第108話 鍋パーティー

「人数分のお椀もっていってくれ」

「はいよー。でも、5個もあるのか?」

「お前たちがいつ来てもいいように食器は買い足しておいてある」


 俺は、暇そうにしていた健一に手伝いをさせながら夕飯を作っていた。タダで飯が食えると思うなよな。


「悪いな、今度なんか送るわ」

「いいよ、そんなこと。俺が好きでしたことだし」

「いや、そうは言ってもな、、」

「じゃあ、今度食材を持ってきてくれ。意外と食費ってかかるもんだからな。ま、一人で食べるわけじゃないからお得に買い物できてる分があるから損をしてるってわけでも無いんだけどな」


 みんなが食べてくれるのでお買い得になっているものを買うことができているので、意外と食費を抑えることはできている。


「分かった。今度食べたい料理の食材を持ってくるな」

「その場合は先に連絡を入れろよな」


 この前みたいに急に持ち込んで料理しろって言われるの、こっちは案外難しいんだからな。ましてや、俺はプロでもなくただの素人なんだから。


「とりあえず五人分の食器は持っていっておくな」

「助かる」


 俺は最後に味を整えていたので、他の部分は健一に任せきりだった。そういう部分を任せられるのは助かってる。調子に乗るから口には絶対にしないけど。


「なあ、後どのくらい掛かりそうなんだ?」

「うーん、ざっと15分かな」

「おっけい、じゃあその間に花音ちゃんにこっちに来てからの悠真について話しておくかな」

「は!?」


 ちょっとまて、俺がこっちで料理を作ってる最中にそっちで何しようとしてるんだよ。あと、そのいかにも人をバカにしてる顔やめろ。料理を作ってなかった手が出てたぞ。


「あんまり変なこと言うなよ」

「お、許可が出るなんて意外だな」

「どうせ勝手に話すだろお前は。それなら先に釘打っておくのがいいと思っただけだ」


 それに、花音には色々迷惑をかけてきた。あっちに居たときもそうだが、急にこっちに来ることになって負担もかけただろうし心配もさせただろう。そういうこともあるし、近況を伝えることは悪くないと思うしな。

 それに、俺の口から伝えるより、他の人から聞いたほうが客観的な目線での話が聞けるからいいだろうしな。


「じゃあ、まずは美月さんと付き合うまでの流れかな」

「おい待てコラ」


 何話そうとしとるんじゃいボケが。そんなもの、兄の恋路なんて一切の興味を持たないだろうがよ。

 いや、花音は美月と仲良くしたがってるしそういう面では聞きたがるかもしれない。でも、家族に自分の恋愛の話をされるのは嫌なものだ。


「冗談だ。ちゃんと時と場面は弁えるさ。その話で盛り上がるのは今じゃないからな」

「俺はその話題に二度と触れるなって意味で言ったんだけど」

「いやあ、あんなに美月さんにベッタリなんだから聞きたがるだろ。なんなら美由がもう言ってたりするんじゃないか?」

「それは、、、否定できない」


 美由は口が軽いから絶対に秘密とかできないしな。それに、花音のほうから聞きに行く可能性もあるしな。

 おっと、なんだか美由がこっちを鋭い目で見てきた気がする。本当にあいつの勘はどうなってるんだ。


「で、お前はいつになったらあっちに行くんだ?」

「いや、あの女子会の中に入っていくのは野暮ってもんだよお兄ちゃん。それに、、な」

「誰がお前のお兄ちゃんだ。それにってなんだ?」

「こんなに集まってるのに、一人で料理させてるのも寂しいだろ」

「・・・うるせぇ」

「あ、照れた」


 これだから健一は。こいつは周りがよく見えてるし、空気を読むのが上手い。俺も得意だと思っていたけどそれ以上に上手い。距離感のつかみ方とか、今何を欲しがっているかの把握とかな。

 俺はそれができてると自意識過剰になっていたのが中学時代の事件の一端を担ってたのかもしれないな。あの時の俺が健一のように立ち振る舞っていられたらこんなことにはならなかったかもしれない。


「ったく、まーた変なこと考えてるな」

「あ、ご、ごめん」

「どうせ、中学のことでも思い返してたんだろ」

「なんだろう、俺はお前が怖いよ」


 なんでこいつにはそんなに思考がだだ漏れなんだよ。


「そんなんじゃねえよ。お前がそんなに辛気臭い顔をするのは中学のことくらいだからな。それに、今は花音ちゃんが居るし昔のことを思い出してるんだと思ったんだよ」

「そうか・・・」


 やっぱりこいつはすげえな。俺はすごい友人を持ったもんだ。


「あ、一応昔話は控えてくれよ。美由には俺も美月さんも伝えてないからな」

「助かる。あれは俺にとっても苦い思い出だから広がってほしくないってのもあるけど、聞いてる方も良い気にはなれない話だからな。俺の方から話すことはほとんど無いと思うよ」


 今から楽しく夕飯を食べるっていうのにそんな重い話をするべきでは無いしな。


「おーい、そろそろご飯が出来るってよ」

「俺はそんなこと言ってないけど」

「でも出来上がるんだろ?」


 なんで分かるのこいつ。お前は作ってないのになんでだよ。


「はーい。でも、けんくんは何もしてないんでしょ?」

「それは言わないお約束」

「ふふ、お二人共仲がいいですね」

「えー、美月ちゃんには言われたくないな。だって2人はどこでもイチャついてるじゃん」

「そ、そんなつもりは無いです」


 健一が声をかけたら、なぜか美月が美由にからかわれていた。いや、本当になぜ?


「ほら、早く座んないと夕飯を抜くぞ」

「はい、分かりました悠真様」

「誰が悠真様だ」


 美由が調子に乗っていたので、健一に止めてもらうことにしたのだが「美由はあれが美由だからな」と言われて断られた。


「お兄ちゃん、私お義姉ちゃんの隣で食べる」

「それは俺じゃなくて美月に聞いてくれ」

「いい?お義姉ちゃん?」

「私は構いませんよ」


 そう言って美月と花音が隣に座った。ここで一つ本音を入れよう。俺も美月の隣に座りたかった。でも、俺はキッチンに行きやすい席に座るべきだし、花音に何かあったときのために花音のそばを離れるわけにはいかないだろ。

 仮に花音が健一と美由と仲良くなっていたとしても、今日が初対面だ。何か起きるかもしれない。健一は距離感を掴むのが上手いが、美由もそうな訳では無い。

 それに、俺の過去というこの場で一番の爆弾を持った花音を近くに置かないという選択肢は無い。


「「「「「いただきます」」」」」


 そして、ちょっと波乱があった鍋パーティーがようやく始まった。うん、お腹すいた。


「俺豆腐いただき」

「じゃあ私は白滝」

「では、私はこの白菜を」

「花音はお肉!」

「じゃあ俺は肉団子にしよっかな」


 みんな順番に自分のお椀の中に食材を取り分けていく。なんだかこうやって一つの鍋を囲んで食べてると、父さんや母さんといっしょに食卓を囲んでた頃が懐かしく感じるな。

 鍋の味はしっかり染み込んでいたし上出来だろう。『真夏に鍋?』って思ったけど案外ありかもしれない。


「ねえねえ、こんなにみんなで集まってるんだし色々話をしながら食べようよ」

「話というのはどういったものでしょうか?」

「うーん、例えば最近あった驚いたこととか?」


 最近あったことか。なんだろうな?特に変わったことは無かったし、唯一あったとしたら美月と付き合えるようになったことだからな。


「このまえしょうが女と二人で歩いてたのは驚いたな」

「え、あの翔くんが!?」

「誰なんだその翔って人は?」


 俺の記憶の限りではクラスメイトの中に翔なんて名前のやつはいないし、美月の反応を見ても頭にハテナが浮かんでいるように見えた。


「同じ中学校だったやつだ。ただ、あの時は俺は彼女なんて作らないって言ってたんだけどな」

「ねー、告白されても断ったしなー」

「マジか、あいつ告白されてたのかよ」


 健一と美由の話を聞く限り、どうやらその翔って呼ばれてる人には今まで全く女っ気が無かったらしい。


「でもさ、よく考えたらちょっと前の悠真のほうがひどかったのに恋人が居るんだからそっちのほうが驚きだな」

「悪かったな、驚かせるほど人脈が狭くて」


 この件に関しては俺が自分自身で巻いた種だからな。それに、健一だけじゃなくて、他の人も俺と美月が付き合っているって知ったら驚くだろう。


「こっちに来たら、お兄ちゃんが恋人つくっててビックリしたんだから」

「花音には言ってなかったからな」

「え、もしかしてお母さん、、はないとしてお父さんには言ってたの?」

「誰にも言っていない」


 ナチュラルに母さんのことを選択肢から除かないであげて。母さん泣いちゃうから。まあ、俺自身も母さんに言ったらいろんな場所に広がると思って言ってなかったわけだから花音のこと言えないけど。


「帰ったらお父さんにも言わなきゃ」

「母さんにはいいのか?」

「言ってもいいけど、言ったらお兄ちゃんの家に飛んでくると思うよ」

「よし、母さんには秘密にしておいてくれ」


 急にこっちに来たら困るし、そうなったら絶対に美月のところに言い寄りそうだから隠し通す必要がありそうだ。

 今後も母さんに言う時は冷静にならないといけないな。


「そうですよね、私が恋人なんて周りの人に言うのは嫌ですよね」

「違うから。母さんが勢い凄いから母さんにだけ伝えないだけだから」

「あー、悠真が美月ちゃんのこと泣かせた」

「泣かせてない」


 すぐに俺の方に話を振った美由に応えながら、これが複数人に増えるってことだろ?絶対に隠さないと、と深く考える原因となった。


「あ、そういえば悠真」

「どうした?」

「モデルになる本当?」

「・・・は?」


 俺は美由からの質問に応えようと聞いていたら、目の前に急に何かで殴られたかのような衝撃を受けた気がした。


「一体何処からの情報なんだ?」

「いや、この前美月ちゃんと一緒に夏祭りに言ったでしょ?」

「ああ、行ったな」

「あのときの浴衣はどうしたのって聞いたらあのときの雑誌の監督さんからもらったって言っててさ」

「え!そうなの?」


 俺は驚いて美月の方を向く。あのときの浴衣って田端さんからもらったことなの?


「はい、田端さんからいただきました」

「そうか、今度俺からもお礼を言わなくちゃいけないな」


 美月さんが田端さんに連絡をしたってことはおそらく美咲さんにも助けてもらってるんだろうし、今度夏休み明けに色々感謝しないとな。


「ねえお兄ちゃん、雑誌に載ったってどうゆうこと?」

「あ、花音には言わないつもりだったのに」

「なんで!?」


 しまった。俺が雑誌に載った頃は家族には言わないつもりだったのに。あんな恥ずかしい姿を家族に見られるのが嫌だったから。


「悠真さんがこの前雑誌のモデルとして載ったんですよ」

「いや、美月も一緒に載ってたでしょ。しかも、俺より美月のほうがメインだったって」

「二人で載ってたんだからそんなことねえだろ。たしか、こいつ自分で買ってたから部屋でも探せば出てくると思うぞ」

「行ってくる」

「おいこら」


 健一に言われた言葉で、花音が勢いよく立ち上がって俺の部屋に行こうとしたので、俺はすぐに手を掴んで止めた。

 やっぱり花音の隣に座っていて良かった。


「安心しろ花音、俺は絶対に見つからない場所に隠したから」

「えー、お兄ちゃんのケチ。いいもん、今度本屋に行って探すから」

「なあ、花音ちゃん」

「なに?健一さん」


 俺に対して不満を漏らす花音に対して、健一はニヤニヤしながら話しかけた。


「俺の家にもその雑誌があるんだけどさ、悠真の・・・」

「見ます」

「おいコラ、何見せようとしとるんじゃい」

「まあ、諦めろって。ここにいる奴ら全員持ってるんだからいずれ見られるんだから覚悟しろって」


 う、そう言われたら言い返す言葉がない。今隠すことができても何処かで見られるなら、今腹をくくるのがいいのかもしれないな。


「あ、それで交換と言っては何だけどさ」

「なんでもします」

「じゃあ悠真の昔話をしてほしいな。どうせ恥ずかしい幼少期の話とかあるだろうから」

「なにしようとしてるんだ」


 ったく、油断も隙もありはしない


「分かりました」

「いや分かるなよ」


 こっちも良くない。なんで普通に了承してるの?俺のプライバシーってないの?


「悠真さんの昔話、、聞きたいです」

「面白そうだね」


 そして、なぜあなた達二人も乗り気なんですか?ただの昔話ですよ。

 そんなこんなで、鍋パーティーは無事に(?)盛り上がりました。俺はこの後が怖いよ。

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