第2話 力を得た女

 ジョゼフィーナの親にあたる吸血鬼は、間違っても善良ではなかったが、無意味に暴力を楽しむような存在でもなかった。

 そして、勝手気ままに人間などを殺しまくっていれば、いずれ手痛いしっぺ返しを喰らう事も理解してもいた。つまり、無茶をしない生活を心がけていたのである。

 その吸血鬼は、大陸の辺境にある他と隔絶し孤立した地域を支配していた。その地の本来の領主と取引をして、幾つかの便宜を図る見返りに、その地に住む数千の人間達を家畜として囲うことを黙認させていたのだ。


 その上、その吸血鬼は無闇に人間を殺すような事をしなかった。その結果、その地の住人達の多くは吸血鬼の支配を受け入れてしまっていた。

 偶に人身御供を送れば、他の者は安寧に暮らせる。そんな状況を許容し、家畜として生きる事を認めてしまったのである。

 こうして、その吸血鬼の生活は、忌わしくも安定したものになっていた。


 だが、ジョゼフィーナにはその安定は退屈だった。

 ジョゼフィーナは、吸血鬼になって力を手にしたのをきっかけに、それまで自身もはっきりとは気付いていなかった残忍な本性を明らかにするようになっていた。

 人間をただ食料として扱うのではなく、残虐に甚振り、苦痛や悲嘆を与える事を喜ぶようになっていったのだ。


 親吸血鬼は、そんなジョゼフィーナを嗜めた。

 悪戯に人間たちを虐待しては、その恨みを買い、いつか思わぬ反撃を受ける事になりかねない。と、そう諭し、残虐行為を禁じた。

 ジョゼフィーナはその事に強く反発し、そして、人間などを甚振るのとは別の遊戯を思いつき、それに耽るようになる。

 その遊戯とは、“親殺し”の企み。

 ジョゼフィーナは、己の親にあたる吸血鬼を打ち殺し、己自身が、主を持たぬ吸血鬼ルーツヴァンパイアになろうと欲したのだ。


 ジョゼフィーナは、まず親吸血鬼の信頼を得るように努め、親に匹敵するほどの力を授かる事に成功する。平行して親吸血鬼の弱点を探り、配下の者達を味方に付け、着々と準備を進めた。

 そして数年前に、ついに親殺しを達成したのである。


 それからジョゼフィーナは、自由気ままに振舞った。住民達に遠慮などするつもりはないし、人間との約束などもちろん守るはずもない。

 凶暴に振舞うようになったジョゼフィーナに対して住民は抵抗することを決め、必死に金をかき集めて優秀な冒険者を雇って討伐を試みた。

 だが、その優秀な冒険者も、主を持たぬ吸血鬼ルーツヴァンパイアとなったジョゼフィーナの敵ではなった。


 そのような事態に陥り、領主もジョゼフィーナ討伐を試みた。

 しかし、領主の軍もまた、今やジョゼフィーナの配下となったアンデッドなどの軍団の前に脆くも敗れ去った。

 そしてその後、領主はジョゼフィーナに支配された領域の民達にとって最悪の行動をとった。その領域を民ごと切り捨てたのである。


 領主は、その地で凶悪な疫病が発生し住民は全滅した。疫病が他に広がるのを防ぐ為に、その地は永久に隔離する。と称して、その地域を隔離し、行き来を完全に遮断したのだ。

 そうやって、自身の軍が無様に破れ、領土の一部が魔物に奪われたという事実を隠すことにしたのである。

 他からその地に立ち入る事を禁じ、もちろん、その地の住民が外への逃げる事も出来ないようにした。

 ジョゼフィーナもまた、自分の獲物が逃げないように囲い込み、住民達はジョゼフィーナの残虐な統治下から逃れる事が出来なくなってしまう。

 そうして、住民達の悪夢のような生活が始まったのだった。


 以来数年が過ぎた。今やジョゼフィーナは残酷なる女王然として暮らしている。

 そして、今のところは、住民らを気まぐれに甚振ることで、己のおぞましい欲望を満たしていた。

 だが、いずれ、それだけでは満足できなくなるのは間違いない。

 そもそも、ジョゼフィーナの行いによって、住民は減少し続けていたから、遠からず彼女の統治が破綻するのは確実だ。

 そうなる前に、恐らくジョゼフィーナは他の地域へと侵攻を開始することになるだろう。

 それは、恐るべき吸血鬼禍の発生を意味しているのである。




 ジョゼフィーナが、犠牲者達が陰惨な死闘を演ずるのを眺めている広間に、1人の男が入って来た。

 男は、仕立ての良い服を着ていた。ただの召使ではなく、比較的上の立場にある使用人であるように見える。

 男の外見は、毛むくじゃらという印象を与えるものだった。やや長めの黒髪は、癖が強く乱雑な印象を与える。顎鬚も濃く、手の甲にも濃い体毛が生えていた。


 その男が、執事服の老人に何事かを伝える。

 そして、執事服の老人がジョゼフィーナに声をかけた。

「ご主人様、侵入者です」

「ほう、久しぶりだな。わざわざ私の耳に入れたということは、それなりに手強い相手ということなのか?」

 ジョゼフィーナは少し興味をひかれたらしく、そう聞いた。


「はい、侵入者はただ1人だけなのですが、城の周りに配置していたスケルトン・ウォリアーたちは、その男が行使した“聖なる光”の魔法で全て倒されてしまったとの事です」

 “聖なる光”というのは、素養を持つ者が神々の許しを得て使用可能になる“神聖魔法”に分類される魔法である。つまり、その侵入者は何れかの神を信奉しているという事だ。


「はは、正義を奉じ私を討たんとする討伐者のご登場というわけか。面白い、歓迎してやろうではないか」

「畏まりました。準備をさせていただきます」

 執事服の老人は、ジョゼフィーナに向かってそう応えると、毛むくじゃらの男を引き連れて広間を退出した。


 だが、この時ジョゼフィーナは心得違いをしていた。

 “神聖魔法”は、確かに何れかの神々に許された者しか使えない魔法だ。

 だが、信者に神聖魔法の使用を許可するのは、善性を説く光の神々ばかりではない。

 邪悪な教義を教える闇の神々が使用を許可する事もある。そして、そのような場合も“聖なる光”を行使する事は可能だ。

 つまり、“聖なる光”を行使する者が、必ず正義を奉じているとは限らないのである。

 字面の印象に反して、邪悪な、或いは異常な精神を持つ者が“聖なる光”を用いてアンデッドを討つこともありえるのだ。

 ジョゼフィーナは、その事に思い至っていなかった。

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