第103話 肩に置かれた手

「キャーーー」


 急に後ろから肩に手を置かれたことに驚いて叫んでしまった。

 だってしょうがないじゃん、お化け屋敷の中で急に肩に手を置かれたら怖すぎるって。絶対私じゃなくても叫んでるから。

 そして、ここはお化け屋敷で後ろから手が乗せられている。この状況で私が取るべき行動は一つだけ。


 追いつかれないように猛ダッシュで逃げる。


 全力で足を動かしてその場から離れようとした。でも、肩を掴んでいる力によってその場から動くことは叶わなかった。

 あ、終わったんだ。私はここでおばけにつかまって終わるんだ。


「やっと見つけました、花音さん」


 肩を掴んでいる謎の者から声をかけられた。そして、私はの名前が呼ばれた。

 え、なんで名前を知ってるの?受付でも名前を書いてないし誰も知ってるはずがない。となると、お兄ちゃんが私のことを見つけてくれたとしか考えられない。

 私は、お兄ちゃんが助けに来てくれたことが嬉しくて、勢いよく振り返った。


「お兄ちゃん!!」

「すみません、私は悠真さんではありません」


 そこにいたのは、お兄ちゃんではなく、お兄ちゃんと一緒に来ていた女狐だった。

 私は、もう一度逃げ出すように全力で走ろうとした。


「なんでですか!?私は幽霊でもおばけでもありませんよ!?」

「あなたではなく、お兄ちゃんに見つけて欲しかったです」


 こんな時に、前みたいにお兄ちゃんが見つけてくれたと思っていたのに。


「悠真さんも花音さんのことを探していますよ。私とは別行動をしながら探しています」

「じゃあ、お兄ちゃんが探している方に逃げておけばよかった」


 こっちじゃない方に逃げていたらお兄ちゃんに見つけてもらえたのか。女狐じゃなくてお兄ちゃんの方がよかったのになー。


「花音さんが無事に見つかってよかったです」

「・・・」

「スタッフの方に許可をもらって携帯電話の使用を許可してもらいましたので、一度悠真さんに連絡しますね」

「・・・」


 女狐は、スマホを取り出してお兄ちゃんにメッセージを送ろうとしていた。


「ちょっと待って」

「?、なんでですか?悠真さんも花音さんがいなくなってしまってもの凄く慌てていたので、できるだけ早く見つかったことを伝えてあげたほうが良いのでは無いですか?」

「それはそうなんだけど」


 自分でもなんで連絡する手を止めさせたのかは分からない。だけど、こうして行動を起こしたのだから何かしら話をするいい機会なのかもしれない。


「ちょっと二人で話したいことがあるから」

「そうですか。それは良いのですけど、ここお化け屋敷ですが大丈夫ですか?」

「やっと気が紛れてきたのに改めて思い出させないでよ」


 やっぱり話すことが出来ないかもしれない。おばけ怖いよ。こんなふうになるならやっぱり外で待つべきだった。


「では、お化け屋敷の外に出てからお話をしたほうが良いのでは無いですか?」

「それは多分無理。こうやってはぐれた以上、お兄ちゃんが花音のことを目の届かない位置に行かせるはずがないから」

「それは、、そうですね。悠真さんならそうするでしょうね。大切な妹さんですから」


 お兄ちゃんは昔から少し過保護な部分がある。私も大きくなっているのだからもう少し放っておいてくれてもいいのに。


「悠真さんと一緒に三人で話をすれば良いのではないですか?」

「それはだめ。お兄ちゃんがいないところで話をしたいの」

「そうですか。では今が一番いいですね」


 そう言うと、女狐は自分の持っていたスマホをしまって近くの段差に腰を下ろした。


「立ったまま話をしても疲れますし、座って話をしませんか?」

「それもそうね。さっきまで道が分からないまま歩いてきたし少し疲れてるから休めるのはいいわね」


 私は女狐の隣に座るように腰をおろした。

 隣に座って改めて女狐のことを見たけど、驚くほどに顔が整っている。蒼い目に、長くて綺麗なまつげ、暗いからはっきりと見えづらいが綺麗な銀色の長髪。どれもが彼女を美しく見せている。


「どうしました?私の顔に何か付いていましたか?」

「べ、別に。何もついてないから」

「?、そうですか?」


 近くで顔をジロジロ見すぎて何かあったのじゃないかって思われてしまった。


「でも、花音さんが無事に見つかって良かったです」

「なんで」

「?」


 なんでそんなに私のことを心配するんですか。あなたにとって私はただの同級生の妹じゃないですか。それも、2人で出かける予定だったものを邪魔するような存在だったんだよ。


「なんで、そんなに私に優しくするの。あなたにとって花音はただの他人でしょ。それなのになんでそんな2心配するの。どうしてそんな顔ができるの」


 こんなのが八つ当たりなのは十二分に分かってる。でも、そうでもしないと自分の感情が抑えられなかった。


「嫌がられるような態度をとっていたのも、あなたにとって今の花音が邪魔な存在だって分かってる。それなのになんであなたはこんなに私に優しくしてくれるの」


 ああ、やっちゃった。また私は自分のことを抑えられなくなってしまった。これじゃあ、またお兄ちゃんに迷惑をかけちゃたかもな。


「花音さん」

「な、なに?」


 怖くて目を合わせられない。私が自分で蒔いた種だけど。


「花音さんは、私に悠真さんが取られるとでも思ったのですか?」

「違う!そんなんじゃない!私はお兄ちゃんが悪女に騙されてるから目を覚まさせようと、、あ」


 こんなことを言われて怒らない人なんていない。急に自分のことを悪女なんて言われて。


「やっぱりそうでしたか」

「え、」


 それでも、その返しは優しい言葉だった。そんな声に私は彼女の方を向いた。


「安心してください。私は悠真さんのことを騙しているわけでも、花音さんから取ったりもしませんよ」


 彼女の目は嘘をついているようでもなく、ただ私のことを真っ直ぐに見つめていた。


「悠真さんの中学校時代のことを私は知っています」

「え、なんで」

「悠真さんに取って電車が苦手なことも、女性にトラウマを持ってしまっていることも知っています」


 お兄ちゃんが自分の過去のことを話している人がいることに驚いてしまった。

 私から見てもお兄ちゃんがあのときのことを他の人に話していることが衝撃でした。


「そういえば知っていますか?悠真さんは花音さんに申し訳ないって思っていたらしいですよ」

「え?」


 お兄ちゃんが私に?普段から迷惑かけちゃってたのは私なのに。


「俺せいで花音さんまで学校で色々言われてるんじゃないかって」

「そんなこと、、」


 そんなこと無いのに。お兄ちゃんのせいでそんなことになってるなんて思ってないし。


「それに聞きましたか?悠真さんが雑誌に載ったこと」

「え、なにそれ」

「先日、悠真さんがファッション雑誌に載ったんです。もちろんファッションモデルとして載ったんですよ。一回限りですけど」


 なにそれ聞いてないんだけど。お父さんもお母さんもそんな雑誌を持っている素振りをしてなかったし、誰にも言ってないんだろう。


「悠真さんの家にもありますけど、悠真さんは隠してるでしょうし今度見せましょうか?」

「見ます!」


 お兄ちゃんのそんな写真なんて見ないはずがないじゃないですか。


「ごめんなさい」

「え?」

「今まで冬城さんにしてきた態度は褒められたものでは無かったので」


 当たり前のように写真を見せてもらおうと思ったけど、まずは今日の今までのことを謝らないと。


「そんなに謝らなくて良いんです。花音さんが悠真さんのことが大切でやっていたことが分かりますから」

「冬城さん、、」


 冬城さんの後ろに後光が差している気がした。なんですか、あんなことをしていた私のことをこんなふうに許してくれるなんて、もしかして女神なのでは?


「あ、でも私は冬城さんともう一度会うのは変じゃないですか?」

「なんでですか?」

「ほら、お兄ちゃんの友達に二人だけで会うなんて変だと思って」

「あ、もしかして・・・そういうことでしたか。花音さんがそんなことをしていたのは」


 冬城さんがなんだか一人で納得している。


「花音さん、悠真さんは私のことはどんな関係だと紹介されましたか?」

「えっと、、告白された相手だってことは聞きましたけど、それは冬城さんが罰ゲームでしただけですよね」

「罰ゲームで告白したわけじゃないですよ。本気でしました。でも私は悠真さんにいい返事はもらえませんでしたけど」

「え!?お兄ちゃんが!?振られたじゃなくてふったの!?」


 なんでこんなに綺麗な女性からの告白を断ったの!?お兄ちゃんがこんな人に告白されるなんてもう二度と無いかもしれないんだよ。


「じゃあなんで今日は二人で遊園地に来てるんですか?」

「あ、それは付き合っているからです」

「ん???」


 ん?お兄ちゃんが振って、その後に付き合ったの?ん??どういうことなんだ?


「この前、悠真さんに告白されたので私はすぐにOKして付き合いました」

「じゃあ、冬城さんはお兄ちゃんの恋人ってことですか?」

「そうです」


 じゃあ今日やってたことって、お兄ちゃんの恋人を勝手に別れさせようとしていたってことか?え?とんでもないことしてしまったの私。


「なので、今日は元々デートに行く予定だったのですけど」

「本当にごめんなさい。私はそんなつもりじゃ」

「私はそんなこと気にしていませんよ。それに、悠真さんの妹さんと一緒にいられて嬉しかったですよ。一緒に来れて楽しかったですし」


 なんということでしょう。私の前にいるのは女神でした。


お義姉様おねえさまと呼ばせてもらってもいいでしょうか?」

「え?」

「冬城さんはお兄ちゃんの恋人なんですよね」

「そうですけど」

「なのでお義姉様と呼ばせてください」


 お兄ちゃんの恋人なので私に取っては義理の姉になりますし、私にとって女神なのですから様付け呼びます。


「誤解が解けてよかったです」

「はい、お義姉様。今後ともよろしくお願いします」

「では、とりあえず悠真さんに連絡しますね」

「はい、お兄ちゃんも安心してほしいですから」


 お義姉様がスマホをとりだしてお兄ちゃんにメッセージを送った。

 お兄ちゃんに会うまでのあいだ、お義姉様のことを独り占めしておこう。

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