第50話 そして俺は・・・

 俺が生まれてからずっと住んでいる家。その家の中の見慣れた一部屋。俺はその部屋のベッドの上で寝込んでいた。熱があるわけでも体調が悪いわけでもない。それでもベッドから起き上がれずにいた。


「ゆーちゃん、体調は大丈夫?学校はどうするの?」

「行かない」

「・・・そう。分かった。学校には体調が良くないって伝えておくから」


 母さんは俺が学校を休んでから毎日声をかけてくれている。俺はそんな母さんにも冷たい態度をとることしか出来なかった。


「じゃあ行ってくるわね」

「・・・」


 そう言って母さんは仕事のために家を出る。俺はバツ悪くなったなったのかそんな母さんの言葉を無視する。そしてまたベッドの中に引きこもる。

 人間の身体は不便だ。なにもする気もなく、なにもしていないのに腹が減る。俺はそんな減った腹を満たすために部屋を出て一階に降りる。この行動が出来るようになったのも三日前だ。

 リビングに入る扉を開けると、テーブルの上に母さんが作っておいてくれた料理とメモが置いてあった。


『温めて食べてください。奈々』


 そんなメモを見て申し訳ない気持ちが溢れてきた。俺はぎこちのない動きで電子レンジまでいき料理を温める。温かい料理が俺を、俺の冷え切った心にひどく沁みた。


 俺が何をしたっていうんだよ。なんで俺がこんな目に遭うんだよ。


 俺はこの数日間ずっとこんなことばかり考えていた。そんなことを考えているとインターホンが鳴った。花音かのんが帰ってきたのかと思い確認してみるとそこに写っていたのは勇琉たけるだった。

 勇琉の姿を見て胸が痛んだ。勇琉は俺が休んだ日からほぼ毎日学校帰りに俺の家に来てくれている。どうやら今日は学校が早く終わる日だったらしい。


「今日も出てくれないか、、」


 そう言って学校から受け取ったであろうプリントをポストに入れて帰った。

 俺は急いで自分の部屋に戻った。理由は単純、勇琉を無視した罪悪感からである。あの場にいたらただでさえ弱ってる心が耐えられる気がしなかった。そして、そんな姿を妹の花音には見せたくなかった。

 俺は休み始めてから一度も花音と顔を合わしていない。花音の前では自慢の兄になれるように過ごしていた。だから失望されそうなこんな姿を絶対に見られる訳にはいかない。


「ただいま」


 玄関が開いて元気の良い声で花音か家に帰ってくる。俺は自分の部屋に引きこもる。そして、自分の精神ごと黒い何かの中に引きこもった。




 俺が休み始めたあの日、家を出ようとして玄関の扉に手をかけたのに開かなかった。そして俺は母さんを呼んだ。


「母さん、扉が開かない」

「え?」


 そう言って母さんが玄関を開けようとすると簡単に開いた。


「何言ってるのゆーちゃん、普通に開くじゃない」

「そんなこと・・・」


 俺はそのまま母さんを追いかけようとした。でも足が動かなかった。


「どうしたのゆーちゃん?」

「足が動かない」


 俺はこうして学校を休んだ。


 どう頑張っても玄関の扉を開ける手が動かなかった。家を出るための足が動かなかった。


 周りからの視線が怖かった。周りの人からの慰めの言葉が全て嘘に思えてしかたがなかった。そんな学校から逃げたくなったのが原因だったのかもしれない。




「ゆーちゃん、ご飯はどうするの?」


 母さんのそんな声で悪夢から返ってきた感じがした。ずっと周りに嘲笑われている、そんな悪夢から。自分の身体を見てみると汗まみれだった。まただ。最近はこんなことばっかだ。


「ご飯部屋の前に置いとくの?」

「・・・」

「置いとくわね。また顔を見せてね」


 母さんは俺が何も言わなくても察して行動してくれている。でも、俺はそんな母さんとも顔を合わせられていない。

 俺は部屋の前に置かれた食事を受け取り食べ始めた。


 やっぱり温かいご飯は俺の冷え切った心にひどく沁みた。




「お前は犯罪者だ」

「あの先輩だよ、このまえ電車で痴漢したって先輩」

「え、バスケ部の先輩じゃん。あの先輩この前応援に行ったけどそんな感じだったなんて」


 教室に入ると俺の机にはなぐり書きで書かれていた。

『この犯罪者』

『クラスの面汚しが』

『死ね』

 こんな言葉で机が机全てが埋まるほどに。自分のロッカーを開けるとそこからはゴミがなだれ出てきた。中に入れていた教科書も破られていた。

 目の前にバスケ部のみんながやってきた。


「みんなで頑張ろうってときに問題起こしやがって」

「先輩がそんなことするなんてがっかりです」

「もう二度と顔見せないでください」


 バスケ部のみんなが真ん中を開けると勇琉と瑠偉るいが目の前に来た。


「お前の事は信じてたよ。でもこんな事するやつだとは思わなかった。もうがっかりだよ。二度と俺の前に現れないでくれ」

「悠真先輩、先輩がこんな事するなんて思ってませんでした。でも、もう一度やってしまったら無理ですよ。もう先輩の後輩でいるの嫌です。さようならです」




「・・・ハッ」


 俺は息が荒れたまま悪夢から目が冷めた。まだ深夜二時だ。休んだあの日からずっと見る悪夢。俺はこの悪夢に永遠にうなされる、そんな気がしてもう一度ふ布団にくるまった。そんな俺の手は、身体はものすごく震えていた。そして一言口から漏れた。


 だれかおれをたすけて


 そんな俺の声は夜の町の中に消えていった。



タイトルつけ忘れてました。すみません。

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