第52話 あの丘の上での告白

「こんな感じかな。昔とは全然考えも接し方も変わったんだ」


 俺はところどころ隠しながら中学生のときに起きた出来事を話した。隣を見ると美月さんが無言で下を向いていた。やらかした。俺のことを心配して話しかけてくれたのにこんなに重い話を急にしてしまった。


「そうなんですね・・・」

「ご、ごめん。急にこんな重い話しちゃって。困るよね、忘れちゃっていいから」

「いえ、忘れませんよ」


 美月みつきさんは真剣な目付きこちらを向いていた。そして、俺に向かって一言、


「無理しないでくださいね」


 微笑みながらそう言った。

 俺はその微笑みから目が離せなかった。そして美月さんは更に俺に近づいてきた。そして俺の頭を自分の胸に引き寄せた。そのまま俺の頭を撫でて来た。彼女はそのまま耳元に口を寄せていった。


「頑張りましたね。お疲れ様」


 あたたかい美月さんの優しさに包まれた。俺の目元からは涙が溢れてきた。美月さんの服を汚すわけにはいかないので涙を止めるように努力した。


「我慢しないでください」


 そう言われてもうだめだった。俺は彼女の言葉に従うように涙を流した。彼女の胸の中で涙を流した。


 俺はこの人のそばに居たいと再確認した瞬間でもあった。




「本当にすみませんでした」


 俺は涙が止まった後、美月さんに対して深く頭を下げた。鼻水まで出しながら汚く泣いたわけでは無いのだが、美月さんの涙の跡が残ってしまった。このままみんなのもとに戻るわけにもいかないだろう。


「よかったらこれ着てください。俺、今寒くないんで」

「あ、ありがとうございます」


 俺は自分の着ていた上着を美月さんに渡した。上着自体は男性も女性も使えるデザインなので問題はない。少しの問題を除けば。

 俺とでは身長差がありすぎるためブカブカの上着を羽織っている。そんな俺の上着を羽織った美月さんの姿はなにか胸に刺さるものがあった。


悠真ゆうまさんの匂いがします」

「う、ごめんなさい」

「なんで謝るんですか。悠真さんに包まれている気がしてドキドキしますよ」


 俺のものだから俺の匂いがついている。家で食事をした時に嫌な素振りを見せていなかったので匂いについては大丈夫だと思うが心配になってしまう。

 あと単純に好きな人が俺の上着を着ることに緊張してしまっている。


「美月さんの服を汚してしまったのでその服を着たまま戻ってください。デザインは女性でも使えるものなので大丈夫だと思います」

「でも悠真さんはどうするのですか」

「俺は大丈夫です。こんなに迷惑かけてしまったのですから少しでもお返しさせてください」


 俺はもしこのまま一人だったらまた閉じこもってしまうことになったかもしれない。そんな俺を助けてくれた美月さんに恩を返したい。


「そんな、迷惑だなんて思っていませんよ。それに約束したじゃないですか、一緒に星をみるんだって」

「そうだったね」

「私は悠真さんと一緒に居たくてここに来たですから」


 そんな美月さんの言葉に心臓が激しく鼓動を打った。そんな言葉一つで感情が揺れ動く、それだけ彼女の存在が俺の中で重要なものになっていた。


「それにみなさんが肝試しに行っているので暇でしたので」

「あ、そうですよね」


 危ない、勘違いするところだった。俺と二人きりになりたくてわざわざ来てくれたのだと勘違いするところだった。


「そろそろ戻りますか?肝試しも終わるような頃合いですし」

「嫌です」

「え」


 スマホの画面を開いて今の時間を確認してみると俺がここに来てから結構な時間が経っており、肝試しの終わる時間が近づいていた。

 そろそろ美月さんも友だちと合流するのだと思い合宿所に戻ろうと提案したのだが俺の服の袖を指で摘みながら拒否された。


「もう少し一緒にいても良いですか?」

「は、はい」

「ありがとうございます」


 美月さんからの誘いを断れるわけもなくまだこのままこの丘にいることになった。


「見てください、流れ星ですよ」

「え、ホントだ。願い事しないと」


 美月さんの指さした方向を向いてみればそこには流れ星が一つ降っていいた。慌てて願い事をしようとするが叶えたい願い事が出てこない。そんなことをしている間に流れ星は夜空に消えていった。


「ちゃんと願い事しましたか?」

「う、すぐに思いつかなくてその間に流れ星は消えちゃったから出来てない。美月さんは?」

「私は出来ましたよ」


 そう言って胸を張る美月さんがとても可愛らしかった。それは置いておくとして、美月さんが何を願ったのか気になったので聞いてみることにした。


「どんな願い事をしたの?」

「それは・・・」


 美月さんは少し考える素振りを見せた。俺には話しにくい内容だったのだろう、俺はすぐに謝罪した。


「言いにくいことだったよね・・・」

「勇気です。私に勇気をくださいとお願いしました」


 そう言った美月さんは俺の方を向き直して立ち上がった。俺はそんな美月さんのことを見上げていた。


「私に勇気がないからここまで先延ばしにしてしまったのです」

「ごめん、話が見えないんだけど」

「少し聞いてもらえますか?」


 美月さんは真剣な目で俺の方を見ている。俺はそんな美月さんのことを見つめ返すことしか出来なかった。


「私は救われました。取り繕っている冬城美月わたしが求められているのであって素の冬城美月わたしが求められているのでは無いと思っていました。でも悠真さんたちと一緒に過ごすようになって、素の冬城美月わたしのことを好きだと言ってくれる人がいることを知りました」


 美月さんは思い出すように語る。その言葉を聞きながら俺の鼓動は強く、速く、激しくなっていく感じがした。


「そして、そんな冬城美月わたしずっと一人の男性のことを頭の中で考えていました。見かければずっと目で追ってしまいますし、一緒にいるだけで緊張してしまいます。そして、その彼のことを考える度にある気持ちが大きくなっていくことを感じました」


 美月さんは願い事をする時のように胸の前で指を絡めて手を握り、頬を少し赤らめて言った。


高橋たかはし悠真ゆうまさん、あなたのことが好きです」


 そう言われて俺は声が出なかった。


「返事はいりません。悠真さんが私の事を好きになった時に下さい。いつまでも待ってますから」


 そう言って美月さんは俺まみの前に手を伸ばした。


「合宿所に戻りましょうか」

「は、はい」


 俺は伸ばされた美月さんの手を取り立ち上がった。

 合宿所までの帰り道、お互いに喋らなくて気まずい展開になる・・・なんてことはなく、今日のあったこととか最近ハマっていることとかの話題で盛り上がっていた。


「あ、ひとついいですか?」

「ん?どうした?」

「私いつまでも待ってますと言いましたけどいつまでも悠真さんのことを好きだと言ってませんからね」

「え、」

「せいぜいもう好きじゃないかもしれないなんてドキドキしながら返事してください!!」


 そう言って美月さんは合宿所の中に入っていった。その後ろ姿を見ながら俺は


「うん、できる限り早く答えを見つけて返事するよ」


 そう呟いた。


 合宿所の上には満天の星空が広がっていて、ひとつの流れ星が降っていた。


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