第98話 襲来

 俺が朝起きると一件のメッセージが届いていた。母さんからのだった。確認するとそこには


『連絡することがあるから大丈夫な時電話してください』


 と書いてあった。メッセージじゃなくて電話で話すことって一体何なんだろう。今日は美月とデートの日だし朝じゃないと時間が取れないかもしれないから今のうちに電話をかけるか。

 メッセージアプリから母さんの連絡先を選択してビデオ電話をかける。もちろんビデオなので髪型をセットして着替えてからだ。

 電話をかけるとすぐに母さんはでた。


「もしもし」

『もしもし〜ゆーちゃん元気にしてた?』

「元気だよ。母さんこそ朝から元気だな」

『そう?いつも通りだけど』


 そうだった。母さんはいつもこんなテンションだった。


「で、何があったの」

『そうそう、今日は休み取れたんだけど私達、連休が取れなくてそっちに行けなくなっちゃったのよ』

「え?」

『だから今回はゆーちゃんのところに家族全員で集まるってことが出来なくなりました』

「は?」

『もう、お父さんに代わるからね。せっかくこうやってお話できるんだから』

『悠真、元気にしていたか?』


 母さんの後ろから父さんがやってきて、今画面には二人が映っていた。


「ああ、元気だよ。父さんこそ大丈夫なの?」

『息子に心配されるほど老いぼれてないよ」

「そんな事知ってるよ」

『元気だよ』

「よかったよ」


 どうやら父さんも元気そうだ。それにしても急にこっちに来れなくなったって一体何があっただろう。


『それでだね、元々休みを取っていたんだけどね、急な出張が入ってしまってその休みが無くなってしまったんだ』

「なるほど。え、もしかしてそれって母さんもなの?」

『私は違うわよ。でもお父さんも行けないのに私だけ行くくらいなら、今度お父さんと休みを合わせて一緒にそっちに行こうかなって』


 なるほど、それでこの夏はこっちに来ないんだな。でもそれなら俺がそっちに行けば良いんじゃないか?

『だめよ、私達はゆーちゃんがちゃんと一人暮らしできてるのかが見たいんだから』

 とのことだ。


『それでね、秋ごろにそっちに行こうと思ってるんだけど、空いてる日はあるの?』

「まだわかんないけど、前もって言ってくれればその日は空けておくけど」

『それは出来ないわね』

「なんでだよ」


 俺の両親、特に母さんはサプライズとかが好きだからこういうのをひた隠しにする。息子の予定もあるんだから前もって言ってほしいものだ。どうすんだよ、その日友達と旅行にでも行ってたら。


『それで、悠真は今日何をするんだい?』

「ちょっと予定があって出かけるんだよ」

『ゆーちゃん、その予定をキャンセルしなさい』

「なんでだよ」


 我が母親ながら横暴すぎやしませんか?今日は美月と付き合ってから初めて(?)のデートの日だ。この前、俺の家に来たのもいわゆる『おうちデート』って言われるものかもしれないけど、どこかに出かけるのはこれが初めてなので初めてなのだ。

 なのに、そんな予定をいきなり無しになんて出来るわけがないだろうが。


『ゆーちゃん、今は何時かしら』

「そこに時計があるでしょうが。10時ちょっと前だけどそれがどうしたって言うんだよ」

『ということはもうすぐらしいね』

「だから何なんだよ」

『すぐに分かるさ。ほら、こうしている間に』


 父さんがそんなことを言った瞬間、俺の家の玄関の鍵が空いた。そして扉も開いた。は?いや、なんでだよ。

 隣りにいる健一にはこの家の合鍵を作って持たせているが、緊急の時以外は先に連絡をしてからこっちに来るし、何より健一のことを知らない父さんたちがこうやって画面の向こう側で笑っていることに説明がつかない。

 そんなことを考えてる間に俺の近くまで足音が近づいてきて、そして真後ろで止まった。

 何が起きているのか分からなくて目を瞑ってしまったが確認するしか無いだろう。俺は、意を決して後ろを振り返った。

 するとそこには予想もしていなかった人物が後ろに立っていた。


「やっほー、お兄ちゃん。来ちゃった」

「は?」

花音かのん、ちゃんと着いたんだね』

「もう、パパってば私を何歳だと思ってるの。新幹線くらい一人で乗れるんだからね」

『親っていうのは子供のことが心配なんだよ』


 そんなふうに当たり前のように父さんと会話をしているのは妹の花音だった。


「ねえ、今回はこっちに来れないって今言ったばかりだよね。なんで花音がこっちに来てんの?」

『あら、私はお父さんと私が行かないって言っただけでのんちゃんは行かないなんて言ってないわよ』

「そういうとこでサプライズなんてしなくていいから」


 確かに思い返してみると言ってないかもしれないけど、そういう大事なことはもっと早く伝えておくべきだと思う。


『それに花音は夏休みでやることがないから悠真のところに遊ぶに行くって言ってたしね』

「お兄ちゃんのところに遊びに来たの」

「宿題とかは?」

「自由研究以外終わってるよ」

「一番大変なのが残ってるじゃねえか」

「大丈夫だよお兄ちゃん、自由研究ようのキッドは用意してるからね」


 何も大丈夫じゃねえよ。そんな面倒くさいものを持ってきてこっちでやる予定なのかよ。そういう面倒くさいものほど家で終わらせてから来いよ。いや、まず保護者を置いて中学生が遠出してるんじゃないよ。


「家族に会いに行くのは遠出じゃないもん」

「でも、宿題は終わらせておけたよな」

「・・・」

「目を逸らすなよ」

『ということで、ゆーちゃん、のんちゃんのことよろしくね。宿題は終わらせないといけないから見てあげてね』

「あ、全部丸投げなのね」


 こっちに来る前に母さん、、は無理かもしれないけど、父さんが見てくれてもよかっただろ。

 花音が持ってきたリュックを見てみると、一番上に入ってるものが、というか他のものはほとんど入っていなかった。


「ねえ、この他の荷物は?」

「持ってきてないよ」

「は!?着替えないけどどうすんだよ。まさか新しいの買うとか言わないだろうな」

「あ、それいいかも。それがいいからそれにする」


 何言ってんだこいつ。でも、自由研究をするとまで言っておきながら着替えを持ってきていないのは変すぎる。

 それに父さん達の話を聞いてると何日か花音がこっちにいるように聞こえるし。


『あれ?荷物届いてなかったかな?今週の頭にそっちに届くようにおくったつもりだったんだけどな』

「届いて・・・あ、もしかして」


 俺はクローゼットを開けて足元に入っている段ボールを取り出した。


「それってこれのこと?」

『そうそう。ちゃんと届いてて良かったわ』

「お兄ちゃんありがとね〜」


 段ボールを開けると、そこには大量の花音の服が入っていた。


「この量って何日こっちにいるんだよ」

「3ヶ月?」

「何バカなこと言ってるんだよ」

『正確には10日ってところかな』


 あ、そんなにこっちに居るんですね。つまり花音がいる間に美月と出かけたり、健一が夕飯を食べに来たりするのは出来ないだろうから、予め話しておかないとな。


『そういえば悠真、今日は予定があったんじゃないかな』

「うん、そうだけど・・・待って、今何時?」

『10時半だね』

「ヤバっ、ごめんまだ聞きたいこととか話したいことあるけど、色々用意することあるから夜にでも続きってことで切ってもいい?」

『えー、ゆーちゃんもう行っちゃうの』

「相手を待たせられないでしょ」


 初デートから大遅刻して来るようなやつと誰が付き合いたいと思うんだよ。約束まではあと一時間あるけどそんなのほぼないのと一緒だ。急がないと。


『こっちこそ忙しい時にかけてすまなかったね』

「それは大丈夫なんだけど、こっちが遅れられないから切るね」

『分かったよ。悠真が元気でよかった』


 父さんからそんな言葉が、優しく、そして暖かい声色でこっちに届いた。やっぱり心配かけてたんだな。

 でも、俺にも大切な人ができたし、やりたいこともできたんだ。だから、もう心配しなくても大丈夫だよ。


『今日は楽しんでおいで』

「うん、楽しんでくるよ。また夜に電話かけるね」

『いつでも大歓迎だよ』


 そう言って俺は電話を切った。


「それでお兄ちゃん、今日の予定ってなに?」

「元々、出かける約束してたんだよ」

「へー」

「だからお前は自由研究をやって待ってなさい。お菓子は好きに食べていいし、冷蔵庫に入っている作り置きも食べてもいいから。あ、でも作り置き食べたら教えてな、つくる料理考えなきゃいけないから」

「お兄ちゃんが主婦みたいなこといってる」


 おいこら、何言ってるんだこの妹は。ただ、色々説明も終わったし大丈夫か。


「もし、何かあったらすぐに連絡してくれていいし、自由にしてて構わないけど、物だけは壊さないでくれよ」

「お兄ちゃんはあたしをなんだと思ってるの」

「おてんば娘」

「おいこら」


 まあここまで言えば大丈夫だろうし俺は家を出る。


「鍵は閉めておくからな」

「はーい」


 スマホを確認すると待ち合わせをしていた時間まであと30分程だ。急がないとな。

 それにしても、こんな風に急に来るのはもうやめてくれ。今日みたいに予定が入ってると困るから。

 でも、久しぶりにあんなに父さんと母さんとも話せたし、花音と会えたしよかったな。みんな元気そうで何よりだ。まあ、母さんにはもう少し落ち着きがあっていいとも思うけど。

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