第76話 デート「メイク」

「良いわよ。もっとこう、なんか頂戴」

田端たばたさん、なんか頂戴は無茶な要望ですよ」

「そうかしら?」

「そうですよ。いつも撮ってもらってる私でも困るんですから」


 田端さんによる撮影が始まった。今日しか撮影してもらっていないのだがすぐに分かった。彼(?)は以上に優秀なカメラマンだ。

 俺たちにポーズの指定をするが、そのポーズは決して無理難題なのではなく、なおかつ俺たちのことが一番良く映る瞬間を必ず抑えている。

 たまに無茶なことを言うが、多分ふざけているだけで本気では無いだろう。多分。


「よし、じゃあ次はこの服に着替えて頂戴」

「「分かりました」」


 俺たちはそれぞれ服を受け取り更衣室に行く。


「あ、そうそう。高橋くんだっけ?終わったらあそこに立ってる彼女のところに行って頂戴」

「?、はい分かりました。いま来ている服ってどうしたら良いですか?」

「それは更衣室にあるハンガーにかけておいてちょうだい」

「分かりました。じゃあ行ってきますね」


 更衣室で着替えを終えて田端さんに言われた人のもとへ向かっていく。


「すみません、田端さんに言われてきたんですが」

「お、来たね少年。私は渡邊よ、お姉さんって呼ぶように」

「あ、わかりました」


 名前まで言って呼び名お姉さんなんだ。めっちゃ綺麗だし大人の女性って感じはするけど年齢としては、


「少年、何考えてるんだい」

「いえ、何でも」


 よし、考えるのをやめよう。女性の年齢のことはタブーだしね。うんうん。


「じゃあ、ヘアセットと軽くメイクしちゃうからそこに座って」

「わかりました。もしかして、さっきまでの俺って写真に映るには物足りなかったりしますか?」


 いや、自分ではわかってる。俺の見た目が不甲斐ないからメイクとかで誤魔化そうということだろう。ここまでさせてしまう自分が申し訳ない。


「いや、全然違うよ少年。少年と一緒に来ている子はちょっと元が強いから消しきれないけど、少年なら出来るかなって思って」

「?なんのことですか?」

「彼女さんに合わせたメイクだよ。彼女さんはどう頑張っても個性を消し切ることはできないだろうし、そのままの姿を使いたいからね。なので少年の方を彼女さんに合わせたメイクかつ普段とは違う姿に変身させられるから」

「なるほど、ではよろしくお願いします」

「任せなさい少年、大船に乗ったつもりで居ると良いぞ」


 俺は渡邊さんに身を任せて大人しくしていることにした。


「ところで少年よ、いつから彼女さんと付き合ってるんだい?」

「え、、えっとその」

「あんなに初々しいものを見せられると些か妬いてしまうものでね」

「そのですね、俺たちは付き合ってないんですよ」

「・・・え!?」


 渡邊さんはメイクをしていた手を止めてこちらを覗き込んできた。いや、近いですって。


「少年、それは本気で言っているのかい?」

「はい、そうですね」

「あんなに仲よさげなのに?」

「はい」

「あんなに距離感も近くてヤキモチだって妬かれてるのに?」

「そんなことしている自覚は無いですけど、はい」


 やれやれとでも言いたげな顔をしながらこっちを見る渡邊さん。いや、さっきより近くなってるし。離れましょうよ、俺だって男子高校生なんですから女性に近づかれるのに耐性が無いんですから。


「でもさ、仲は良いよね」

「そうですね」

「彼女さん可愛いよね」

「ですから彼女ですって。でも、そうですね」

「少年は彼女さんのこと好きなのにね」

「・・・」

「少年よ、そこら辺どうなのよ」

「・・・ノーコメントで」

「ふーん、少年よ今のタイミングでのノーコメントの意味は一つしか無いんだよ」


 この人ほんとにグイグイ来るな。ずっと会話のペースを握られている気がする。今までといい、もしかしたら俺は女性相手に会話の主導権を取るのが苦手なのかもしれない。


「とりあえず少年の顔を仕上げちゃいますか」

「とりあえずというかそれが目的ですよね」

「少年よ、あまりそういうことを言うでないぞ」


 そして渡邊さんは再び手を動かし始めて俺の顔面を仕上げていった。ところどころ「おっ」とか「およよ」とか言っているので自分がどうなっているのか全くわからない。


「よし、最後に髪型をいじっちゃおっか。今日ってどうやってセットしたんだい?」

「ワックスをつけて前髪を少しいじったくらいですかね」

「ほう。じゃあ思いっきり前髪を上げてほかは軽いパーマ気味にしよっか」


 そう言って腰につけているポーチの中からワックスを取り出して俺の髪型をセットしていく。


「マジか。少年、キミってこんな風になっちゃうのか」

「そんなにだめなら戻しましょ」

「いや、そのままみんなのところに行こう」

「ええ、渡邊さんのリアクション的にろくなものじゃないじゃないですか。俺笑われるの嫌なんですけど」

「いいから。ほらさっさと行きなさい少年」


 そう言って背中を押され俺は既に集まっている撮影場所に向かっていく。なぜか後ろから渡邊さんのも付いてくる。やっぱりみんながどんなリアクションをするのか気になって付いてきたんだろ。


「遅くなってすみません」

「「「・・・・」」」

「どうよ、これが私の作品よ」


 やっぱり変だったのだろう。俺のことを見てみんな固まってしまった。このままじゃせっかくの撮影に穴をあけてしまう。


「悠真くん、だよね」

「はい、そうですけど」

「高橋くん、キミってそんなこともできたのね。本当に同一人物?」

「どうゆう意味です」

「・・・」

「あの、美月さん?」

「・・・ハッ、あまりにも衝撃的すぎて」

「やっぱり戻したほうが良いですよね。渡邊さん、すみませんがさっきまでのに戻してもらえませんか?」

「「「「絶対にダメ!!」」」」


 渡邊さんに頼もうとした瞬間、その場にいたひと全員から止められた。


「でも、俺の格好変じゃないですか?」

「「「「変じゃない!!」」」」

「うぉ」

「あのね悠真くん、君がどう思ってるか知らないけどたとえ君でも今の君を侮辱することは許さないよ」

「俺なのに!?」


 なんでそんなことになるの?ひどくない?


「高橋くん、キミうちの専属モデルにならない?」

「なんで俺なんですか?俺なんかより美月さんの方が良いでしょ」

「もう冬城とうじょうさんには話をしてあるわ」

「お手が早いことで」

「一人では撮らないで彼女さんと一緒だけでも良いわ。どうかしら、悪い提案じゃないと思うけど」

「すみませんが、私も話を受けるって言っていませんよ」

「すみません、自分みたいなのが映るのはやっぱり気が引けるので」

「そう、でもいつでも待ってるわ。気が向いたらいつでも連絡頂戴」


 そう言って田端さんから名刺を受け取った。よく見てみると田端さんの役職のところにカメラマンの他に代表取締役と書いてある。


「え!?」

「ここではただのカメラマンだから堅苦しくしないでね」


 おちゃめな顔をして口元に人差し指を持ってきて静かにと合図する。


「悠真さん」

「はい?」

「かっこいいですよ。その、いつもとは違う見た目ですが、今の姿もとってもかっこいいです。もちろんいつもかっこいいのですが」


 美月さんからそんなことを言われて照れない訳がない。好きな人に容姿を褒められるってこんなに恥ずかしくて嬉しいんだな。こんど渡邊さんこの姿のセットの仕方を聞こうかな。


「少年、顔が真っ赤じゃないか」

「初々しいね」

「まあ、そうゆうイチャイチャするのもいいけどそろそろ撮影始めるわよ」

「「イチャイチャなんてしてません」」


 なんでここにいる人たちはみんなしてからかうんだろう。

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