第75話 デート「モデル」

「じゃあ撮っていくわね。でも、その前に二人ともこちらに来て頂戴」


 田端たばたさんと呼ばれてた人に呼ばれて行くと、そこにはたくさんの服が置いてあった。


「この中にある服に着替えてもらうわ。どの服を着るのかは私達で決めるから、まずはこれから着て頂戴」


 俺は渡された服を受け取って更衣室に入っていく。着替えて鏡を見てみると普段の自分には似ても似つかない姿がそこにあった。

 鏡に映る自分を見て改めて思ってしまった。この話を俺が受けてよかったのかと。

 美月さんと違って俺には何もない。目を引くような美貌も周りに自慢できるようなものも、そして何より周りを裏切ってしまう自分が。


「どう?着替え終わったかしら」

「・・・あ、はい」

「そう、じゃあ開けるわね」

「あ、ちょっと」


 俺は急いで自分に仮面をつける。迷惑をかけないように。


「うん、似合ってるわね。さすがは美咲みさきちゃんだわ。それに、私のセンスも間違っていなかったわね」

「そう、ですか」

「サイズは大丈夫かしら?見た目で私が判断したから間違ってる可能性もあるんだけど」

「大丈夫です」


 会話の勢いが何処となく強く、ずっと主導権を握られているようだ。


「よし、じゃあ撮っちゃおうか。そに座って待っててね」


 そう言って小森こもりさんが座っている椅子の隣を指さされた。


「お、いいね。似合ってるよ高橋」

「ありがとう、小森さん」

「あー、ここではあんまり本名で呼ばないでほしいな」

「じゃあ倉之内くらのうちさん?」

美咲みさきって呼んで。ほら、本名も芸名にも美咲って入ってるし」

「じゃあ、美咲さん」

「うんうん。いいね」

「なんだか全然学校とキャラが違うね」


 学校では委員長として真面目に周りのまとめ役みたいな感じでいるのに対して、この場では周りを明るくして行くような力がある。


「まあね。どっちが正しいとかは無いんだけどね。私としてはどっちの私もなんだよね」


 そういう美咲さんの笑顔は美しかった。


「どっちの美咲さんもいいと思うよ」

「ありがとさん。でも、そんなことばっか言ってると大変なことになるよ。ほら、後ろを見てご覧」


 そう言われて後ろを振り返ると頬を膨らませていかにも機嫌が悪いですよっていう雰囲気を出している美月さんがいた。メイクさんに化粧をしてもらってより一層輝いている。


「あの、美月さん?」

「随分と仲がいいんですね」

「え、いや?学校でもほとんど話してないし」

「そうだよ冬城さん。悲しいことに悠真くんは私のことをなんとも思ってないし、ただの遊び相手としか思ってないよ」

「おい、人のこと何だと思ってるんだよ」

「やっぱり仲いいじゃないですか」


 美月さんは怒っている?いや、怒っているんだろうけど、怒り方が可愛くて正直何も怖くない。正直何時間でも見ていられるくらい可愛い。


「あ、私のことは美咲って呼んでね。そのほうが反応出来るし親しみやすいでしょ?」

「あ、はい、わかりました。?」

「だからさ、私も冬城さんのこと美月ちゃんって呼んでも良い?」

「はい!呼んでください」


 美月さんに新しい友だちができてよかった。


「心配しなくていいからね美月ちゃん」

「?、何がですか?」

「私は高橋さんのこと取る気はないからね」

「え!?な!?え!?ぅぅぅぅ」


 美月さんは美咲さんから耳打ちを受けた瞬間に顔を真っ赤に染めてバタバタと暴れ出した。ポカポカと美咲さんのこと叩いてるし。何この可愛くて幸せな空間。一生見てられる。


「あら、ふたりとも良いじゃない。それじゃ撮影始めるわ。こっちに来て頂戴」

「いってらっしゃーい」

「え、美咲さんの撮影なのでは?」

「あ、それこそが今回頼んだ理由だよ。一緒に撮影する予定の方がとある事情で撮影できなくなってしまったので」


 なるほど。じゃあ、俺たち二人は美咲さんたちの代役ってことだな。それなら納得はできないけど納得できる。それはそうと


「それなら美咲さんともう一人で良かったのでは?」

「そういうわけのもいかないのよ。私の構想はもう練上がってたしその構想を今回はかえたくなかったのよ」


 なるほど。それで俺たち二人にまとめて声をかけたってわけか。


「それなら私じゃなくて美咲さんがやったほうが良いんじゃないですか?」

「うーん、それも考えたんだけど、趣旨的にも私より美月さんが適任なんだよね。それにそのほうが美月さん的にもいいと思うよ」

「?どういう意味ですか?」

「だって今回の撮影のテーマって『カップル』だから」

「「っ?!」」


 俺たちは二人して固まってしまった。


「だから適当な男性を一人呼ぶんじゃなくてすでにいるカップルに協力をお願いするほうが良いと思ったんだよね」

「それで私がビビってきた子たちがあなた達で、たまたま美咲ちゃんと知り合いだったわけ」

「それともどうする?緊張するなら今からでも変わろうか?高橋のカ・レ・シ・や・く♡」

「大丈夫です!!絶対に譲りませんから!悠真さん行きますよ」

「ちょっと、美月さん、どこに行くかわかってるんですか?」


 美月さんは俺の手を取って急ぎ足で歩いていく。


「あの子達初々しくていいじゃない。これはいい写真が取れそうだわ」

「田端さん、お手柔らかにですよ。あの子達はあくまで一般人であってプロではないんですから」

「わかってるわよ。そう言うなら美咲ちゃんも来たら良いじゃない」

「緊張しちゃいそうですから遠くから見てますよ。これ以上美月さんをからかうと不貞腐れる可能性がありますしね」

「あんたなにしてるのよ・・・」


 そんな話が後ろから聞こえてきた。うん、後半の方は聞かなかったことにするし、美月さんには黙っておこう。

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