第87話 夏祭り「意識」

 いつも通りの夏祭り。人が多くどこもかしこも大騒ぎ。夜なのに周りは明るく、行く人みんなが盛り上がっている。太鼓の音がドンドンとリズムよく響いている。

 ただ、いつも通りじゃない部分もある。俺の右手には美月さんの左手が握られている。

 俺の頭の中にはドクドクと激しいリズムが響いている。この音が自分の右手から心臓を伝って頭の中に届いていることは分かる。だからこそどうか静まってくれ、美月さんにこの心臓の音が伝わらないように。

 迷子にならないように手を繋いだっていうのは正しいが完全に下心がない訳では無い。せっかく好きな人と一緒に夏祭りに来てるんだからそういうことをしてみたいという考えがあるのは当然だろう。


「・・・」


 いや、ね、勇気を出してこうやって手を繋いだわけじゃん。そこで俺の脳内は真っ白になったわけじゃん。そんな状況で自分から会話を出来るわけがないじゃん。

 そうやって生まれた沈黙は気まずいものだがなんだか心地良いものだった。


「あの、どこから回りましょうか」

「え、あ、えっと、どこでも良いですよ」

「ふふふ、分かりました。そんなにテンパらないでください。ではたこ焼き屋さんに行きたいです」

「分かりました。行きましょうか」


 そう言って美月さんは俺の手を引きながら歩き始めました。この状況でも美月さんはなんとも思っていなんだろうか。林間学校の時に言ったようにもう気持ちが変わっているのかもしれない。


「悠真さん、早く行きますよ」

「ちょっ、ちょっとまってくださいって」

「迷子にならないようにしっかり握っておいてくださいね」

「っ、はい。離しませんから」


 俺はさっきまでよりも力強く、美月さんの手に傷を付けないように優しく握った。今は絶対に離さない。

 たこ焼きの屋台というのはお祭りで定番の屋台の一つである。そのため多くの屋台が一つの祭りにあって、そのどれも行列を作っていた。


「並びますね」

「夏祭りでたこ焼きは定番だからね」

「でももうすぐ買えそうですね」

「ああ、そうだな」


 俺たちが並んでいるたこ焼きの屋台は並んでる人こそ多いものの人の捌ける速度が早く、すぐに順番が回ってきた。


「すみません、たこ焼き一つください」

「はいよー。たこ焼き一つ400円になります」

「じゃあ五百円からで」

「100円のお釣りになります」


 そのままお釣りと一緒にたこ焼きを受け取ったのだが、たこ焼きの中身が一つ多かった。


「あの、この中身一つ多いんですが」

「サービスだよサービス。そこのべっぴんさんの彼女さんと一緒に食べるんだろ、これは俺からのサービスだよ」


 そう言って屋台の人が俺たちに向かってウィンクをした。


「俺もさ学生のときにサービスしてもらったことがあるからお返しがしたかったんだよ」

「おい、勝手な事するなって言っただろ。ったく、今日のバイト代から引いておくからな」

「げっ、バレちまった。まあ夏祭りデート楽しんでおいで」


 俺たちはたこ焼き屋の前から去って座れるベンチがあるところに向かった。混んでいたが、ちょうど席を立った人が居たのでそこに座った。

 ベンチに座って袋の中からたこ焼きの入ったパックを取り出した。そして袋の中を何回も確認した。それでも箸は一つしか見つからなかった。


「箸が一つしか入っていないので回しながら食べるしかなさそうですね」


 俺はそんなことを言いながら自分の中で間接キスのことを意識しないようにして平常心を保とうとしていた。


「それもいいですけど」


 そう言って美月さんは箸を使ってたこ焼きを掴んだと思うと俺の口元に運んできた。


「せっかくですし私が悠真さんに食べさせてあげますよ」

「え、」


 俺は固まった。せっかく平常心を保とうとしたのに予想外のことをされてしまい道場を隠せなかった。


「早く食べちゃってください。看病するときにもしたじゃないですか」

「そうですけど・・・」


 それとこれとは話が違う。おい悠真、こんなチャンス二度と無いかもしれないぞ。ここは覚悟を決めて食べるしか無いぞ。

 俺は差し出されたたこ焼きを口の中に入れた。


「美味しいですか?」

「ほいひいへふ」

「良かったです」


 なんだか美月さんにだけ余裕があったので少しでも仕返しをしようと思い美月さんの手から箸を奪った。そしてさっきやられたようにたこ焼きを掴んで美月さんの口元に運んだ。


「悠真さん?私自分で食べれますよ。恥ずかしいですからやめてください」

「大丈夫です。食べさせてあげますよ。それとも俺に食べさせられるのは嫌ですか?」

「うぅぅ、意地悪です」


 美月さんは顔を赤く染めながら目をつぶりたこ焼きを口の中に入れた。


「お味はいかがですかお嬢様」

「そんな余裕ありません」

「ではもう一度、、」

「自分で食べますから!!」


 そう言って俺の手元にあった箸は美月さんの手の中にいってしまった。ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。そのまま美月さんが3つのたこ焼きを食べ終えた後、箸と一緒にたこ焼きが回ってきた。

 俺はそのたこ焼きを食べた。箸が間接キスになるなんて気にしないようにしながら。全く意識していないし。うん。大丈夫だったし。動揺してるだけだし。


「射的がしたいです」


 俺がたこ焼きを食べ終わったタイミングで美月さんがそんなことを口にした。


「じゃあ行こっか」


 射的の屋台にはそこまで人が並んでいなかったのですぐにすることが出来た。

 意気込んで銃を構えて射的にのぞんだ美月さんの結果は、


「むぅ、なんで落ちないんですか」

「まあまあ、ぬいぐるみは重いから落ちにくいんだよ」


 景品を何も獲得出来ずに参加賞をもらっていた。何発かぬいぐるみにあたったのだが、重量があるため落ちずに獲得まではいかなかった。


「悠真さんもやってみてください」

「はいはい、分かったよ」


 俺は屋台の人にお金を渡して銃の中にコルク弾を詰めた。ぬいぐるみを狙ってもいいけど、このコルクじゃ落とすのは厳しい気がする。俺は隣りにあるキーホルダーを狙った。

 一発目でどの程度の威力なのかと、キーホルダーのはいったものの重心を確認した。そして、二発目で少し上の部分を狙ってキーホルダーのをゲットした。

 残っている弾は全部ぬいぐるみを狙いました。でも重量があって落とすことは出来なかった。あと二発あればどうにかなったけど後追いするのはやめた。


「はいこれ」

「え、良いんですか?」

「美月さんのために取ってんだから受けっとてくれるとありがたい」


 美月さんは受け取ったキーホルダーの入った箱の中から色違いのものを取り出した。


「これは受け取ってください」


 美月さんはピンク色と青色のイルカのキーホルダーを並べて俺の方に差し出した。俺は青色の方のイルカのキーホルダーを受け取った。


「これでお揃いです」


 美月さんは顔に女神のような笑顔を作った。なにこの女神、俺このキーホルダー絶対に肌見離さず持っていることを決めた。


「甘くて美味しいです。それにとてもフワフワです」


 俺たちは綿あめを買い、人の流れに乗りながら歩いていた。なんだか美月さんの綿あめを見ている目が心なしかいつもよりキラキラしている。


「あれ?冬城さん?」


 そんな声が後ろから聞こえてきた。



投稿が遅くなってしまいすみません。

今、他の作品も準備しているのでそちらの方も楽しみに待っていただけると幸いです。

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