第102話 私とお兄ちゃん

 わたし、高橋たかはし花音は絶賛迷子中なのである。

 お兄ちゃんと女狐と一緒に入ったお化け屋敷で脅かされてしまった時に、驚きすぎて目を瞑ったまま走り出してしまい、道も何もわからない場所についてしまったのだ。

 そしてここで一つ重要なことを教えよう。私はもの凄くホラー系のものが苦手なのである。

 小学校の林間学校の肝試しのときに色々あってトラウマになってしまったからなのだ。うう、今でも思い出したくない。特にこんなお化け屋敷の中でなんて絶対に思い出したくもない。

 せっかくお兄ちゃんと手を繋げたのに、こんなふうにはぐれてしまっては意味がないじゃないか。

 先に伝えておこうと思うが、私はブラコンではない、、はず。いや、お兄ちゃんのことを好きなのは認めるし大切に思っていることも認めるけど、よくみんなの思っているようなブラコンではない。

 だって、ブラコンってお兄ちゃんのことを拘束したりストーカーしたりする人のことを言うんでしょ。私そんなことしないもん。

 それでも、私はお兄ちゃんのことを心配しているからこうやって女狐と一緒にいることをやめさせたいのだ。

 お兄ちゃんがあの事があった後に部屋に引きこもってしまっていたことがある。私はそんなことをしたあの女を許せなかった。そのせいで私のお兄ちゃんは顔を見せなくなったし、トラウマを抱えてしまった。

 電車に乗ることも出来なくなってしまっていたし、家から出ることもできなくなったしまった。そんななか、あの女は普通に生きているのだと思うとなんだか腹がたってしょうがなかった。この思いは八つ当たりなのは分かっているんだけど私はお兄ちゃんがこうなったのは女のせいだから、お兄ちゃんに近づく女は誰でも排除するって決めたんだ。お兄ちゃんがまたあんな目にあってほしくないから。



 私はお兄ちゃんの顔をここ数ヶ月見ていない。あの日、お兄ちゃんのことをお母さんが迎えにいった日から部屋から出てこなくなってしまった。


「ただいま」


 私が帰ってきても返事は帰ってこない。お兄ちゃんは今日も学校に来なかったので家にいるはずなのに。

 私の優しいお兄ちゃんは、私の前に姿を現さなくなってしまった。

 私はそんなお兄ちゃんに、今までたくさん守ってもらったし、優しくしてもらった。だから、今度は私の番だと思って、私がお兄ちゃんのことを守れるように努力した。


「お母さん、まだお兄ちゃんは出てこないの?」

「うん。でも、前よりは会話もしてくれたのよ」

「そうか。じゃあもうすぐお兄ちゃんも出てきてくれるかもね」

「そうだといいね」


 そんな事を言うお母さんの目はどこか何かを懐かしむような目をしていた気がする。

 私はお兄ちゃんのために、自分を変えようとした。いつまでも守ってもらってばかりの妹ではいられないから。お兄ちゃんが、また私と会ってくれた時に今度は私がお兄ちゃんを守ってあげられるように。


「お兄ちゃん、私頑張るね」


 さらに1ヶ月がたった時に、お兄ちゃんが部屋から出てきた。その前日にお父さんがお兄ちゃんの部屋に行っていた。おそらく、お兄ちゃんに対して説得をしたのかもしれない。

 お兄ちゃんは、お父さんとお母さんと話があるらしく、私が会ったのは一度すれ違ったときだけだったけどお兄ちゃんはお兄ちゃんだった。

 少し鋭いけど優しさに溢れた眼差しに、柔らかい声、髪は数ヶ月も放置していたから結構伸びてしまっていたけど、部屋から出てきたお兄ちゃんは記憶の中にいたお兄ちゃんと全く一緒だった。


 お兄ちゃんがお父さんとお母さんと話をした次の日、今日は学校が休みなのでいつもより遅い時間に降りて朝食を食べようと1階に降りると既に3人が椅子に座っていた。

 そう、3が座っていたのだ。


「おはよう、花音」


 そう言ったのは、ドアを開けて顔が1番見やすい位置に座っていたお兄ちゃんだった。


「お兄ちゃん、、」


 私は驚きすぎで動けなくなってしまった。私は、昨日お兄ちゃんとすれ違っているのに衝撃が抜けなかった。

 昨日、お兄ちゃんがお父さん達と話をしていたけど、こうやってまた一緒にいられるとは思えなかった。


「ほら、のんちゃんも座って、ご飯にするわよ」

「うん」


 私はお兄ちゃんの隣の椅子に座った。正面にはお母さんが、斜め前にはお父さんが座っている。

 数ヶ月前までの当たり前にあった日常が帰ってきたような感じがした。お兄ちゃんが私たちのところに帰ってきてくれた。その事実が感じられて私は嬉しかった。


「ごめんね、花音。今まで迷惑も心配もかけて」

「何言ってるのお兄ちゃん、花音は迷惑だなんて思ってないよ。心配はしてたのは本当だけど」

「そうよ、のんちゃんってば、学校から帰ってきたらすぐに『お兄ちゃんは?』って毎日私に聞いてくるんだから」

「もう、そのことはいいでしょお母さん」


 だってお兄ちゃんが急に目の前から消えて寂しかったんだもん。そのくらい心配してたのも、気になっていたのも許して欲しい。決してブラコンを拗らせたからではない。


「花音、ちょっと話があるんだ」


 お兄ちゃんは、朝ごはんを食べてからもリビングにいた。私もお兄ちゃんと一緒にいたくて一緒にソファーに座っていた。一緒にテレビを見ていたときにお兄ちゃんがそんなことを私に言った。


「何?お兄ちゃん。はっ、もしかして私の美貌に惚れちゃったってこと?いくらお兄ちゃんでもそんなこと全然オッケーだよ」


 私には分かった。一緒にいたお兄ちゃんが何か大事な話をしようとしてることを。私は生まれてから今まで、お兄ちゃんとずっと一緒にいたのだからそのくらいわかる。


「それとも彼女にしたいとか思っちゃった?実は、私達実の兄妹じゃなくて義理の兄妹だったって展開もないから出来ないかな」

「花音、、」

「いやだ!!」


 分かるんだよ。今からお兄ちゃんが言う言葉がだいたい予想付くんだよ。もちろんそれがお兄ちゃんが考えて決めたことなのは分かってるけど、やっとお兄ちゃんと会えたんだよ?もう少しぐらいわがまま言ってもいいじゃん。


「花音、俺は地元の高校には進学しない。高校から一人暮らしをするんだ」

「ヤダ!!」

「今から学校に行ってもさ、どう頑張ってもこの噂って消えないと思うんだ。だから学校には行きたくない」

「だったら、、」


 無理して行かなくてもいいじゃん。私は嫌だよ。お兄ちゃんとまた会えなくなること。今度こそ離れ離れになっちゃうこと。


「でもな、いつまでもそんなわがまま言ってられないんだ」

「お父さんたちが行けって言ったの?だったら花音も一緒に説得するから」

「そうじゃないよ。これは俺がやりたくて決めたんだ」


 そう言ったお兄ちゃんの顔は、私の好きな頼りがいのあるお兄ちゃんの顔をしていた。


「もちろん、一人暮らしを急にするってことで色んな迷惑をかけると思う。それこそ花音には寂しい思いをさせるんだと思う。それでも、俺は高校からは学校に行きたい」

「なんで、なんでそこまでして学校に行きたがるの?」

「自分のためだよ。将来就職するのに学校に行っておきたいし、いつまでも家にいるわけには行かない。こうやって親に甘え続けていても迷惑だから」


 お兄ちゃんはいろんなことを考えて行くって決めたのが伝わってきた。


「それに、自分の生き方に悔いを少しでも少なくしておきたいんだ。それと、花音の兄として恥ずかしく無い人になりたいからな」

「お兄ちゃん、、」


 やっぱりお兄ちゃんは優しい人だ。自分がどんなに辛い目にあったとしても、人のために行動できる、私はそんなお兄ちゃんに憧れていた。今だってお兄ちゃんは自分が辛い思いをするかもしれないのに、自分を変えるために一歩踏み出そうとしてるんだ。


「確かに、俺は今、学校にいい思い出が無い。そのままで終わらせるのは嫌だし、自分を変えるのには一番いい方法だと思うから。別に、一人暮らしをして高校に行ったからって、二度と会えなくなるわけじゃないし、長期休みは必ず父さんたちと会うって約束もしてるから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 お兄ちゃんと一緒に家で暮らせたら一番いいのは、私の願望なのは分かってる。それでもお兄ちゃんと永遠に会えなくなるわけじゃないし、なにより、お兄ちゃんのことを応援したい。


「分かった。お兄ちゃんと離れちゃうのは嫌だけど、応援してるよ」

「ありがとう、花音」


 私は堪えなきゃ、我慢しなきゃって思うほど目から涙が溢れてきた。そんな私の事をお兄ちゃんは抱きしめてくれた。私はお兄ちゃんの胸の中で泣いていた。お兄ちゃんの服と私の顔がグシャグシャになるまで。




「それでお兄ちゃん、そこの学校にした理由は何なの?」

「これか?父さんが一人暮らしをして学校に行くなら、ここらへんに住んでこの偏差値ぐらいの高校が良いんじゃないかって選んでくれたんだ。ここから遠いけど、全く会えないわけじゃないし、学力的にも丁度いいところだったからそこにしたんだ」


 お兄ちゃんがなんでその学校に行くことにしたのか聞いたら、お父さんが持ってきた候補から決めたと言っていた。


「その学校って制服だよね?」

「ああ、そうだけど」

「女子の制服って可愛い?」

「まあ、可愛い方なんじゃないか?」

「分かった」

「??」


 お兄ちゃんの行く学校は制服の学校で、女子の私服も可愛いってことが分かった。

 その話を聞いて、私は決めた。高校はお兄ちゃんと同じ学校に入ろうと。




 お兄ちゃんが引っ越しをしてから3ヶ月が経ち、私は夏休みに突入した。夏休み中は部活があるけれども、私は他の用事が特に無かった。たまに友達と一緒に遊びに行くくらいだ。

 私はこの夏休みが楽しみだった。なんでかって?


「お母さん、何日からお兄ちゃんのところに行くの?」

「お盆の前に休みを取って、そのままお盆を使いながらゆーちゃんの家に行く予定だよ」


 久しぶりにお兄ちゃんに会えるからだ。私はそのために、この夏休みまでを頑張ったと言っても過言では無い。

 たまに、お兄ちゃんから連絡は来るし、話をすることはあるけど、直接会うのは数ヶ月ぶりだから。


「お兄ちゃんの住んでる場所ってどういう場所なの?」

「うーん、簡単に言うとお父さんと馴染みが深い土地かな」

「・・・え?」

「お父さんの昔住んでた場所らしいのよ」

「え?お父さんって元々こっちの人じゃないの?」


 この町にはお父さんがいた面影が沢山あるのに?


「お父さんは、小学生の時にこっちに引っ越してきてるから、元々住んでたってことになるのよ」


 お父さんは自分のことを話さないから全く知らなかった。


「それで、全く知らない土地を教えるより、知ってる土地を教えた方がいいでしょ。あ、ゆーちゃんも知らないから内緒ね」


 今度お兄ちゃんと一緒にお父さんの話を聞かないといけない気がする。



 夏休みに入って数日後、お父さんが今までにないくらい落ち込んだような顔をして家に帰ってきた。


「どうしたのお父さん?そんな顔して」

「花音か。すまない、ちょっと大事な話があるからリビングで待っていてくれないか?」

「?良いけど、、」


 私はリビングの椅子に座って、正面にはお父さんとお母さんが座っていた。心なしか空気が重たい気がする。


「花音、謝らなきゃいけないことがあるんだ。と言っても提案することもあるんだけどね」

「何があったの?」

「私に急な出張が入ってしまって、悠真にところに行けなくなってしまったんだ」

「え、、」


 それってどうゆうこと。お兄ちゃんと会うために今日まで頑張ったのに会えないってこと?


「花音が悠真と会うために頑張ってきてるのも分かるから申し訳ないって思っているんだ」

「私は休みが取れたんだけどお父さんの休みが取れないってことだから、今度休みを合わせてゆーちゃんの家に行こうかなって思ってるんだ」

「、、、そう」


 オニいいちゃんに会いに行くことは変わらないけれど、それまでの時間が長くなってしまう。その事実が私の心を重くした。


「そこでなんだけど、花音だけで悠真のところに行くのはどうかなって思って」

「、、、え?」

「悠真のところに行かないのは心配だから、花音が新幹線に乗って一人で行かないかなと思ってね」

「行く!!」


 お父さんからのそんな提案が神からの贈り物のように感じた。


「分かった。チケットも取っておくし、悠真の家の住所も送っておくね」

「ありがとう、お父さん」

「もう、私も一緒に考えたんですよ、のんちゃんが落ち込まないようにって」

「お母さんもありがとう」


 お兄ちゃんに会える、それが今の私の脳内のすべてを支配していた。




 せっかくお兄ちゃんに会えたのに、こんなふうにお化け屋敷の中ではぐれちゃうし、迷惑もかけちゃった。

 さっきまで色々ちょっかいかけていたけど、あの女狐、、美月さんがいい人なのは分かってる。それでも、お兄ちゃんのもとから、もし離れていってしまったらって考えると試してしまう部分がある。


 ああ、早くお兄ちゃんに会いたいな。


 そんなことを思っていると急に右肩に手が置かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る