第62話 定期テスト三日目

 いつもより遅い時間に起きてシャワーを浴びる。朝食は買い置きしていたパンを口の中に放り込んで家を出る。

 俺は歩きながら勉強をする、なんてことはしないでただ黙々と歩いていた。時間がギリギリということもあり、周りに同じく学校に向かう生徒はいない。

 急ぎながらも走ることはしないで学校に向かう。俺が教室のドアを開けたのはチャイムとほぼ同時だった。

 朝のHRでの諸注意も終わり一教科目のテストが始まるまでを待っている時間に俺の席まで健一けんいちがやってきた。


「珍しいな、悠真ゆうまがこんなギリギリに来るなんて」

「寝坊したんだよ、忙しい日が続いて疲れでも溜まってたんだろ」

「うん、心当たりしか無いな」

「お前のせいじゃねぇよ。まあ、そう思うならテストで点を取ってもらいたいもんですね」

「う、頑張ります」


 俺が寝坊したことに少しばかり責任を感じている健一を否定する。いや、ほんの少しだけかもしれないが今言うことではないだろう。


「もうすぐ始まるし席に戻っとけよ」

「ああ。あ、今日の昼飯もお前の家で食べていいか?」

「今日か。すまん、ちょっと今日はパスで」


 テスト期間や午前授業の日は毎回と言っていいほど健一と昼食を取っていた。店で食べてくるのと俺の家で食べるのが半々くらいだ。家で食べるのは料理をする手間があるけど食費が浮くからな。学生の財布事情的にこうなってしまう。

 ただ、今日は俺の諸事情で一緒に食べることは出来ない。


「まじか、大丈夫だと思って美月みつきさんまで誘っちゃってるんだよ」

「そうか。悪いが今回は三人で楽しんでくれ」

「分かった。悠真もいないし面白そうな話ができそうだしな」

「あんまり俺のことを話すなよ」

「うん、約束できない」


 なんでだよ。そのノリで出る言葉は了承の意味の言葉しかないはずなんだよ。まあ、健一と美由みゆがいるわけだし何か盛り上がるのは分かっていたがな。美月さんの良心が止めてくれることを願おう。

 なんだか視線を感じると思ったら目の前にいる健一が俺のことをガン見していた。


「なんだよ俺にそんなに熱視線を飛ばして」

「いや、なんでもない。美月さんが来るって言ってるのに乗ってこないのが意外だっただけだ」


 なんだか含んだような言い方をする健一が不可解だったが特に言うこともないのでそのままそれぞれに席に着いた。

 数分後、試験監督の小林こばやし先生が数学Aのテストを持って入ってきた。


「テスト始めるから席に着け」


 その言った直後テスト用紙が配られた。俺は目の前に集中しようとするが上手く頭が働かない。それでもゆっくりだが問題を解き進めていく。

 テスト時間が残り十分となったところで問題が一通り解き終わった。俺は解き終わった問題用紙を机の端にまとめて机の上に突っ伏して仮眠を取り始めた。


「おい、起きろ。寝たままだと頭が働かないぞ」

「ん?あ、健一か」

「そうだよ。珍しいな、お前がテストで寝るなんて。模試を受けたときも寝てなかったのにな」


 いつの間にかテストが終わって休み時間になっていた。休み時間になっても目を覚まさない俺を不思議に思って起こしに来たんだろう。


「俺に言ったのに徹夜でもして寝不足なのか?」

「まあ似たようなもんだ」

「お前がなんで今日来れないのか知らないが、ちゃんと寝ろよ。家帰ったら昼寝でもしたらどうだ」

「そうしようかな」


 自分が散々言われたのに寝不足のような状態になってる俺に言いたいことはあるんだろうが俺のことをみてそんなことを言う必要がないと思ったのか、はたまた自分の事を掘り返すようで嫌だったから言わなかったのかは分からないが、これ以上俺に何か言ってくることはなかった。


 全教科のテストが終わり、学生たちはテスト勉強というものから開放された。


「ねえ、今日の帰りスタバ行かない?」

「いいね」

「なあ、ゲーセン行こうぜ」

「ストレス発散にカラオケでも行くか」


 クラスの奴らは思い思いに開放感を味わうべく遊ぶ計画を立てていた。俺はそんなクラスメイトをよそに急いで帰りの支度をし、教室を後にした。


「お、じゃあな悠真」

「じゃあな」


 教室を出るときに挨拶された健一に返しながら。


 エントランスを抜けエレベーターに乗り込み、俺は自分の家の前に着いた。鞄の中から鍵を取り出して玄関の鍵を開ける。

 中に入ったときに集中が、緊張感が抜けて安心したのか急にが目に見えるように現れた。

 俺はテスト二日目から、健一の看病をしたときにうつったであろう風邪を発症していた。責任感の強い建一は俺が体調を崩していることを知ったら責任を感じるだろう。

 今日まで乗り切れたので、明日からは休みだし休みの間に治してしまえばいい。

 俺は無理をしてテストを受けたからか、玄関で俺の意識は途絶えた。


『お兄ちゃんどこ』

『ここだよ』

『どこにも行かないでね。手を繋いでてね』

『分かってるよ。花音かのんの側にいるよ』


 目を覚ますとそこは俺のベッドの上だった。懐かしい夢を見たものだ。花音が風邪を引いて母さんが緊急の仕事が入って俺が看病したんだっけ。

 俺が側に行ってから花音の顔色が良くなったことを覚えている。風邪を引くと精神も弱ることがよくある。だから看病してくれる人が居てくれるっていいことだな。

 今もキッチンからいい匂いがする、こんな風に看病してくれる人が。俺は再び布団をかけて眠りについた。

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