第105話 観覧車
「ねえお兄ちゃん、次は観覧車に行きたい」
「え?良いけど・・・」
「いいから、いいから」
お化け屋敷を出た後、メリーゴーランドに俺たちは乗っていた。メリーゴーランドが終わって、日も暮れ始めた頃に花音がそんなことを言ってきた。
高校生にもなってメリーゴーランドなんてって思ってたけど、案外メリーゴーランドって高校生でも楽しめるもんだな。
「お義姉ちゃんも良いよね?」
「はい、遊園地の三大アトラクションといえば、ジェットコースター、メリーゴーランド、そして観覧車じゃないですか。それ3つは乗っておきたかったので」
「美月、それってどこ調べの情報?」
「もちろん、私調べです」
そんな話聞いたこと無いって思ってたけど、美月が勝手に言い出したことだった。
ちなみに、花音が美月のことをお義姉ちゃんと呼んでいるが、元々はお義姉様と呼んでいたところを美月にやめてくれと言われてお義姉ちゃんになったらしい。
我が妹ながらとんでもないことをしているなと思った。
「早く行こうよ」
「分かったから引っ張らないでくれ」
花音は俺の手を引いて観覧車の方へ向かっていく。花音はどうしてそんなに乗りたがるんだろう。
まあいっか。花音と美月が仲良くなってるんだから2人きりでも気まずくならないだろうしな。
観覧車の前に着くと、他のアトラクションと比べて待っている人数は少なかった。みんなは観覧車よりジェットコースターのほうが乗りたいのかもしれない。
「なあ花音、俺はこの辺で・・・」
「お兄ちゃん??」
「はい、分かりました」
なんだろう、今の花音に逆らってはいけない気がした。その顔怖い。
1人で乗るわけじゃないし、3人で乗れるのならもしかしたら大丈夫かもしれないしな。
他のアトラクションと違い、人がいないためすぐに順番が回ってきた。
「あー、私は高いところが苦手だから観覧車は慣れないなー」
「おい」
「だから、お兄ちゃんとお義姉ちゃんの2人で乗ってきてね」
「いや、俺は」
もうすぐ順番になるタイミングで花音がそんなことを言い出した。え、お前が乗りたいって言ったのに乗らないの?
というか、花音はジェットコースターみたいな速度が出るようなものが苦手なだけで高いところは大丈夫だったような・・・
「俺も乗らないよ。花音のことを1人で待たせる訳にはいかないしな」
「いや、お兄ちゃんはお義姉ちゃんと一緒に乗ってきてね。ほら、お義姉ちゃんもそこで乗りたそうにウズウズしてるじゃん」
「う、うずうずなんてしていません」
隣を見ると確かに乗りたそうにしてる美月がいた。
うーん、美月が乗りたがっているのは分かっているんだが、正直気は乗らない。
「悠真さん、順番が来ましたし早く乗っちゃいましょう」
「う、うん。そうだね」
そんなこんなで順番が回ってきた。1人で観覧車に乗るわけじゃないし、覚悟を決めるしかなさそうだな。
「じゃあ、そこのベンチで休んでるね。お兄ちゃん、お義姉ちゃん」
そう言って花音は、俺たちの傍から離れて近くにあったベンチの方に歩いていった。
花音がこんなふうなことを言うのは優しさからなのかもしれないな。俺にとっては少し優しくない状況だけど。
俺と美月は、そのまま2人で観覧車の中に乗り込んだ。
「観覧車に乗るのは小学生の時以来です」
「俺もそのくらいかな」
「そうですよね。さっき見て分かりましたけれど、他のアトラクションに比べて観覧車は人気が無いようですし」
観覧車に乗った後、俺たちは向かい合って座っていた。まだ動き始めたばかりで高さもそこまでない。
俺たちは軽い雑談をしていた。
「今日は楽しかったです。ちょっとしたトラブルが続きましたけど、それも含めて楽しかったです」
「それにしても、今日は色々あったね。当日になってデートだったのに花音を連れてきちゃってごめん」
「それについては最初から怒ってはいませんよ」
やっぱり美月は優しいな。顔を見ているからよく分かるが、嘘をついているようには見えない。
「悠真さんのご家族の方と仲良くなれたのは良かったです」
「それを言うなら、俺も美月の家に人と話をしてみたいけど」
「華とは仲良く出来そうですね」
「花音と同い年なんだっけ」
「はい、今は中学二年生です」
花音に同年代の友達が出来ることは良いことだし、花音がこっちに来てるこの期間に会えると良いのかもしれないななんて思っていた。
「それにしても、花音さんが私と仲良くしてくれて良かったです」
「最初は警戒してたって言うか、敵対していたと言うか」
花音は、美月のことを俺のことを誑かしている女狐と言っていた。
それからお化け屋敷の中で何があったのか知らないが、俺と合流する頃にはすっかり仲良くなっていた。
「私のところにくる花音さんは、実の妹のように甘えてくるので可愛いんですよね。少し過剰な部分もありますが」
「ああ、花音はそういうやつだからな」
警戒心が高く、自分の幼い部分を、隠したくなる部分を見せないで立派に育ってきた。自分の素を人には見せないでいる部分は美月に似ているのかもしれない。そこに親近感が湧いたのかもな。
あ、親しくなった人には甘えるようになるって部分も美月に似ている。
「むっ、悠真さん、何か変なこと考えていませんか?」
「別に、変なことなんて考えてないよ」
美月が甘えてくるようになって可愛いなと思っていたが、これは変なことでは無いもんな。
それにしても、美月といい、美由といい俺の周りには勘のする女性が多いと感じた。
ん?花音は勘はいいけど思い込みが激しいからな。まあそのほうが色々と大変なんだけどね。
「花音さんと華が一緒になったら、多分華が花音さんにずっと押されるような感じになると思います」
「そうなんだ。華ちゃんは物静かな子なんだね」
「いえ、うーん、いや、そうなんでしょうか」
「?」
どういうことだろう。まあ、一見物静かな子でも蓋を開けてみればそうではないみたいなところもあるし、なんとも言えないのだろう
「まあ、その、会ってみれば分かると思います」
「そうか、じゃあ今度華ちゃんのと会えるの楽しみにしてるよ」
そんなことを話していると観覧車はどんどん高度を上げていった。
「見てください悠真さん、綺麗な景色ですよ」
「そうだね」
「あ、あそこに座っているのは花音さんではないですか?」
美月は中から見える景色に興奮したのか、心無しかいつもよりテンションが高い気がする。俺はそんな美月のことを見ていた。
「悠真さんも一緒に見ませんか」
「う、うん。そうだね」
俺は外に見える景色より、美月から目が離せなかった。
観覧車は、頂点に登るタイミングで急に大きく揺れた。
「キャッ」
目の前からそんな可愛らしい声が聞こえてきた。うん、美月は何をしても可愛い。
『只今、乗り降りの際のトラブルがあり、観覧車を緊急停止しました。運転再開までもう少々お待ちください』
観覧車の中にそんなアナウンスが鳴り響いた。
え、なに、観覧車が止まったの?え、まじ?
「止まってしまいましたね。でも、止まった場所がこの場所なので、景色が楽しめるのはよかったです」
「そ、そうだね」
そんな観覧車のトラブルにも動じない美月のことを見ながらそんなことを口にした。
そのとき、突風が吹き乗っていたゴンドラが激しく揺れた。
俺は急いでゴンドラに着いていた手すりに捕まり、正面に座っている美月も同じようにしていた。
そして、手すりを掴んだ際に窓が近くにあり、景色を見ていた。いや、見てしまった。
「っ、、」
俺は全身から血の気が引いていく感じがした。手に上手く力が入らなくなった、そんな気がした。
実際に力が入らなくなったのかは分からないが、手すりを掴む力が抜け、座っているバランスを崩した。
「悠真さん!?」
そんな俺を見て美月は自分の身の安全なんか二の次のように駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?!」
「ごめん、ちょっと休んだら大丈夫だと思うから」
「そうですか。一体何があったのですか?」
何があったのか、か。ここまで来たら恥ずかしいとか、ダサいからとか言ってられないな。
「実は、俺は高所恐怖症なんだ」
「え?さっきまでは大丈夫だったじゃないですか、、」
「それは外を見てなかったからどうにかなったんだよ」
俺は観覧車に乗ってからはずっと美月のことを見ていた。
もちろん、美月とせっかく2人きりになれたし、美月が可愛くて見てた部分もあるが、外の景色を見たくないという理由もあった。外を見てしまうとどれだけ高い位置にいるのかが分かってしまうから。
「ごめんな、ちょっとカッコつけたくて黙ってたんだ」
「そんなことないですよ。でも、無理はしないでくださいね」
「だって、今日はデートの予定だったのに花音が来たから2人きりじゃなくなったし、せっかくこうやって2人きりになれる機会だったんだから一緒に乗りたかったんだよ」
まだ、付き合ってから間もないし恋人と一緒にいたいと思うのはしょうがない事だと思う。
「それは私もですけど、悠真さんには無理して欲しくないです」
「それは、ごめん」
「それと、私はいつまでも悠真さんのそばにいますから」
そんなふうに言って、美月は俺の手を握った。
「そうですね、悠真さんが高いところを怖いというのは驚きでした。ジェットコースターに乗った時はそんな素振りがなかったので」
「高いところは苦手だけど、速いものは苦手では無いから、観覧車とか落ちる系のものよりは乗れるってだけだよ」
ジェットコースター自体は得意でも不得意でもないってところだ。
「逆に花音は速い絶叫が苦手なだけで、高いところは大丈夫なんだけどな。俺と花音で得意分野は逆なんだ」
「そうですか。あれ?花音さんは高いところが苦手だからと言っていませんでしたか?」
「そうだな。多分あれは嘘だ。おそらく、今日は自分が色々と余計なことをしたと思ったんだろう。それで俺たちが2人になる時間を作ろうとしたんだろうな」
花音なりの気遣いだったんだろう。もうちょっと場所を考えて欲しかったな。俺が高いところを苦手なのを忘れてたんだろうけど。
「そうですか。では、花音さんの意図を汲んであげないとですね」
「え?」
そう言って、美月は俺のことを抱きしめた。え、何、え、めっちゃいい香りするんだけど。
「こうやって二人きりですし。それに、こうすれば悠真さんが高いところを怖がらないのではないかと思いまして」
確かに今の状況は、高さなんて気にしてる暇は無いけどさ。
「それに、今日は一応デートですのでこういうのもいいじゃないですか」
そういう美月の顔は頬が赤らんでいた。俺も美月のことを抱きしめた。
『運転の安全が確認できましたので運転再開いたします』
そんなアナウンスがもう一度鳴った。
「どうやらもうすぐこの景色も見納めらしいですね。悠真さんも見ておいたほうが良いんじゃないですか?」
「勘弁してくれ、、」
ゴンドラが地上に着くと、近くのベンチに花音が俺たちのところにやってきた。
「おかえりー、お兄ちゃん、お義姉ちゃん。観覧車から見える景色はどうだった?」
「綺麗でしたよ。花音さんも今度は一緒に見ましょうね」
「うん、お義姉ちゃんと一緒に行ってくるねお兄ちゃん」
「なんでナチュラルに俺のことをはぶく」
「だって、お兄ちゃんは高いところが苦手でしょ」
「おい、知ってたのかよ」
なんで知ってるなら俺と美月の2人で行かせたんだよ。まあ、2人きりになれたから役得ではあったけど。
「お兄ちゃん達を2人にしたかったから」
「悠真さんの言ったとおりでしたね」
「そうだな。でも、もう少し場所を選んでくれ」
「えー、だってお兄ちゃんがちょっと情けないほうが距離が近くなるかなって思って」
おい、何を言ってるんだこの妹は。まったく。事実だから何も言い返す言葉は無い。
「ねえねえ、お義姉ちゃん」
「どうしました?」
花音は美月を呼んで、耳打ちをした。そして、美月の顔が真っ赤になって叫んでいた。
「そ、そ、そんなことはしてません」
一体何を言われたんだ?
「とりあえず今日は帰るか」
「はーい」
「そ、そうですね」
俺たちは遊園地を後にした。美月はまだ動揺していたし、「まだ、です」「でも、いつかは・・・」なんてことを口に出していた。本当に花音になんて言われたんだ?
お義姉ちゃんの耳元に口を近づけて私は言ったの。
「お義姉ちゃんたちの乗ってたゴンドラは一番上で止まってたけど、そこでキスとかしたの?」
だって女の子だったら夢に見るでしょ。そんなロマンチックなこと。
お義姉ちゃんには否定されちゃったけど、これはお兄ちゃんの押しが足りないのが悪いのかもね。
初々しい二人のことを今後も見守りたいなー。ま、私も彼氏なんて出来たこと無いんだけどね。
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