第5話 対峙

 ついに“討伐者”は、ジュゼフィーナがいる広間へ到達した。

 相変わらず、青白い魔法の光に照らされているその広間には、四つの死体が転がっている。ジョゼフィーナに甚振られていた2人の男と、その妻、子だ。


 ジョゼフィーナは椅子に座ったままで、周りに4体の骸骨戦士を侍らせて、嫣然と微笑んでいた。一応は戦闘準備ということなのか、椅子の肘掛に一振りの細い曲刀を立てかけているが、衣服は黒いドレスを着たままだ。

「よくここまで来たな。侵入者よ」

 そしてそう告げる。


 “討伐者”は何やら顔をしかめつつ答えた。

「はあ、まあ、私が侵入者である事は否定しませんが……。

 とりあえず、ひとつ聞いても良いですか? その人たち、死んだばかりに見えますが、わざわざ殺す必要、あったのですか?」


「殺す必要は別にないが、生かしておく理由もなくなったのでな。貴様という新しい玩具がやって来たので、古いのはもう不要だ」

「そうですか。私には理解できませんね。

 それに、この私が玩具ですか。あなたの配下の者達を悉く倒してきたのですが、少々甘く見過ぎなのでは?」


「ああ、貴様が強いという事はよくわかった。多様で強力な魔法。その身体能力も魔法で強化しているだろう? そして、強大な魔物並みの生命力と攻撃力。それも魔物に変ずる魔法の力と見た」


「なるほど、私の戦いを見ていたのですね。

 あの少し強そうな者達がいた場所は、何らかの方法でここから見る事が出来た。だから、私の戦いを出来るだけ多く見るために、あの者達は、わざわざ一人ずつあの場所で待っていた。

 なんだ、合理的な理由があるじゃあありませんか。

 それで、その結果、私に勝つ方法を見つけたと?」


「そうとも。今更気付いても遅い。

 要するに、貴様の強さの源は魔法。それを使えなくすればよいのだ。我が親であった吸血鬼と同じよ」


 ジョゼフィーナは、そこで一旦言葉を切ると、一拍おいて高らかに告げた。

「咲き乱れよ」


 すると、突如広間の床と壁そして天井を突き破って、無数の蔓草が生え出る。それは、城壁と城を覆っていたのと同じ蔓草だった。

 そして、瞬時に色とりどりの花を咲かせる。瞬く間に、広間は一面花に覆われた。


 それを見て、“討伐者”が驚いたような声を上げた。

「ほう、“マナ吸いの花”ですか。蔓草状の“マナ吸いの花”は初めて見ました。よもや、このよう場所で花畑を見られるとは、これは驚きました」


 ジョゼフィーナも言葉を告げる。

「知っているなら話は早い。この花が咲く場所でマナを使おうとすれば、そのマナはたちどころに吸収されて、一切効果を発揮しなくなる。当然、如何なる魔法も使用できない。

 我が親であった吸血鬼が研究していたものだ。そして、彼の死因になったものでもある」


 それが事実なら、確かに魔法使いにとっては致命的といえる。

 だが、“討伐者”は動揺する様子を見せず、気楽な調子で言葉を返す。

「そうですか。あなたの親吸血鬼とその研究について話してみたかったですね。

 ところで、ひとつお聞きしますが、あなたの親吸血鬼は、この花を研究する上で、誰かの協力や指示を受けてはいませんでしたか?」

「知らんな」


「そうですか。まあ、滅ぼされて何年も経っているのに何もないということは、何もないということなのでしょう」

「ふッ、何を訳の分からぬ事を言っているのか知らぬが、とりあえず、この者達と踊りでも踊って見せろ」

 ジョゼフィーナがそう告げると、彼女の回りに居た4体の骸骨戦士が“討伐者”に向かってゆく。


 骸骨戦士は剣を構えて“討伐者”を取り囲んだ。だが、それでも“討伐者”は動じない。

 そして、骸骨戦士が一斉に剣を振り下ろそうとした時に、“討伐者”が一瞬早く動いた。“討伐者”の腕が振るわれ、骸骨戦士が全て吹き飛ばされる。

 “討伐者”の腕は、また黒い肉食獣の巨大な前肢に変わっていた。


「何?」

 ジョゼフィーナがそう告げて、訝しげに顔を歪める。

 “討伐者”がそれに応えた。

「あなた、勘違いをしていますよ。確かに私がこのような身体になったのは魔法の効果です。

 ですが、それはもうずっと前に完成した魔法です。今やこの身体こそが私の真の身体そのもの。変身するのにマナの消費を必要としません」


 ジョゼフィーナの顔が不快気に更に歪む。“討伐者”を簡単に倒す事は出来ないと悟ったからだ。

 骸骨戦士は特別製らしく、一撃では倒されておらず、立ち上がって“討伐者”に向かってゆく。その攻撃も、恐ろしく鋭いものだった。しかし、全く“討伐者”の相手にはならない。骸骨戦士は間もなくして全て倒されてしまった。


「さて、次はどういたします?」

 骸骨戦士たちを倒した“討伐者”は、両腕を人間のものに戻すと、両肩を上げる仕草をしながら、ジョゼフィーナに向かってそう告げる。


「面倒だが、私が自ら相手をしてやるしかあるまいよ」

 ジョゼフィーナは不快気にそう告げると立ち上がり、曲刀を手にして抜き払った。その刀身は淡い光を帯びている。明らかに魔法の武器だった。

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