第104話 脱出
美月から連絡が来て、花音が見つかったという報告があった。俺は美月から連絡のあった場所に急いで向かう。
連絡通りの場所に俺が着くと、異様に距離感が近い美月と花音がいた。
「あ、お兄ちゃんだ」
「お兄ちゃんだじゃないんだよ、お兄ちゃんだじゃ。全く、心配させやがって」
「それはごめんなさい」
一緒にいたのに急に走っていなくなるんだから心配しないわけがないだろ。
「美月も花音のことを心配して走り回って探してくれたんだから」
「お兄ちゃんと会う前にちゃんとお礼も言ったんだから」
花音はしっかりしてるからちゃんとお礼とかを言えると思っていたけど、さっきまで美月のことを敵対視していたし、意地を張って言っていない可能性もあったからちゃんと言っていて安心した。
それにしても、
「なんだか二人の距離感近くない?」
「そう?私とお義姉ちゃんはずっとこんな距離だったけど」
遊園地内に入ってからはちょっかいかけるのに近くにいることが多かったけど、それはあくまで近くにいただけで、こんなに仲良くはしていなかった。
兄としても恋人としても仲良くしてくれることは良いことなのだが、
「花音、美月から早く離れなさい」
「えー、なんでー?」
「そんなにくっついていたら美月に迷惑でしょうが」
そんなふうに腕を絡めていたら美月も花音も歩きにくいでしょうが。
あと、俺はそんなにくっついていないのにそんなにくっついているのはズルい。羨ましい。
でも、花音と美月が仲良くなったことはよかったら。
「あ、そうだお兄ちゃん、なんでお義姉様が彼女さんだってことを教えてくれなかったの?」
「そうですよ。花音さんは知らなかったと言ってましたけど、もしかして悠真さんにとって私は彼女として恥ずかしい人なのでしょうか」
「いや、俺はちゃんと花音に美月のことを伝えたぞ。花音が話を聞かなかっただけで」
「あれ?そうだっけ?」
お前が美月のことを俺の事を騙している女だとか言って聞かなかったんだろうが。
あの時、ちゃんと花音が話を聞いてくれてればこんなことにはならなかったかもしれないのに。
まあ、俺も花音への説明書き面倒くさくて諦めてた部分はあるけどな。
「じゃあ、私は花音さんの不注意によってさっきまで意地悪されていたってことですか!?」
「うーん、そういうことになるね」
「なるほど。花音さん」
「ヒッ」
美月は笑顔で花音の方を見た。その笑顔はいつもみたいに女神のように美しい。だけど、その笑顔からは光が全く感じ取ることが出来なかった。花音からそんな声が出るのも無理はない。
「私はあなたが話をきちんと聞いていないせいでこんなことをされていたのですか?」
「あ、いや、その、、違くてですねお義姉ちゃん」
「言い訳は聞きたくありませんよ」
「はい」
花音はそんな美月を相手に何も言い返すことは出来なかった。
「悠真さんもおんなじです。悠真さんがきちんと説明していればこんなことにならなかったのですから」
「はい、すみません」
「・・・なーんて、冗談ですよ。一度、ちゃんと話し合ったから花音さんとも仲良くなれましたし、お二人が悪いなんて全く思ってませんよ」
「やっぱりお義姉ちゃんは女神様だ」
美月は俺たちに対してそう言い、そんな美月を見た花音がそんなことを口にしていた。俺も美月は女神かなにかだと思ってる。
「ていうか、いつの間に美月のことをお姉ちゃんなんて呼ぶようになったんだ?」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんじゃなくてお義姉ちゃんね」
「音は一緒じゃないか」
「意味が全然違うから」
「それはそうだが」
そんなの文字にしなきゃ分からないだろ。ましてや、こんなふうに会話をしてる時なんて判断できないって。
「だってお義姉ちゃんはお兄ちゃんの彼女さんなんでしょ。それなら私の義理の姉になるってことじゃん。だからお義姉ちゃんって呼んでるの」
「なんでそうなる!?」
それはあまりにも話しが飛躍し過ぎじゃないか!義理の姉になるっていうのは、その、け、結婚をして初めてなるものだろうが!!
「悠真さんもやっぱりそう思いますよね」
「うん。ちょっと話が飛躍しすぎだと。もし嫌なら花音に直接言ってくれればいいですよ」
「別に嫌ってわけでは無いので大丈夫です。むしろこのまま本当に義理の姉妹になるのも、、」
美月が花音からお義姉ちゃんと呼ばれていることが嫌じゃないようで少し安心した。最後の方は何言ってるのかが聞き取れなかったけど、前の言葉的に怒っているわけではないだろうし良かった。花音は距離感を掴むのが苦手なところがあるから。
別に俺としては、美月と花音が義理の姉妹になることはまんざらでは無いし、美月とけ、け、結婚することは嫌なはずがないし、、べ、別に動揺なんてしてないし。
「お兄ちゃん、なんか気持ち悪いよ」
「グフッ」
妹に気持ち悪いって言われた。なんとも思わないと思っていたのに、めちゃくちゃダメージを負った。この破壊力恐るべし。
「では、ずっとお化け屋敷の中にいるわけにもいかないので外に出ましょうか。花音さんもこれ以上お化け屋敷を楽しむことは出来ないと思いますので」
「そうだな。スタッフの人からどこを通って外に出れば良いかも説明されているし、行こっか」
「やったー。やっとお化け屋敷から脱出出来るね」
「こんなことにならなければもっと早く終わってたかもしれないけどな」
「きーこーえーまーせーんー」
ったく、調子がいい妹ったらありゃしない。
俺たちは、事前にスタッフの方から聞いていた道を通って外に出ていく。
「お義姉ちゃん、ついでにお兄ちゃんも」
「どうしました?」
「なんだ?」
「今日はごめんなさい。せっかくの二人のデートを邪魔してしまって」
お化け屋敷の外へ向かっている最中、花音が急にそんなことを言ってきた。
「なんだ、そんなことはもう気にしてないよ」
「そうですよ。私は花音さんと仲良くなれましたし、悠真さんも花音さんのことが大切なんですよね」
「そうだよ。だって花音は俺にとって唯一の妹なんだから」
どんだけ手にかかっても、どんなだけわがままでも、俺にとっては唯一の妹なんだ。大切じゃない理由が見当たらない。
「悠真さん、悠真さんが花音さんのことを大切にしていることは分かりました」
「うん、さっき言ったからね」
「では、私のことはどうですか?」
ん?話が全く見えないんだが?どうってなんのことを言ってるんだ?
「私のことは大切では無いんですか?」
「え、いやいや、大切に決まってるじゃないですか。俺にとって自慢の彼女ですし、初めて出来た彼女なんですから」
「そ、そ、そうですか」
美月からあんなこと言われたから、なんだか愛の告白みたいなことをしてしまった。公共の場であんなことを叫ぶなんて恥ずかしい。
「むー、お兄ちゃんとお義姉ちゃんが仲いいのは良いんだけど、私を置いて二人だけの世界に入るのだけはやめてくださーい。ここには三人いるんですか」
「ご、ごめん」
「そ、そんなつもりは無かったのですが、、」
どうやら健一や美由が言っていたことは本当だったらしい。花音の前でもこんなふうに二人の世界に入ってるって言われるんだから、学校でそうならないはずがないな。
あらためて、学校で俺と美月の関係性をどうするか考えなければいけなそうだ。いや、もういっそのこと堂々としとくか。なんだかそれが一番丸く収まる気がする。
「バカなお兄ちゃんがなんか考え事してる」
「バカとはなんだバカとは。これでも俺は学年次席で入学してるんだよ」
「でも、お義姉ちゃんは学年首席で入学してるんでしょ?」
「グフッ」
それはずるいぞ花音、次席と自慢してる相手に首席の相手を出すのは反則行為だ。唯一負けてる相手を出さなくてもいいじゃないか。
「まあまあ、この前のテストでは私が負けましたし、一概に私のほうが頭がいいわけではありませんよ」
「えー、せっかくお兄ちゃんをからかえると思ったのに」
「おい」
兄のことを何だと思ってるんだ。
「あ、でもお兄ちゃんはお義姉ちゃんとイチャつくのは私の前では控えてね」
「お、なんだ、もしかしてお兄ちゃんのことが取られて嫉妬しそうだとか」
「全然違うけど」
違うんかい。今日の行動とか、今までの話的にそう思っちゃうじゃん。なんならキメ顔で嫉妬しちゃうからとか言っちゃったじゃん。しかも美月の前で。
うー、恥ずかしすぎる。
「お義姉ちゃんとは私がくっついてるんだからお兄ちゃんの場所は無いの」
「はあぁ!?お兄ちゃんそんなの許さいんだから。美月は俺のものなんだから」
何言ってるんだ妹よ。美月は俺の恋人であってお前の恋人ではない。つまり、美月はお前のものではなく俺のものだということだ。
「お義姉ちゃんは私のものだもん」
「いや、美月は俺のものだ」
「えっと、、、」
美月は急に二人から言い寄られてあたふたしていた。かわいい。
「ねえ、お義姉ちゃんはどっちが良いの」
「急にそんなことを言われても」
「俺と花音、どっちが好きかだけでも教えてくれ」
「そうだよ、お義姉ちゃんどっち?」
「そうわね」
美月に対して三者三様の言葉で問いかけていた。
ん??三人の声?この場には三人がいるけど、美月は問い詰められているわけだし、聞こえてくる声は二人分のはずでは?ん??
俺は違和感を感じたので後ろを見てみると真っ赤な目をした少女が真後ろにいた。
「ん?どうしたのお兄ちゃん達」
「「「キャーーーー」」」
その少女に気づいた三人は叫んでいた。なんでここでもスタッフの方に驚かされなければならないんだ。
しかも、迷子になった原因がそのまま脅かしに来るって、スタッフひどすぎるでしょうが。
「お、お兄ちゃん、で、出口はどこ?」
「ここをまっすぐ行った後、突き当りを曲がったところだ」
俺がそう言うと、美月と花音はそのまま手を繋いで走っていった。俺は二人を見失わないように後ろから追いかける。
俺たちは無我夢中で走って、お化け屋敷の外に出ることが出来た。
「お疲れ様でした。お化け屋敷は楽しんでいただけましたか?」
出口にスタンバイしていたスタッフの方がそんなことを言ってきた。今の言葉を聞いて俺は理解した。
さっきのスタッフは、俺たちが迷子になったことを気にかけて、最後にもう一度脅かすことでお化け屋敷を楽しんでもらおうとしていたことに。
「はい、お騒がせしてしまってすみません」
「ということは、お兄さん方が迷子の子が出てしまったと報告があったお客さんですか?」
「そうです。無事、合流出来ました」
「それは良かったです。では、この先もこの遊園地を楽しんでいってください」
ここのスタッフは情報共有をしっかりしていて、俺たちのことを出口のスタッフにも伝えていたらしい。おそらく、花音が先に一人で出口から出ていっていたら、いくら探しても見つからないってことになるからだろう。
「最後に脅かしてもらえて、いいお化け屋敷になりました。やっぱりストーリー通り赤い目の少女を用意するってのは、本格的ですね。二度も驚かされましたよ。また来ます」
「あの少女は怖かったですね」
「ここは本格的すぎるから、私はもう良いかな」
俺たちはそうスタッフの人に告げてお化け屋敷を後にした。
私は今、お客さんを見送った。見送ったのだが、
「このお化け屋敷ってスタッフは大人だけだし、小道具にも赤い目の少女なんて無かったはずなんだけどな」
私もたまに中で脅かす人員になることもある。だから、その少女の話を聞いておかしいと思った。
「でも、お客さんの勘違いだよな」
そう思うことにした。
「うふふ、あのお兄ちゃん達を脅かすのは楽しかったわ。また今度来ないかしら」
赤い目の少女はお化け屋敷の中で笑っていた。
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