第72話 デート「水族館」
集合時間が早めだったこともあり、目的の水族館近くの駅までは直通の電車がなかったので乗り換えながら向かう。
人がいるにはいるが、この前の時ほど混んでいるわけではなく、座って電車に揺られながら目的地まで乗っていく。
水族館の最寄り駅に付き、改札を抜け少し歩くと目的の水族館が見えてくる。いや、見えているのは水族館にある観覧車だけどな。
「楽しみですね」
「はい、水族館は小学生以来だし楽しみです」
もう少し歩いた後に水族館に到着した。水族館に到着した後、美月さんはそのまま入場ゲートを潜ろうとする。
「ちょっと、
「あ、そうですね。行きましょうか」
そのまま入場ゲートの隣りにある券売機のもとへ行き、入場券を購入する。
「あれ?美月さんは買わないんですか?」
「ふふん、これを見てください」
「それは?」
そう言って美月さんが取り出したのは右上に小さく美月さんの顔写真がついているカードのようなものだ。
「これはこの水族館の年間パスポートです。私はこれで入れるんですよ」
美月さんの手にあるカードのようなものはどうやら年間パスポートらしい。そのカードの紹介をしている美月さんはこころなしかいつもより少し誇らしげに見える。とても可愛らしい。
でも、年間パスポートを持ってるくらいだしよく来ているんだろう。わざわざ俺と行きたい理由があるんだろうか?もしかして、自分が好きなものだから共有したいということなのだろうか?
どちらにせよ俺にとっては嬉しいことだけど。
「年間パスポートを持ってるってことはよく来るんですか?」
「そうですね、特別に悠真さんに教えてあげます。私がこの水族館に来るのは二回目です」
ん?聞き間違いかな?
「二回目?」
「はい、二回目です」
「じゃあなぜ年間パスポートを?」
「あ、これは弟が好きで一回だけ一緒に来たときに作ったものです。ここの年間パスポートって二回分の入場料で作れるんですよ」
そんなに安いものなんだ。券売機の料金表をよく見てみるとたしかに入場料の二倍の値段になっている。
「ですので、友だちと行くこともあるだろうからって作ってくれたんです。今日はここでイルカのショーとペンギンの散歩が見れるらしいので来ました」
「何その可愛らしいイベント」
イルカのショーはよく聞いたりするけどペンギンの散歩なんてものはあんまり聞かない。ペンギンがよちよち歩いて散歩している、そんなことを想像しただけで可愛い。
「悠真さん?もしもーし」
「は。な、なんですか?」
「急に考え事をし始めたのでどうしたのかと思いまして」
「あー、ペンギンの散歩って聞いてペンギンのことを少し」
「そうですか。じゃあ、早く入りましょう」
「はい」
俺たちは今度こそ入場ゲートをくぐり、水族館の中に入っていく。
入ってすぐにその水族館で一番大きい水槽が俺たちのことを迎え入れる。
「きれい」
どちらが言った言葉か、はたまたどっちも言ったのかわからないがそんな言葉が耳に届いた。
いろんな魚が集まっていて、中でもイワシの群れが光を反射しながら同じ動きをしている。その群れがものすごく綺麗でいる。
水槽に近づいてみると、岩場に擬態しているカサゴがいる。砂の上にはカレイが、中からはチンアナゴが出てきている。
「すごいですね。色んな魚が共存していてみんなの目を引いて、そしてこんなにも美しい」
「すごいきれい。俺はなんだか心がきれいになった気もします」
俺にも何故かはわからないが、この水槽には心を惹かれるなにかがあった。そして、この水槽の美しさに魅了されていた。
「ずっとここに居られそうですけど、他にも色々ありますし、イルカのショーやペンギンも見れなくなってしまいますし」
「それは困ります。行きましょう」
俺は少し興奮状態になっていた。どうやら俺は自分で思った以上に水族館が好きなのかもしれない。
俺は美月さんと一緒に順路に従って色々な水槽を見ながら進んでいく。やっぱり最初の水槽に勝つものはなかったけども。
室内から外に出てみると、そこには大きな水槽があった。周りには席がある。もしかして、
「あ、ここでイルカのショーをやるみたいです。一緒に見ませんか?」
「水族館の醍醐味の一つじゃないですか。見ますよ」
俺は少し進んだ先にある席に座ったのだが美月さんは不思議そうな顔をしながら隣に立っている。
「なんでそこに座ってるんですか?」
「え?」
「ほら、前にいきましょう」
「え、、」
前って水槽の近くってことだよな。一番前は子どもたちの席になっているから座れないが、その後ろの席あたりに座るってことだよな。
「せっかく来たんですしいきましょうよ」
「あ、ちょっと」
美月さんは俺の手を取って前の方に行く。
でも美月さんは気づいているんだろうか。前の方の足元がどんな状態になっているのかを。
俺たちが席に座ってから10分程経った後にイルカのショーが始まった。
トレーナーさんと息のあった演技から、花形のジャンプまで様々な技を披露してくれている。
「皆さん、このクゥちゃんはみなさんと一緒に遊びたいそうです。皆さんいいですかー?」
「「「いーいーよー」」」
そんな掛け声を返した後、イルカは水槽の端までやってきて大きく尻尾を動かして大きな水しぶきを観客にかけながら進んでいく。これがクゥちゃんにとっての一緒に遊ぶということなのか。
でもそんなことを考えていられたのも一瞬だった。前の方に座っていたため俺たちにも水がかかる。
水槽の中央の方を陣取っていたのでイルカがちょうど一番加速したタイミングに水がかかる。当然、他の場所よりも水がかかる。すなわち服がびしょびしょに濡れる。
分かっていた、分かっていたからこそここまでまえに詰めるとは思っていなかった。
だってここの足元は濡れているしここまで水が来ることが分かっていたからな。
隣りに座っていた美月さんの方を向くと、楽しそうな笑顔を浮かべながらイルカのショーを見ていた。まあ、この笑顔が見れれば十分か。
イルカのショーも終わり、次はどう進むのか話そうと美月さんの方を見たときに事件は起きた。
服がびしょびしょに濡れるところまでは予想ができていた。でも、その後までは予想ができなかった。
濡れた服が肌にひっつき、透けてしまっている。俺は急いで目線を反らす。仕方ない不可抗力なんだ。
ただ俺の行動を不審に思った美月さんが首をかしげる。
「あの、悠真さん?どうしました?」
「いや、その、、」
「はい?」
これは正直に言うべきか?言ったらこの場で美月さんが恥ずかしい目に遭う。もし言わなかったら色んな人に見られてしまう。
なんだかそんなことを考えたらモヤッとしたに何故か許せなかった。
俺はそっと自分の着ていたカーディガンを脱ぎ、美月さんの肩にかける。
「その、服が濡れて・・・」
「え、。あ、、。うぅぅぅぅぅ」
気づいた美月さんは顔を真っ赤にしながら方にかけられたカーディガンをしっかりと羽織った。
「仕方ないですけど下の売店で服を買って着替えましょうか」
「す、すみません」
「いや、イルカショーが楽しめたし結果オーライじゃないすっか」
俺たちはイルカショーの席を立って建物内にある売店に向かった。
美月さんの名誉のために見えたものがピンクだったなんて絶対に言わないと俺はここに誓おう。
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