第6話 圧倒

「それは結構ですが、この花の中ではあなたも魔法は使えない。そして、見たところ、あなたの身体能力はそこまで強くはないようですが?」

「この花の事を知っていたのに、その効果の全てを把握しているわけではないようだな。

 この花は、吸い取ったマナを力に変換する。本来その変換効率はとても低いものに過ぎないが、ここの花は百年以上もマナを吸い続けている。

 変換された力も並みのものではない。そして、私はそれを我が物としている」


 ジョゼフィーナがそう告げている間に、彼女の下に何らかの力が集まって来ていた。

 その身から、陽炎のようなものが生じ、周りの景色が歪む。尋常ならざる様子だ。


「これこそが、我が親だった者を屠った力。何人も抗えぬ最強の力だ!」

 そう口にするや、ジョゼフィーナが駆けた。

 凄まじいスピードだ。床に咲いていた“マナ吸いの花”の花弁が突風を受けて舞い散る。

 そして、瞬時にして“討伐者”の下に至り、手にした剣を袈裟切りに振るう。

 それもまた信じがたい速度の早業だった。


 だが、驚愕したのは“討伐者”ではなくジョゼフィーナの方だった。

 ジョゼフィーナが振るった曲刀は、“討伐者”の左肩を捉える寸前で止まった。“討伐者”が右手で曲刀の刀身を掴んでいた。


「な!」

 ジョゼフィーナは驚きの声をあげ、慌てて曲刀を引き抜こうとする。しかし、ビクとも動かない。


 “討伐者”が口を開いた。

「なるほど、“マナ吸いの花”に、ずっと餌をあげていたのですね。それ用の捕虜もいたというわけですか。そして、その変換を、自身の強化に使った、と。

 しかし、それは、本来の使い方ではありませんね。酷く効率が悪い上に、体に毒ですからやめた方が良いですよ。


 それから、やはりあなたは私の事を甘く見すぎです。これから強い攻撃を放つと宣言すれば、守りを固めるに決まっているでしょう。

 それでもなお、容易く当てられるとでも思ったのですか? それは過信ですよ。

 仮に、不意打ちで今の攻撃を放てば、多分当てられたと思いますよ。そして、当たれば私でも重傷は免れない。まあ、逆に言えば重傷止まりですがね。


 さて、多少驚いたのは事実ですが、大筋においては想定内ですね。そして、本当の戦いはこれからというもの。

 次は何を見せていただけるのですかね?」


 ジョゼフィーナには、“討伐者”の軽口に応える余裕はもはやない。曲刀を引き抜くのを諦め手を放すと、瞬時に爪を伸ばし、その爪で“討伐者”を切り裂こうと手刀を連続して繰り出した。

 しかし、“討伐者”はそれを軽く避ける。更に、己の手を伸ばして、ジョゼフィーナの手を掴もうとする。

 その意図を察したジョゼフィーナは、後方に大きく跳んで距離をとった。


 “討伐者”は、ジョゼフィーナを追わずに声をかけた。

「曲刀の攻撃よりも、明らかに鈍いですよ。まさか、今のが次の手とは言いませんよね?

 ひょっとして、ないんですか? 次の手」


 ジョゼフィーナは悔しげに顔を歪めた。

 “討伐者”の言うとおりだった。ジョゼフィーナにはもう打つ手はない。

 彼女は、最強クラスの存在だった親吸血鬼を倒した先ほどの一撃こそが、正に最強の攻撃であり、それで倒せないものは存在しないと思っていたのである。酷い誤りだった。

 そうしているうちに、ジョゼフィーナの身に宿っていた力が失われる。効果時間が過ぎてしまったのだ。


(もはや、逃げるしかない)

 自分に勝ち目がないことを悟ったジョゼフィーナはそう考えた。そして、我が身を蝙蝠へ変じようと意識を集中させる。

 高位の吸血鬼であるジョゼフィーナは、無数の蝙蝠に姿を変える能力を有していた。その蝙蝠が一匹でもこの場を逃れて生き残れば、復活する事ができるのである。


 蝙蝠の力でも窓を突き破る程度のことは出来るし、陽光を浴びても直ぐには滅びない程の耐久力も身に付けている。逃れる事は出来るはずだった。

 しかし、その能力が発動しない。

(な、なぜ?)

 心中で疑問の声を上げるジョゼフィーナに向かって、“討伐者”が告げる。


「おや? まさか、何かに変身しようとしていますか?

 あなた、思ったよりもずっと愚かですね。高位の吸血鬼が何らかの変身能力を持つなど、一定以上の学を修めた者にとっては常識です。当然対応策を用意するに決まっているではないですか。

 私は、最初からこの城の周りの広範囲に、その能力を封じる結界を張っていました。そんな事も思いつかなかったんですか?」


「……ッ」

 ジョゼフィーナには、その侮辱的な言葉に反応する余裕はなかった。彼女は、自分にはもはや縁がないと思っていた感情に捕らわれていた。それは、死の恐怖という感情だ。

 ジョゼフィーナはその感情を振り払おうとするかのように叫んだ。


「おのれッ! 人を超えた存在であるこの私が、貴様なぞに倒されて堪るものか!」

 だがそれは、空しい言葉だった。

 ジョゼフィーナには、もはや対抗手段がないのだから。


 しかし、その言葉を聞いて“討伐者”は訝しげに首をかしげた。

「倒す? 何を言っているんですか?」

 そして、そう発言し、少し考えてから言葉を続ける。


「ああ! そういえば、私の目的を言っていませんでしたね。あなたに会ったら言うつもりだったのですが、他の事に気をとられて忘れていました。

 改めてお伝えしますが、私がここに来た目的は、あなたを倒す為ではないのです。私の目的は実験材料の採集ですよ」


「実験、だと?」

 ジョゼフィーナは思わずそう呟く。


 その呟きに、“討伐者”が嬉しそうに応じた。

「そうです! 実験です。それでは、その実験の内容を踏まえて、私の目的を詳しくご説明して差し上げましょう」

 “討伐者”はそう告げると、滔々と語り始めた。

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