第86話 夏祭り「はじめて」
俺は時間より早く駅に着いて心臓をバクバクさせながら待っていた。
時間は夕方ということもあり、夏とはいえど昼間より涼しく感じる。
俺は浴衣を着て待ち合わせ場所で待っている。もちろんいつもとは違って髪を上げてセットしているし、健一にもおかしなところがないか確認している。
待ち合わせ場所から周りを見てみると浴衣を着ている女性が多く見られる。そんな周りを見て、健一の言う通り私服で来なくてよかったと思った。
美月さんはほとんどの確立で浴衣を着てくるだろうし、そうなったら私服の俺が浮いていただろう。
あー、美月さんの浴衣姿楽しみだな。
「おまたせしました」
俺の横に長い銀髪を頭の上にお団子でまとめて、白色を基調にアサガオが描かれた浴衣を着た美月さんがやってきた。
想像していた姿よりも似合っている。
「ううん、全然待ってないよ」
俺はテンプレ通りの返答しか出来なかった。だって俺の脳内で考えていた言葉はすべて美月さんを見たら真っ白になって消えてしまったからだ。あんな浴衣見たら何もとっさに出てこないって。口から音を発せられただけでも褒めてほしい。
「悠真さんの浴衣似合ってますね」
「美月さんも、いや、美月さんのほうが似合ってるよ」
この世に美月さんより浴衣の似合う人なんていない。なぜなら世界で美月さんが一番似合うからだ。
「じゃあ、行こっか」
「はい。楽しみです」
俺たちは改札をくぐり、ホームで電車が入ってくるのを待つ。
「今日は人が多いですね」
「ここの人たちも夏祭りに行くんじゃないかな」
「そうですね。浴衣を着ていらっしゃる方も結構居ますしね」
駅のホームには浴衣を着た人たちで溢れかえっていた。おそらくこの人たちが向かうのも俺たちが行こうとしてるのと同じ祭りだろう。
今日の祭りは予想以上に混んでるのかもしれない。
「私、家族以外と夏祭りに行くの初めてなんです」
「そうなんですか?部活帰りに同じ部活のやつと一緒に行ってたりしたの楽しかったですよ」
「あ、、すみませんそんなつもりじゃ」
「え?あ、そういうことですか。全然気にしてないですよ」
おそれく俺が部活のとか言っちゃったから気にしたんだろう。今の俺はあいつらはそんなことしないって分かってるし、ちゃんと理解している。
この前の林間学校のときに自分の胸中を吐き出せたのも大きく関わっていると思う。
「あいつらには感謝してるんです。あのときも俺のことを信じてくれたあいつらには。その時は思考が偏っちゃって何も出来なかったど、それでも俺はあいつらのことは今でも信じているんです」
特に
「そうなんですね。信頼出来る人がいるっていいですね」
「はい。今一番信じられる人も見つけましたから」
「すみません、なにか言いました?電車の音で何も聞こえなくて」
「いいえ、何も言ってないです」
ちょうど電車がホームに入ってきたから俺の声はかき消された。小声で言っていたので電車が来てなくても聞こえなかっただろうが。
電車に乗って夏祭りの会場に向かう。と言っても次の駅で降りるのでそこまで電車に乗っている時間はない。
それでも電車の中は満員だし、普段着ていない服なので楽なものではなかった。もちろんこんな状況でも美月さんを人から守るように電車に乗っていた。
電車から降りて祭り会場に向かう。同じ祭りに行く人達の波に従って進んでいたので迷うことなく行くことが出来た。
「どうしましょう」
「?なにかありました?」
「いえ、綿あめも食べたいですけどりんご飴も食べたいですし、たこ焼きや焼きそばも食べたいのでどれを食べるのか悩んでしまっていて」
「ふふふ」
「あ、笑いましたね。ひどいです」
「だって可愛いことで悩んでるなって」
祭りの屋台で食べるもので悩んでるなんて可愛い以外の何でもないだろ。それが美月さんな余計に。
「か、可愛い、、」
「可愛い悩みだってことで、そういうわけじゃな・・・くもないですけど」
「え?」
「いつもなのは当然ですけど、今日の美月さんも可愛いですよ。いつもと違う可愛さがあって。その浴衣も綺麗ですし、頭の上のお団子も似合ってます。それに浴衣の色も柄も美月さんの綺麗な銀髪に似合ってます」
「も、もう良いですから。それ以上褒めないでください」
「す、すみません。つい」
可愛いって言ったのは悩み事についてだけど、美月さんが可愛いのも事実だし否定するのはなんだか違う気がした。
その結果、あったときは気持ち悪がられると思って我慢していた部分が出てしまって止められてしまった。
美月さんの方を見ると顔がほのかに赤くなっていた。そんな美月さんをみて俺も恥ずかしくなり顔が熱くなった。
「じゃあさっき言ったもの全部食べましょうか」
「え?でも、そんなに食べられないですし」
「大丈夫、二人で分け合えば食べられるから」
せっかく一緒に来てるんだから分け合えば良い。その方がいろんなものを楽しめるんだから。
「ふふ、ありがとうございます。では最初にたこ焼き食べたいです」
「楽しみですね」
駅から会場まで歩く時間もこんなふうに楽しめるのは誰かと一緒に来ている利点だと思った。
会場の神社の近くまで来るとものすごい人でごった返していた。
「わぁ、人が多いですね」
「そうですね。私迷子になりそうです」
「こんなに人が居たらそうなるかもしれないですね」
あまりに多い人をみてそんな感想をこぼした。
「そんなに私が迷子になりそうですか?」
「いえ、そういうわけでは」
「意地悪しただけです。悠真さんがそんなふうに思っていないことは知っていますよ」
美月さんは無邪気な少女のようにイタズラが成功をしたような笑顔でこっちを見ていた。
「でも、もし迷子になったら探してくれますか?」
「もちろんです。絶対に見つけますよ」
まあ美月さんはしっかりしているし迷子になるようなことは無いだろうが、この人の人数だ。人の流れのせいで離れることはあり得るかもしれない。
だからこれは迷子にならないように、離れないようにするためで決してそういったための行為じゃない。
「え?」
「迷子にならないようにするためです」
俺はそう言って美月さんの左手を握っていることに理由を付けた。
「そ、そうですか。ま、迷子にならないため、、」
頼む俺の右手、手汗を抑えてくれ。美月さんを手汗で汚すなよ。
頼む俺の心臓、もう少し大人しく動いてくれ。美月さんに聞こえる。
頼む俺の脳、勘違いしないで勘違いしてくれ。
ありがとう夏祭り。そして頼む、このまま終わらないでくれ。
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