第90話 告白
俺自身は自分の中に壁を作っていた。部屋を作って籠もっていた。それは中学生のことは切り替えたつもりでも、吹っ切れているわけでは無かった。
高校に入学した後も過去を引きずっていてクラスの人とも距離を置いていた。周りの人との関わりを絶っていた。
俺は人を信じられなくなっていたからだ。いや、信じられなくなったわけではないのだろう。信じた先にある裏切られることが怖いせいだろう。もう二度とあんな目に会いたくない。次こそ立ち直れる気がしないから。
「この場所いいですね。静かですし空気も美味しいです」
「そうだね。ここから花火も綺麗に見れるし、祭り会場も一望できるしいい場所です」
「そうですね。この場所を教えてくださった健一さんには感謝ですね」
そうだな、ここを教えてくれた健一には感謝しか無い。こんなにいい場所を教えてくれて、俺の覚悟に丁度いい場所を提供してくれて。
「悠真さん、今日はありがとうございました。こんなに楽しい夏祭りなんて初めてです。誰かと二人きりで来た夏祭りも初めてですが」
「それは良かったです。俺も異性と二人きりで来たのは初めてです」
俺はこの美月さんとの今のこの距離感がとても心地よかった。隣に居るけど間に少し空間があるようなこの距離感が好きで心地良い。
でも、それでも俺はこの心地よい関係をこわして新しい関係を作ろうとしている。それが俺にとっての理想だし、願いだ。
「この景色をここから見てるとなんだか終わりが近づいてる感じがしますね」
「たしかに花火で夏祭りは終わりになりますからね」
時計を見ると既に花火が上がるまで10分ほどとなっていた。俺はもう話さなくてはならない。
「・・・」
喉から声が、音が出なかった。緊張から喉がもの凄く乾燥して発しようとしても何も出なかった。
もう一度試した。それでも俺の喉からは何も出なかった。俺は絶望とともに納得もしていた。
ああ、俺には無理なんだな
いつまでこんなに臆病で何も出来ないんだ。俺には何も出来ないのか。そんな自分に嫌気が差す。
この前の林間学校のときに色々話して気持ちの整理ができて過去と上手く向き合えたつもりでいた。でも、つもりになっていただけだった。俺は何も変わってない、やっぱり人との関係を深いものにすることを恐れていた。
俺は理解した。俺には無理なことだったんだ。人と深く関わることなんて。ましてや恋人を作ることなんて。
「もうすぐ上がる花火がこの角度から綺麗に見れるんだって」
「そうなんですか」
だから俺は諦めた。ここはこのまま楽しく二人で花火を見ることにした。
花火を二人で見てそのまま帰り道に感想を言い合って駅に着いて解散をする。そして今までと変わらない日々を過ごす。いや、もっと距離を置くだろう。多分もう俺から話しかけることは無いくらいに。
クラスの中では「あいつ誰?あんなやついたっけ?」となるほどに誰とも関わらないで、健一が俺の家に来る回数も減らしてまた引きこもるんだろう。
だって俺が関わってもいいことなんて無いんだから。
そんな考えが頭の中から抜けなかった。自分のことが嫌いで嫌いで仕方がなかった。そんな自分のことを変えたかったのにな。
「悠真さん?どうかしましたか?」
「え!?な、なんでも無いです」
それでも今はそんな気持ち表に出しちゃダメだ。この瞬間だけでもこんな気持ちを俺の中に抑え込まなきゃ。美月さんまで俺のようになっちゃいけないから。
「悠真さん、あなたはあなたが思っているほど隠し事が上手くは無いですよ。なにかありましたか?」
「・・・」
俺は沈黙するしか無かった。
『なあ悠真、お前なにか勘違いしてないか?』
『え?』
何故か頭の中に健一と話したときの光景が流れてきた。
『裏切りがない人生なんてあると思うか?俺だって何回親の期待を裏切ったか分かんねぇよ』
『それとこれとは話しがちが、、』
『違くねぇよ。いいか、なんでそれでも親は何度も俺に期待をしたか分かるか?それは信じてるからだよ。俺がいつかやってくれるって』
『いいか、裏切られるのが怖いって言うけどな、まずはお前が信じないと裏切られるどころか見捨てられて終わりなんだよ』
『たしかにお前が怖がってるのも分かる。それでもさ、お前に今必要なのは大事なのは自分の中の大切な何かを預けられる、そんな信頼できる相手なんだよ。』
『なに、もしお前が信じてたやつに裏切られたとしても俺は必ずお前のそばにいる。お前を信じてる。裏切ることは無い。だからさ、
安心してぶつかってこい。
そしてお前にとって大切な人を作ってこい。ま、お前の場合心配いらないと思うけどな』
健一にはそんなふうに背中を押されていた。それがなければまずこんなふうに誘うことも無かったかもしれない。そのやり取りを改めて思い出して背中を押される。
そうだよな。変えるってのはリスクが伴うんだ。そのリスクを恐れてもいいから負けないで一歩、進む必要があるんだ。
ダメだったらちゃんと慰めろよ健一。
「美月さん」
さっきまでとは違いはっきりと喉から声が出た。それは俺にとって驚きでもあったが安堵でもあった。俺は変われないわけではない、その一歩を恐れているだけだ。それも背中を押してくれる人がいたから踏み出せた。
俺は改めて美月さんの方を向く。
「美月さん、ちょっといいですか」
「はい、なんでしょうか?」
改めて美月さんと目があって緊張する。
でも、もう俺は迷わない。まっすぐ進むだけだ。
「話したいこと、いや伝えたいことがあります」
腹をくくる。
「俺はさ、この前話したように人と関わるのが怖かったんだ。だから人とは距離を置いて過ごしていた。中学校の時みたいなことが起きないように。もしみんなが俺のこと何も思っていなければあんな思いをしないと思ったから」
改めて思うけどちょっと前までの俺の考えってもの凄く捻くれてるな。でもそれのお陰で精神が少し安定してたのかもな。
「でもそんな生活は俺にとって辛いものではなかったけど楽しいものではなかった。よく物語で言われるように例えると灰色の世界、色が抜けた世界みたいに」
俺は人と関わらないで過ごしていくことに苦痛は無かった。でもそんな生活はつまらなかった。毎日同じことを繰り返すだけ。
「そんなときにさ、美月さんと会ったんだ」
遅刻して何もないからもういいやと思って学校に行かないで自転車を漕いでいたあの日。
「でも最初は、こんなに深く関わるつもりは無かったんだ。その時友だちになってなんて言ったのはただの建前だったんだ。美月さんがなにかしたいってのが感じ取れたから」
正直その時から少し惹かれていた部分はあったと思う。でもその自分を自分自身が否定していた。これ以上誰かと関わっても良いことがないと思っていたから。
「それでもさ、運動会のときとか林間学校のときに色んな人と話して、関わって思ったんだ。せっかく高校に入って自分は前を向けたんだから人と一緒にいないともったいないって」
俺自身の考えを変えるキッカケになったんだ。
「でも前を向けてと思っていたのは本当に思ってただけだった。まだ吹っ切れてなかったし何も変わっていなかった。だからあの日あの丘で星を見ていたんだ」
どうしようもない自分がいたんだ。自分は星を見ながらこの世界にとって、この宇宙という空間の中でもの凄くちっぽけでどうでもいい存在と感じて。
「そのときに美月さんが来てくれたんだ。そして話を聞いてくれて自分の中の何かを吐き出すことが出来た。なんでそんなことが出来たのか改めて考えたんだ」
あんなに人を恐れていた俺がなんで美月さんに自分のことを話したのか。
「それは美月さんのことを信頼してたからなんだって」
俺は信じていたんだ。そして安心したんだ。そこに美月さんがいたことに。
「
俺は美月さんに呼びかける。口下手で人と話すことを避けていた、そんな俺が伝えられるのは単純な言葉で、何も飾らないたった一つの言葉だけだった。それでも気持ちが精一杯伝わるように想いを込めて。
「あなたのことが好きです。俺と付き合ってください」
今にも逃げ出したくなるくらい恥ずかしい。それでも俺は逃げない。そう決めたんだから。
実際はたった数秒だったと思う。それでも、俺の中では永遠とも思われる沈黙の時間が過ぎた。そして美月さんが口を開いた。
「私も悠真さんのことが好きです。こちらこそよろしくお願いいたします」
その言葉を聞いたとき、それが現実か疑った。それを目の前の少し潤んだ目で微笑んでいる美月さんの顔が否定した。俺は現実だとわかった瞬間に美月さんを抱きしめた。
「ありがとう。美月さんのこと大切にするよ」
「はい。私もです」
「幸せにもする」
「もう幸せですよ」
「今以上に幸せにする」
「楽しみにしてますね」
そんな俺達の後ろで上がっている花火が俺たちのことを祝福しているように夜空を綺麗に彩っていた。
こんにちは狐の子です。
遂に二人が付き合うことが出来ました。この第三章は後一話で終了シますが、それでもこの話はまだ続いていきます。付き合って終わりじゃないのでこれからも引き続き読んでいただけると幸いです。
私が言いたいことは近況ノートに書きますのでそちらも見てくれると嬉しいです。
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