第6話 僕はモンスター食材に心を奪われた

 思い返せば、きっかけは何だっただろうか。

 

 『神田 祭かんだまつり』が始めてそれを経験した時のことは今でもはっきりと覚えている。

 あれは僕がまだ小学生の頃だったか。実は僕の身内には探索者が一人いた。僕の母親の妹、つまりは叔母にあたる人物で国内外問わずあちこちのダンジョンに自ら赴いては探索するような生活を送っている人だった。

 ちなみに叔母さんに直接「叔母さん」と言うとなんか非常に怒られる。だからいつもは「姉さん」と呼ばされているのだ。


 ある日、その……叔母さんがとあるモンスターのドロップアイテムを持って家にやって来た。

 何でも、とあるモンスターの珍しい部位のドロップアイテムだったらしく、折角だから姉家族である僕達と一緒に食べようと持ってきてくれたのだった。

 その頃の僕は、モンスターはもちろんのこと探索者やダンジョンなんかには全然興味が無い少年だった。一番嵌っていたのは近所にある食べ歩きスポットで何が一番美味しいかを考えること。

 ダンジョンについては、ニュースで報道されていても視線すら向けないぐらいには興味は希薄だったと思う。


 でも母さんが調理して出てきたソレを一口食べたとき――僕は一口でその料理の虜になっていた。


 叔母さんが持ってきたのは見た目はまんま『赤身肉』といった感じのドロップアイテムで、特に霜降り肉だと高級そうなお肉とかじゃなかった。

 でもその味はこれまでに食べたどんな肉よりも美味しく感じられた。赤身肉なのにびっくりするぐらいジューシーで、噛む度に旨味が溢れ出してくるようだった。しかもその旨味は何度味わっても飽きることなく、むしろ後からどんどん食欲を刺激するスパイスのようでもあった。


 元々食べることが好きだった僕だけど、その日の夕食は一言も喋らず欠食児童のように一心不乱に目の前の料理を食べていたらしい。

 僕自身は食べている間のことを覚えてないんだけど、あとで余ったら持って帰る予定だったらしい叔母さんが泣いていたとか何とか、後で聞いた気がする。

 まあ気にすることじゃ無い。僕の前にあの食材を持ってきたことが運の尽きだと思って諦めてもらった。


 その後も時々、叔母さんはモンスター素材を持ってきては母さんが調理して僕達に振舞ってくれた。

 そのどれもが食べる度に僕の味覚を覚醒させるように刺激して、ダンジョンと、そこに現れるモンスターへの興味を煽った。

 

 そしてそれが片手の指の数を超える頃には、僕は完全にモンスター食材に心を奪われていた。


 そして次第に自分でそれを獲りに行きたいと思うようになり、何とか家族の説得をし叔母さんの協力もあって無事に探索者になることが出来た。


 全ては美味しいモンスターを食べるために!!――





 所変わって、中層から移動した僕等はダンジョンの上層まで戻って来ていた。

 そして適当にキャンプを張ってそこでガトリングマッシュを調理する為の準備を行っている。


「ふんふん、ふふ~ん♪」


「……あの、まつりさん。もう一度お聞きしますが、本当にあのガトリングマッシュを食べるんですの……?」


「もちろんですよ! 今日はその為にここまで来たんですから!!」


 このダンジョンは近場とは言ったが、昨日まで探索していたレベル5ダンジョンと比べると些か距離が遠い。

 放課後という限られた時間の中でそうまでしてこのダンジョンに来たのは、全てはこのガトリングマッシュを食べるため! 

 これを食べずして帰るなんてトンデモない!!


「そうなんですのね……」

 

 どうして鳳月さんがまな板に揚げられた魚のように全てを諦めたような表情をしているのか甚だ謎だけど、まあ食べてみればその表情も一変するだろう。

 ふっふっふ、このガトリングマッシュはそれぐらいの可能性を秘めたモンスターなのだ。

 今に見てるがいい、その心をモンスター食材への興味で埋め尽くしてやろう!


「さて、準備完了ですね! ではガトリングマッシュの調理に入っていきたいと思います!」


「ですわ~……」


「はい、まずは収納袋からガトリングマッシュを一体取り出します。そして取り出したガトリングマッシュの傘と柄の部分を切って分けましょう!」

 

 僕は同じく収納袋から取り出した包丁とまな板を使ってガトリングマッシュを捌いていく。

 ちなみに鳳月さんは今は見ているだけだけど、折角だから手順を覚えて貰って後で手伝ってもらう予定だ。

 それなりに数もあるし、それに何よりやっぱり料理は食べるだけじゃなくて自分で作った方が美味しさも一入だもんね!


「続いてそれぞれに別の調理を施していきます。まず傘の方にはまだ胞子が残っていますのでこちらに用意した炎の中に突っ込んで胞子のみを焼いていきまーす!」


「……!?」


「それからこっちの柄の方は、このままだと固くて食べ難いのでこっちの棍棒で繊維を解していきます!」


「――ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいまし!?」


「はい? どうかしましたか?」


 何やらいたって普通の調理風景を信じられないようなものを見る目で見ている鳳月さんから待ったが入る。

 特に変なことはしていないはずだけれど、何か分からないところでもあったのかな?


「い、色々と気になるところがあり過ぎてどこからツッコんでいいのやら分かりませんが――まずっ! どうしてモンスターがに死体の状態を保ってるんですの!?」


「ああ、そこですか」


「ええ、中層でモンスターをガトリングマッシュを倒した時から気になっていましたがどういうことですの? 通常モンスターは倒されるとドロップアイテムになってしまうはずです。あの時は多少時間差があるのかと無理矢理納得しましたが、これは明らかにそれでは説明が付きませんわ!」


「別に特別なにかをしている訳じゃありませんよ。単純にスキルの力を使っただけです。<解体>ってスキルなんですけど鳳月さん知ってますか?」


「<解体>、ですの? 確かにその名の付いたスキルは知っていますわ。ですがあのスキルはドロップアイテムの回収を手助けするだけの、言ってはアレですが使い道の少ないスキルだったと記憶していますわ」


「ああ、確かにレベルが低いうちはそれぐらいの効果しかありませんでしたね~」


 スキル<解体>は、最初の内は討伐した後のモンスターに使用するスキルだ。そうすることで、モンスターがドロップアイテムになる時間を短縮し瞬時にドロップアイテム化することが出来る。

 しかしスキルにはレベルが存在する。使い続けることでレベルは上がっていくのだが、この<解体>はそのレベルを上げることで使い方が一気に化ける。


「<解体>はレベルを上げるとにも使用可能になります。そしてそれを使うと、モンスターは討伐してもドロップアイテム化せずにその身体を留めておくことが出来るんです」


「そ、そんな効果があったなんて知りませんでしたわ……もしそれが本当なら探索者業界どころか世界中に革命が起きますわよ!? これまでどんな大型モンスターを討伐しようともドロップアイテムという形でしか採取することが出来なかったモンスターの素材が一体丸ごと使えるようになるんですもの!!」


 大興奮している鳳月さんを尻目に僕はガトリングマッシュの調理を進める。

 便利な炎と棍棒を使えばそれぞれの部位の下処理はあっという間に終わる。それからそれぞれの汚れを水で洗い流し、布で水気をふき取る。


「今回はあまり時間も無いのでシンプルに『焼きガトリングマッシュ』にしましょう。手っ取り早いし、これでも十分に素材の味を楽しめて美味しいですからね!」


 収納袋から今度は大きめの七輪を取り出してこっちは普通にチャッカマンで火を点ける。そこにガトリングマッシュを食べやすい大きさにカットして乗せていく。

 サイズがビッグなガトリングマッシュも一匹丸々焼くことが出来る僕の愛用している七輪だ。そんなサイズの七輪を追加で四つ取り出して合計で五つの七輪でガトリングマッシュを焼いていく。

 こうして少しだけ時間をずらして焼くことで、一つ食べ終えるとすぐに次を食べる事ができるという最強コンボが完成する。


 すると少しして辺りに香ばしい良い匂いが漂い始める。


「――あら? 何やら良い香りが……」


「鳳月さん、そろそろ一匹焼き終わりますので一緒に食べましょー♪」

 

 いい感じに焼き目が付いてきた頃合いでガトリングマッシュの表面に刷毛でこれまた持ち込んだ醤油を塗る。

 すると焦がし醤油の匂いが加わり更に食欲を刺激する香りが爆発的に辺りを包み込んだ。


「香りは、香りは良いんですのよっ……? ほ、本当に食べられるんですのよね?」


「疑り深いですね。じゃあ最初は僕が食べてみせますから――」


 まあさっきまで生きてい動いていたモンスター食材だからね、少し抵抗があるのかもしれない。実際に解体する現場とかを見ているとこれまでは普通に食べていたお肉が途端に食べ辛くなってしまうアレだ。

 仕方ないので「それじゃあ」と僕はガトリングマッシュに手を伸ばす。というかさっきから強烈な匂いに我慢の限界が来ていた。


 切り身から滲み出した豊富に旨味を含んだ水分が七輪の熱で弾ける姿は早く食べてくれと誘っているようにさえ見える。

 一つ掴んで口の中へ運べば――


「はぁ……うっま……」


 うんうん、やっぱり醤油を塗ってただ焼くだけというシンプルな調理でも十二分にガトリングマッシュの旨味を引き出すことが出来ている。

 そりゃあどんなに美味しくて高級な料理が生まれようとも単に焼くだけのBBQが無くならない訳だ。

 こういう調理でしか味わえない美味しさというものも存在するのである。

 僕は箸が止まらなくなりガトリングマッシュの切り身を次々と自らの口の中へ放り込んでいく。

 そしてあっという間に一匹の半分程を食べ終えてしまった。


「どうですか鳳月さん。普通に食べられるでしょう?」


「た、確かにですわ……」


「……別に無理にとは言いませんよ? 無理して食べても楽しくないでしょうし、何より美味しく感じられないのは勿体ないです」


「……いえ、頂きますわ」


 そう言うと鳳月さんは網の上から一切れのガトリングマッシュを掴み取る。

 切り身とにらめっこするように少しの間逡巡していた鳳月さんだったが、意を決したようにそれを口内に入れた。

 そしておっかなびっくり噛み砕いていく。

 すると、途端に目を大きく見開いて心底驚いたような表情を浮かべた鳳月さんは口の動きが早くなりあっという間にそれを嚥下した。


「うっまあぁぁーーですわ!! 本当に美味しいですわ! 私特段キノコが好きという訳ではありませんでしたが、これなら幾らでも食べられてしまいそう! 癖の無い味で旨味とキノコ本来の味がダイレクトに伝わってきますわ!!」


「気に入って貰えたみたいでよかったですよ~。まだまだ沢山あるので、どんどん食べてくださいね!」


「そういうことなら遠慮なく! では頂きますわ!」


 そうしてすっかりガトリングマッシュの味を気に入った様子の鳳月さんと一緒に、僕等は残っていた十数匹のガトリングマッシュをその場で食べ尽くしたのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


昔、私の友達に椎茸が苦手だって子がいたんですけど、

やっぱり子どもってキノコ類が苦手なものなんですかね?

私は結構好きだったんですけど……


でも!そんな子ども達でも食べられるのがガトリングマッシュなんです!キノコが嫌いな子でも美味しく食べられるぐらい甘味がすごい!

そんな味をイメージしてます。だからキノコの風味っていう意味では少し弱くなっている?かもしれません。


という訳で、皆さんたくさん読んでくださって本当にありがとうございます!

嬉しいと思いつつもこれで本当に面白いか?と悩みながら書き進めていく今日この頃です。

さてついに実食回でしたが、果たしてこの後はどうするのか……?

鳳月カレンの名前はさらに以前に登場しているのはお気づきでしょうか?


次回は祭に新しい展開が待っているかも?


そんな感じで、明日の更新をお楽しみに!!

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