第97話 送り

 俺は既に焼いてあるクレープ生地に具材を乗せて食べながら生地を焼いていた。


「でも、美由も来れてよかったよ」

「そうですね。お二人には普段からお世話になっていますので早めにお伝え出来て良かったです」


 美月と一緒に話して決めたことだが、健一と美由の二人にはメールとか電話じゃなくて直接話したいと言っていた。

 だから今日こんな風に健一と美由が一緒に来てくれて早く伝えられて良かった。


「ってかさ、お前いつの間に美月さんのこと呼び捨てにしたんだ?」


 不意にそんなことを健一が聞いてきた。やっぱり気づくよな。


「あ、それか。付き合ってからだよ」

「仲良きことは良きかな」

「お前はどこ目線なんだよ」


 お前にとって俺達はどんな立ち位置なんだよ。


「夕飯でクレープって食べたこと無かったけどアリだね」


 美由の方はそんなことを口にしながら鶏の照り焼きと炒り卵を乗せて食べていた。


「トルティーヤみたいで案外合うんだよ。クレープだとデザートまで一緒に作れるってことも利点だな」

「「デザート!?食べたい」です」


 デザートという言葉に女性陣二人が食いついてきた。どうやら女性陣にとって魅力的なものだったらしい。


「生クリームとフルーツを乗せてお店で売ってるものを作って食べれるからな」

「あの時買っていた果物たちはそのまま食べるのではなく、クレープにして食べる用だったのですね」

「私、全部乗せで食べたい!!」

「後で持ってくるから自分でやれ」


 俺はまだご飯として食べたいんだよ。生地を焼きながらだからなかなか食べれてないんだからな。


「悠真さん、何が食べたいですか?」

「え、あ、じゃあ美月のオススメで」

「分かりました」


 俺が生地を焼いていたのを見かねてか隣にいた美月が俺の分も巻いてくれると言ってくれたのでオススメでお願いした。


「出来ました」

「ありがと」

「口を開けてください」

「いや、普通に手に持って食べれる・・・」

「口を開けてください」

「はい」


 何故か作ってくれたクレープを頑なに渡そうとしない美月に言われるままに口を開けることにした。

 付き合う前からも思っていたけど、美月は一度言ったことを取り消すことはほとんどないし、折れない部分がある。

 これ以上言っても同じ言葉しか帰ってこないだろうし俺は素直に口を開けて食べさせてもらうことにした。


「美味しいですか?」

「美味しいよ。俺がさっき巻いたやつより美味しく感じる」

「良かったです」

「あの〜、大変申し訳ないんですけど俺たちもいるんで二人だけの世界でイチャつくのやめてもらってもいいっすか」


 そんな俺たちの姿を見ていた健一からそんな言葉が飛んできた。


「二人が付き合ったばかりでくっついていたいのは分かるし否定もしないよ。でも、私たちのことを置いていかないで欲しいなーって」


 美由からもそんなことを言われて俺たちは二人して顔を赤くして「「・・・はい」」と言うしかなかった。

 二人が来る前までもっとくっついていたし感覚が麻痺っていた。

 そうだな、俺の親がやってたからいいとも思ったけどそれを見て俺も同じこと思ってたし、健一と美由がそんなことやってるの見たことないしな。


「そ、それでお二人に聞きたいんですけど」


 さっきくっついているって言われて話題を変えたかったのか美月さんがそんな切り出しで二人に質問していた。


「私たちは、学校ではどんな関係ってことにしようか悩んでいて」

「二人で話したのはまだ友だちってことにしよっかってなったんだけど」


 別に言ってもいいのだが、この前の夏祭りの時に錦戸にしきどさんと小栗おぐり、同じクラスの一之瀬いちのせさんと会っていて、小栗は気づいていたが錦戸さんと一之瀬さんは俺の事を雑誌の人だと勘違いしていたし。いや、同一人物だから勘違いではないんだけどね。


「運動会の時にあんなことがあったんだしバレるのも時間の問題な気がするけど」


 確かにあの時のことが印象に残ってる人は多いと思う。


「夏祭りの時に色々あって、多分、あの時雑誌で一緒になった人と付き合ってるんだって話が広がってると思うんだよね」

「それはあってるだろ」

「その通りだけどさ。俺があの人物ってなるとめんどくさいだろ」

「なんで」

「あんなやつがってなるだろ」


 美月と付き合ってるって学校で言うならちゃんとヘアセットもするし、今までとは過ごし方も変えるつもりではいる。

 それでも『え、あいつが?』っていうのは消えないだろうし、美月にまで迷惑かかるだろう。そういう部分も考えた結果話さない方が良い気がした。


「まあ、お前たちの言ってることは分かるし理解もした。特に口を出すつもりもない」

「そうだね」

「でもさ、本当にそれでいいのか?」


 俺の話を聞いていた二人が口を開いて、どちらも賛成してくれた。ただ、その後に健一から続いた言葉に疑問符が浮かんだ。


「どうゆういみだ?」

「言葉の通りだよ。本当にそれでいいのかってことだ。付き合ってることを言わないってことは二人が一緒にいられないってことだぞ」

「なんでそうなる」


 別に付き合ってないからって一緒にいられないわけじゃないだろうが


「相手がお前じゃないって言うならそれは美月さんは恋人でもない人と距離感が近くてずっと一緒にいるってことになるんだぞ」

「それは・・・」

「私もけんくんと同じ意見かな。女子ってさそうゆうのに敏感なんだよね。たぶん、『何あれ』って風にはると思うんだ」


 つまり美月が尻軽女だと思われてしまうって事だった。

 俺は美月を守ろうとしたつもりだったのに逆に追い詰めることになるところだった。

 この意見は俺が美月を守ろうとしたのではなくて自分を守りたかった行為だったのかもしれない。やっぱり俺は弱いな。


「ここら辺はあくまで建前と可能性の話だ。俺から見たら二人が無意識のうちにイチャついてバレると思うから先に言った方がいいんじゃないかってことだ」

「そんなことは・・・」

「悠真、さっきまでの忘れたの?美月ちゃんとすぐにイチャイチャしてたじゃん。私たちが目の前にいるのに」


 俺は反論出来なかった。だって事実であるから。今までの俺ならできると言いきれただろう。でも、付き合い始めて飴を知ってしまった俺はソレに抗える気がしなかった。


「後でバレるなら先に自白しとけって話だ」

「それに、そう考えてるの案外悠真だけなのかもよ。ね、美月ちゃん」


 美由は俺の隣に座っていた美月に話を振った。美月はそれに対してすぐに否定もしなければ肯定もしなかった。


「悠真さん」

「はい」

「やっぱり私は隠したくないです。さっき健一さんが言った通りで悠真さんにくっつくのを我慢し続けられるかも分かりません」

「、、、」

「それに、私は悠真さんのことを自慢したいです。私の自慢の彼氏だと」

「美月、、」


 美月はそこまで考えてくれていたんだな。俺のことをそんな風に思ってたんだな。せっかく彼女がここまで言ってくれたんだ。俺は否定するつもりは無い。


「そうだな。俺も美月のこと自慢の彼女だって言いたいしな」


 俺は美月にそんな言葉を返した。


「惚気るのやめてもらっていいですかね」


 そんな俺たちに対して健一が呆れたようにそんなことを言った。



 俺たちはそのまま夕飯を食べて、いつもみたいに雑談をして、デザートのクレープとさっき焼いたガトーショコラを食べて過ごした。

 そして夜も遅くなってきたので解散した。どうやら今日はそのまま美由が健一のところに泊まるらしくそのまま隣に二人で帰っていった。

 そんな二人を見ながら美月が何かボソボソって『私も、、、』言っていたけど聞き取れなかった。


 夜も遅いので、というかもう少し二人でいたかったというのもあり美月のことを家の間で送っていく。


「今日は大変でしたね」

「そうだな。でも二人にちゃんと言えてよかったな」

「そうですね。健一さんはダブルデートがしたいってずっと言ってましたけど」


 あいつは帰りに玄関前でもずっとそんなことを言っていた。なんでそんなにダブルデートがしたいんだよ。


「まあ二人には世話になってるしやっても良いのかもしれないけどさ、」

「けど?」

「まずは二人きりでデートを先にしたいなって」

「、、、それは反則です」


 美月はそんなふうに言って手を繋いでいる手に頭をぶつけてきた。何この可愛らしい抵抗。惚れちゃいそう。もう惚れてるけど。


「ということで今週末にデートに行きませんか?」

「はい、行きたいです」

「じゃあ細かい予定は後で連絡しながらってことで」


 そんな話をしているとあっという間に美月の家の前にまで来ていた。


「もうついちゃいましたね」

「そうだね。今日は楽しかったな」

「そうですね。やっぱり夢みたいです」

「それは俺もだな」


 まだ名残惜しくて話を繋げている自分がいる。あまり遅くなると美月の親も心配するだろうしここら辺で切り上げないとな。


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 そんな挨拶を交わして振り返り来た道を戻っていく。数歩進んだときに後ろから誰かに抱きつかれた。


「ちょっ、」

「悠真さん成分チャージ中なので動かないでください」

「はい」


 さっき挨拶をしたはずの美月が俺に抱きついてきてそんなことを言った。


「今日、悠真さんは付き合ってること言わないほうが良かったのに私が我儘言ってしまってごめんなさい」

「気にしてないよ。それこそ美月の気持ちに気付けなくてごめんね」


 そんなことを気にしてくれてたのか。やっぱり美月は優しいな。


「悠真さんのことを自慢したいから付き合っていることを言いたいって言いましけれど、あれは半分本当で半分嘘なんです」

「え、それって俺じゃ自慢できないってこと」

「違います。悠真さんのことを自慢したいって部分は本当です」


 良かった。帰り際にそんなこと言われたら家帰っても立ち直れなかったよ。


「本当は悠真さんのことを独占したかったんです。みんなが悠真さんの良さに気づいたときに私のものだって言えるようにしておきたかったんです」

「そんなこと・・・」

「あります。悠真さんはもっと自分に自信を持って良いのです。でもそれで他の人に言い寄られても振り向いちゃだめですからね」


 そんなふうに言ってくれる彼女が居るなんて幸せだな。


「大丈夫、俺は美月のことしか見てないから」

「それは反則です」


 そんなふうに言いながら美月は俺を抱きしめる力を強くした。

 そして数十秒したら俺から離れて今度こそ家の方に戻っていった。その途中で振り返り少し恥ずかしそうに


「そ、その後で電話してもいいですか?」


 そんな願い事だった。俺はその仕草と言葉によって心臓を強く抑えながら答えた。


「ウッ、良いよ。連絡くれればいつでもでれるから。別に今日に限らずいつでも良いよ」


 そして今度こそ美月は自分の家に帰っていった。


「俺も美月のそういう顔を誰にも見せたくなかったから言わないようにしようかなって思っていたんだよ」


 でもこんな顔をするのが俺相手だけだと分かってるから安心できる。


「さて、美月が恥ずかしくない彼氏にならないとな」


 俺は輝く星の下でもう一度改めてそんな覚悟を決めた。

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