第81話 終業式

 今日の朝はいつもより余裕があってぐっすり眠ることができた。夏休み前最後の登校ということもあり午前授業なので弁当を作らなくていいからだ。

 俺はいつもより手の込んだ朝食を作る。せっかく余裕があるんだからちょっとおしゃれなものにでもしようと思ったからだ。

 棚の中からホットサンドメーカーを取り出して、ハム、チーズを食パンの上に置いてホットサンドメーカーの閉じる。焼き上がるのを待ってる間にフライパンを取り出してスクランブルエッグを作る。空いているスペースを使って一緒にウインナーも焼く。

 出来上がったホットサンドとスクランブルエッグ、ウインナーを一つの皿の上に置いてコーヒーを淹れる。

 今日は洋食のワンプレートみたいな朝食を作った。


「よし、我ながらいい出来だな。いただきます」


 テレビで朝のニュース番組をつけながら朝食を口に運ぶ。ニュースではちょうど物価の高騰について取り上げていた。


「近年は地球温暖化の影響で農作物が思うように育たたなかったり、生態系のバランスが崩れてしまうことが原因だと考えられています」


 そんなアナウンサーの声がテレビの中から聞こえてくる。親からお金もらってる身だし今まで以上にちゃんと節約しないとな。

 洗面所に向かいいつも通りの髪型にセットをする。私服はきちんと着こなしネクタイを締める。靴を履いて家を出る。


 教室に入ると、明日から夏休みということもありみんなテンションが高い。


「なあ、明日からなにする?」

「やっぱ海っしょ」

「夏祭りは欠かせないね」


 朝から夏休みに何をするかという話題で盛り上がっている。その中の夏祭りという言葉にドキッとしたが、平然な顔をして自分の机に向かう。


「それにしてもお前も見たかあの雑誌」

「見た見た。ついに俺たちの学校からもモデルが出るとはな」

「これならあんなに告白した人たちが玉砕していった理由も頷けるぜ」


 そんなこと言ってるけどこのクラスには大人気女優さまが居るぞ。絶対に言えないけど。

 あれから一週間が経ったというのにまだ話題の中心には美月みつきさんがいた。

 ちなみに俺はあの雑誌を部屋に飾っている。一応俺も出てるから記念にだ。決して美月さんが載ってる雑誌だからって下心があるわけではない。決してだ。うん無いはず。


「それに隣にいたヤツもなかなかカッコよくなかったか」

「それな。あのくらいじゃないと釣り合わないんだよな」


 そんな声を聞いてバレないかドキドキしていた自分と釣り合っていないと自覚して落ち込む複雑な気持ちになっていた。

 たしかにその写真にいるのは俺だが、それは俺であって俺じゃない。俺の外見を田端たばたさんや渡邊わたなべさんがうまく変貌させただけだ。中身は全然釣り合っていない。


「朝から額にシワを寄せても運気が逃げてくだけだぞ」

「元々運気なんて俺にはねぇよ」


 健一けんいちが俺の方を向いてそんなことを言ってきた。何処となく皮肉を入れて言葉を返す。


「で、今日はどうすんのよ」

「どうするってなんだ?」

「あれ?言ってないっけ、この後いつものメンバーで飯食いにいかないかって」

「聞いてないぞ」


 なんでこいつはいつも大事なことを言わないんだ?そんなことを思っていると健一は自分のスマホを取り出してとあるやり取りを見せてきた。


「やっぱり言ってたぞ。ほら見ろ」


 その画面は俺たち4人のグループのトーク画面で、その中に『一緒に昼食を食べに行かないか?』と健一が聞いているものが映っていた。


「ホントだ、これは俺が悪かった。まあ予定も空いてるし大丈夫だ」

「ちゃんと連絡見ろよ」

「すまんすまん、あんまりスマホを確認してないから気づかなかった」


 俺はスマホを触りはするが依存しているわけでもないし、一人暮らしだとそんなふうに触ってる時間がほとんど無い。そのため連絡が来たことに気が付かない時がある。


「にしても聞いたか、あいつら美月さんの隣にいた人をイケメンで釣り合ってるってよ」

「う、、そのことはもうやめてくれ」

「なんでだよ、せっかくみんな褒めてるのに。それにしてもバレないもんだな」

「だから嫌なんだよ」


 俺は自分じゃない人が褒められてるようにしか聞こえないし、その評価が自分のなかで納得出来ない。

 誰にも気が付かないってことはみんなにとってあれは俺じゃないってことだよ。


「そんな顔すんなって。ちゃんとお前のことを評価してくれてるんだから」

「あれは俺じゃないよ。ただ外面だけだよ」

「またお前は卑下する。いいか、前にも言ったけど」

「卑下するとお前らのことも否定してるんだろ?知ってるよ、でもあれをどうしても自分だと消化出来ないんだよ」


 自分が卑下したら俺のことを評価してくれてる人のことを否定することになってしまうのは健一からも以前言われていたし分かっている。それでも自分というものが確立出来ない。


「お前が分かってるなら良いけどよ、あまり人に言うなよ。美由とかに言うと面倒だぞ。だから弱音を吐くなら俺だけにしとけ」

「ありがとう、助かる」

「内容があまりにもクソだったら言い返すがな」

「そのくらいがいいよ」


 やっぱりこいつはすげえな。

 チャイムが鳴り、教室のドアをあけて小林こばやし先生が入ってきた。


「よし、おまえら席につけ。いやー、やっと今日で学校が終わって仕事も楽になるな」


 生徒に何言ってんだこの人。ほんとにこの人よく教師になれたな。


「このまま終業式をして、成績表を返して帰宅になる。あー、校長の長い話になんの意味があるんだよ」

「せんせー、あんまりそういう事言わないほうが良いと思いまーす」


 挙げ句の果てには自分の生徒から注意される始末、本当にこの人が教師で大丈夫なのか?まあ授業はちゃんとしてるし、元に歴史の成績も上がってるんだよな。

 俺たちは教室で終業式にリモートで参加する。あー、これ絶対寝れるわ。


「よし、昨日も寝るのが遅くなったし私は寝る。終わったら起こしてくれ」

「「「おい!」」」


 いや、あんたは寝るなよ。


「明日から夏休みですが、学生の本分は学業です」


 校長先生による長い話が始まった。この話を真面目に聞いてるヤツって居るんだろうか。俺はもう聞く意味がわからないし寝る。


『あいつがあの写真の男らしいぞ』

『えー、見えない」

『なんだか拍子抜けだね』

『あんなのが同じクラスに居るなんて最悪』


 俺は勢いよく顔を上げる。体の至る所から汗が吹き出ている感じがした。


「交通事故には気をつけるように」


 さっきまでネガティブ思考だったせいか、ひどい夢を見た。

 でも、あの夢は俺があの男だとバレたらただの悪夢ではなくそれは現実になる。


「んお、終わったか?んじゃ成績表渡すから番号順に並んでけー。天野あまの


 小林先生は起きてすぐに成績表を渡し始めた。


「お前ら今から夏休みだ。どうせ校長とかが学生の本分は学業だとか、羽目を外しすぎるなとか言ってると思うけど私はそんな必要が無いと思う」


 この先生バレたら説教されるぞ。


「いいか、学生なんて時間は限りがある。高校生なんて三年間しかないし、一番楽しい時期だろ。どうせ三年生になったら勉強で遊べないんだから一年のうちに遊んでおけ。そして三年になったら勉強に力を入れろ。思い出がない高校生なんてクソつまんないからな」


 普段はふざけてるし変な先生だけど、こういうところは生徒のことを思ってるし普段の態度さえちゃんとしてればいい教師なんだろうな。


「ただ、警察とかには世話になるなよ。私の仕事が増える」


 やっぱりいつも通りだった。でもこの先生はこれでいいのかもしれない。


投稿が遅れてすみません

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