第2話 天堂奏の後悔
私は小さい頃からアイドルになりたかった。
切っ掛けは当時お父さんが沼っていた人気アイドルグループのライブに気まぐれで付いて行ったこと。
私自身はさしてアイドルに興味があった訳でもなく、お父さんが何であんなに「アイドルアイドルぅぅぅぅ!!!」と騒いでいるのか理解できなかった。
というか若干の気持ち悪さすら感じていた。もちろんこれはアイドル云々じゃなくてお父さんに対してだけど。
ならどうしてライブについて行ったかと言うと、それは友達の影響だった。その子が気にしていたのは男性アイドルだったけど、曲とかパフォーマンスについて凄く楽しそうに話していたのが印象に残った。
それでアイドルというものにほんの少しだけ興味が湧いて、本当に気まぐれにお父さんにお願いして一度だけ連れて行ってもらったのだ。
そして見に行ったお父さん一押しアイドルのステージ――
隣で普段の三倍は興奮して「最高おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」と叫んでいるお父さんが気にならないぐらい……私は目を奪われていた。
一挙一動から目を離すことが出来ず頭の中がフワフワして立っていることを忘れそうになるほどにステージに魅入っていた。
あの時からだ。私が『アイドル』という存在に憑りつかれたのは。
だから所属した芸能事務所の社長から「ダンジョン配信者になってね!」と笑顔で言われたときは、無意識で殴りかかりそうになっていた。
もし一緒にいたマネージャーが止めてくれなければ、未遂じゃ済まなかったかもしれない。だから後でマネージャーに酷く怒られた……社長が。そう、社長が。
何で相談無しで勝手にそういうことをするんだ!?と、それはもう怒髪天をつく勢いで社長をその場で正座させてめちゃめちゃ怖かった……
普段へらへらした社長が半泣きで謝ってきたときは、この人は絶対に怒らせちゃいけないと心に深く刻んだ。
まあその後、色々な話し合いがあって結局はダンジョン配信者になることを受け入れたんだけどね。
そうして生まれたのがダンジョン配信者『
別に本名で活動しても良かったんだけど、というかその方が私の名前をもっと広い層に知ってもらう為の宣伝にもなるし。
でもさすがに本名をそのまま使うのは如何なものかと事務所に止められてしまったから仕方がない。
それでもちょこっとだけ弄って後は元の形を留めているから名前を売るって意味ではこれで十分のはず。
まあ色々と説得されて渋々と……正直、あまり乗り気ではなかったんだけど。
でも最終的には自分で決断したことだし、もちろんその後ぐちぐち言うようなことはしなかったよ?
それにもちろんアイドルを諦めた訳でもなかった。ダンジョン配信者はいずれアイドルになる為の布石、いわば通過点みたいなものだった。
そうして活動を始めて、私は着実に実力を伸ばしそれに比例するように視聴者がつき人気が出るようになったいった。
社長が言ったように私には探索者としての才能があって、そしてダンジョン配信者に見出されるだけの素養があったのだ。
それは私の自慢であり自信であり――そしてあろうことか慢心へと繋がってしまったのだ。
その慢心は今のこの状況を呼び込んだのだとすれば、私はきっと過去の自分を殴りにいくだろう。
「はぁ……はぁっ……!」
:やばいやばいやばい!!!!
:早く逃げて!!
:おい、これ本格的に不味くないか……?
:不味くないかじゃなくて本当に不味いんだよ!?
:だからレベル5ダンジョンなんて止めとけばよかったのにぃぃ!?
:そんなこと今更いっても仕方ないだろ!?!?
:そうだよ!! とにかく逃げてカナちゃん!!
視聴者さん達のコメントに目を通す余裕は無かった。ただ後ろから迫ってくる脅威から逃げるので精一杯だったから。
姿は見えないけどドシンッ、ドシンッとダンジョン全体を揺らすような足音だけはハッキリと聞こえてくる。
今の私の状態は誰が見ても分かる程に満身創痍だった。
流血は返り血では無く全て自分が流したものであり、右脇腹は太い槍で貫かれたかのように抉れていた。見えないところでいえば身体のあちこちの骨が折れていて、右足にいたっては神経までやられてしまったのか殆ど感覚が無い。
こんな状態で走れている方が異常だけど、そこはやせ我慢と魔法による身体強化でどうにか誤魔化している。
どうしてこんなことになったのか……思い返してみてもそれは自業自得に他ならないだろう。
探索者としての実力を着実に伸ばした私は最近、ついにAランク探索者にまで上り詰めた。
Aランクといえば探索者全体で見ても一部の上澄みであり、数%しかいないと言われている。一般に一人前と呼ばれるのはCランク、それより上位のランクは努力でどうにかなる領域ではないと言われている。ようは才能が無ければ辿り着けない領域だということだ。
そんな才能を持った探索者の中でも、更に一部の人間にしか掴めないものがAランク探索者の地位なのである。
そんなランクに昇格した時は事務所を上げての大騒ぎだった。視聴者の皆も含めて沢山のお祝いの言葉を貰い、本当にお祭りみたいに喜んでくれた。
それがいけなかったのか……ううん、それは違うね。
今回のミスに関しては、皆は一切関係ない。こんなところで誰かに責任転嫁なんてしようものなら私は私自身の人としての心を疑わなければいけない。
私が自分の力を過信してしまったこと、それが最大にして決定的なミスだった。
調子に乗った私は――『人類の最難関』と言われるレベル5ダンジョンでソロ攻略配信することを決めてしまった。
事務所の皆には大いに心配された。「まだ早い」「そんなの無茶だ」「考え直して」そんな引き留める声を全部無視して「私なら大丈夫!」という謎の自信を理由にこの場所に来た。
最初は順調だった。出てくるモンスターにも対応できたし、私の力が通用しているという実感があった。
でも、アイツに遭遇して初めて自分の慢心を痛感した。
「はぁ……はぁ……っ!!」
その結果がコレだ……
視聴者さん達にあれだけ啖呵を切って意気揚々と挑んだのに、私の攻撃は悉く通じず一方で私はあっちの攻撃でボコボコにされた。
戦闘で消費した残魔力ではあとどれぐらい身体強化を維持できるだろうか……?
外に出ようにも、ずんずん進んできてしまったせいで上の階層に繋がる場所まではまだ距離がある。
そこまで私が辿り着くのが先か、それとも魔力が切れるのが先か、あるいは――
「あっ!?――」
背後から飛来したナニカが私の身体に直撃し体勢を崩す。
元々ギリギリのバランスを保っていた私の身体は急激な姿勢の変化に耐えることが出来ずに、足を縺れさせてその場で転倒した。
視界に入ったのは飛んできたであろう人程のサイズがある巨大な岩石だった。
はは、よくこんなのが当たって生きてるな、私……
:あああああぁぁぁ!?!?!?!?!?
:やばいやばい!!
:カナちゃん早く立って!!
:マジでヤバいって後ろから来てるって!!
:もう薄っすらと見えてきたぞ!!
:救援はどうしたんだよ!?
:そうだ近くにいる探索者に助けを求めれば……!!
:ここSランクダンジョンだぞ!? そんなに都合よく探索者がいるかっての!!
:じゃなくてギルドの救援だよ!!
:頼む、誰かカナちゃんを助けてくれぇー!!
「あ……あはは……皆、ダイジョウブだよ。私が、こんな所で、死ぬわけないじゃん~……」
強がりで言ってみるけど、正直もう身体が動く気がしない。喋っているだけでも精一杯だった。
倒れた拍子に集中が途切れて身体強化も切れてしまっている。その所為でさっきまで抑え込んでいた『痛み』が大挙して押し寄せてくる。
「っ……!!?」
:強がり言ってないで早く逃げろ!!
:もうダメだよぉ……
:ごめんリタイアする
:カナちゃん諦めないで!!
:おい、今『フェリシア』の子たちが向かってるって情報入ったぞ!!
:やだよ~、この配信でカナちゃんが死ぬところなんて見たくないよ~
:マジでか!?
:カナちゃん、フェリシア救援来てるってよ!!
:もう見てられない
:もうちょっと頑張って!
私を応援してくれるコメントの中から、一つの単語が目に入った。
『フェリシア』――それは私が所属するグループの名前だ。
私と同じダンジョン配信者も何人も所属している。頼りになる先輩、切磋琢磨した同期、可愛い後輩たちがいる私の
そっか。きっと皆のことだから私の状況を聞いて駆けつけようとしてくれてるんだね。
でも――それだけはダメだ。
「それは、ダメっ」
:《
:《
コメント欄に現れたのは私と同時期にデビューしたダンジョン配信者の二人だった。でも強がりであんなことを言ったんじゃない。
これは事実としてあの事務所で一番強いのは私だ。それも単純に戦闘能力という面でみれば私が頭一つも二つも抜きんでている。
例え他の子たちが救援に来たとしても、レベル5ダンジョンで通用する実力者はいないしましてやアイツが相手では確実な死が待ち受けている。
「ふぎいぃぃ……!!」
再び全身に魔力を巡らせる。身体は既に死に体。
お世辞にも万全な状態とは言えないけど我慢すれば動けないことはない。
――そんなことさせる訳にはいかない……!!
「……すぐ戻るからっ。皆は外で待ってて!!!」
私が生きて帰らないと分かれば、あの子たちはきっとこのダンジョンに入って来てしまう。そういう子たちだということは、私自身が一番よく分かっている。
だからそんな事にはさせない!
例え満身創痍だろうと、手足が千切れようと必ず生きて戻ってみせる!
立ちはだかるのは凶悪で名高い、ドラゴンタイプのモンスター。
全長10mは下らない巨体はドラゴンというよりもまんまトカゲを大きくしているような見た目をしている。
翼は無く飛行能力は皆無、それに巨体が故なのか動きも鈍重だ。ただし鱗は物理にも魔法にも強い耐性があり手持ちの攻撃手段がほとんど意味を為さない。
その上さっき私を狙ってきたように遠距離攻撃の手段を持っている。
ここに来る前にデータで見たこのモンスターの名前は――『ガルガンティアリザード』。
圧倒的な防御と攻撃力をもった「ぼくのかんがえたさいきょうのもんすたー」みたいな性能の
「舐めないでよっ、そう簡単に私の命を取れると思わないことね!!」
既に逃走は諦めた。今から逃げてもまず間違いなく背後から一撃で殺される。
私に残された道はコイツを倒して地上に戻ることただ一つだけ。
ガルガンティアリザードの明確な殺意を宿した視線が私を射抜く。
間違いなく、ここが正念場。
「行くわよ……はぁぁぁ「あ、メッチャ美味いトカゲだあ! なんでこんなところにいるの!!」ぁぁぁああああ!!?!?」
最終決戦の様を呈していた緊張感をぶち壊すような闖入者が現れた。
後ろから聞えてきたその声の主に目を向ければ、そこには中性的な顔立ちの多分、男の子?が立っていた。
――うそっ!? なんでこんな場所に!!?
「あなた早く逃げて! 私がコイツを引き付けておくから!!」
「逃げてって……そっちこそボロボロじゃないですか。うわぁ、骨どころか内臓もヤバいですね。あの、よければソイツ僕が貰ってもいいですか?」
「……は?」
私は今何が起こっているのか本当に理解できなかった。
だから私は気が付かなかった。今にも襲い掛かってきそうだったガルガンティアリザードが突然大人しくなったことに。
そしてその瞳の中に明確な『恐怖』の感情が浮かんでいたことに。
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本日2話目の更新となりました!
ちなみにですが奏はメイン登場人物ですが主人公ではありません(汗)
最後に出てきた謎の乱入者がこのお話の主人公になります!
という訳で、次回でプロローグを終えたいと思います!
次の更新は明日のこれぐらいの時間帯か、遅くなっても明日中には必ず更新します。
どうぞ、引き続きお楽しみください! まだまだ続きます!!
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