第69話 お泊り《冬城美月視点》

 寝ていたはずの悠真ゆうまさんが勢いよく起き上がりました。私の反対側の手を何もない空間に伸ばしながら。

 起き上がった悠真さんは呼吸も荒れていて、ものすごい量の汗をかいています。私が慌ててしまうと悠真さんまで心配してしまうので冷静を装って声をかける。


「起きたんですね。おはようございます」

「お、おはようございます。この手は?もしかして近くに来た時につかんじゃってたりしました?」


 私に手を握られていることに気が付き、そのことについて聞かれました。


「違いますよ。悠真さんがうなされていたので私がその手を握ったんです」

「そうですか・・・」

「そうですよ。悪い夢でも見ましたか?」

「なんでも無いです」

「・・・そうですか」


 悠真さんは自分が無意識のうちに私の手をとってたと思ったらしいです。そんな風に思うほど悠真さんの精神状態は弱っている、いやさっきまで見ていた夢が悪い夢だったのでしょう。

 でも、それでも悠真さんは私には話してくれませんでした。私はまだ悠真さんにとっての拠り所にはなれていないようですね。

 今は落ち込むより、悠真さんの体調を治す方が大切です。


「今食欲はありますか?」

「はい、少しですけど」

「おかゆを作ったんですけど食べま、、」

「食べます」


 食い気味で答えてきました。お昼から何も食べていないようですし、余程お腹が空いていたのかもしれません。急いで温めて仕上げをしなくては。


「では温めて持ってきますね」


 そう言って立ち上がろうとすると後ろから力を感じて歩くのを止めました。後ろを振り返ると、私に向かって手を伸ばしている悠真さんがいました。


「ゆ、悠真さん!?どうしてんですか!?」

「え、あ。なんでも無いです。ごめんなさい、つい手が伸びてしまいまして」

「ついですか!?そんなこと」

「なんだかその背中が遠くに行ってしまいそうで」

「どこにも行きませんよ。ずっといますよ。でも、今からおかゆを温めに行きますけどね」


 そんな私に手を伸ばす悠真さんは、どこかに置いていかれて今にも泣きそうな少年のような顔です。私は自分に出来る限りの安心させるために手を握り、笑顔をつくります。


「じゃあ行きますね。そこで待っていてください」


 私は部屋を出てキッチンに立ちます。

 鍋の中に作っておいた塩粥を温めて少しネギを入れた後、仕上げに梅干しを真ん中に乗せます。これは私が風邪を引いたときにお母さんがよく作ってくれるものです。悠真さんのお口に会えば良いのですが。

 カウンターに置いてあったお盆をお借りして、鍋と取り分け用のお椀を乗せて悠真さんの部屋まで運びます。


「おかゆ持ってきましたよ」


 悠真さんは私の持っているお盆の上にある土鍋をずっと見つめています。


「あ、この土鍋ですか?建一けんいちさんがこのあたりの調理器具使っていいと説明を受けたので」

「あいつまた勝手に、いや、今回は仕方ないか」

「食材はここに来るときに念のため買ってきていたものです」


 冷蔵庫の中に何もなかったので買ってきておいて正解でした。夜はおかゆだったので大した食材は使っていませんが、明日の朝に悠真さんの食欲が通常まで戻っていたら使いますしね。


「じゃあ口を開けてください」

「え」


 私は土鍋からお椀におかゆを分けた後、そのままおかゆを悠真さんの口元に運びます。


「自分で食べれますって」

「だめです。風邪引いてるんですから言う事きいてください」

「でも、、、」

「早く口を開けてください。じゃないとあげませんよ」


 悠真さんが全く話を聞いてくれないので強硬手段を取りながらも、口に運び私が食べさせます。看病なんですからこれくらいしても大丈夫です。

 悠真さんは目を閉じながら口を開けてます。そんな姿を見たら、いけないことだと分かっているのですが、いたずら心が出てきて、悠真さんの口の中におかゆを運ばないで待ってみます。

 不思議に思って悠真さんが目を開けました。


「やっと目を開けてくれました。目を瞑らないでください」

「でも、恥ずかしい、、、」

「ダメです」


 恥ずかしいことなんて知ってますよ。だってこんなことしている私も恥ずかしいんですから。

 その後も悠真さんがやけどしないように冷ましながら最後まで私が食べさせていました。


「汗もかいているでしょうしお風呂に入ってきてください。湯船にお湯を張っているので」

「あ、はい。ありがとうございます」


 さっき起きたときにも大量の汗をかいていたのでシャワーを浴びてスッキリするのが良いかもしれません。


「じゃあ入って来ます。家の鍵は開けっぱなしでいいですよ。あとお風呂から上がったら閉めますので」


 あれ?言ってなかったのでしたっけ?


「何言っているのですか?悠真さんがお風呂から上がるまで待ってますよ」

「早く帰らないと親が心配しますよ」

「いえ、何か勘違いしてませんか?私、今日悠真さんの家に泊まりますよ」

「・・・え?」


 悠真さんの脳は情報の処理が追いついていない様子です。


「あ、聞き間違いか」

「聞き間違いなんかじゃないですよ。私は今日悠真さんの家に泊まって看病します。着替えも持ってきているので安心してください」


 着替えは美由さんのですし、布団は健一さんの家から持ってきたものですけど。


「先にお風呂に入ってきてください。私もその間に色々準備をしてますので」

「あ、ハイ。イッテキマス」


 リビングに持ってきた布団を敷いて、美由さんからもらった着替えを用意します。お風呂場からは悠真さんが入っているのでシャワーの音が聞こえてきてドキドキします。

 看病という前提で誤魔化していましたが、改めて好きな人の家に泊まるという状況を実感して緊張しています。

 こんなことを思うのは体調を崩している悠真さんに失礼ですが、


 神様、ありがとうございます。

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