第5話 始まる なにがって、そりゃ旅さ

「じゃあ、行ってくるね。父さん、母さん。そういえば僕のおばあちゃんって…」


「あぁ気をつけてな」


「たまには帰ってきてね」


 昨日死ぬほど泣いたからか、父母は涙ぐむことなく僕を送り出してくれた。

 僕は、まだ僕らしか起きていないであろう早朝にこの村を出発した。

 必要最低限の荷物を入れた母さんお手製の手提げ袋を片手に持つだけで、武器は途中で買うからと言って持たなかった。

 当然武器の所持を結構勧められたが、できるだけスタイリッシュでいるために持たないと言ってきかなかった。


 僕は身軽に背伸びをする。

 振り返ってよく見れば遠くで村長が手を振ってくれている。若くないのに、元気な人だ。

 僕は手を振り返し、踵も返して前に進み始める。


 僕の旅は、始まった!





 …そして歩き始めて約15分。


 ここがどこかわからなくなった。

 僕はひとまず一番近い街を目指すべく、村で地図をもらっていた。

 近い街…と言ってもそれはそれは遠く、簡単に行ける距離ではない。だからこその旅なのだ。


 とはいえそろそろ森を抜けてもいい頃なのだが、おかしいな。一向に木が絶えない。

 もっとよく地図を読んでみよう。何か一か所赤く塗られた部分が森の中にあるな。

 なになに、「ここはやばい。近づくな。フリじゃない。フリじゃないからな!」か。まぁそこまで言うならわざわざ近づかないけど、これはいったいどのあたりだろうか。


「えぇっと、地図によると大きな木が3本あるところ...」


 地図から目線を上げる。目の前には大きな木が3本生えている。


「ここだ!」


 わざと近づいてないからね、うん、しょうがない。

 地図によればここを越えると森を抜けて、草原に出るのか。なるほどそこを進めば川やら山やらがたくさんあるな。

 今日中にそこまでたどり着いて、水を確保しなくては。

 とはいえのんびりが僕の旅スタァイル。落ち着いてゆっくり目標を目指そう。


 ドァオォォオオオォォォオオオオォォォォォンン


 言ったそばから…

 あーこれが近づくなの理由ね。こいつはやべえわ。

 でっっけえ熊っぽいなにか。魔物だろうか。これは動物が魔力を得て魔物化したタイプかな。余裕で5メートルを超えている。ということは…


「ここに来たということは、俺様を知ってのことダナァ!殺ス‼」


 やはり、意思疎通が図れる。


「魔物の位ってのは普通魔力量による。動物はそのポテンシャルこそ高いが、魔力を得られるかどうかという意味で、こういった個体はあまり多くないんじゃぁ」

                             by いつかの村長

 にしても


「うるっせぇなぁ朝っぱらから」


 こちとらほんとに何も知らないんだが。

 ん?いや、あれだ、前に聞いたことがあるような。ある場所に踏み込むと、こちらの意思とは関係なく襲ってくるヤバい魔物がいるって。そいつは旅人を何人か屠っているらしいからなかなかの外道と見えるな。うんってもよさそう。

 僕はニヤっと笑って構える。大丈夫。僕はこの15年間たゆまぬ努力をしてきた。あと僕に足りないのは経験のみ。戦うために、旅に出たのだ。そう思うと笑みが止まらない、楽しくってしょうがない。


 「初陣の割にゃぁやりがい在りそうじゃない」


 「あ?俺様は最強ダァ。それを何上から目線で語ってやがるこのガキガァ。雑魚は帰って寝てりゃいいのにヨ、かわいそうニ。死ネ!」


 そう言ってデカブツは僕に殴り掛かった。


 ドシィッィィイイーン


 近くの木が数本折れ、地面が割れる。


「へっ、雑魚が出しゃばりよっテ。面白みのないゴミガ。死に面でも拝んで今日の昼飯にでも…」


「もうガキじゃないんでね。大人に成ったんだ」


 デカブツにはなにが起きているのかわからなかっていない。

 手をめり込んだ地面から離すとそこにはもうカミィの姿はなかった。デカブツは目を見開いて後ろを振り返る。


「な、なにが…いま…?」


「おやおや。腕が震えてますよ、くまさん」


「が、ガキがじゃかしゃぁぁああ‼‼」


 デカブツ声を上げて構える。


 これから始まる冒険を思うと、胸が高まる。鼓動が強まる。

 こんなところで負けてられない。

 負けやしない。

 負けるはずがない。

 戦いとは、それほどまでに楽しいのだ。


「ったく、ゆっくりのんびりって言ったの誰だよ」


 僕も首と手を鳴らして構えなおす。


「ここからはじまるんだなぁあ!」


 僕の目線の先は、デカブツよりも、その先の草原に、川に、山に、太陽に、向いていた。


 始まった、旅。

 15年越しに僕の旅が、

 始まる。

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