第3話 討伐者
ジョゼフィーナに“討伐者”と呼ばれたその者は、50歳は超えているように見える高齢の男だった。
それなりに整っているその顔には、幾つもの皺が刻まれている。
身長は平均的な人間の男よりは少し高いくらいだが、やせ気味の為、見る者にひょろ長いといった印象を与えた。
髪は短めだが、しばらく手入れをしていないらしく不揃いに伸び始めている。髪色は若い頃は奇麗な赤茶色だったと思われるが、今は大分白髪が増え微妙な色合いだ。
身に着ける服は、神官が旅に出る時等に着る白を基調にした簡素な祭服だが、大分くたびれ汚れてもいる。
一見すると長旅を続けている神官、といったいで立ちだった。
仮に、武道の心得がある者が“討伐者”を見れば、全く疲れを感じさせない力強い歩みからその強さを感じ取り、“討伐者”の事を武者修行中の神官戦士と推測するかもしれない。
だが、もしも、達人と呼べるほどの熟達者が“討伐者”の事を十分に観察したならば、“討伐者”から感じ取れる強さに、どこか異様なものを感じて警戒した事だろう。例えば、まるで強大な魔物であるかのようだ、と。
いずれにしても、その“討伐者”が相当の実力の持ち主である事は間違いない。
ジョゼフィーナに告げられた報告に嘘はなく、“討伐者”はジョゼフィーナが住む城の周りに配置されていたスケルトン・ウォリアーを残らず退治してしまっていた。
そして今、“討伐者”は、ジョゼフィーナの城を囲む城壁の門の前に立っている。
その顔には、にこやかな笑みが浮かび、城壁を仰ぎ見ていた。とても、これから凶悪な吸血鬼が支配する城に挑もうとする者の表情には見えない。
“討伐者”が見上げる城壁は、高さは10mほどで、一面に蔓草が絡まって異様な雰囲気をかもし出している。
その城壁に設けられた城門の扉がゆっくりと開かれた。そして、そこから巨大な人型の存在が姿を現す。
身の丈は7mほどもある。大きさ以外は人間の男と同じ姿のように見える。ただ、頭髪はない。両手に巨大な鉄の棒を握り、巨大な甲冑を身に着けており、その胸甲の中央には特徴的な文様があった。
鎧の上からもその発達した筋肉を窺い知る事ができる。正に巨人の戦士といった外観だ。
だが、顔には全く感情が表れていない。体色も異様に青白かった。
その巨体が門を潜り外に出ると城門が閉じた。
“討伐者”が声を発した。特に緊張した様子もない気軽な口調だった。
「ほうほう、レブナント化したジャイアントですか。
よくこんなものを作りましたね。それも、“闇夜の護符”付きと来た。“聖なる光”対策は取っているというわけですか」
“闇夜の護符”というのは、吸血鬼が陽光から我が身を守るために使用する魔道具で、“聖なる光”を無効化する効果もある。
「ですが、私が使えるのは“聖なる光”だけではありませんよ」
そう言葉を続けると、“討伐者”は素早く呪文を唱えた。
すると、“討伐者”の右横の空中に拳大の炎が生じる。炎は、速やかにジャイアント・レブナントへ向かって飛び、その身体にぶつかって爆発した。
“神聖魔法”とは異なる種類の魔法“古語魔法”の一つである“火球”だった。
“討伐者”は“神聖魔法”のみならず、“古語魔法”も習得していたのである。
ジャイアント・レブナントは、その一撃で半ば黒焦げになっていた。だが、並みはずれた生命力を誇り、恐れという感情も持たないジャイアント・レブナントは、怯まず前進して両腕の鉄の棒を振るう。
しかし、その反撃は全く無駄だった。
“討伐者”は軽くステップを踏んでジャイアント・レブナントの攻撃を避け、更に2度“火球”をぶつけ、たったそれだけで巨大なアンデッドの身体を丸焼けにして、その活動を停止させた。
ジャイアント・レブナントの巨体が崩れ落ちてしばらくすると、一度閉じていた城門が、またゆっくりと開いた。
「招き入れてくれるわけですか。これは手間が省けて結構な事です」
“討伐者”は、そう口にして、臆する事もなく城壁の中へと入っていった。
城壁内では、歓迎の準備が整っていた。無数のグールがひしめいていたのである。グールは一斉に“討伐者”に襲い掛かった。
“討伐者”は慌てずに呪文を唱える。
「神よ、その威を持って敵を払いたまえ」
すると、“討伐者”を中心に衝撃派が生じ、迫っていたグールを弾き飛ばす。一般にもっとも高威力といわれる神聖魔法“神威炸裂”だった。その衝撃波を受けたグールは全て砕け散った。
しかし、その背後にもグールは無数に存在している。
「この数は面倒ですね」
“討伐者”はそう呟くと、続けて呪文を唱える。“討伐者”の周りに10個もの炎が灯り、それが四方に飛ぶ。“火球”の効果範囲を大きく拡大させて放ったのである。周辺で何度か大爆発が起こり、グールはあっけなく一掃された。
邪魔者を一掃した“討伐者”は、改めて吸血鬼の城を仰ぎ見た。それは確かに城と呼べる規模の建造物だった。だが、城壁を覆っていたのと同じ蔓草が壁一面を覆っており、やはり随分と不気味な印象を与えている。
その城の門が開き、全身鎧を身に着け、両手持ちの大剣を手にした者が姿を現した。
鎧兜は白銀の華美なものだったが、兜の中に見える顔は干からびたミイラのようだ。
「アンデッドナイト、いえ、アンデッドジェネラル、ですか」
“討伐者”はそう呟いた後、素早く呪文を唱え、また“火球”投じる。
それもまた、アンデッドジェネラルに炸裂した。
「ぐおぉぉ」
だが、アンデッドジェネラルはそんな声を上げると、大剣を右斜め上に振り上げ“討伐者”へ向かって突進した。ダメージを負った様子は殆んどない。
「なるほど、炎対策済み。では」
“討伐者”はそう言いながら、左に身をかわして、アンデッドジェネラルの振り下ろしを避ける。そして、“火球”とは異なる呪文を唱えた。
「神よ、その御手で敵を撃ち果たし給え」
アンデッドジェネラルを衝撃が襲う。“神の拳”と呼ばれる神聖魔法だ。
しかし、それでもアンデッドジェネラルは踏みとどまった。
「おぉぉ」
そして、そう呻きながら大剣を下段から振り上げる。
“討伐者”は、今度は後ろに跳んでアンデッドジェネラルの大剣を避けた。
だが、アンデッドジェネラルの呻きを間近で聞いた“討伐者”は、何か違和感を持ったらしい。
“討伐者”は続けざまに振るわれる大剣を素早く避けながら語りかけた。
「おや? あなた、ひょっとして、意識を保っていますか? しかも意に反して強制的に従わされている。
どうやら、そういう事のようですね。悪趣味な事をしたものです」
そう言うと、“討伐者”は引き続き大剣を避けながら、また呪文を唱え始めた。
そして、呪文の最後の一節が紡がれる。
「始原なる呪の理、常外の法よ、退け」
それは、アンデッドをアンデッドたらしめている、神代の呪いを解く魔法だった。アンデッド自身がそれを受け入れる意思をもたなければ、殆んど効くことはないと言われる魔法だが、今回は効果があった。
アンデッドジェネラルの動きが止まる。そして、呪いを解かれたその魂は、自らの意志で、あるべき世界の理に従って散華してゆく。
それを見ながら、“討伐者”は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「我ながら、酷い破戒者ですね。まあ、今更ですか。我が神は細かな事は気にしない質ですし、構わないでしょう」
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