第51話 心機一転
俺が学校に行かなくなってどのくらい経っただろうか。俺は未だに一歩も家から出られずにいた。誰からどんなメッセージが来ているのか怖くてスマホも触れていない。だから今日が何日なのか、どのくらい時間が経っているのか分からないでいた。
「
「・・・」
「ちょっといいかい?入るぞ」
「・・・」
そう言って俺の部屋に入って来たのは父親だった。俺の父親は同年代の父親と比べて若い。父さんは何でも出来る。この町には父さんの面影がいたるところにある。
俺はそんな何でも出来てしまう父に憧れてもいた。だから、憧れていた父に落胆されることが怖くて父とは一回も顔を合わせていなかった。
「ちょっとだけ父さんの昔話をしようか」
「・・・」
俺が寝ているベッドにより掛かるように座った父さんが俺に語りかけるように話を始めた。俺は父さんに返答しなかった。今父さんの話を聞いたらもっと落ち込んでしまう気がしたから。
「父さん、昔不登校だったんだ」
「・・・え!?」
「お、やっと声を出してくれたね」
父さんが不登校だって?そんなことありえない。あんなに何でも出来る父さんが不登校だなんて信じられる訳がない。
「何もかも嫌になって自暴自棄になった期間があったんだ。それで学校にも行かなくなった」
「・・・」
「でもな、父さんはその時のことを全く後悔していない」
「え、、」
後悔していないだって?そんなことあるはずがない。俺は今、周りの人たちが怖いのと同時にこんな風に部屋にこもったことを後悔している。こんな風に今まで積み上げてきたものが全てなくなってしまったことが。
「俺はこのまま悠真が学校に行かなくたっていいと思う」
「は?何言ってるの父さん」
「学校っていうのは学ぶ場所だよ。そんな場所で学びたいことが無いなら行かなくてもいいと思う」
「じゃあ高校は」
「高校は義務教育じゃないんだよ。それこそ学ぶ必要がないのに行く必要がないよ」
なんだか拍子抜けだった。俺は今日父さんに学校に行けと説得されると思っていた。それなのに説得するどころかこのままでいいとまで言われた。
でも、俺はこのままでいいはずがないことに気がついている。
「ねぇ悠真、悠真は何がしたくて何になりたいんだい?」
「俺は、、、」
俺は何がしたいんだろうか。俺は何になりたいんだろうか。俺自身にもわからない。答えがわからない。でも、今この瞬間に何がしたいかは決まってる。
「俺は、この部屋、この家の外に出られるようになりたい」
「そうかい。じゃあ父さんたちはその手助けをするからね」
俺はこのまま引きこもってはいたくない。なにか自分のことを変えたい。この自分に自信を持ちたい。
「ただ、父さんは無理する必要はないと思うよ」
「え、息子がこんなに頑張ろうとしてるのに?」
「だってそんな簡単に割り切れる話だと思っていないからね」
「う、、」
実際そんなに簡単に切り替えられていたら今の状況になっていない。じゃあ俺はどうしたらいいんだよ。
「簡単なことだよ。割り切らなければいい」
「は?」
また父さんが変なことを言い始めた。
「というか忘れることがないようにしなさい。これは心が強い弱いの話では無い」
「じゃあどうすればいいんだよ」
このままでいいわけがないだろ。父さんの言う通りだったとして、俺はどうしたらいいんだよ。そして、父さんは優しく俺に言った。
「相手を見つけなさい」
「相手?」
「ああ、悠真自身が信じられる相手。自分のことを全て任せられる信頼出来る相手を見つけなさい。それだけで心に余裕を持てるようになるからね」
そんな人出来るわけがない。父さんは俺の事をからかっているのか?俺は自分のことを信じられなくなって今ここにいる。そんな俺に信頼出来る相手なんてできるはずがない。
「だからこそ信頼出来る相手を見つけるんだよ。それに悠真は私たち家族のことも信頼出来ないかい?」
「そんなことない」
「ほら、すぐに答えられたじゃないか。悠真は人のことを全く信じられなくなったわけじゃないんだよ」
父さんに母さん、
「悠真には今後、私たちより信頼出来る、一緒にいることが楽しくなる、そんな人が出来るよ。もし、その人に出会う前に辛い思いをしたのなら私たちを頼りなさい。家族なんだからもっと迷惑かけていいんだから」
そう言って父さんは俺の頭を優しく撫でた。そしてハンカチを渡してきた。
「ほら、泣かないよ。人にそう簡単に涙を見せないようにしないとね」
改めて人の優しさに触れて、今までつっかえていたものが取れて何かが溢れてきたような気がした。そして自分でも気がつかない内に涙を流していた。
「それで、悠真は今後どうすることにしたんだい?」
「学校には行きたい。でも、今みんなに会ったらって考えると怖い」
「では高校から行くことにしようか。それもここから離れた場所かな」
父さんは俺がしたいことが出来るように色んな提案をしてくれた。その後母さんも入れて話をした。
「母さん、俺学校に行こうと思う」
「そう・・・ゆーちゃんがそう決めたならそれでいいわ。でも怖いの、ゆーちゃんがまたこんなふうになるかもって思うと」
「だから高校から行こうと思うし地元じゃないところに進学しようと思ってる」
母さんには学校に行くことを反対されたが、地元では無く心機一転できる場所で通い始めると言ったら了承された。ただ、どの高校に行くのかは母さんと父さんで決めさせてくれと言われた。学費を出してもらうし無理言って通わせてもらうのだ。そのくらいのことはされるだろう。
それから時が過ぎて父さんと母さんから話がされた。
「ゆーちゃん、高校なんだけど
「分かった。そこの高校に入学する」
「私から条件をいくつかつけてもいいかな?」
「うん?良いけど」
父さんからの提案は正直驚いた。普段からこんなことを言う人では無いからだ。
「と言っても簡単なものだよ。まず一つ目は夏休みや冬休みとかの長期休暇ではこっち帰ってくるか私たちがそっちに行くかをしてしっかりと会う時間を作ることだね」
「そんなことか。元々長期休暇くらいは帰ってこようと思ってたから大丈夫だよ」
「どうかしら。ゆーちゃんってば彼女さんでも作って帰って来れないとか言いそうだもん」
「母さん!?何言ってるの」
こんな真面目な話をしている時も母さんは俺の事をからかってくる。ただ、このからかいはいつもと違う。何故かそう思った。
「それともう一つ、マンションの部屋は私たちで選んだけどこの部屋は一人で住むには少し広いんだ」
「うん?話が読めないんだけど」
「そうだろうね、何かあった時に私たちがそこで過ごせるように広くしたんだ」
どういうことだ?条件についての話と全くと言っていいほど繋がらない。
「もし、部屋が汚くなったり学校で何かあった場合は私たちも一緒に住んで監視することになるからね」
父さんの言葉を聞いて肩に入っていた力が抜けた。
「分かってるよ父さん、ちゃんと身の回りの事はする。学校でも問題を起こさない」
「えー、ゆーちゃん部屋汚くしてもいいんですよ。そしたらゆーちゃんと一緒に住みますから」
「そんな事しないよ」
「そんなの寂しいです。ゆーちゃんの一人暮らしは早すぎます」
さっき母さんからからかわれた時に変だと感じたのは母さんが寂しかったからなのかもしれない。
「まあまあ、悠真がしっかりすることはいい事じゃないか。それを見送ってあげるのも親の役目だよ」
父さんは母さんのことを宥めながら俺の事を送り出してくれる。そんな父さんの意を無下にしないためにもしっかりしなくてはと改めて思った。
そして俺は高校に入学するために家を出た。引越し作業が終わって父さんたちが帰る時にも母さんは「ゆーちゃん、やっぱり私も住むわ」などと言い始めて残ろうとしたので父さんに引き取ってもらった。「毎週、顔見せに帰ってきてちょうだい」なんて無茶まで言われた。
俺の高校生活は新しい土地、新しい人、新しい環境で始まった。
「よし、がんばるか」
そんな俺の意気込みは夕日と一緒に空に溶けて消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます