第88話 夏祭り「友達」

「あれ?冬城とうじょうさん?」


 そんな声がして美月さんが振り返るとそこにいたのは林間学校で一緒だった錦戸にしきどさんと小栗おぐり、その二人と一緒に来ている友人達だった。


「めっちゃ綺麗なんですけど。ねぇねぇ、写真とっても良い?」

「えっと、、」

「こら愛梨あいり、冬城さんが困っちゃってるでしょ」

「ごめんごめん、つい興奮しちゃって」


 相変わらず錦戸さんは押しが強い。別にそれが悪いというわけではないが、美月さんがついていけずにあわあわしている。可愛い。


「って、お隣りにいるのって、、」


 ヤバい、バレたか。流石に林間学校のときに一緒にいたわけだし、全く俺と関わったことが無いってわけじゃないから気づかれてもおかしくない。


「俺は、、、」

「冬城さんの彼氏さん?」

「え?」


 もしかしてバレてない?たしかにあの時とは髪型も違うし色々違うけどそこまで変わってないと思うし。


「いやー、あんなに告白されてるのに冬城さんが振り返る素振りが全然なかったけど、それはこんなにイケメンな彼氏さんがいたからか」

「えっと、、」

「愛梨?勝手にそんなこと言わないの。冬城さんに迷惑かかるでしょうが」

「えー、だって彼氏さんイケメンじゃん」

「それは認めるけどさ。って、ん?キミって」


 今度こそバレたか?よく見ると彼女は同じクラスの人だしヤバいかもしれない。もしバレたらどうなるか分からない。


「このまえ冬城さんと一緒に雑誌に乗ってなかった?」

「・・・はい、そうですけど?」

「やっぱり!?どこかで見たことあるなって思ってたんだよね」


 そのどこかで見たっていうのは、おそらく雑誌じゃなくて普段の教室でだと思いますけど。まあバレてないなら良いんだけどさ。


「・・・」


 後ろにいる小栗たち男子陣は美月さんに釘付けだし、これはバレる心配はなさそうだ。


「えー、あのイケメンくんと冬城さんが付き合ってたのかー。でもさ、お似合いだよね」

「そそ、でも良いなぁそんなイケメンくんと付き合えるなんて。うちの学校で見たこと無いし他校の生徒でしょ」


 いや、あなたと同じクラスの高橋です。俺ってやっぱり存在感が薄いのかな?まあ自分でそうなるように過ごしてきたんだけど。


「どっちから告白したの?」

「気になる気になる」


 さっきまで錦戸さんのブレーキとして動いていた一之瀬いちのせさんまで美月さんに迫っている。勢いがさっきより二倍に増えてるし美月さんも対応に困るだろう。


「それはですね、、」

「こら、こんなとこでそんな話聞くもんじゃないだろ。ましてやお前らはこの男子のことを分かってないんだから」


 俺が美月さんの代わりに適当に誤魔化そうとしたときに、ずっと後ろにいた小栗が勢いよく迫っていた二人のことを止めた。


「悪いねお二人さん。この幼なじみとその友達が興奮しちゃって」

「いや大丈夫だけど、」

「陽人にとって私はその立ち位置か」

「ハルは私のこと幼なじみとしか見てない、、、」


 なあ、なんだか錦戸さんと一之瀬さんの反応がおかしくないか?これ俺でも分かるぞ、この二人どっちも小栗のこと狙ってるだろ。

 当の本人はさっきの発言から分かるように澄ました顔をしてるし気付いてないんだろうな。このハーレムものの鈍感主人公が。


「ほら俺たちも行く所あるしそろそろ行こうぜ」

「あ、りんご飴食べに行きたい行きたい。陽人、行こ」

「愛梨、抜け駆け禁止。ハルは私とかき氷を買いに行くの」

「まあまあ、二つとも行けばいいじゃないか」


 こんなこと言ってるんだし小栗が二人の想いに気付くまで相当な時間がかかるんだろうな。そう思うとなんだか二人が不憫に見えてきた。


「じゃあ俺たちは行くから、お二人さんはごゆっくり」


 ちゃんと人への気遣いも出来るのになんで気付かないんだろうな。そんなことを思っていた。


「お互い頑張ろうな、


 通りすがりに耳元で小栗がそんなことを囁いた。俺は驚きのあまりものすごい速さで振り返るとそこにはこちらを見ながらウィンクをする小栗がいた。

 え?バレてたの?あの鈍感主人公な小栗に?そんな馬鹿なことがあるのか?いや、たしかに小栗の前で一度だけ前髪を上げたこともあるし、一応声も出してたから気づかれてもおかしくは無いが、あの鈍感主人公な小栗に気づかれるとは。

 ちょっと待て、あいつすれ違うときにお互いっていってたよな。もしかしてあいつは自分への好意に気づいてるんじゃないか?だからお互い頑張ろうなんか言ってたのか。


「悠真さん、どうしました?そんなに驚いた顔をして」

「急に話しかけられて勢いが凄くて圧倒されたなと」

「それは分かります。錦戸さんもこの前の林間学校のときに話していい人だって分かっていたんですけど、あそこまで勢いがあると圧倒されますよね」

「そうそう」


 なんとなく美月さんには小栗のことを言わないほうがいい気がした。


「俺たちもどこか行きませんか?」

「私金魚すくいがしたいです」

「じゃあ行きましょうか」


 俺たちはさっき小栗たちが向かった方向とは反対方向に進んでいった。


「金魚すくいお願いします」

「はいよ、150円ね」


 美月さんは元気よく店主のおっちゃんに声をかけた。お淑やかにしゃがみこんで泳いでいる金魚をじっと見つめる。


「えい」


 目の前に来た金魚をポイを使ってすくい上げた。すくい上げたのだが、濡れたポイは金魚を支えられず和紙が破れて金魚は逃げてしまった。


「せっかくすくえたのに」


 落ち込む美月さん。出来たと思ったからこそ落ち込んでしまうのだろう。ここは俺の腕の見せ所だな。


「おっちゃん、俺も金魚すくい」

「あいよー」


 俺は店主のおっちゃんからポイを受け取った。

 ポイを一度水につけてから上に上げる。それから40°ほどに傾けて金魚が来るのを待つ。金魚が来たときに頭の方の半分だけをポイですくい尻尾はポイの外に出しておく。これが和紙を破らないコツだ。

 今日は調子がよくなかなかポイが破れそうにない。一匹、また一匹とすくい上げて器の中に入れていく。


「悠真さん凄いです」

「え?あ、集中しててつい」


 俺は器を覗き込むとそこには10匹近くの金魚がいた。集中していていつの間にかこんなにもすくっていた。


「おっちゃん、これって全部持ち帰らなきゃダメ?」

「何いってんだ、持ち帰れるのは二匹までだよ。それにしてもこんなにとれるやつなかなかいないからな。やるなあんちゃん」


 俺はすくったなかから生きの良い金魚を二匹選んだ。そしておっちゃんに袋に入れてもらった。

 明日は水槽を買いに行かないとな。


「悠真さん、その金魚に名前とか付けましたか?」

「いや、まだだけど」

「じゃあ今度一緒に決めましょうね」


 俺たちは金魚すくいの店を後にして歩いていく。


「悠真さん、これってどこに向かっているんですか?」

「秘密の場所です」


 もうすぐこの夏祭りも終わりの時間になる。そしてフィナーレを飾る花火が上がる時間だ。俺は健一から教わった場所に向かっている。


「こっちです」


 そう言って美月さんの左手を握る。最初に握ったときより自然に、そして緊張せずに。美月さんと手を繋いで目的地まで歩いていく。


 俺はこの花火の上がるタイミングで想いを伝える。


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