第93話 膝枕
目を閉じていた俺はどこか暖かい海のようなものの中に沈んでいくような感じがしてすごく心地の良いものだった。自分のことを包みこんでくれる幸福感に溺れていくようだ。
完全に身を任せて力を抜いていた。この世に天国という場所があるならこんな場所ならいいな。
そんなことを思っていたら女神のようなカタチをした光の集合体が目の前に現れた。もしかしたら本当にここは天国なのかもしれない。そんなことを考えているとその女神が近づいてきて俺の頬に口づけをした。
俺は口づけをされたタイミングで目を覚まし、これが現実ではなく夢であることに気がついた。自分の頭に伝わってくる枕はちょうどいいしいい匂いがする。なんだかいつもより肌触りが良く、頭の位置を変えようとそのまま模索してみる。
「ゆ、悠真さん、流石にそれはくすぐったいです」
気のせいかもしれないが俺の耳には美月さんの声が聞こえてきた。でも、その声を聞いて気になった俺は目を開けた。俺の目の前には美月さんの顔があった。
「あ、もしかして起こしちゃいましたか?」
え、何この状況。俺の眠っていた脳を急いでフル回転させる。
えっと、今日は美月さんが俺の家に来ていてさっきまで一緒に座っていたはず。そして少し休んだらと言われてソファーに横になって。
俺はそこまで思考が終わったときに勢いよく起き上がった。
「急に起き上がらないでください。危ないじゃないですか」
「すみません」
そしてすぐにもう一度横になった。よし、冷静に考えてみよう。
と言っても考えることは一つだけ、
これって膝枕だよな
いや、俺が美月さんが来てる状態で横になって休もうとしたのもあるけどさ、これって膝枕だよな。そんな贅沢なことしても良いのか?
「どうですか?休めましたか?」
「ハイ。メチャクチャヤスメマシタ」
「なんでそんなにカタコトなんですか」
だって膝枕なんてされたら緊張とドキドキで休めるわけが無いじゃないか。そして、なんでこんな贅沢なことをしてもらってるのに寝てるんだよ俺は。もっと起きてちゃんと膝枕されてろよ。
テンパって何も考えられなくなっている俺の頭を美月さんはそっと撫でた。
「寝心地はどうですか?」
どうしよう、なんて答えてもとんでもない答えにしかならない。最高ですなんて答えたら変態みたいだし、かといって嘘をついたら美月さんが傷つくかもしれないし。ここは無難に
「いいですよ。俺もしますか?」
「いえ、今日は私が悠真さんにする番です」
そう言われて美月さんの太ももの上にまだ横になっていた。それにしても美月さんに撫でられてる頭は心地いいな。
「弟にもしていたのでそのおかげでしょうか」
「なるほど」
弟がいてしているから慣れた手付きだし、こんなに心地良いのか。いや、別に弟が羨ましいなんて思ってないよ。
それにしても、俺は膝枕されたってことは美月さんに寝顔を見られたってことだよな。せっかく頼れる彼氏になろうとしていたのにこれじゃ台無しじゃないか。
「美月さん、俺が寝てるあいだは何してました?」
「ナニモシテナイデスヨ」
「何故カタコトに」
美月さんがこんなにカタコトになってるの初めて見た。とりあえずカタコトになったってことは何かしら隠したいことがあったのかもしれない。
時計を確認しても俺が寝ていたと思われる時間は10分くらいだし、そのあいだは俺が膝枕されてたんだから立ち上がって何かをしたってことも無いだろう。となると、
「俺の寝顔になにかしました?」
「ソンナコトナイヨ」
「あ、したんですね。何したんですか」
「べ、別にゆうまさんの寝顔が可愛いなって思って写真を撮ったわけではないです」
「何してるんですか!?」
俺の寝顔の写真を撮ったってことだよな。美月さんはこの前のときもだけど隠し事は苦手だしあってるはず。
「すぐにその写真消してください」
「いやです」
「お願いです、消してください」
「いやです。これは絶対に消しません」
「なんでですか!」
「これは私の宝物にします」
ここまで言っても消してもらえないなら本当に消す気はないんだろう。正直なところそこまで本気で怒ってるわけでもないししょうがないとも思っている。ただ、
「わかりました。でも絶対に他の人に見せないでください。これだけは約束してください」
「誰にも見せませんよ。だって悠真さんは私のなんですから」
なにそれめっちゃイケメンなんですけど。彼氏にしていんですけど。いや、彼女なんだけどね。
「他には何もしてないですよね」
「そういえば、悠真さんの家族の方はこの夏休みのあいだにこちらに来るんですよね」
「なんで話題を変えるんですか」
「そういえば、悠真さんの家族の方はこの夏休みのあいだにこちらに来るんですよね」
あ、これもう意地でも話題を変えるつもりだ。そこまでして隠したいことなら探るのはマナー違反だし探るつもりはない。
「そうだね、長期休みは顔を見せることが条件の一つだったから。で、今回はこっちにみんなが来るらしい」
「そうなんですね。いつ頃こっちに来るんですか?」
「一応お盆のあたりに来るって言ってたんですけど正確な日時はわからないんです」
両親とはよく連絡をとっているが正確な日付を教えてくれない。どっちもしっかりしてるし教え忘れてるってことはないだろう。
ただ、2人ともサプライズが好きでよく何も言われないまま急に旅行などに連れていかれていた。どうせ今回も急に来て驚かす予定なんだろう。
「そのあいだは会えないですよね」
美月さんはいつもよりテンションが低い声でそんなことを言った。
「うーん、どうだろうな。こっち来たとしてもやることないだろうしな」
「そうなんですか?しばらく会っていないでしょうし積もる話とかあるんじゃないんですか?」
「連絡自体はよくしてるし特にこれといった話はないかな」
「そうなんですね」
「こっちに来るのは一人暮らしを初めて数ヶ月なのでその辺りをちゃんとしてるのかの確認が大きな部分だと思うから」
母さんは特に俺の一人暮らしについて心配をしていた。家事とかを家で全くやっていなかったこともあるし、家事で手一杯になって学業が疎かになることを心配していたのだろう。
おそらくだが誰も何も知らない場所に一人で生活して手助けしてくれたり支えてくれる人がいないことも心配してると思う。中学の時のこともあるし、俺自身が自分で抱え込む性格という部分もあるから。
「悠真さん、そんな顔しないでください」
「あ、ごめんごめん」
中学の時のことを考えてたら無意識のうちに眉間に力が入ってしまっていた。過去は忘れるのでも乗り越えるのでもなく向き合っていくものなんだどつくづく感じさせられる。
「ほら、笑ってください」
そう言って美月さんは俺の頬を人差し指で上に上げ広角があがるように動かした。
その手は優しさで暖かくて美月さんの前では絶対に笑っていようと思えるものだった。
「あ、そうです」
「どうした?」
「今日は悠真さんの家でやりたいことがあったんです」
「お、なになに」
「ゲームがしたいです。この前悠真さんの家でみんなで遊んだ際に多くのゲームがあったので」
「じゃあやろっか」
俺はそう言って名残惜しいけど美月さんの膝枕から起き上がった。まだ頬には指で触られた感覚がある。俺はテレビ台の方へ行きゲームの準備をする。
そういえば右頬に指とは違う柔らかい感覚が残ってるし、起きたときに異様に顔が近かった気もするな。あの時って何されて起きたんだっけ?夢の中でなにかされた気もするけど、うーん、思い出せないしまぁいっか。気にしない気にしない。
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