第017話 足らずの晩餐

夜になると食事のために人が集まってくる。


しかし、5人集まって以降人が増える様子がない。


先程小原が探していた清水と今日は全くその姿を見ていない大城。


みんないないことにはなんとなく理解していたがまさか食事の時間になるまで帰ってこないとは。


「ちょっとどうして2人もいなくなってるの?」


「誰か行方を知っている人はいませんか。」


その問いに首を縦に振る者はいない。

それを知っているならもっと早くに口を開いただろう。


「食事はみんな揃ってから食べたいけどね。これ以上、待つのもワシの腹が耐えきれないよ。」


「アタシもよ。今日も色んな店を見て回ったからクタクタで。」


「このまま待っていても来ないものは来ないかもね。仕方がないから料理を持って来てもらおう。」


さすがに何時間もここで待つのは耐えたれないと判断して、料理を運んでもらうことにした。


小さな疑念が心の奥底に生まれる。


元々、仲間でもなんでもなかった赤の他人だ。

相手が誰であろうと疑いの目を持つ。


ここで生き抜く上で俺が決めたルール。


例え、疑わしいのが自分自身だったとしても。


「こんな状況でも飯はうまいな。」


毎日のように作れる料理はどれも味も栄養も量も完璧なバランスになっている。

そのことに感謝しながら頭の中で情報を整理する。


エルバスの死とそれに繋がる盗賊団。


そして、さらにそのバックにいるであろう集団。

俺がそう確信しているのはアイツらの反応だ。


全員が俺達の始末に失敗するのを恐れていた。

それはきっと、エルバスもバルジークも口にした計画の失敗が死に繋がるからだ。


2人ともあれだけの悪事をこなしていた、そっち方面ではエリートのような存在だ。


その2人が怯えるということは相手は相当な犯罪組織なのだろう。


本当であればその集団を崩壊させるところまでしたかったが情報も実力もない。


今回の一件で分かったのは俺達が中途半端に手を出せば確実に死ぬということだ。


あの時、俺達はA級冒険者パーティが来なければ死んでいたのは間違いない。

相手は1人。それでも手も足も出なかった。


それに加えて言えば、その敵は圧倒的な実力で抑え込んだA級冒険者達にも勝てない。


事件を追うのをやめる判断になるには十分すぎるぐらいの理由だ。


「今回の事件で僕達は死にかけました。」


「えぇ、そうね。」


「実力不足。それ以外に表す言葉がない。」


みんな、昨日のことについて思うところがあったのだろう。

それぞれが自分自身の実力不足を痛感しているような表情だ。


「やはり、今は依頼を多くこなして実力を上げるべきでしょう。」

 

「アタシもそう思うわ。前回のことで私達の実力がまだ圧倒的に足りていないことが分かった。それならお金を貯めて装備や道具を揃える方が確実に強くなれる。」


「ワシも今回でスキルの必要性がかなり実感できた。実践でその感覚を掴むと同時にレベルを上げる必要がある。そのためにももっと狩りをするのが必要だ。」


前回、否定派だった人間が今は少ない。


このままいけば、無茶なスケジュールを組まされて大惨事になる未来も。

誰が反対の意見を出すことでそれを止めることができる。


俺がその役を買ってでれば楽に事態を終息していくだろう。


だが、俺は試してみたくなった。


小原という人間を。


ここで一生殻に籠るか、自らの手で歩き出すのかが決まる。


「そ、それは。」


「なによ。アンタも死にかけたのよ。今は力が必要なの!分かる?」


「・・・そこに。そこに、計画性はあるんですか?今はパーティが壊滅状態になるという経験をして、焦りや悔しさ、後悔など様々な思いがあるかもしれません。」


いいぞ。

宮武相手でもはっきりと発言が出来ている。


「お金の重要さも分かります。いざという時に実力不足ではいけないことも分かります。でも、依頼には常に危険がつきまといます。それこそ死を招くものだって。それに、回数を増やせば非常事態が起こる可能性も高まります。」


「それも考慮はしているさ。でも、いずれかは魔王を討伐しないといけない。なら、立ち止まっている時間がないんじゃない?」


その言葉を聞いて反撃の勢いが弱くなる。


あくまでも困っている人のためだと主張すれば否定する人の方が悪だと思われてしまうからな。


他人のために取る善も立派だが、自分のための保身も人間としては悪くない。

それが本能だからな。


「そんなことは小原もわかってるだろうな。言いたいことは冷静になろうってことだ。今回のことは不幸な事故でしかない。まだ、ここに来て数日。わからないことも多いのにこれからの方針を細かく考えるの危険だろ?」


3人はそれを聞いて黙り込む。


小原の言葉で自分達の心情を再認識し、冷静さを保って来たのだろう。


あまり早い段階から結論を出すと痛い目に遭うのは嫌だからな。


「それに他の2人がいないとこで会議をしても意味がない。結果を出したところで意見が合わなければ対立するぞ。本当に魔王を倒す気があるならパーティから1人も欠けたらダメだ。」


場の空気は重い。


こうなることは盗賊と戦った後の時点でなんとなく予想はしていた。

だからこそ、今日は休日にしてリフレッシュする時間を作ったんだ。


上野にしては単純なミスだな。


普段ならこういうことになるのは理解していたはずなのに、自ら発言するなんて。


「そうだ!今日は皆さん何されてたんですか?この街結構広くて何するのか迷いますよね。」


こいつ露骨に話を変えてきたぞ。


まぁ、こんな空気のまま食事をするのも嫌なので乗っかっておくか。


「俺は魔道具屋と本屋へ。昨日貰った報奨金はほとんど使い果たしたけどな。」


「アンタ、意外と金遣い荒いのね。」


「本屋ならワシも行ったな。一ノ瀬君が買い物しているのも見たよ。確か、魔法スキルの本とスキルロール3個。」


「へぇー!一ノ瀬さんも魔法のスキルに興味あるんですね。なんなら僕が教えてあげましょうか?」


「魔法の本の話は今いいわよ!スキルロールを3個も買ったの?どうやって!?あれって1個買うのも高額よ。」


意外と俺の買い物に興味を示しているようだ。


てか、上野は魔法スキルを教えたりできないだろ。


「スキルロールはスキルロールでも、ランダムスキルロールだ。鑑定しても先に内容がわからないからロクなもんはなかったがな。」


「さ、差し支えなければ聞いてもいいですか?私も買ってみたいと思っていたので。」


「【料理】、【読書】、【反撃】の3つだ。」


「なんかパッとしたスキルがないわね。」


「ワシにとってはその【読書】ってスキルが気になるけどね。」


「全部試せてないから効果を不明だ。安くで攻撃系スキルが手に入ればと思ったが使えるのは【反撃】ぐらいだ。」


【料理】はそのまま料理だろうってことぐらいは分かる。


でも、【読書】ってなんだ。


【速読】とかなら理解できたけど、ただ本を読むスキルとかじゃないよな。


「僕は、武器を買いに行ったよ。魔法用に杖をおすすめされたからそれにしたんだ。」


「杖があると魔法スキルに変化があるのか?」


「お店の人が言うには、コントロールがしやすいのと使う魔力を抑えてくれるらしいですよ。」


お金が入ったのでほとんどの人が買い物を楽しんだだろうな。


宮武もたくさん買い物をしているの見かけたし。


「アタシは戦闘で役立つ魔道具系を大量に買ったわ。」


「魔法スキルは使用制限があるし、近接、遠距離による戦闘もそれなりのセンスが必要だからか?」


「それもあるけど、1番は役割が被らないためね。魔法、回復、物理攻撃、剣、物理遠距離、中距離と折角役割が被らずにバラけてるなら魔道具でサポートするのが1番いいじゃない?」


「魔道具屋に行ったなら買ったか?アイテムバッグ。」


「もちろん買ったわよ。なんせ1000ゴールドのやつがあったから。」


俺の買ったやつと同じものだな。


他にもアイテムバッグを購入している者がいるならあのサイズでよかった。


「私は何も思いつかなかったので貯金することにしました。何か欲しい物ができるかもしれないので。」


それも賢い選択の1つだ。


もっと重要性の高い物が必要なの時がくるかもしれないしな。


買い物の話ですっかり空気を取り戻すことができた。

2人のこともすっかりと忘れて。

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