第7話 哀願する女
「私が目下取り組んでいる実験はですね、生者とアンデッドの交配実験です。
理論上可能なはずなんですよ。交配。
しかし、中々いい実験対象がいなくて困っていたのです。
まず、アンデッドといっても、身体機能が欠損しているゾンビやスケルトンでは無理ですから、身体機能を保っている、要するに体が奇麗なアンデッドでないといけません。
例えば吸血鬼かノーライフキング、それから上位のレブナント、後はギリギリでワイトでしょうか? どちらにしろ、対象は限られるわけです。
その上、実は私はこう見えても善良な人間でしてね。罪もない者を望まない実験に供するというのは気が進まないんです。
私の信じる神は、そういう良心や良識の一切を捨てて、真理の探究と新技術の創造に励めと説いているのですが、不肖の信者である私は、そこまで割り切れないんですよ。
罪のないアンデッドを実験材料にするのは気が引けるのです。
え? ええ、もちろん罪のないアンデッドもいますよ。アンデッド発生の理由は様々ですからね。
そう考えている時に、あなたの話を聞いたのです」
そう言うと、“討伐者”はジュゼフィーナを指差す。
「あなたは、本当に酷い人ですね。
なんでも、子に親を殺させてその肉を食わせたり、親に助ける子と殺す子を選別させた上で、結局全て殺したり、夫の目の前で妻をオークに犯させながら殺したりしたそうですね?
ちょっと酷すぎますよ。
私なんて、極簡単な人体実験をするだけですら、わざわざ手間をかけて、悪辣な山賊とかをさらったりして使っていますよ。
しかも、こんな悪党にも親はいるし夢や希望もあっただろうということを考慮して、せめて有効に利用してあげようと、無駄なくしっかり、最後の最後まで使ってあげているんです。
それを娯楽のために罪無き人々を殺すなんて、私には到底理解できません」
そして“討伐者”は、大げさに天を仰いで首を振り、いかにも嘆いているというような仕草をした。
顔を戻した“討伐者”は更に話しを続ける。
「というわけで、あなたは実験に使うのに丁度いいと思ったんですよ。
なにしろ、そんな悪事を働いている者なら、どんな事をしても私の良心は痛みませんからね。
あなただって、それだけ悪辣な事をしているんだから、自分がやり返される事くらい覚悟しているでしょう?
おや? そうでもないんですか? それはちょっと覚悟が足りないんじゃあないですか?
まあ、どちらにしても関係ありません。
私が、あなたに対して、遠慮する気が起きなければそれで良いんですから。
それに、他の点でもあなたはおあつらえ向きだ。
何しろ、あなたの耐久性の強さと再生能力はたいしたものだ。どんな事を、どんな風に、何回やっても、壊れる心配はないでしょう?
その上あなたは大変お美しい。私のやる気もいや増すというものです。
え? ええ、そうですとも。もちろん、私自身で実験をするつもりですよ。私は、自分で出来る事は自分でやる主義なんです。
えーと、ということで、ご理解していただけましたか? 私がここに来た目的が。
まあ、要するに、私自身で、あなたを使って交配実験を行うために来たんですよ」
「なッ!?」
ジュゼフィーナはそんな声を出し、そして絶句した。ようやく“討伐者”の言葉の意味が分かったからだ。
ジョゼフィーナは“討伐者”の長広舌を黙って聞いていた。何とか隙をついて逃れようと必死に考えていたからだ。
だから、“討伐者”が時おり、問いかけに答えるような台詞回しでしゃべっていたのは1人芝居だった。それだけでも、この“討伐者”の異常さが分かる。
その異常な者が、なんだか意味の分からない異常な事をしゃべっている。今の内にどうにかしなければ。ジョゼフィーナはそう考えており、“討伐者”の言葉はほとんど耳に入っていなかった。
だが、最後に述べられたその主旨は理解できた。そして、それを聞いては平静ではいられない。
要するにこの者は、ジョゼフィーナを犯すと言っているのだから。
「ば、馬鹿な、貴様、わ、私を……」
「馬鹿とは酷いですね。私、かつては世界最高峰の知能の持ち主といわれていたこともあるんですよ。
さて、興も乗ってきたので、この場で早速実験を行いましょうかね」
“討伐者”はそんな事を言いながら、ジョゼフィーナの方に向かって歩き始めた。
「ッ!」
ジョゼフィーナは驚愕し息を飲んだ。そして、次の瞬間“討伐者”に背を向けた。単純に、走って逃げようとしたのだ。
特殊能力を封じられた今の彼女には、走って逃げる事しか出来ない。
だが、本気を出した“討伐者”の方が遥かに早い。“討伐者”は容易くジョゼフィーナに追いつくと、その右肩を左手で掴み、強引に引く。
「あッ!」
ジョゼフィーナは体勢を崩して、そんな声と共にその場に倒れた。床一面に咲いていた“マナ吸いの花”の花弁が飛び散る。
「逃がすわけがないでしょう?」
“討伐者”は、花の中に倒れるジョゼフィーナの頭の直ぐ右横に立って、真上からジョゼフィーナの顔を見下ろすと、そう告げた。そして、ニコリと笑う。
ジョゼフィーナの体が震え始めた。
「や、やめろ」
そう告げた言葉には、明らかに怯えを含んでいた。
「やめるわけがないでしょう。そう言われると、むしろ大変やる気が増して行きますよ」
“討伐者”は、そう言うと、品定めをするように、その視線をジョゼフィーナの全身に動かす。
「本当に、楽しい実験になりそうです」
そして、そう告げると、いっそうにこやかな笑みを見せた。
「い、いや……」
ジョゼフィーナはそんな言葉と共に首を左右に振る。もう、虚勢をはる余裕もなくなっている。
ジョゼフィーナは、“討伐者”の視線から我が身を守ろうとするかのように、両手で自分の体を抱きしめた。
「駄目ですよ」
“討伐者”はそう告げると、屈みこんでジョゼフィーナの両手を掴む。そして、力ずくでジョゼフィーナの頭の上に動かして、強く握って固定する。
ジョゼフィーナは力の限り抵抗したが無駄だった。
「や、やめて! お願い! 許して!」
ジョゼフィーナはついにそう叫んだ。
ほんの少し前まで、悪の女王然として、事実、悪逆非道の限りを尽くしていた女とは思えない。まるで無垢な小娘が嘆願するかのような叫びだった。
そしてそれは、ある意味でその通りだった。
かつて人であった頃、高位の貴族の娘だったジョゼフィーナは、無垢なまま吸血鬼の祝福を受け、自ら吸血鬼と化した。
そして、彼女の親にあたる吸血鬼は、彼女の事を伴侶と呼びながら、肉体的な交渉を持とうとしなかったのである。
その悲痛な叫びを聞いて、“討伐者”も少し思うところがあったらしく、ジョゼフィーナに声をかけた。
「ふむ、試みに聞きますが、あなたは、やめて欲しい、許して欲しい、と言われた結果、その相手を助けてあげた事があるのですか?」
「……」
ジョゼフィーナには返す言葉がなかった。もちろん、彼女はそんな事をした事はない。
「おっと、私としたことが、無意味な質問をしてしまいました。
仮に、あなたが気まぐれか何かで、一度や二度誰かを助けた事があったとしても、私がすることは変わりませんからね。
それじゃあ、始めますね」
そういうと、“討伐者”は左手だけでジョゼフィーナの両手を拘束すると、空いた右手でジョゼフィーナのドレスの胸元を掴む。そして、それを力任せに引き裂いた。
「いやぁ~~」
ジョゼフィーナは絶叫したが、その声に答える者はいなかった。
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