだ?俺は何をしたんだよ」


 何言ってるんだよまじで。俺には全く意味がわからないぞ。


「お前のことは信頼してるんだけどな」

「合鍵も持ってるしな」

「その合鍵を使う機会にならなければいいんだけどな」

「この前お前が倒れたときに使った」

「お兄ちゃん!?倒れたってどういうことですか!?」


 健一を迎えに行って、一緒に中に入ってきた時にその話を聞いていた花音がこっちに向かって走ってきた。


「なんでそんなことがあったのに連絡の一つもくれなかったんですか?」

「いや、そんな大事じゃなくてただの風邪だから」


 この前の定期テストの後に、風邪をこじらせて玄関先で倒れてたときの話だからそんなに大事にするようなことじゃない。


「ああ、あのときね。玄関を開けたら悠真が倒れてて、驚きすぎて声が出なかったな。隣にいた美月ちゃんなんて顔を青ざめて血の気が引いていってたもんね」

「うう、だって目の前で悠真さんが倒れているの見てしまって、怖くなってしまったんですから」


 その時は三人が俺の家に来てくれたことは美月から聞いていたが、どうやら相当やばい状態で俺は発見されたらしい。うん、俺も玄関で人が倒れてるのを見たら顔が真っ青になる気がする。


「お兄ちゃん?次はどんな言い訳が聞けるのかな?」

「俺はただの風邪だったんだ」

「処置を怠ったお前が原因だけどな」

「それは認めています」


 父さんとの約束もあったし、美月との勝負の件があったから勉強に集中していて風邪なんて気にしないようにしていた。いや、気付かないふりをしていた。


「もしあの時俺達が来ていなかったらどうするつもりだったんだ?」

「え、普通に寝てたな」

「よし花音ちゃん、思いっきり叱ってやってくれ」

「なんで!?」


 おい健一、お前は俺の味方なんじゃないのか?

 そんなことをしている間に俺の目の前には花音が迫ってきていた。


「お兄ちゃんのバカ。もしそのままお兄ちゃんと連絡取れなくなったら花音達家族はどうしたらいいの?お兄ちちゃんはただの風邪っていってたけど、花音たちにはただ連絡が取れなくなったっていう事実だけが残るんだよ」

「花音・・・」


 俺はそんなところまで深く考えていなかった。自分にとってはそんなに大事にするようなことでもないと思っていたし、誰かに言う、ましてや父さんたちに伝える必要もないと思っていた。


「花音はお兄ちゃんが心配なんだよ。もうこんな状況だから言えるけど、お兄ちゃんにここまでして学校に行って欲しいとか花音は思ってなかった。もし、お兄ちゃんがまた学校に行って傷ついたらって考えるだけで怖かった」


 花音の目には涙が浮かんでいた。そんな花音の顔が俺の俺の心の中に、ずっしりと重くのしかかった。


「それでも花音は、お兄ちゃんがやりたいことを止めようとは思っていないから、お母さんとお父さんと一緒に送り出したんだよ。お兄ちゃんのことが大切だから」


 俺のことを父さんたちが送り出してくれたのは信頼からだと分かっていたつもりだった。俺にしたいことがあるからわざわざこうした場面を用意してくれたのだと。


「それなのに、お兄ちゃんは・・・」

「ごめん」


 俺は花音の言葉を遮るように一言、謝罪の言葉を発した。


「ごめん、俺は花音の気持ちを全然考えてなかったわけでも無かったけど、もっと軽く考えていた。俺の中では今回のことは全然大したことだと思っていなかった。でもそうじゃなかったんだよな」

「違う。やっぱりお兄ちゃんは何も分かってない」


 そういう花音の言葉は完全に上擦っていた。


「お兄ちゃんは分かってないよ。そういうことじゃないんだよ」

「っ、じゃあどうしろっていうんだよ」


 花音に対して声を荒げてしまった。俺は自分の感情を制することが出来なかった。

 俺達兄妹の話を三人は静かに見守っていた。いや、この中に入るべきでは無いと思ったんだろう。


「何もわかんないよ。花音にはどうしたらいいかわかんない」

「分かんないばっか言われても、俺だって分かんないよ」


 俺と花音の会話は感情のぶつかり合いのようなものになっていた。

 花音は頬から涙を流しながら勢いよく立ち上がった。


「花音は、、、こんなつもりじゃなかった」


 そう言葉を残して部屋を出ていった。

 俺はその背中をただ見送るしか無かった。部屋の中には静寂な空間となった。

 俺の心には再び穴が開いたような気がした。

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