女吸血鬼討伐記~ただし、討伐する側が異常者だったケース~

ギルマン

第1話 残虐な女

 大陸の辺境に立つ一つの城。

 その城の広間で、陰惨な光景が繰り広げられていた。


 広間は装飾を排した簡素な作りで、昼間だというのに全ての窓が締め切られ、分厚いカーテンで覆われている。代わりにわざわざ魔法の明りが灯されていた。

 その、青白い魔法の光で満たされた広間で、2人の男が悲惨な状態で死闘を繰り広げているのである。


 2人は共に、両腕を背中にまわして縛られ、足も踝できつく締められていた。その状況で、芋虫のように床で蠢き、互いに組みあい、相手に噛み付いている。両者は本気で相手を噛み殺そうとしていた。


 広間には、呻き声や叫び声、そして、身体がぶつかる音が響く。

 男達はどちらもまだ若く、美形といっていい顔立ちをしていた。だが、短ズボンを履いただけの半裸で、その身体には既にいたるところに深い噛み傷があり、体中血だらけだ。

 周りにはむせ返るような血の匂いが漂っている。


 男達は、もちろん望んでこのような事をしているのではない。人質を取られ、この凄惨な殺し合いを強要されているのである。

 広間の一方の端には若い女が、その反対の端には5歳程度と思われる男児が、それぞれの両脇に立つ武装した骸骨戦士によって拘束されていた。

 女は1人の男の妻、男児はもう一方の男の息子だった。男達は、相手を殺せば家族を助けてやると言われていたのだ。

 

 男達にこのような陰惨な行いをさせているのは、この城の主である1人の女だった。

 その女は、広間の奥の一段高くなった部分に置かれた椅子に座って、男達の凄惨な死闘をさほど面白くもなさそうに眺めている。


 女の外見は美しかった。

 見た目はまだ20歳にもなっていないように見える。その顔には酷薄な表情が浮かんでいたが、造形自体は高貴さを感じさせる整ったものだ。最高級の美貌といってよいだろう。紅玉のような瞳と、真紅の唇が特に印象的だ。

 豊かな金色の巻き髪が胸まで伸びている。身に着ける服は黒を基調とした豪奢なドレスで、その凹凸に富んだ魅惑的なスタイルが強調されていた。


 女のしなやかな手が、サイドテーブルに置かれたワイングラスに伸びる。そのグラスには鮮やかな赤色の液体が満たされていた。

 女はワイングラスを持って己の口に運び、その液体を一口飲んだ。女の口から鋭い犬歯が見える。それは、八重歯などの範疇には収まらない大きさの、牙と呼ぶべきものだった。


 そして、女が飲んだ液体は赤ワインなどではない。

 鮮血。それもわざわざ肺静脈まで切り裂いて、丁寧に採血した動脈血である。

 女は、強大な力を待つ死にぞこないの魔物アンデッドである吸血鬼ヴァンパイアだった。


 女吸血鬼は、しばらく男達が文字通り噛み会うのを見ていたが、やがて軽くため息をつくと、隣に立つ男に目配せをした。

 その男は、品の良い老人に見えた。執事服を身に着け白髪を奇麗に撫で付けている。

 執事服の老人は、女吸血鬼の意図を察して声を発した。

「痛みを与えなさい」

 すると、骸骨戦士が動き、それぞれ己が拘束している女と男児の腕を捻る。


「あッ! い、痛い、痛い、助けてッ、うわぁぁ」

 男児はたちまち痛みを訴え、助けを求め、叫び声を上げる。


「うっ! くっ! あ、あぁぁ」

 女は最初苦痛に耐えようとしたが、容赦なく腕を捻られ、ついには悲鳴を漏らした。


「や、やめてくれ!」「やめろぉ~」

 2人の男は、思わずそう叫ぶ。


 執事服の老人が冷たく告げる。

「あなた方が、いつまでものんびりと戦っているからいけないのです。

 本気でやらなければ、先に家族達を殺してしまいますよ。とりあえず、次は指を切り落とすとしましょう」


「糞がッ!」

 執事服の老人の言葉を聞き、1人が叫んだ。だが、もう1人の男はより早く状況に適応した。叫ぶ男の喉下に噛みつこうとしたのだ。

 叫んだ男もその動きに気付き、それを避け、更に反撃する。

 男達は今までよりも激しく蠢き、鬼気迫る形相で互いに噛み合った。

 その様子を見て、女吸血鬼は微かな笑みを見せた。


 この女吸血鬼はジュゼフィーナという名だった。歳は120歳ほど、吸血鬼としては若いといえる。

 そして、吸血鬼となる前はある国の高位貴族の令嬢だった。

 その、若き美貌の令嬢だったジョゼフィーナを、ある上位の吸血鬼が見初めたのである。


 自分に近づいてきた男の正体が吸血鬼だと知った時、ジョゼフィーナは、最初はもちろん恐れ慄いた。だが、直ぐにむしろその出会いを喜ぶようになる。

 吸血鬼の祝福を受けその眷族となることで、己の美を永遠のものに出来る。その事に至上の価値を見出したからだ。


 大体、高位の貴族令嬢と持て囃されたところで、結局は家のために政略結婚の道具にされるだけの身の上である。

 実際、当時ジョゼフィーナにも既に婚約者がいた。だが、その相手はジョゼフィーナにとって好ましい者ではなかった。主にその容姿が。

 家の為にそんな者に嫁ぐくらいなら、吸血鬼として永遠に美しく楽しく生きた方が遥かにいい。

 吸血鬼となることによって得られる力も魅力的だし、なによりジョゼフィーナを見初めた吸血鬼は、婚約者よりも遥かに美しかった。

 そのように考えたジョゼフィーナは、むしろ進んで己の首筋を吸血鬼に差し出した。


 そうして人を止めたジョゼフィーナだったが、それから数十年もすると、伴侶たる親吸血鬼との生活を退屈なものと感じ始めた。

 それは、思ったほどには刺激的ではなかったのである。

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